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桜花の理  作者: なるかいむ
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桜墓守の出会い

 桜は美しい――そうは思わない――。


 桜の花弁が踊る姿は絶景であり、白桜が一面を覆う姿は壮観である。

 ――花弁を地に撒き散らす面倒な木の何処が綺麗だというのか――


 世界の固定観念に対する個人の意見なんて虫も同然だ。


 生の為に密を求め目の前に咲いている花の頂上を目指した彼らは、必死で這い登りやっとのことで一番上まで辿り着く。


周囲を見渡すとそこにはどれだけ遠くを見つめても終わりを見つけることのできない花畑があり、同時にそれらの花が自分の足場と同じ花弁を飾っていることも知る。


小さな彼は登る前からどれだけ移動したとしても、どの花を選び登ったとしても、結果はどれも変わらなかったのだ。


 だからといって無駄に足掻いた所で、蜜を飲まなければ死んでしまうのだから結局は花の甘い蜜を頼りに生き延びるしか無いのである。


 こうして彼は悟る。同じ花しか咲いていないのならこの花に縋っていれば生きていけるだろう、と諦めながら蜜を吸う。


 これは小さな頃に聞かされた、小さな虫と大きな花畑の童話。


 根底からすれば俺自身もそんな小さな虫と同じ生き様なのだろう。


《桜に心は動かされない》といくら叫んで回ったとしても、意味なんてない。 


 美しいという感情に共感を強いられた訳でもなければ、天邪鬼のような反抗的思想に囚われているつもりもない。


 ただ単純に世界中の人が美しいと感じる桜が自分には綺麗に見えなかっただけの話。


 そう結論づけた筈なのに今も尚、丘の上から見える満開の並木桜を眺め続け、桜が綺麗に見えるように補正をかけながら目を凝らしている。


 無意味で無駄と言っておきながら、何故考えている事と対照的な行動を取っているのか。


 ――そんなの決まっている。


『桜は美しい』――そう彼女が紡いだからだ。


 俺が桜に抱いている感情も、万人が描く桜への感情にも最初から興味なんて無かった。


 例え桜が綺麗だと感じた所で、富豪になれる訳でもなければ名誉が掴める訳でもない。


 しかし彼女は俺に『桜は美しい』と言い、俺は桜を見続ける。


 俺は彼女の問いと同じ回答に辿り着きたかったのか。


 彼女の考えに少しでも共感したくて――馬鹿みたいに桜を眺め続けているのか。


 千にも及ばない白桜の吹雪を見つめながら俺は隣に腰掛けている座高程度の木製十字架をそっと撫でる。


 十字架は風に揺られながら首元に飾られたネックレスを揺らして唄う。


 皆が美しいと思い、俺が美しくないと否定する。それでも彼女が美しいと言うのならばそれは美しいのだろう。


 それでいい。


 もう一度、あの日の問いを投げかける人が現れたのなら、俺はこう答えるだろう。



《皆は美しいと言うが俺はそうは思わない。しかし桜は美しいのであろう。》と。


 少し上の空気味に桜を眺めていた自分に意識が戻ってくる。


 この地域で一番高いこの丘には、見渡す限りの晴れ空を邪魔する物が無く一面に広がる緑の絨毯は横になるには一番気持ちの良いの場所だ。


 幼い時から小高い丘で昼寝するのが俺の日課で、今もその癖が抜けずについつい足を運んでしまう。


 ――風が泳ぐ。


 この丘陵、《トウオウ区》はなだらかに波を作る地形をしていて、暖かな気候と心地良い風が昼夜問わず吹き流していている。


 そんな土壌・空気環境が良好なこの地では《トウオウサクラ》という特種な桜が1年中満開に咲き誇っていて《トウオウ》という地名の由来も漢字の《東の桜》から付けられるほどの歴史深い土地である。


 幼い時にトウオウの名前の由来を聞いたときは、逆輸入という言葉を知らずにトウオウサクラのことを《東の桜サクラ》なんて言って回ってたっけ。


 年中咲いているとはいったもののトウオウサクラは放置したり、何らかの影響で環境が変わってしまうとすぐに枯れ木になってしまう弱い種であり、俺の家系《御桜》家は先祖代々この地の桜を見守りながら管理する《桜守り》であった。


 そんな桜守りに支えられた一面見渡す限りの桜を見に訪れる人も以前は多く、所属している領地の中でも知る人ぞ知る有名な地域だった。


 しかし今ここにあるのは、俺が見下ろしている桜並木だけだ。


 街から人は消え去り廃墟となって瓦礫の山は片付けられないまま無造作に散乱したまま放置され、人が出入りすることも当然無く、今やこの丘に居るのは桜守りの俺だけだ。


 残された身としての寂しさも悲しさも全て消え去り、ただ意味も無く孤独に桜を見守り続けている。


 誰に見せる為でもないのに手入れを怠らず、只々ひたすらに残された僅かな桜達に命を吹き込み続けていた。


「……腹減ったな」


 街は廃れ食糧の流通などは一切絶たれてしまったものの、近くを流れる小川の透き通る水と新鮮な風に撫でられ育つ草木を求めて野生の動物達が姿を頻繁に見せるようになった。


 以前は人が多く徘徊していたので街の近辺で動物を見ることは滅多になかったが、ここ2年近く人影を見せなくなったので彼らも活動範囲を広げてきているのだろう。


 ……親父と狩りに行った記憶が遠く懐かしい。


 幼い時から桜の手入れが終わった後に少し遠くの山に赴いて狩りをするのが日課だったので今も食には全く困らないのは幸いしている。


 昔は兎を捕らえるのに必死になっていたのに、今では鹿を捕らえるのも苦ではない。


 


 ふと気が付くと周囲が黄昏れ夕日が丘にぶつかりそうになっていた。


 どうやら横になったまま寝てしまったようだ。以前は夕日が沈むまで寝入ってしまうこともよくあったが、この歳になってまで熟睡してしまうとは……。


 夕日が徐々に隠れていくことで風は少し冷気を纏ってくるので昔は風邪をこじらせまいと心配していた姉さんがよく迎えに来てくれた。


 勢いを付け頭を前に振りながらそのまま立ち上がると身体に付いてる細かい野草を軽く払った。

ベッドで寝る時よりもこの丘で昼寝するときのほうが目覚めが良いのはいつになっても不思議だと思う。


 大地を焦がす夕日を見つめていると一瞬だけ何かが目の前を通り過ぎた。それはおそらく寝ている時に頭に流れ着いたであろう小さな桜の花弁。


 不規則に表裏を見せながら丘陵を下っていく姿を俺はしばらく見送ると一言だけこの地に残して帰路を辿った。


 ――また明日な。


 帰宅すると真っ先に取り掛かったのは夕餉の支度だ。


 今日は朝から何も口にしていなかったので腹の虫が定期的に呻き声を上げている。


 簡易的な囲炉裏に火を灯すと食糧の在庫を確認し始めたのだが、この時痛快なデジャヴを感じ取りハッとしながら顔を正面に向けた。


――そうだった。


 食糧の確保をしようと今日は狩りに行くつもりだった。朝も起きてから何も食べてないのは今と同じことがあったからなのだと今更思い出す。


 右手で前髪をかき上げると自分の愚かさに思わず目を閉じ低く唸ってしまう。


「朝やろうと思ってたこと忘れて挙句の果てに夕方まで熟睡とか有り得ないだろ……」


 そう言いつつも自分の真横にある木箱を開け干し肉のストックを確認したが、そこには何も入っていない。まあ当然だろう、この動作も既に朝やり終えているのだから。


 山菜の予備も丁度昨日の晩に使ってしまったので、この家にある食べ物は今日の朝には既に存在しなかった事になる。


「今から狩りに出るのも面倒だな……どうしたものか」


 しばらく虚空を見つけた後出た結論。


 ――寝よう。


 折角火を灯した囲炉裏も仕事をする間も無くものの数分で役目を終え、中心にある炭に無造作に砂を被せると、ベッドまで歩み寄りそのまま倒れこんだ。


 目を閉じ腹の虫を抑えながら眠気に溺れる努力をする。しかしというか案の定というか当然ながら数分後には睡眠に頼るのは無策だった事を悟っていた。


 ――さっきまでしっかり寝ていた人間がこんな都合よく眠れるわけがない!


