謎の少女
…………よし、状況をまとめよう。頭を抱え、目をつぶる。
まず、お風呂に入って、大きな音が聞こえました。そしたら、鏡からかわいい女の子が出てきました……
なんだ、そりゃ
まるで、小学生の夏休みの日記レベルだ。
いや、簡単にまとめても難しくまとめても、これ以上いいまとめ方が無いような気がしない。どうやら僕の頭ではこの状況を収拾できるレベルまでいってないようだ。
僕は女の子に目線を戻した。
…………あれ? いない
先程までいた女の子が忽然といなくなったのだ。
まさか、僕の妄想が酷すぎて幻覚を見るようになってしまったか…………!?
「どこまで終わってるんだ僕は…………」
自分の不甲斐なさにショックを受ける。しかし、そうなるとさっきの女の子はいつの妄想で現れたのだろう? 少なくとも僕が知っているキャラクターの中にあんな女の子はいない。
「………かわいかったな」
「かわいいですか? ありがとうございます。当然ですが」
僕がでれっと、女の子の容姿を思い浮かべていたら急にどこからともなく声が聞こえた。
「…………」
まぁそうだろう。
さっきの非現実な状況はそんな「幻覚」の一言で納得できるようなものでは無い。女の子をつたう滴がすごくリアルだったからだ。僕の妄想では残念ながらそこまでの再現率はない。さっきのへたくそな推測はその非現実な状況が本当であってほしいという思いからのフラグ作りだ。
フラグを立てることもたまにはやるものだな………………
「マスター、大丈夫ですか、驚いてませんか、心臓発作出てませんか、ひっひっふーひっひっふー」
「そこまで、人間はやわくないよ…………それにそれは、心臓発作のための呼吸法じゃ無いから」
この口調からするとこの女の子はクール系で天然ボケも少し入ってるのか。まぁ、今の漫画界では珍しくは無いキャラだな。
「はぁそうですか。マスターは状況を飲み込むのが早いですね」
あいにく僕はこのようなシチュエーションはいつも妄想で鍛えられてる。
お風呂っていうのは予想外だったが。
「飲み込みが早いことはいいことですよ。事が早く進みますから」
ん、なんか嫌な予感がする。こいつが本当に僕の推測通りクール系天然ボケキャラ だったらとんでもないすごい勘違いをしてるに違いない。
「飲み込みが早い人には説明を飛ばしてもいい」という勘違いだ。
「いや待て、飲み込みが早いっても…………「レッツ・バトルです☆」
僕が言い終わる前にまたあの音が聞こえた。
「ウーーーーーーーーーーーー」
「待て待て!!!! 僕はまだ全て理解してない! この音を止めろ!!!」
残念なことに僕の声は不吉なこの音にかき消されてしまった。
その音につられるかのように、鏡から電気が流れるような音と共にロボットらしきものが出てきた。
がしゃんがしゃん
歩くたびに金属と金属がぶつかり合う音が聞こえる。
がしゃんがしゃん
そのロボットは四足歩行だった。獰猛な爪、鋭い牙、硬そうなのに鞭のようにしなる尻尾、こちらをにらみつける赤い目………………
まるでその姿は―――――――――――――――
「虎」
「いえ、チーターです」
「………………」
恥ずかしい
「恥じらうことはありませんマスター。このロボットを見てチーターと答えた方が40%で、虎と答え方が50%ですので、間違う方は結構いらっしゃいます」
「残りの10%は?」
「ペンギンと答えられました。ユーモアのあるお方ですね」
「ユーモアのあるお方が10%もいることに驚きだよ。ペンギンがブームなのか?」
「ちなみに、このロボットの名前はブラック・タイガー・Mrks2です」
虎じゃん
僕のつっこみを無視して女の子は
「ただいまより、羽佐間 一平のJ2D度テストを行います」
と言った。
J2D?なんだそれ…………
いやその単語も聞いたことも無いものだったが、僕にとっては数字の位置が一番気になった。普通なら、さっきの「ブラック・タイガー・Mrks2」のように数字は最後に来るか初めに来るものだと思うんだが………偏見か?僕が知らないだけでこのような他に単語はあるのかもしれない。
「マスター、まさか自殺願望者ですか?」
その声で我に返った。ん?自殺願望?
………………なるほど
ロボットが僕に向かって噛みついてきたのだ。考え事をしてぼーっと立っていた僕はロボットにとって絶好の的だったのであろう。
「うわぁっ!!?」
紙一重でよける。
がしゃん!!!!
空振りしたその大きな口から盛大な音が出た。
こいつ本気で噛みつきやがったな…………!
「マスター、しっかりしてくださいよ…………こういうのはお得意の妄想で何回か経験済みでしょう?」
無茶なことを言うやつだ。
「いやいや………………確かに僕はこういう妄想はした事はあるが、実戦は初めてだ」
しかも、僕はずっと腰にタオルを巻いたままでいるのだ。ろくな装備もなしにバトルを始めるっていうのはゲームでは度胸試しによくある。だが、これは現実だ。
ひのきの棒がここまで欲しいと思ったのは初めてだ。
「武器なしであいつと戦えって言うのか!? 無理だろ!」
「いえ、マスターは誰も見ることが出来ないが誰でも使える訳では無い武器を持っています」
「なに?」
フォースみたい感じか? それなら勝てる確率は高くなるだろう。しかも、そんなものを持っていたとは…………僕もそれなりに選ばれし者というのか…………
「変態という名の武器です」
なるほど、腰にタオルに巻いているだけの僕にぴったりの武器だ!
………………ぶん殴ってやろうか?
このいきなり現れた謎の少女は、どうやら僕にとっておいしい存在では無いことははっきりした。
さて、漫才は一旦置いとくとしよう。
装備をしているのがタオルだけの僕がこのロボットをできれば無傷で倒すにはどうすればっ……!?
