あの日のこと(人には足がある)
被害のほとんどんない地域にいたのですが。それにしてもあの揺れはひどかった。その日私は仕事でした。
こういう時は悪いことを考えるもので、自宅はマンションなのでまずは大丈夫だろうと思ったのですが。
一駅隣に年老いた両親が住んでいたのですが、この家がすでに築50年以上はたっていてかなり危ない。
もしかして屋根の下敷きになっているのではないかと真っ黒い気持ちになりました。
こんなことを言ったら現地の人に申訳ないのですが。
通信は壊滅状態でしたね。元からアナログ人間なのではないから携帯を使おうという気持ちはなかったのですよ。
トイレに行くとごまかして公衆電話で自宅に連絡しました。この日は息子が非番で在宅していたのです。
息子は揺れが収まったとたんに携帯で家族の安否確認をしたそうです。
おそらく五分以内でしょう。私も五分以内に息子と連絡が取れました。直近の身内と猫一匹の安否確認はできたのですよ.
この後が大変だった。携帯も公衆電話も全く通じなくなってしまって。
パニックに陥るような地域ではないのですが、連絡の取れない人は家に帰してくれと言うし。
それはそうでしょう不安だもの。
それだって現地の人を考えれば申訳ないのだけれど、身の保身に走るのよ。
弟夫婦は飲み系の飲食店を経営しています。細々ですが、もう30年くらい営業しています。
こういう個人営業の店は常連さんで成り立っているのですよ。もし、今日は誰も来ないと言えば、よーしわかったとお客さん連れてきてこともある。
だけど今日は無理だろう、家庭の事情もあるし。
ここも築30年くらい経っていて、水は出るは亀裂は走るわで大変だったようです。
片づけた後で店を開けるかみたいな話になったようですが、他の事件ならその話題で話も盛り上がるかもしれないけれど、今は日本中が安否確認をしている状況です。
どうせ家にいてもねニュースをみるしかないのですよ。
でもネオンひとつでも付けていれば慰めになるかと、店は開けたそうです。
当然ながらお客さんは来ません。
しかしポツリポツリと人がくるようになって。みんな疲れ切っているのですよ。歩いているのですよ。
あの日が金曜日でなかったら、これほどの帰宅困難にはならなかったと思うのですよ。
だって家族の安否確認はしたいではないですか。通信は壊滅しているし。
家庭は崩壊していると言うし、家庭内の殺人も多いけれど。大多数は健康的な家庭生活を送っているのでしょう。
だって歩いてでも帰りたいと思うのだから。会って確認するしかないではないですか。
どうして人は歩くのか。それは足があるからでしょう。
結局明け方まで営業したようですよ。
明け方近くになって「暖かいものを何かください」と言った人もいたようですが、この人はいったいどこから歩いて来たのだろう。