 うだうだ言いつつも狩りに赴くという選択肢以外残されてない事を悟ると、室内に明かりを灯す前に隣りにある綺麗な曲線を描いた刀を鞘ごと手元に手繰り寄せる。


 そして椅子に投げっぱなしの黒い外套を身体に羽織いながら山菜収集兼屠殺用として使用している短剣を腰に差して扉に手をかける。


 扉から頭を出し夜空を覗いてみると運が良い事に満ちた月光が地面を照らしていて周囲のオブジェの下には明瞭な影が浮かび上がっていた。


 この様子なら夜が更けたとしても視界を確保し易いのでかなり狩りのハードルが下がるはず。


 一旦頭を室内に引っ込めると再び手持ちの荷物を再確認する。


 猟銃は……いいか。数に限りがある道具は極力使いたくないからな。


 昔から猟銃や弓を使った狩りをしてこなかったので、遠距離から狙いを定めて対象を仕留めてもどうせ最終的に近づく羽目になるのならば、短刀や槍を使って背後から仕留めてしまえばいいという結論にどうしても行き着いてしまう。


 それに答えの出ている葛藤に毎度振り回された挙句に壁に掛けられ続けている猟銃は手入れも全くされていないので、今更持ちだした所でまともに装填出来るのかすら怪しいだろう。


 松明もこの月明かりなら要らないので、必要最低限の水筒と短刀、緊急時の刀を身に着けていることを目視する。


 早速家から出ると今日熟睡していた方向とは反対にある森林地帯を目指して足を動かした。



 それから家を出て森に入ること約二時間ほど経っただろうか。


 今日は満月で動物達も活動しやすいと思っていたのだが、未だに一匹も動物の影すら見つからない。

 

 普段ならば森の中心部に来てから2時間となると少なくとも野兎の一匹は確認できるはずだが、今宵の森は兎どころか鳥の鳴き声すらしない不気味な雰囲気に包まれていた。


 ――大人しく山菜でも採って切り上げるか。


 そう思い腰下の短刀を伝っていつも野草を採集するときに物入れとして活用していた籠に手を伸ばしたのだが、右手は空を掴んだ。


 それもそのはず。完全に肉を手に入れる算段しか頭に入っていなかったので山菜収集用の籠を持ってくる事を忘れていた。


「クソッ、絶不調かよ」


 昼寝の件といい食糧の件といいなんだか今日はやけに調子が狂う。まぁ全部原因は俺にあるのだけど。


 山菜も持ち帰れない以上ここまで来てしまったからには手ぶらで帰ることはできない。せめて小動物の一匹だけでも捉えて帰らないと完全に無駄足だ。


 一本道から外れた木々の間を黙々と進んでいた俺は、立ち止りながら音を立てないように気を配りながら目を瞑ることで、視覚を断って聴覚を澄ますことで生き物の痕跡を探した。


 風の鳴き声と木々の演奏から、違和感を感じ取る。


 すると一定のリズムを奏でる自然の音程の中からほんの一瞬だけ不協和音を聞き取った。


 ――見つけた! 


 俺は高揚した気持ちを抑え不協和音に周波数を合わせ再び意識を傾ける。


 森の中を何かが移動している。それは確かなのだが、少し様子がおかしかった。


 二本の足が交互に大地を踏みしめる音と同時に枯れ木や落ち葉がズルズルと引きずられていく音も聞き取れるのだ。


 そんな音を立てる動物は俺が知る限り存在しない。警戒して瞼を開くとすぐさま大きく地面を蹴り上げながら木の幹を伝い高所へ移ると姿を隠す。


 木に登り終わった頃には意識を集中しなくても《何か》が移動する音が聞き逃す程度には聞こえてくるようになっていた。道の無い茂みを進んで音を出していた影響で、察知するのが少し遅れたようだ。


 ゆっくりと音の正体はこちらに近づいて来ているようだ。短刀に手を掛け鞘から引き抜き、いつでも急所を狙えるように幹に添えた足を置き直す。


「……気をしっかり持つんだ! 」


 用心した途端、人間の女の張りつめたような声が遠くから響いた。


 多少驚いたが気配を殺した状態を維持したままその方向を注視すると、どうやら足音の正体は声の主だったようでぼんやりとだが移動する影を捉えることができた。


 距離が離れていてはっきりとは確認できないが、おそらく人数は二人で、一人は担がれたまま動かず引きずられているらしい。


 そしてもう一人は意識のない人に肩を貸しながら力任せに前進しているように見える。


 夜の森で肩を貸しながら人間が彷徨うことなんて通常有り得ない。もう少し情報を集めるために隠れながら様子を見る。


 木々の隙間から零れ落ちる月光。その光に照らされたのは、鎧を纏った女が二人。


 推測と同じく一人は死んでいるのか気を失っているのか定かではないが意識がない。そしてもう片方の女が必死に相棒の肩を抱き苦悶しながら進んでいる。


 鎧を付けていながらも負傷しているということは、敗走兵か山賊にでも襲われたのか……。


 そうこうしているうちに俺と彼女達の距離はだいぶ詰まっていた。


 そんな二人の身につけている白基調の輝く鎧を視認した時――俺の血は沸騰し全身を走り回った。


 ……あの鎧の正体を知っている。


 気が付くと俺は足場にしていた木から跳躍して《神の代行》を名乗るあの忌々しい鎧めがけて襲いかかっていた。


「なっ……! 」


 察しの良い女は俺が空を舞っていることを察知したようだったが、もう遅い。


 降下する勢いを殺さずに意識のある女のほうへ飛び乗るとそのまま地面へ押し付けるように叩きつける。


 肩を借りていた女の身体は森の地面を勢い良く転がっていく。


「ライルグニアの屑どもが、おめおめとここを徘徊して……何様のつもりだ? 」


「貴様何をしているのかわかっているのか? 私は神々の代行者……」


「その台詞は聞き飽きたんだよ下衆が! 」


 激昂に飲み込まれた俺は短刀を女の首に当てながら言葉を遮り、憎悪の瞳で相手を焦がす。


 俺から全てを奪い去り、故郷を汚し回った白い悪魔を二度と見ることはないと思っていた。全てが消え去ったにも関わらず、また奪いに来たとでもいうのか……。それだけは絶対に許してはならない。


 女は驚いた表情から一変し、抵抗していた全身の力を抜くと真剣な眼差しでこちらを見つめ返してきた。


「あなたが私達ライルグニアをとても恨んでいる事はわかった。私も多くの人間を殺めてきた業を背負っている、殺したければそうするがいい」


「言われなくてもそれは決定事項だ」


 冷淡な返答をしながら首元に添えた短刀に力を入れる。首の皮は薄く裂かれ月明かりに照らされた黒い液体が喉を伝う。


「……私を殺してもいい。だが、あそこにいる女性の事は助けてやってくれ」


 腕を押さえつけている左手に力が入る。


 何を言っているんだこの女は。恨んでいると理解しておきながら何故助けなければいけない?


 俺はこの女を知らない。恨んでいるのは彼女個人の功績ではなく、その背後でこいつらを操っている国そのものだ。


「神の名を騙った悪魔を……俺から全てを奪ったライグルニアをどうして俺が助けなければいけないんだ? 」


「ならば私はライグルニアの人間としてではなく、私個人として貴方にお願いする。……彼女の事を診てやってくれ、重症なんだ。……どうか、頼む」


 躊躇なく自分の生を放棄し他人の命を選択する彼女を見て、俺は激しく困惑した。


 今まで見てきたライルグニアの人間にこんな目をした奴はいなかった。奴らは神を掲げながらも瞳の奥には悪魔を飼っている非道な奴らだ。


 ……そうだ、あいつらの得意分野は善良な仮面を被ることだ。その仮面に惑わされた俺達は故郷を滅ぼされたのではないか。


 どれだけ正義を語って表情を変えても俺はその仮面には二度と騙されてはならない。こいつらの裏側の顔がどれだけ醜くて、どれだけ汚いのか知っているはずだ。


「俺にはメリットが無い。お前らライルグニアのように善人ぶって承諾した所で、お前を殺した後にあいつを襲って身包みを剥がす可能性もあるぞ? 」


 彼女は目を閉じて黙り込む。そして一拍置いた後に再びこちらを見つめなおした。


 再び重なる視線は俺の葛藤を膨らませ徐々に大きくしていく。何故かこの瞳が無性に腹立しく、目を逸らしたくて仕方がなかった。


「なら、彼女を助けてくれたら……私はあなたの望みを何でも聞こう。死ねと言うのならば死んでやる。金が欲しいのならば用意しよう。奴隷として服従させるのならば生涯この身を捧げると約束する」


 何を言うかと思えば……肉薄な内容だ。彼女の提案は誰が聞いても咄嗟に出た苦し紛れの望みにしか聞こえないだろう。旨い話に持ち込んでおいて、相手の油断を誘いながら殺すということも十分考えられる。


 しかし不思議なことに俺の耳には命乞いを求めているようには聞こえず、ライルグニアへの憎き復讐心が俺に焚き付けているだけのようにも感じる。


 ライルグニアを信用することは絶対にない。反面、俺は彼女の瞳を疑いたくはなかった。


 その見覚えのある瞳は……俺の一番大切な人の目を思い出させる。優しく輝きながらも強い意思を持った瞳を否定することができるのか……?


