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徒然なるままに書き申したる短編集

嘘吐きな僕が吐いた唯一つのウソ(ほんとう)

作者: 森の人

 「ずっと前から…一目見たときから君のことが好きでした。僕と付き合ってください」


 「え、あ、あの…えっと…はい。こんな私で良ければ」


 漫画やドラマで見るような僕の"告白"に対して戸惑いを見せながらも、OKの返事をくれる同級生の女の子。

 僕はゆっくりと顔を上げて、笑顔を浮かべて。


 「あ、ごめん。冗談だったんだけど、本気にしちゃった? 僕が君のことを好きになるなんて絶対にないから」


 「…え」


 女の子は呆然とした顔を浮かべた。

 僕はその間も表情を変えずに、ただ目の前の子の反応を見ている。

 やがて僕の言葉を理解したのか、怒ったような悲しいような表情を浮かべ、()に涙を浮かべながら「最低…」と吐き捨て、走り去っていった。


 「え、最低? どうして?」


 僕のその呟きに応える者はいない。別に応えを求めてもいない。

 人は事あるごとに理屈や理由を求め理論的に考えようとするが、すぐに感情に左右されて非論理的な言葉を口にするからだ。

 思い通りにならないとすぐに癇癪(かんしゃく)を起こす子供のまま。その本質は大人になっても変わる事はない。

 特に僕らのように思春期の少年少女は楽しい事を求め、できる事の多さに振り回されながら日々を過ごす。

 だから余計に思い通りにならない事に不満を抱きやすい。誰かと衝突しやすい。

 そんなフラストレーションの捌け口を僕らは身近なモノにぶつける。

 ある人は親に。ある人は兄弟に。ある人は物に。ある人はネットに。ある人は自分に。

 僕がその捌け口に選んだのは"周囲の人間"だった。周囲の人間をからかい、欺き、その反応を見て解消する事を選んだ。ただそれだけの話だ。


 −−−−−−−−−−−−−−−−−−



 小学生の頃、両親は共働きで僕はいわゆる鍵っ子だった。

 とはいえ放課後は友達と遊びに行く事が多かったので、全く気にもしていなかった。

 中学生になり勉強が難しく(今から思えばそんな事はないが)なって、家事の手伝いが煩わしくなってきた。

 高校生になると同時に、周りに合わせて高校デビューとばかりに新しい自分を演じてみた。

 こういうと自意識過剰に聞こえるかもしれないが、ルックスにはちょっと自信があった。

 アイツには勝った。アイツにも勝った。アイツには…まぁギリギリ僕の方がカッコイイかな。

 そんな感じに内心で思っていた。それを表には出さず、愛想よく振る舞った。


 いざ高校生活が始まると、まだ1ヶ月も経っていないのに同級生の女の子から告白された。

 僕にはその気が無かったので、「まだ出会って間もないし、お互いのことをよく知ってからの方が良いと思うんだ」とそれとなく断った。

 しかしその子は何を勘違いしたのか、僕と付き合っていると翌日から公言し始めたのだ。

 僕は「え、誰がそんなことを言っていたんだい? 僕はお互いのことをもっと知ってからにしようって断ったんだけどな…」と否定して回った。

 公言して回る彼女と否定して回る僕が衝突するのは当然だった。


 「…ねぇ。私の告白を受け入れてくれたのは嘘だったの?」


 「嘘も何も、僕はOKしたつもりなんてないよ」


 「でも、お互いのことをもっとよく知ろう、って。そう言ってくれたじゃない!」


 癇癪を起こしたように言ってきた。

 自分の都合の良いように解釈して、勝手に怒って……実に滑稽だった。

 いきなりキレられたことに多少の怒りは覚えたが、それ以上に勘違いを認めずに自分の思い通りにならないことに怒る姿が可笑しくてたまらなかった。


 「そうだね。でも僕はOKしたつもりなんてないよ」


 「なんで……ねぇ、なんでよ!?」


 「なんでって言われても、ね…」


 先ほどと同じことを繰り返した僕に「なんで」と問いかけてくるが、そこに論理的な話の流れは存在しなかった。

 「なんで」と聞かれても、付き合うとは言っていないという言葉にそれ以上の意味はない。

 僕が返答に困っていると、目の前の少女は捲し立てるように続ける。


 「そう。そういうことなのね」

 「私が頑張って、決心して告白したのを、あなたはからかっていたのね」

 「女の子の純情を弄んだのね!」

 「あなたって本当に最低!」

 「なんでこんな人に告白なんてしちゃったのかしら…」

 「もう最悪…信じられない!」


 一方的に言うだけ言って、最後には泣き始めた。

 一部始終を見ていた人は呆然としていたが、少女が泣き始めてからしか知らない人は僕を罵り始めた。


 そんな中、僕は目の前の少女をただゴミを見るように蔑んでいた。

 こうやって思い通りにならない相手を貶めるのがこの女のやり方なのだと、そんなことを考えながら。

 そして同時にこうも思った。


 −−この女を意図して騙してやったら、相当スカッとするだろうな。


 しばらくして、少女は泣き止むと僕を睨んで「絶対に許さないから」と恨みがましく言って去っていった。