 頭の中で渦巻く色々な感情や記憶が複雑に交錯して、森の静寂さえ騒がしく感じた。


 女を押さえつけたまま、お互いに目を逸らさないまま無言の時間が何分続いただろうか。


 しばらく続いた無言の状況から脱却し先に口を開いたのは――俺だった。


「……わかった」


 とうとう俺は憎き敵を相手に命を助ける選択をしてしまった。


 彼女の《望みを聞く》という提案などこの時はすでに頭の片隅にもなく、あの濁りのない瞳から目を逸らせたことに安堵している自分がいる。


 自覚が無かったが俺は相当の臆病だったようだ。……笑いたければ笑えばいいさ。


 押さえつけている腕の拘束を解くと手に握っている短刀を前に構えたままゆっくり彼女の上から離れていく。


 握った短刀の切っ先付いている血を袖で軽く拭き取ると、殺意が無いことを明確に表示する為に鞘に収める。


「名前は? 」


「詳しい自己紹介は後にするが……とりあえずイーレスと呼んでくれ」


「ではイーレス、武器は持っているか? 」


「いや、持っていない。剣は逃げている途中で折れてしまったので放棄した」


 相手を解放してしまった今となれば腹を括ってイーレスの言葉を信用するしかないだろう。


 長く深呼吸して吐く息とともに吹き荒れる臆病風を体外へ出すと両手で頬を叩き、彼女の瞳の奥に映った光に全てを賭ける決意をした。


「……じゃあ、あいつの鎧を外してくれ」


「えっ……? 」


 押さえつけられていた手首を擦りながら、きょとんとした表情でこちらを見ている。


 不思議そうにしている理由がわからなかったので俺はもう一度今の質問を頭の中で復唱しなおしてみると、主語が抜けていることに気が付く。


「鎧があると背負い辛い。こっちでやりたいのも山々なんだが……俺には外し方がわからない」


 外し方がわからないというのは嘘であり、実際は女性を脱がすという行為がたとえ鎧であったとしても抵抗があったからだ。


 すぐに察してくれたのか、彼女は倒れこむ女騎士に駆け寄ると慣れた手つきで全身の鎧を剥がしていく。そして出来上がったのがなんとも言えないような薄着の女。薄い布がある一枚向こうには肌が見えている。


 鎧を脱がせなどと言ってしまったが、まさかここまで薄着になるとは思いもしなかったのでさすがに罪悪感が押し寄せてくる。なんせ鎧を付けた経験がないのでそこまでの発想にたどり着かなかったが、よく考えたら重装甲の鎧を着ているんだからあまり着込んだりしていても熱がこもって動けなくなるな。


 そんな事を考えている一方、薄い布からは大量の血が滲み出ていて煩悩に囚われた俺をすぐに現実へ引き戻してくれた。


 纏っている外套を彼女に羽織らせると彼女の身体を持ち上げ背中に寄りかからせる。意識が無いので結構覚悟して立ち上がったのだが、予想よりもだいぶ軽い。長距離背負って歩くことになるが、この程度なら移動の障害にはなることは無いだろう。


 追手に気づかれないようにか外した鎧を低木の茂みに隠しているイーレス。彼女もまたかなりの怪我を負っているようで、体中にある切り傷は右肩から流れる血痕が特に目立ち、滴り落ちてはいないものの未だに繊維に付いた血は生乾きにも見える。足首も凄く腫れ上がっていて、色が変わっている所を見るとあれは完全に骨が折れているのだろう。


 そんな痛々しい姿を見せられてしまうとさすがに気を遣ってしまう。


「イーレスは動けるのか?」


「できれば私も背負って貰いたい所ではあるが……問題ない、歩くことはできそうだ」


 苦痛に耐えながら笑顔でこちらにウインクを飛ばしてくる。冗談を挟んできたのは彼女なりの気遣いだろう。イーレスも内心では痛みに耐えながら悲鳴を上げているはずなのでさっさと家まで運んで休ませたほうがよさそうだ。


「下手に迂回すると彼女の生死に関わる。俺にはこの森の地理があるから先導してこの森を真っ直ぐ突っ切る。」


「ああ……」


「俺はお前に聞きたいことが出来た。足場は悪いだろうが頑張って付いて来い。」


「ああ……! 」


 先導しながら道無き道を進み始める。


 左手で背負っている女が落ちないように支えながら、右手を使いこちらの進行を遮る枝を折りながら除けていく。


 獣道を進むこと自体は朝飯前だ。目的地まで真っ直ぐ進む事で大幅なショートカットが期待できる。しかし草木が生い茂る道には《音》という難点がある。無造作に広がる草花を踏み荒らしながら進み、時には小枝を折らなければ進めない場合もある。


 熊や蛇といった臆病な動物には物音を立てて進む行為は非常に効果が高いが、相手が人間となれば話は変わる。自分の現在位置を常に知らせながら歩いているのだから大声を出しながら歩いているのと別段変わらないだろう。

 

 それに追手は荒事を主として働いている国の兵士にこれほどの重症を負わせたのだ。おそらく人数は二人以上、一人は精鋭クラスの人間が追手として探しまわっていると推測できる。


 そんな奴らが今襲ってこられたら流石に捌ききることができない上に、森を出てからは格段に視界が開けてしまうので目的地まで把握されてしまう危険性も飛躍的に向上する。


「……追手はどうなった?」


「完全に撒いたはずだ。敵が見えなくなった地点からかなり移動してきたので追跡者に関しては問題無いだろう」


 少なくともここにいる人間以外の地面を歩く音は聞こえてこない。


 当事者の判断も加わり追手の不安は軽減された。追手が居ないのならば、今のうちに最低限の情報だけでも集めておこう。


「相手は神機甲軍……だろうな」


「ああ。私達ライルグニアはここより南東にある《カタシロ区》を《ガルオゴロ》からの奪還作戦を敢行したのだが……敵国の罠に嵌ってこの様だ」


「で、敗走しているうちにライルグニアの軍勢と離れたって訳か」


「……いや、ライルグニア3万の前線部隊は……全滅した」


「……………」


 戦争ではまず全滅という概念は有り得ない。指揮系統が崩壊すれば敗走し、相手に捕まれば捕虜へ。他にも何らかの形で必ず生存者は残るのが普通だ。


 それに対して戦場に立っていた彼女は《全滅》という言葉を使った。しかも三万という軍勢が全滅となると……強力な新兵器の投入、または大掛かりな軍略による圧倒的な殲滅か。


「……森の出口が見えたぞ。森を抜けてから十五分程度で家に着くからもう少し耐えてくれ。」


 森から抜けると視界は一気に広がり、暗がりを歩いていたせいもあって外の月明かりは昼だと錯覚するほどに明るかった。


 

背中の女を背負い直すと袖で軽く汗を拭い、見慣れた緩やかな傾斜を登り始める。


「貴方の家はトウオウの市街なのか? 」


 俺は体ごとくるりと後ろを向き、イーレスを軽く睨むと首を横に振る。


「今はあそこは廃墟だ、……あそこに行っても何もない」


 精神的外傷の現地に誰が好き好んで住むというのだ。廃墟の実家に今も住み続けていようものなら俺はとっくに精神が崩壊して狂人にでもなっている。


 今住んでる家は旧市街と森から離れた丘陵地帯にひっそりと建っていた小屋を住めるように改修したものだ。


「すまない。……他意はなかったんだ」


 一連の動作で地雷を踏んでしまったことを察した彼女は申し訳なさそうに謝罪を入れる。


 決して嫌味で投げかけたのではない事はわかっている。俺も身体を酷使して多少疲労が溜まったのか、聞かれたくない部分を問われたことが癪だった。


 それから小屋に着くまでの間はなんだか気まずくなってしまって、お互い無言のままひたすらに帰路をなぞった。




 小屋に辿り着いてからの事を話そう。


 まず真っ先に取り掛かったのは背負ってる女の治療だ。


 異性ということもあって治療の際に一応イーレスに許可を貰ってから怪我の状態を把握した。


 意識の無い女性の名前はシア・クレセント。鎧から察する通りライルグニアの騎士でイーレスの直属の配下らしい。


 彼女は戦中にイーレスを庇って地面を抉るほどの衝撃を受けてしまい、三十メートルほど投げ飛ばされ地面を転がり回ったようだ。


 怪我の状態は酷く、全身打撲はもちろん右肩と肘、肋骨の骨折は籠った熱と青黒くなった患部を見れば一目瞭然だ。


 骨折はまだ軽傷の範囲であり、何よりも命を危険に晒しているのは脇腹の損傷。どうやら衝撃で吹き飛ばされた際に一緒に空を舞った砕石が胴鎧の隙間を抜けて腹部に刺さったらしく、損傷部には片手で握れる程度の尖った石が突き刺さっていた。


 しかし致命傷の決定打となったこの石が未だに体内に留まっているお陰で過剰な出血を防いでくれる栓の役割を果たしてくれていたようだ。運が良いのか悪いのか。こんな重症の状態でショック死を起こさずに未だに生きているのは根性でどうにかなる問題でもないが、彼女の《死ねない》という意思がここまで延命してくれたのかもしれない。


 先ずは骨折部の固定を後回しにして腹部に刺さっている石の摘出を始める。


 廃墟と化す前にトウオウ区の市街地中を回って片っ端から集めてきた医療キットを全て取り出し、引っ張り出したテーブルの上に無造作に並べる。


 俺自身は基本的に薬を頼る機会に恵まれなかったので在庫はかなり余っている。イーレスもシアの治療を手伝うと申し出てきてくれたのだが、過度な負傷と運動で体力的に限界の彼女に無理はさせたくなかった。


「これは彼女の生死を左右するんだ。そんな状態でミスをしてシアを死なせてしまったらお前は後悔せずにいられるのか? 」


 正論の意見を面と向かって説かれ、的を得た発言にイーレスは自分の不甲斐なさを堪えながら渋々了解してくれた。


 とはいったものの庇って怪我をさせてしまったという彼女の心情も汲み取ってやらないといけない。俺は机上にある医療品の状態確認と整理など簡単な雑務を任せてシアに向き直る。


 俺には医学の知識もなければ重症患者の治療なんかにも立ち会った経験がない。偉そうなことを言ってしまったが、せいぜい見よう見まねで異物を取り除き消毒し縫合と止血することくらいしかできない。


 果たして俺なんかが彼女を救えるのかという不安と限られた時間が刻々と迫る緊張感。


 何度も吐き気がしたが、この状況まで持ってきてしまった以上救わねばならないという意識で不安を押しのけ時間を忘れるほど必死だった。


 そのせいか処置の記憶は殆どなく、ふと気が付くと俺は彼女の腹部に包帯を巻いていた。この時にようやく峠を越えたことを自覚し一息つくことができた。


 あとは目についた傷に消毒を施し、添え木に出来るものを全て使い骨折したと思われる部分に添えて包帯で固定。


 何時間かかっただろうか。時間の感覚が曖昧だがようやくシアの治療を終わらせることができた。


「……やってやった」


 達成感を口にして自分のスイッチを切り替えると、まるで糸が切れた人形のように身体が床に倒れ込んだ。極度の緊張状態と集中力から一気に解放された身体の負担はまるで治療中ずっと無呼吸だったかのようだ。


 大の字でひっくり返っている俺は右側に傾くように頭を転がすと、終始俺の治療をサポートしてくれたイーレスも同じく腰から砕けるようにその場に崩れた。


 意識が徐々に遠のいていく感覚が眼前を往復していた。


 ……こんな馬鹿みたいに必死になって敵を助けて、気を失って殺されでもしたら俺の生涯は笑いものだ……。


 このまま投げ出すことになるこの身が果たして新しい朝を迎えられるのか、それが今回の本当の賭けにだったのかもしれないな。


「……お前の怪我はお前でどうにかしろ……」


 そう言い残したのを最後に俺は意識が途絶えた。


 


 気が付くと視界に広がったのは普段通りで普段通りではない天井。いつも目が覚める光景とは違う位置から天井が見える。


 ……そうだ、治療終わったら倒れたんだっけな。喜ばしいことに俺も五体満足なようだ。


 首だけ持ち上げて周囲の状況を確認する。胴体は意識が無くなる前と同じ状態で床に投げ出されていて、大の字に広がった身体が首から生えている。


 そしてその奥の寝床には治療後から変わらぬ姿勢を維持したまま横になっているシア、隣には座ったままベッドに覆いかぶさるように寝ているイーレスが見えた。


 イーレスも俺が倒れた後にちゃんと自分の応急処置はしていたようで、袖の間から白くしっかりと巻かれた包帯が確認できた。


 昨日の凛々しい整った表情からは一転、戦場を駆ける戦士とは思えぬような乙女の寝顔で無防備な姿を曝け出している。その眠りの深さは見ただけで疲労困憊状態が滲み出ていて、耳を澄ませばやっと聞こえるほどの呼吸の音と微妙に上下する肩の揺れがなければ、死んでいるのかと錯覚するほどだ。


 自らも負傷しているのにも関わらず人を担いであの距離を大移動してきたんだ、疲れるのも無理もない。


 とはいえ隣には自分を殺そうとしてた男がいるんだから少しは警戒しろよ。……なんて台詞は酷か。


 それにそんなこと言い出そうものなら殺そうとしていた人間を治療して自宅で寝かせてる俺の立つ瀬がなくなってしまう。


 気怠さを抑えながらふらふらと立ち上がると暗がりの壁に掛かっている動かない時計を無視し、壁の隙間から差し込む外界の光量を目測しようとするが、未だに外から零れる光は入ってきていない。どうやら気を失ってから再び目が覚めるまでそれほど時間は経過していないようだ。


 覚醒しきらない意識を無視して身体の欲求はエネルギーをよこせと叫ぶ。


 腹の虫が定期的に唸っているのを聞いて昨日の騒動のお陰で丸一日以上何も口に入れていないことを思い出した。同時にこの小屋の中に食料が皆無であることも記憶から掘り返してしまい、ついついうるさい腹と寝ているイーレスを交互に見てしまう。


「腹は減ったけど怪我人を叩き起こして食糧確保を手伝わせるのも気が乗らないよな……」


 昨日獲物が見つからなかったのはきっと、彼女たちが派手に這いずり回っていたせいで驚いて動物達が警戒してしまったからだろう。あれから5時間以上経過していることだし今はきっと大丈夫だろう。たぶん、おそらく……。


 狩り、行ってくるか……。


 森へ入る前に小川で野暮用を済ませる為、昨日血塗れになった外套を掴む。野暮用とは勿論川で汚れを洗い流すことだ。


 この外套は黒一色なので見た目はそれほど血が目立つことはないが、触ってみると案の定至る所に血液が固着して肌触りが異なる部分がある。


 俺自身も全体的にシアの血で塗れているので洗うのならばいっそのことこの身を投げ出して川に飛び込んでもいい気分でもあるが、これから狩りに行くのに水浸しになるのも間抜けだ。


 そもそもこれは親父の使っていた所謂形見的な物なのであまり汚したままにはしたくないというのが理由だ。


 血が床を汚す状況も考えて無造作に外套をその場で丸めると広がらないように脇に挟み込む。


 そうだ、川に行くならついでに水筒の水も汲んで行くか。昨日シアの治療中に患部の洗浄で全部使い切ったんだよな。


 ……そういえば水筒の水だけじゃ全然足りなくて最終的に水瓶の残りも全て使い切った気もするけど、まあいいそれは後回しだ。とりあえず一つずつ手順を踏んで順番に事を処理しよう。


 水筒を手元に手繰り寄せ、愛用の短刀と相棒の刀が装備されていることをチェックしながら同じ轍を踏まないように山菜用の籠を腰に巻き付ける。


「……一応確認しとくか」


 家を出る前にシアに歩み寄り口元に触れない程度に手を翳すと、一定間隔で指をくすぐる弱い風が俺に安堵を教えてくれた。


 静かに眠る彼女達の睡眠を妨げないように気を配り、床に散乱する薬やら布切れやらを踏まないようにゆっくり後退しながら背中を使って静かに扉を開いた。




 川で外套を洗濯したり、食糧調達を済ませた頃には薄暗かった空もすっかり明るくなり丘の向こうには日光も顔を出していた。


 本日の収穫は鹿一匹とキノコや野草を中心とした山菜諸々。収穫ゼロという昨日の汚名を返上するかの如く満身創痍で森へ入ったが……まあ可もなく不可もなくそれなりの成果を上げることができた。


 今は何をしているのかというと、ずばりドラム缶に火をかけ薪を放りながら周囲にキノコを突き刺して焼いている。我ながらどう見ても怪しい儀式にしか見えない……。


 この儀式にはちゃんと経緯というものがある、それがこうだ。


 狩りから帰ってきた頃には朝食の事しか考えてなかったので早速丸焼きにしようと思い、いざ薪に火を起こしたところでイーレスの存在を思い出した。


 一人で飯を食ってるタイミングで起きてこられたらなんか無性に気まずい気がする……。


 そう思った俺は『彼女が起きてくるまで待って一緒に食べよう』と結論付けたつもりだったのだが、気が付いたら串に刺さったキノコが火の回りに刺さっていた。これが食に対する執着ってやつだな、うん。


 ここで『焼いてしまったものは仕方がない、キノコだけでも先に食べてしまおう。鹿肉は残してるからキノコくらいいいよな』とついに開き直り、どうせ火を起こすなら湯あみも兼ねて両立させてやろう。そうすればキノコを食ってる時に目撃されようが、『お前の為に湯を沸かしているのだ』という言い訳をすることができる。


 その為にいつも風呂として代用しているドラム缶をわざわざ家の裏手から移動させ足場を組んだ薪の上に設置した――という訳だ。


 我ながらろくでもないことを試行錯誤した末に現在に至るのだが、ここで新たな壁が立ちふさがることになる。


 ――水瓶が空だった。


 ……迂闊だった。早朝から計画的にやっていこう的なことを言っておいて完全に忘れてたなんて、自分でも呆れてしまい頭を抱えてしまった。


 昨日の水瓶の残りから考えて荷車を使えば川まで一度の往復で済むと思っていたが、ゼロからのスタートとなるとこれは3往復はしないといけない。


 何というか……面倒だ。それ以外の言葉が見つからない。


 しかしこの状況まで持ってきてしまった以上ここでやめるわけにはいかない……って少し前にそんな台詞言ったような気が……。


 兎にも角にも実行しなければ始まらない。


『どうせならドラム缶と水瓶の水汲みを終わらせてしまえばいいじゃないか! 』


 と無理矢理に士気を高めながら荷車を引っ張って小川を往復すること6往復。ドラム缶と水瓶の水を満たすことがようやくできた。荷車に積んだバケツに水を汲んで運ぶだけなので疲労感はそれほど感じないが、精神的にはどっと疲れが押し寄せてきた。、


 後はドラム缶の水を熱するだけなのでゆっくりキノコを堪能しよう。そう思った時、再び、というよりはやはり、災難が災難を呼ぶ。


 ――キノコが真っ黒になっていた。


 俺は言葉を失ってその場に座り込むとがっくり項垂れた。……そりゃそうだよな、キノコ避けなきゃ焦げるに決まってるだろう。


「ってか水汲む前に食べればよかったんじゃないか……? 」


 ………………………。


 俺は項垂れた顔を上げずに地面に向き合ったまま視線だけ黒い塊に向けた。見た目はあんな残念になってしまったけど以外に食べれるかもしれない。


 少し自棄になっていたらしく、意地になった俺は真っ黒のキノコを一口だけかじり始めた。焼き物を通り越した過熱の臭いとともに口に広がったのは痛快なほど皮肉な苦味。


「これは――――――アウトだ 」


「何がアウトなのだ――って手に持っているそれはなんだ? 」


「キノコの亡骸だ、……食べるか? 」


「……いや、遠慮させてもらおう 」


 渋い顔をしているところで不意に起きてきたイーレスと目が合ってしまったので照れ隠しに冗談を用いたのだが、結果として変人ぶりに拍車をかけた気がしてならない。


 気を取り直して立ち上がり、正面に向き直ると彼女が右肩を押さえていることに気付く。


「昨日はお前の応急処置する前に気を失ってしまったみたいで……すまなかった。それで調子のほうはどうだ? 」


「謝るのはこちらのほうだ。……それと心からの感謝を。理由は分からぬが複雑な心境を持ちながら、私達を保護してくれた上にシアの応急手当てまで任せっきりにしてしまって……本当に申し訳ない」