 僕はそれを黙って見送り、少女を騙す算段を始めた。


 決行は翌日だった。

 『昨日のことを謝りたい。付き合っていることを皆に知られるのが恥ずかしくて、照れ隠しで否定していたつもりだったんだけれど…。誤解させてしまって申し訳ない』

 そんなことをメールで送って呼び出した。

 メールアドレスは告白された日に教えられていたので、ブロックされていないかが問題だったがその賭けには勝った。

 あとは僕のやりたいようにやるだけだ。


 「ね、メールのことなんだけど…本当?」


 昨日とは打って変わって甘えるような声だった。


 「うん。誤解させて本当にごめん」


 「う、ううん。私こそ、昨日は酷いこといっぱい言ってごめんなさい!!」


 僕が申し訳なさそうに謝ると、少女も昨日の態度を謝ってきた。

 この女がこんな対応をすることは予想できていた。

 思い通りにことが進んで笑みが溢れそうになるが、なんとか堪えて申し訳なさそうな声を絞り出す。


 「いや、僕が悪いんだ。どうか謝らないで欲しい」


 「ううん、お互いのことをもっと知るべきだったんだよ。どっちが悪いんじゃなくて。どっちも悪いんだよ」


 いきなり変なことを言い始めたので、思わず「…へ?」と素の反応を見せるところだった。

 お互いのことをもっと知るべきだとは僕が言った言葉だろうに、何を諭すように使っているのだろうか。

 それにどっちも悪いのではない、勝手に勘違いして罵倒したお前が悪いのだ。

 そんな言葉を飲み込みつつ、僕は演技を続ける。


 「そう言ってもらえると僕も助かるよ」


 「いいの。…ねぇ、私たちもう一度最初から始めよう? 今度はお互いのことを…お互いの気持ちをもっと話しながら、ね?」


 突っ込みどころが多すぎて、疲れてきた。

 そろそろ終わりにするか。


 「うん。もう一度"最初から"始めようか。先ずは入学する前の他人から」


 「…え?」


 「だって君から言ったことだろう? もう一度最初から始めよう、てさ」


 「なんで…なんでそうなるの!?」


 また「なんで」が始まった。

 でも今回は主導権を渡すつもりはない。


 「なんでも何も、君から言い出したことじゃないか」


 「そんな意味でいたんじゃない! 私は付き合い始めたあの日から始めよう、て…そう言ったのに…」


 「そんなこと君は言わなかったじゃないか」


 「でも…そんなこと言わなくたって…」


 「お互いの気持ちをもっと話しながら、て言ったのも君だよね? 話してもいないことを理解しろっていうのは無理だと思うけどな。だって僕は君のことをそんなに知らないんだから」


 「……」


 「あ、もちろん他人から始めるから、君のことを好きになるかはその後次第だよ。まあそんな未来はないだろうけどね」


 昨日の仕返しとばかりに、ただし理論立てて捲し立てたやった。

 すると少女は俯いたまま肩を震わせ始めた。

 わずかに聞こえる嗚咽から、少女が泣いていることが理解できた。

 僕はそれをじっと見つめる。見つめ続けた。

 やがて少女は顔を上げると、「あんたなんか死んじゃえばいいんだ」と僕を睨みつけながら言った。

 僕はそれに肩を竦めて応じ、少女と別れた。


 これが僕の嘘つきの始まりだった。


 それから僕は同級生、上級生、下級生。あるいは同校、他校を問わずに騙し続けた。

 相手は女子のみならず男子の時もあった。

 告白をしてからかうこともあれば、恋人を誰かが寝取ったなどという嘘を聞かせたりしたこともあった。

 金銭に関わることや危険なことには手を出さなかった。その程度の見極めを行う程度のことはできた。


 そんなある日、僕は公園で一人の少女に出会った。

 年は小学生くらいだと思う。ランドセルを背負っていたから間違いない。

 少女は一人でブランコに乗っていた。

 その目は空を見上げていたが、視線の先を追っても鳥の一羽も雲の一つも見当たらなかった。

 この時声をかけたのは何故だかわからない。わからないが、声をかけなければならないような気がした。


 「ねぇ、君」


 少女がこちらを見た。しかし何も言わず、ただじっと見ているだけだった。

 どれだけ待っても何も言わずにこちらを見るだけだったので、適当な話題を振る。

 少女は僕の話に相槌を打つこともなく、ただじっと僕を見つめていた。

 その眼は僕の顔を見ているようで、しかし僕の中身を見ているようなそんな感じがして不安になった。

 ただ僕の話に耳を傾けているように見える少女に対して覚えた不安が恐怖に変わり始めた時、少女はついに口を開いた。


 「…楽しい?」


 どういう意味で言ったのかわからないが、僕の心を握り潰すような一言だった。

 今までどんなに騙した相手に罵倒されても動揺することがなかったのに。


 「えっと…何が、かな?」


 「……それ」


 「それって?」


 少女は僕の問いに、僕の顔を指さすことで応えた。

 その問いに僕は−−−。


 「愉しいよ。…"楽しく"はないけどね」



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