 そういうと彼女はこちらに精一杯の敬意を表し深く頭を下げた。


 人から感謝されるのも悪くはないが、なんだか無性に照れ臭くなってしまう。頭を下げられるなんてことをされたのも人生で初めてだったので、全身が痒くなるような感覚に襲われる。


「傷は痛むが大した怪我ではない。足首が折れてるみたいなので戦線に復帰できるのはもう少し後になりそうだがな」


「ここにはどうせ俺しかいないからな、シアが移動できる状態になるまではここを隠れ家として使ってくれ。それと湯も沸かしておいたから傷口が化膿する前に身体を洗っておくといい」


 彼女は呆気にとられながらも懐疑的な表情でこちらを見つめながらこちらに問う。


「……なぜそこまでしてくれるのだ? 」


 昨日俺が短刀を突き付けたこと、ライルグニアに恨みを持っていること。イーレスにも少なからず良き因縁ではないことを察しているはずだ。そんな相手に態度を一変され急に善行に走られては疑いの眼差しを向けるに決まっているし、当然自分が同じ立場であったならそいつを信用しないだろう。


 右手で髪を掻き毟りながら、躊躇していた今の正直な気持ちを込めて言い放つ。


「……忘れていた」


「……今何と言ったんだ? 」


「今の今までお前がライルグニアだって事、忘れていたと言ったんだ……」


「………………」


「……ぷっ!」


 予想していた返答とは真逆のに堪え切れなくなったイーレスの笑い声が周囲に広がった。

 

 確かに間抜けな発言だとは思う。しかし、起きてから色々なことがあったせいで完全にイーレス達が恨んでいる敵であることを忘れていたのも間違いなく事実である。しかし一番の原因ともいえるのはその懐かしく見覚えのある目だろう。自分の中で敵とは対極にある存在を想起させる瞳がどうしても恨むべき対象として見ることができなかった。


 一通り笑い終え一段落した彼女が涙を指で拭いながら、小屋の外壁に寄りかかる。


「おかしな人だな貴方は。私が言うのもなんだが、昨日首元に突き立てた殺意はそんな生温いものなのか?」


「今でもお前たちの国を恨んでるし殺したいとも思う、それは変わらない。だけど……」


 昨夜の月明かりに照らされたイーレスがフラッシュバックする。


「お前は今まで見てきたあいつらとは違う気がする。あいつらはそんな瞳で自らを犠牲に晒すような要求は絶対しない」


「貴方にライルグニアの何が分かるというのだ。事情は知らぬが少し私怨が歪んでいるような気がするぞ? 」


 そういうと彼女は預けていた背中を壁から離すと先程の笑顔を消し去って真剣な顔つきでライルグニアという国がいかに信仰深い国で神に近いかという話を説き始めた。


 彼女が語るライルグニアはどれも古い歴史を綴る文献を読み流すような神聖な内容であり、神、神の代行、信仰、聖戦といった単語を組み合わせていればそれっぽい内容に仕上がるようにも聞こえてくる。。


 熱意を持って力説していた彼女には申し訳ないが、俺にはそんな体裁ばかりの綺麗事は通じない。むしろライルグニアを上っ面だけで語るイーレスの話に感情が沸き上がりそうになる。


「よくわかった、お前が自分の《国》を理解していないことがな」


 ライルグニアが《神》を信仰するのならば《神》とはおそらく悪魔か魔物の類なのだろう。

あれだけのことをしておいて偉そうに信仰国を名乗るこいつらに狂気すら感じる。


「今後俺の前で神とか代行なんて言葉口にするな、吐き気がする」


「………………」


「……まあいい、俺はあの一番高い丘にいるから湯浴みが終わったら声をかけてくれ」


 相手の返答を待たずにいつもの丘へと足を運んだ。




 丘の頂は相変わらず風が緩やかな地形をなぞるように進み、唯一の障害物である人影を避けるように優雅に泳いでいる。


 トウオウサクラの状態を遠目で見つめながら先程の会話を思い出す。


 イーレスは本気でライルグニアを神聖な国だと言っているようで、彼女自身の信仰心も国への忠義も嘘偽りはないだろう。その確証を裏付けるのも――あの瞳だ。

 

 国の崇高さを物語っている時も俺はあの瞳に吸い寄せられていた。歪みのない誠実な輝きは昨日の自分を犠牲にしてまでシアを救おうとしていた時と全く同じ目だ。


 俺はあの瞳を信じると決意したし一夜明けた今も裏切られることなくこうしてこの丘に訪れることができている。そんな輝きを俺は否定したくはない……いや、できない。


 誠実な騎士が誠実であることを証明したい気持ちと、俺の信じたものが間違いであったと思いたくない気持ちがあるからだ。


 仮にあの瞳と言動を両方信じるとした場合、余りにもお互いの見解が多くの矛盾を孕んでくる。


 彼女の中の《それ》と俺の経験してきた《それ》、違うものは明確であると断言できるのはあくまでも俺の視点からで、俺のが思う《それ》は彼女にはどう見えてるのか。まずはお互いの考えを把握する必要がある。


 そう思ったとき、不意に気配を感じたので勢いよく後ろへ振り返ると、そこに立っていたのはどこかばつが悪そうなイーレスだった。


「湯浴みは終わったのか? 」


「あ……いや、湯が熱すぎてな。少し冷めるのを待つことにした」


 俺は瞬間的に嘘をついてると確信した。そもそも火種はあくまで調理目的で最初に用意したものであって、あの量の水をこんな短時間で沸かせるほど火は強くない。それくらいはいくら間が抜けてるとはいえ普段から生活している人間からして体感で把握できる。


 きっと彼女は律儀なことに命の恩人たる人と軽い口論になってしまったことに負い目を感じて後を追ってきたのだろう。


 それにしても驚くほど嘘をつくのが下手である。目を泳がせて挙動不審な態度で迫るこの仕草が演技であったのなら、彼女はきっと大物の舞台女優に違いない。


「……申し訳無かった。恨んでいるのを知っていながら煽るようなことを口走ってしまった」


「別に怒っちゃいない。あの時腹が立ってたのは己を信じられない臆病者の自分に呆れてしまったからだ」


 この言葉を聞いて緊張が解けたのかイーレスは止めていた息を吐き出すと委縮していた肩の力を抜いた。


 桜に向き直り目下に並ぶ朝焼けに焦がされた薄紅の様子を眺める俺の隣に歩み寄り腰を降ろす。


「……トウオウサクラか。実物を見るのは初めてだが、とても勇ましいな」


 長い髪を揺らしながら桜の踊る姿を堪能する彼女の表情は哀愁を帯びているように感じた。その表情がただの勘違いなのか、はたまた朝焼けが施した厚化粧なのか。

 

戦線から離脱した彼女はどのような心境で桜を眺めているか、その表情から真意を読み取ることはできなかった。


「生まれた頃からここに住んでいるが、あの桜を見て《綺麗》と《美しい》以外の感想を聞いたのは初めてかもしれないな」


「褒め言葉なのかそれは?」


「同じ感想を聞いてばかりいると感情が入っていない淡白な言葉にしか聞こえなくなってしまうんでな。それが桜守りの宿命かもしれない」


「桜守り……人工植物のトウオウサクラが今もああやって満開に咲き誇っているということは貴方が手入れを欠かさないからだろうな」


 そしてそのあとに投げかけようとした言葉を直前で口にするのを止めた。続く台詞は十中八九『見せる人間がいないのになぜ桜守りを続けるのか』という問いだろう。

 

 これまでの会話の流れから問いの返答は必然的に『ライルグニアの悪口』になることを意識的に察したようだ。


 こちらを気遣ってくれたイーレスの気持ちを汲み取り言葉で返事をする。


「今も桜守りを続ける理由は俺にもわからない。やることがないから惰性で続けているだけなのかもしれないし、頭のネジが飛んで意味もなく同じ日課を繰り返す義務感が身勝手に動き回ってるせいかもしれない」


 空よりも、桜よりも手前に主眼点を合わせた先に立っている一本の十字架と目が合う。


 かけがえのない人間が埋葬された悲しみの象徴であり、またこの丘で安らぎ時間を共有するオブジェ。


 思い出だけの彼女はあの時の言葉を俺の記憶に落としていった気がして、それをそっと拾い上げ言葉にする。


「世界中の人間は《美しい》と言った、俺は《美しい》とは思わなかった。しかしそれは《美しかった》。なぜだと思う? 」


「……唐突に哲学的な謎かけだな」


 冗談を受け流すように少し鼻で笑っていたのだが、俺が真面目な表情で問いを投げていることを悟るとその場で少し考え返事を贈る。


 「……大切な人が《美しい》と言ったから?」


 「………………」


 その問いに答えることができずに虚空に舞った桜の欠片を目で追いかけた。


 俺が視線をイーレスに戻した時、彼女もまた十字架を見ていた。無意識的に眺め続けていた墓からあの問いの答えを見出したのだろう。


 しばらくの間二人は会話することなく座り続けたまま朝が死ぬ光景を目に焼き付けていた。


 やがて俺はゆっくりと起立し十字の陰に歩み寄って、かけてある首飾りを手に取り言葉を落とし始める。


「昨夜殺す予定だった敵を助けたのはお前の目が嘘をついていないと思ったからだ。そのまっすぐな瞳を見て俺はお前の目を信じると決意した。敵の瞳を信じるなんて馬鹿な話だとは思うだろうがな」


 濁すような物言いで自嘲を交えつつ口を動かす俺の言葉を彼女は真摯に受け止め続ける。

 

 眼前に掲げた首飾りは角度を変えながら太陽の光を反射させ閃光を発した。


「その目を持つお前が嘘を言わないと信じている。……ただ俺は国を誇っているお前を肯定することはできない。ライルグニアは絶対許されないことをしたからだ。」


「……よかったら聞かせてくれないか? 私は私達の全てを受け止めたいと――そう思う。」


『私も多くの人間を殺めてきた業を背負っている』と彼女はあの時言った。それには同感であり生殺与奪は戦場では至極当然である。殺さなければ生きられない場合もあれば奪わなければ与えられない場面も出てきてしまう。

 

 そんな汚い感情が渦巻く戦場にいる人間が『全てを受け止めたい』などという綺麗事を言っているのだ。生半可な感情ではこの言葉は口にすることもできないはずで、特に彼女のような純粋な性格をしている人間は本当に全て一人で受け止めてしまうだろう。


 したがって彼女の決意に俺も応えていかなければならない。


「湯浴みが終わったら飯にしよう。そのあと少し付き合って欲しい場所がある」


 俺は惨劇の舞台への招待状を彼女に送り付け、手に下げた首飾りを持ち主へ返すと墓に刻まれた小さな文字を一瞥しそっと指で辿った。




 湯浴みを終えたイーレスと食事を済ませ、トウオウ旧市街地――廃墟へと向かっている。


 拠点の小屋から十五分ほど歩けば廃墟の入り口に到着するのだが、足の怪我をしているイーレスがいるだけあってその足取りは通常よりも遅い。


 出発前に背負っていくと提案したところ、『三戦姫の名折れだ』と言って頑なに拒否されてしまったので、仕方なく予備の木材で簡易的な松葉杖を作って渡した。


 丘の傾斜は緩やかとはいっても片足で降りるのは困難だろう、そう思っていたが流石は《三戦姫》。実際は三戦姫がいかようなものなのか全然知らないが、威勢のいい声で名乗るだけあって怪我人とは思えないほどには軽快なステップで歩行している。


「そもそもその三戦姫っていうのはどういうものなんだ? 」


「……それを説明する前に私達はお互いの名前を知っておく必要があると思うのだが」


 ここで初めて自分が名乗っていないことに初めて気づく。そういえばイーレスも本名ではなく咄嗟に名乗った仮名だったな。こっちはイーレスと不自由なく呼んでいたのですっかり名乗ったつもりになっていた。


「すまない、完全に忘れていた。俺は《御桜臣みさくら・しん》という。そっちの地方だと苗字が後に来るから名前がシンで家名がミサクラになるな」


「 了解した。ではシンとよばせて貰うとしよう」


 唐突に歩みを止め左腕をこちらに差し出してきたので理解に遅れて一瞬躊躇したが、一拍置いてこちらも左腕を出して対応しながらお互いの手を握る。


「私はライルグニア王国第三戦闘部隊所属のイーレスラムレス・クロノヴェストールだ。呼び方は今まで通りで構わない」


 握った手に瞬間的に強い力を感じた。彼女の手の甲は戦士を忘れさせるほどに白く綺麗であり、対して内側はの皮は堅く乙女とは思えないほど練磨されていた。


「三戦姫を語る上で、《二分化戦争》と《神の力》という知識が必要になってくるが、それについては? 」


「聞いたことはあるが詳しい内容まではわからないな。そこらへんを踏まえつつ無知に説くような具体性で、かつ馬鹿にでもわかるように簡潔に頼む」


「説かれる身としていささか注文が多い気もするが……善処しよう」


 廃墟に向かいつつ教えてくれた彼女の話は思いのほか要点が押さえてあって内容を把握し易かった。


 まずはこの戦争のきっかけについての話。元々ライルグニアとガルオゴロは同じ勢力だったのだが、とある日を境に未知の技術を軍事投入し始めたことにより世界情勢は二分化。


 未知の技術というのが所謂《神の力》というものだ。定義化されていないだけあって呼び方は魔術、神道、気功等呼び方が数多に及ぶがここでは《神の力》と呼称しよう。


 その《神の力》とは名前の通り人間では常識的に考えられないような能力を宿している眩い光を放つ結晶体のことで、晶に触れることで人類はもちろん生物や無機物にも奇跡をもたらすものとされている。


 革新的な技術を宿した結晶は人類が決して到達できないものであり、創造することは不可能である。したがって、唯一無二の結晶の所有権を巡って世界は大波乱に巻き込まれていくこととなる。


 それが《神の力》を信仰の賜物として謳っているライグルニアと、勢力分裂の前に結晶体を奪い去り、その技術を軍事転用させることで世界の統一を狙っているガルオゴロだ。


 ガルオゴロは別名《神機甲軍》と呼ばれており、その名の如く《神の力》を兵器として運用することにより圧倒的な戦力差で周辺国を一気に飲み込み勢力を肥大させ、世界で一番強大な宗教を掲げるライグルニアと並ぶ巨大な勢力と化したのだ。


 本来は中立国であったトウオウもその戦火に飲まれ消滅していった国と一つで、今はガルオゴロの支配下で国を解体されて《トウオウ区》と改名された。


「同じ国同士が喧嘩して世界を巻き込みながら奪い合う……醜い戦争だ」


「当事者として争いに身を投じていても、そればかりは賛同する。……神から授かった力を奪っただけでなく、その力をぞんざいに扱う神機甲軍を許すわけにはいかない」


 ………………。


「『神から授かった力』ねぇ……。で、その情勢と三戦姫の絡みは? 」


「三戦姫はその名の通り三人の戦う王女の略称だ」


「……ふむ、矛盾してるな」


「話を最後まで聞いてくれたら分かる」


 姫とは王の娘であり戦場を蹂躙する存在としては一番縁の遠い立場だ。しかもその王女が三人も死の淵を渡り歩いているのだから狂気としか言いようがないだろう。


「私や姉様、父様の《クロノヴェストール》家は僅かながらだが結晶を介さずに《神の力》を使うことができる一族だ。三戦姫は奪われた《神の力》をクロノヴェストールに持ち帰るため戦場の最前線に立ち、

並の人間では太刀打ちできない神機甲軍の兵器、通称《神機》を討伐して世界を駆け回っているのだ。」


「……軍事転用という意味ではガルオゴロとなんら変わりはないと思うかもしれないが、少なからず私達は《神の代行》という意思を持って力を行使しているつもりだ」


 今の台詞で重要なのは『僅かに神の力を使える』とうこと。《神の力》を使えると言いながら彼女は足を引きずって歩いているということは自身の肉体を治療するような力は持っていないということだ。同様に他人も治癒することができないことも昨夜のシアの件で証明できる。もし彼女が未知の力を使って怪我を治療できるのであれば、今頃こんな辺境の地にいるわけもなければ俺と出会うこともなかっただろう。


 先程の内容にはまだ矛盾点は多く、もしも三戦姫が全滅してしまったら一族的には窮地に追いやられてしまうことなども十分考えられる。未知の兵器と日々死闘を繰り広げているのだから当然死のリスクも高いはずだ。


 その辺りの質問を投げるとイーレスは驚いた表情でこちらを覗いてきた。


「シンは本当に世界情勢に疎いのだな。私達姉妹は四人いて一番上の姉が正統王女ということになっているんだ。」


 生まれてから長女以下の姉妹はあくまで正統王女の護衛として教育することで立場を明確にしてあるということらしい。一見不憫な話とも思えるが、最初から格付けを割り切らせることで妹達の嫉妬や正統王女への反逆心を生み出さないといった十二分練られた政略なのだろう。


「ってことはお前は王女様なのか」


「正統王女ではないが一応そういうことになるな」


「ふーん」


「ふーんって……。貴方の言葉を借りるならば『私が生まれてから私の地位に驚嘆しなかった人間は貴方が初めて』だ」


「王女のイーレスを見てないからな。判断材料が足りないのもあるだろうよ」


 昨夜から今の時間までの泥臭い状況で素性を見破れたのであれば俺は相当の目利きになれる自信がある。実際王女として周りにちやほやされてるような彼女を見たのならばもっと別の感想を用意できたかもしれないが。


 とは言ったものの裏表のない潔白な精神や相手を観察する優れた能力など、王女気質というよりは師団長を思わせる部分が多く感じるのだが、それは彼女が生まれてから長い時間を費やして戦闘や操兵術の訓練に励んでいたことを物語っているのだろう。


 二十分くらい歩いたはずなのだが、絶えず口を動かしていたお陰もあってあっという間に廃墟の外壁が見えてきた。一通りの情報交換――八割はイーレスの話だが、二人は足に違和感を覚える程度のなだらかな斜面を降り終えて黙々と平地を歩いていた。


 もう少しで街の入り口に差し掛かるという所で背後の足音が止んだ。首を九十度捻り残りの九十度は視線だけ彼女に向けると彼女は軽く俯いてるように見えた。

 

 身体が痛むのかと聞いてみると静かに首を横に振り片道最後の問答をこちらに投げかけた。


「……シアはどうして私を庇ったのだろうな。純粋に私を慕ってくれていたからなのか、私の王女としての身を案じてくれたからか。それとも信じる神の為に私を生かす選択をしたのだろうか」


「意識のない状態のまま時間が止まっているシアがどういった人間かは知らない。しかしそれでも後者は無いと思う」


「どうしてそう思った? 」


 不安そうな声質を保ったまま続けて問う。


「もしシアが後者の神云々を選択し身を投げたのならば、少なくても彼女はこの世界の生をとっくに諦めて大好きな神のいる場所に旅立っているだろう。でもシアは生きている。いつ死んでもおかしくない怪我をしていたのにも関わらず、この世界にしがみついて必死に生を掴んで離さなかった意思は並大抵のものじゃないはずだ。」


「……そうだといいんだがな」


 それなりに満足できる回答を用意したつもりだったが、依然として暗く彼女の機微に触れることはできずにいた。おそらく質問の本心は未だ奥深くに眠っているのだろう。それは今までの会話で色々な記憶を思い返していくうちに自分なりに見出した答えがあり、積もった疑心がシアに向いてしまった。彼女が一番心から信頼している相手だからだろう。名前も知らなかった俺を信頼するような純粋な性格しといて、今更相手の気持ちに怖がるなんてらしくない。


「そんなに心配なら本人に聞いてみればいい」


「それができるのならばどれだけ楽な事か……。第一虚偽を見抜けるのならば私はこうやって悩んでいないと思うぞ」


 いつまでも湿っているイーレスに痺れを切らし正面に向き直るとそのまま歩み寄って行き、彼女の頭を両手で掴むとぐっと顔を近づけた。


 お互いの顔があと数センチという所まで接近した俺は正面にある透き通るような瞳の奥を一心に覗いた。


 真上に昇った光源が二人の瞳の内に瞳を宿し、不安の土に隠れた安心を掘り返していく。


「目を見て感じろ……誰かさんみたいにな。シアがどの選択を選んでいたとしてもお前を救いたいと願ったんだ。身を挺した気持ちを放り投げておきながらこんな怪しい男の事を信用しといて、いまさら相棒を疑ってたら目を覚ました時に殴られるぞ」


 大きく見開いていた瞳の間隔が狭まり彼女は小さく微笑みながら俺の甲に手を重ねる。


「……貴方は優しいな」


 優しいという言葉に反射してその手を振り払ってしまったが、ぶっきらぼうにあしらわれた彼女の表情から微笑が絶えなかった。


「馬鹿を言うな。いつまでも湿った態度なのがイライラしただけだ」


 見透かされているような顔に少し気が立った俺はフンと鼻を鳴らしながら後を待たずに廃墟へと歩いて行った。




 ――これは酷い。


 意図せず口から漏れた言葉を唇を噛みしめることによって最大限に感情を表現している。この光景だけは自分の目に焼き付けておこうと瞬きもせず周囲を見渡す一人の女性。


 崩落した門を越えると一番に目に入るのが一面の瓦礫。石畳の隙間から擦れるように伸びている緑と抉られた地面に咲く黄。


 形を留めている建物は無く、土地だけ囲ったようにあちこち崩落した吹き抜けの廃屋からは鳥の嘆きが響き渡っている。街の外壁も凹凸の激しい箇所が目立ち、かろうじて丘の強い風を防いでくれる程度の機能しか果たせていない。


 そしてなによりも彼女を釘づけにしているのは、門から正面に見える巨大な花壇の土に刺さる無数の枝。垂直に伸びた木の胸には水平に伸びた短い枝が紐で括り付けてある。中央にそびえる十字は一際大きく存在感を誇示しながら哀愁を振り撒いていた。


 その広場に弱い足取りで歩み寄ると、大きな花壇を一周しながら廃墟中に蔓延した静寂を拾っていく。


 時間をかけて粗末な墓標を一周した彼女はその中の小さな枝を優しい手つきで撫でると視線を変えずに呟いた。


「……墓標の名前は全部シンが? 」


 花壇の横にある横転した馬車に座っていた俺は足を組みなおしながら口を動かす。


「二十年以上この街で生きてきて名前を知っていた人間の名前がこれだけしかいなかった。……あとは中央の大きな十字で共用だ」


 感慨深い面構えをしながら野草の陰すらない整えられた花壇の土に手を当てる。


 ここはこの街の住人全員が一挙に集められ粉にされて眠る場所であり、俺を置き去りにした天国への回廊の一階でもある。


「この街の慣れの果てを見届けた唯一の人間――それが御桜臣という無力な若造だ」


 届きもしない太陽に手を伸ばしながら、そのずっと向こうにある天国の距離を測り、皆から勇気を貰うと掲げた掌をぐっと握りしめる。


「俺は今からこの街の嘘偽りのない真実を話す。イーレスも虚偽なく知っている事を答えてくれ」


 イーレスは静かに頷いた。


「ライルグニアは神への忠誠が絶対であり、ガルオゴロのような粗暴な悪行をはたらく人間はいないか?」


「そうだ、そのようなことは絶対にない」


「ならばこの街が廃墟になったのはどうしてだか、イーレスは知っているか? 」


「申し訳ないがトウオウ区の実情は神機甲軍の強襲を我が国が鎮圧した、ということしか知らない」


 ――すべて繋がった。


 イーレスの瞳は嘘なんか言っていなかった。疑心の壁が完全に崩壊していく音におもわず心の中で歓喜する。


 しかし彼女の容疑が晴れたといって喜んでばかりはいられない。今度は逆にその誠実さがこれからの話に大きく苦しめられることになるだろう。


 果たして心が耐えられるのだろうかと危惧の念も抱いたが、それも誠実だからこそ伝えないといけない内容なのだろう。


 一度肺に空気を溜めた後静かに吐くことで長話の準備を整える。


「この街を葬ったのはガルオゴロじゃない。――ライグルニアだ」




 二年前のあの日。


 疲弊したライグルニア軍の休息地として選ばれたトウオウは当時中立国であったため快くライグルニアの申し出を受け入れた。


 この街の人間は信仰深いライグルニアに何の疑いを持たず、むしろ逆賊を討伐する正義の軍として迎え入れたほどだ。平和な国で生まれ育った俺も同様でちょっと変わった行事が街で行われている程度の考えで親父と日課の狩りに出かけたのだ。


 悲劇の幕が開かれた事も知らずに……。


 空が暗くなった頃、俺と親父が狩りから戻り市街に向かっていると街の方角から大きな煙が出ていることに気付く。どこかの家が火事にでもなってるのか、と親父が少し慌てた様子で帰路を急ぐので俺も同じ歩幅で着いていく。


 徐々に街へ迫るにつれて煙が大きくなってることに気付き、やがて火の手は街の外壁の内側全面に広がっていると気付くや否やその足は全力で街の門を目指していた。


 門を潜った先は世界を覆うほどの煙と炎が見渡す限りの建物を焼いていて、一際大きい火の手が正面の広場にあった。


 ライグルニアの軍はその周囲に集って燃料を投げているようだ。


 煌々と燃える炎に投げ入れているもの、それは――――――人の影。


 山のように積まれた人間を二人がかりで運び出し次々と罪のない人間に業火を浴びせているではないか。


 地獄絵図が空想の与太話だと信じていたおめでたい頭の俺は、非常識な光景を目の当たりにして何をしているのか全く理解できなかった。


 止まっていた思考を再び現実に戻してくれたのは真横から聞こえた親父の一声。


 何かを察した親父は俺に逃げろと叫び、その声に反射するように駆けだした。兵士がこちらに気付き追いかけてくる姿に背中が剥離するほどの寒気が襲いかかり、今にも凍えてしまいそうだった。


 ――それでも走る、ひたすらに。


 見知った路地を曲がりながら見知らぬ光景を駆け抜ける。

 

 毎日狩りをしているお陰で走ることは慣れているし、街の地理も隅々まで把握しているので先回りしてくる予想経路を先読みしながら狭い道を突き進む。


 しかし、街中に蔓延る兵士が追いかけてきているのだ、到底逃げ切れるわけもない。

ついに諦めそうになってしまった時、並走していた親父が静かに言った。


『お前はまだまだ長い人生が続く、だから絶対に死ぬな。諦めずに走り続けて逃げ切れよ』


 そう言い残した親父姿は俺の視界からいなくなったが、その言葉の意味を整理できないまま振り返らずに走った。


 親父が俺を庇って囮になってくれたと知ったのは建物を二回左折した時であり、途端に置いて逃げてしまったという後悔が押し寄せてくる。十人以上の兵士に囲まれた親父はきっと助からないだろうし、かといって今から助けに行く勇気を振り絞ることもできやしない。


 ――人が火に焼べられる姿が脳裏に焼き付いて離れなかったからだ。


 絶望に打ちのめされる事もままならないまま辿り着いたのは自分の家。窓は粉々に破損していたものの幸い飛び火することなく無事な我が家を見て一つの希望が沸き上がった。


 ――もしかしたら姉さんがいるかもしれない。


 淡い期待を胸に家の扉を開くと家の中は真っ暗で人の気配はなかった。照明に頼れないので壁伝いに部屋を回り姉さんを探そうと思ったが、周囲があまりにも散乱していて音を殺すのが容易ではない。


 タンスや家具がひっきりなしに荒らされ金品や食料などめぼしいものは全て奪われていたが、今となってはどうでもいい。姉さんの安否しか頭になく影に目を凝らすので精一杯だ。


 真っ先に向かった姉の私室に辿り着くや否や、奥にうっすらと見えた人影に忍び足で近づくと姉さんの顔が見えてきた。


 名前を呼びながら抱き着こうとした瞬間、暗がりに慣れた目は姉に迫るほど真実を写していく。


 両手の甲を貫く二本の短剣と、身体の中心から伸びている長剣。床は漆黒、しかし水音を響かせる。


 ――――――そして姉は全裸だった。


 動かない姉に何度も呼びかけながら身体を揺すると触覚が知らせる濡れたような感覚。それは血では無い、ベタベタした何か。


 それを見てとうとう心が砕けてしまい、身体は血の海にも関わらず床に崩れ落ちていく。


 姉は、強姦され殺されていた。


 床に頭を擦り、爪が剥がれ落ちても床を掻き毟り続け、口からは血が垂れるほどに噛み締め、悲しみと怒りで無意識に全身が痙攣していた。


 神の名前を騙っている悪魔。絶対である神の名を出して街の人間を集め、抵抗できない状態にした後、女を犯し金品を奪った。そして口封じで皆殺しにした後、証拠隠滅として火をかけた。


 姉さんはそういった行事や祭事、ましてや神の名前を用いても興味を示さないような性格だ。その指示に従わなかった為にこの部屋で最期を迎えているのだろう。


 これは後に判明したことだが神機甲軍の死体も存在していたのだ。おそらく捕虜として捕まえた敵軍の兵士をここに死体として残すことで自分達の非道な行いを隠すどころか敵国に罪を擦り付けようとしていたのだ。


 この下劣な行いを目の当たりにした俺は怒りながらこう思った。あいつらは己の悪心を当たり前のように行使して善人の良心を食い潰すだけじゃなく誤魔化し正当化しようとした下劣な人間だ。


 外側は清く着飾っているだけで、蓋を開ければ宗教の伏魔殿。

 ――何が神だ。何が信仰だ。お前らの神は信じていれば山賊や悪魔でも許されるというのか――


 人間としての尊厳を捨てた動物よりも狡猾な悪魔。

 ――自分達の欲を満たせれば何をしても構わないというのか――


 ……許さない。絶対に。

 ――かけがえのないものを汚されながら奪われた気持ちがわかるのか――


 ……この街から一匹も逃さず殺す。

 ――コロスコロスコロス――


 ――――――。


 それからのことはよく覚えていないのだが、狩りをする時よりも醜い感情に蝕まれながら蔓延る豚を始末したという証拠だけがその場に残っていた。


 全てが終わると姉さんの遺体を抱きかかえ門の近くに落ちていた親父の外套をそっと被せると街の外へ出た。


 空は暁、地は黄昏。広がる煙は空へと伸びる灯を覆いながら夜と同化し、燃え盛る炎は無情な侵略を続けながら思い出を焼いていく。


 その頃には涙も枯れ果て、悲しみも怒りも何も感じなくて。身を焦がす熱気も、孤独の寒さも忘れて――ただひたすらにいつもの丘を目指した。


 ………………………。




 忠実に自分の物語を語る終え記憶の片隅にあった開かずの扉をそっと閉めながら、もうこの部屋に入ることはないだろうと願い、再び厳重に施錠を施していく。


 記憶とは曖昧であり鮮明であり、その部屋の入り口が目に入ってしまえば、その手には鍵が握られている。その鍵を捨てることさえできれば厳重に閉ざされた扉を開く手段はなくなるのだろう。しかし鍵はどれだけ遠くへ投げ捨てたり折り曲げようとしても必ず手の内に戻ってきてしまう。


 果たして数多の南京錠と強固な鎖に巻かれたこの部屋は記憶から消えてなくなる日が来るのだろうか……。


 甲高い鳥の鳴き声に意識を引き戻されると二年前に焼失した建物からは幻のように熱が消え、新たな命が芽吹く砦となって新たな役割を全うしていた。


 山積みにされた住人が姿を変え、細い身なりで静観を貫いている様子が俺にはどこか恨めしそうに見えて仕方がない。


 まるで『ライグルニアを殺せ』と言っているように。


 あの時の殺戮で怒りを全てぶつけて個人的な復讐は終わったと思っていた。しかしこの場からは『あの時殺した奴らだけじゃ足りない。もっともっと殺して回れ』と言わんばかりに恨みや辛みの声が何重にも重なって不協和音となり復讐心を焚き付けてくる。


 それに対したった一人、丘の上に埋葬した姉さんだけは恨みや苦痛ではない言葉を俺に告げる。


『桜は美しい』


 なぜ姉さんは自分や死に関連する言葉を使わずにその短い一言を用いてるのかよくわからない。


 ただ、思い当たる節が無いわけではなく、おそらく過去に姉さんとは桜について軽い問答をしたことが残した言葉と繋がるような気がした。




 ――俺が二十歳の誕生日を迎えた日のこと。

 

いつもの丘で読書をしている姉さんが顔を活字に向けたまま隣で昼寝している俺に問いを投げてきた。


『臣は、桜が綺麗だと思う? 』


『思わない』


 ありふれた言葉を打ち返すように即答する。生まれたときから桜の世話なんかしてたら面倒なだけの木としか感じないからだ。


 姉さんもあらかじめこちらの返答を予測していたかのように次の質問が始まる。


『世界中の人間が桜を見て綺麗だと言ったら、臣は桜が綺麗に見える? 』


『思わない』


 これも即答だ。他人が桜を綺麗だと言ったところでなんで俺が自分の気持ちを曲げなければいけないのだ。


 臣は心が綺麗なのね、と微笑みながら本を閉じ最後の問いをそっと呟いた。


『では、貴方が一番大切だと思う人が桜を見て綺麗だと言ったら、臣は桜が綺麗に見える? 』


『……む』


 その台詞だけは不思議と即答できずについ考え込んでしまった。普通に考えたら一番大切な人が桜のことを綺麗だと感じるだけの話でこれまで同様意見を変える必要なんて全くない。


 しかし大切な人と同じ物を見て共感をしたいという気持ちもあり、違う意見で分かれてしまうと相手が悲しんでしまう不安もある。


 この考えまで達した時に一連の問答を思い返してハッとした。


 もし大切な人と同じ意見で答えた場合、同時に否定した世界中の意見に同意することになってしまう。


 もどかしい前提を踏んだ上でそこからどういった解釈をして答えるのかがこの質問の意図なのかもしれない。自分の意見は誰にも変えられないと答えるのか、大事な人と共感するために嘘を吐いてまで否定した考えを正すのか。


 この問いには日が暮れても答えが出せないまま、結局答えを聞き届けることはできなかった。


 姉さんがこの丘で《桜が美しい》と残すということはおそらくあの日の問いを考えろと言っているような気がしてならない。


 桜が綺麗に見えないという俺の答えを知りつつ、あえて姉さんは《桜が美しい》と言ったのだろう。


 仲の良い姉弟が死に別れていく中で対となる選択をして、生きている弟はどういう考えをするのかを知りたかったのかもしれない。実に姉さんらしい置き土産でもある。


 俺はその問いに悩み続けながら意味のない毎日を送り続け、たった一つの墓の為に満開の桜を見守ってきた。そして二年も費やして辿り着いた自己満足で傲慢な回答は、きっと姉を苦笑に導くことだろう。


 ――それでも自身が納得のいく回答がこれだけしかなかったから許してくれ。


 世界中の意見に反しておきながらも大切な人間の意思を個人として尊重するという皮肉も込めて答える。


 《世界中が美しいと言うが俺はそうは思わない。しかし桜は美しいのであろう》と。


 この回答を導き出した影響からかここを訪れるたびに絶えず木霊していた苦悶の声が聞こえなくなっていた。過去を振り返っていくうちに一つの出来事が俺の考え方を大きく変えてくれたのだ。


 おそらく自分の中で心の置き所を見つけたらしく、すっきりしたような感覚に全身が包まれている。


 悲惨な過去があったことは変わらないし悲しみも怒りも忘れ去ることはできないだろう。しかしそれらはあくまでも自分の感情であり、他人や無残な廃墟の風景に流される事ではない。


 そして何よりも一番心に響いたのは、イーレスラムレス・クロノヴェストールの姿。

――この話を聞きながら大粒の涙を流し、俺の胸にしがみついて子供のように大声を出しながら泣いているイーレスの存在だ――


 ……彼女は悔しいだろう。


 今まで絶対正義だと信じ込んでいた自分の国がこんな卑劣な行いに手を染めていたことが。

 

 自身が堂々と神の代行を名乗っておきながら俺から悪魔だと罵られていた理由を知ってしまったから。


 ……彼女は悲しいだろう。

 

 悪人の手によって無残に殺されてしまった人々のことが。

 

 残酷な現場がまさしくこの場で、彼女が触れた墓に眠ってる人々が自分の身内の手で葬られたことが。


……彼女は辛いだろう。


 命の恩人の姉が死んだ理由が己が信じたものの結果だったのだから。

 

 そんな恩人が目の前にいて、こうやって過去を語っているのだから。


 どれだけ悔しくて、悲しくて、辛いことか、俺には到底想像の域にすら届かない。神を知らず、家族に裏切られ、信念は崩壊し、無知の罪に押し潰される重圧が全てのしかかるのだ。


 俺の話を全て嘘だと言ってしまいたいだろうし、今の話を聞かなかったことにしてしまえば楽だろう。

 

 ……でもイーレスは俺を信じると言った。


 彼女はそれらを全て受け止めなければならない。現実を越える為に必死で足掻かなければいけない。


 ―――――だけど今だけは思いっきり泣かせてやろう。





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