考える、考える、考える…………
うん、無理だな。諦めよう。
どんなに考えてもこのピンチをひっくり返すような逆転劇が思い浮かばない。
そもそもタオルだけっていうところから、アウトなんじゃないか……?
僕は降参の準備をした。少なくとも、動きが見られるかもしれない。この望んでいた非現実をこんな形で手放すのはもったいない気持ちもするが、命には代えられない。
「何、諦めようとしているのですかマスター」
僕が両手を上げようとした時、また女の子の声が聞こえた。
「いや、さすがの僕だって命は惜しいよ……降参したらさ、このテストは終われるのかい?」
一応確認だ。終われないとなったらそれまでだ。僕はあのロボットに無残に殺されるかもしれない。
「降参は認められます」
おお、それならすぐにこの手を上げよう。
「ただ…………」
「ん?」
「あなたのこれまでの記憶はリセットされます」
「……………………?」
記憶を消すだと?
「いや、そんな顔しなくても………この状況は特別な例です。普通ならばマスターと私はこうして交流ができるものでは無いのです。それは私の世界ではS級違反ですからね。ですが、今は緊急のことなので仕方が無く許可をもらい、こうして話しているのですよ。正当な理由があるから許可がもらえたのです。でもマスターがその理由……すなわちテストを拒むのなら私と交流をする理由が無くなってしまいます。それは違反になります。だから記憶を消さなければなりません。記憶を消せば交流自体がゼロになりますからね。今時、記憶のリセットはアニメでもやっているのですからそういうのは理解していると思っていましたけど……」
マスターはアニメをあまり見ない方ですか?
ざっと説明を聞き、僕はどんどんこの状況がいかに貴重な経験だという事が分かってきた。アニメは見る方だ。もちろん記憶のリセットだってなんとなく分かる。記憶のリセットをするシーンは自分にとって不都合なものはリセットしようという流れが多い。僕がこのテストを降参する事は、彼女……いや彼女側の世界は不都合なことなのだ。しかも、S級違反って言っていたな。S級の重大さはアニメが教えてくれる。
そんなのを許すって事は彼女の世界はそれほどやばい状況に陥っているって事だ。
「マスター? どうします? 降参を選びますか?」
「……それは」
それは嫌だ。
確かに僕は非現実と離れるが命まで捨ててまでやりたくないと思った。
「僕はこういう非現実が本当にあるって分かっていたらそれでいいと思っていた。でもさ、記憶がなくなるって事はさ………」
また、非現実を望む側になってしまう。また、妄想の毎日だ。それは嫌だ。やっと確信できたんだ!非現実は本当にあると!!!
「…………分かったよ。お前らの世界は……」
僕は、いや、私は自分の世界がピンチでこの宇宙最高を目指している俺に助けを求める名も無き少女に向かってこう言った。
「この私が救ってやる」
「うわー、どや顔で言っていますね。きもいですよマスター」
…………
つい、中二病の設定が体にでてしまった。
「ん?あれ?おかしいですね」
「どうした?」
「えーと、いや、今マスターのJ2D度ががんがん上がっていたのに変身しないなぁと思いまして」
変身…………?どういう意味だ?それにまた、あの単語が出てきた。ううむ、知らんまま戦うよりはましだ。聞いてみよう。
「J2D度って何だよ」
と言おうとした時、ロボットが襲いかかった。
よく今まで待ってくれたもんだ。
「うわぉっ!!」
次は爪の連続ひっかきだった。この狭いお風呂場では、大きな技より細かい技でやった方が有利だと考えたのだろう。いや、それでも一つ当たっただけで致命的になってもおかしくないほどの威力だ。
「くそっ」
僕はたまらず今まで温水を出していたシャワーホースを手に取った。それを鞭のようにたたきつける!原始的だがこれが一番相手にダメージを与えられそうな技だと思ったのだ。ノズルの先っぽがロボットの爪と当たる。
ガキィン!
ノズルが割れた。どんだけ硬いんだあの爪……
「いや……でも予想通りだぜ」
ノズルが割れたことにより、ノズルによって抑えられていた温水が今、間欠泉のように噴出される。
「ノズルありだったら、ちょっと威力が足りないかなと思ってな。お前の爪を借りたぞ」
1コンボ
そして、ロボットがその噴出にたじろいだのか一歩後ろに下がった。が、すぐに行き止まりである。
そう、ここはお風呂場だ。前、テレビでお金持ちのお風呂場を見たことがあった。あそこなら、十分なスペースでその噴出する温水を避けられただろう。しかし、ここはなんてこと無い民間人の普通のお風呂場だ。
2コンボ
「そして、ロボットは」
辺りがスローモーションになる。いやそう見えるだけかもしれない。水がゆっくりとロボットに落ちてくる。
「水が嫌いっていうのが相場なんだよ!」
3コンボだ
「グォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
たくさんの温水がロボットにぶち当たる。ロボット全体も熱かったのだろうか?温水がぶつかった後からたくさんの湯気が出てきた。民間人の普通のお風呂場はあっという間に湯気で見えなくなる。
「ふっ、決まったぜ」
ここまでうまくいくとは……これが噂の主人公補正ってやつか?
「………………マスター」
声が聞こえた。うむ、どうやらテストは終わりらしい。さっさと異世界っていうやらに連れてってもらおうか。
「いえ、何勝手に終わらせようとしているんですか」
「ん? 僕はロボットを倒したじゃ無いか! まだ敵はいるって事か?」
「いや…………ちっ……こんなにアホって分かっていたらこんな人マスターに選ばなかったのですが……報酬にくらんだのが失敗でした。」
どうやら、少女が僕をマスターに選んだのは報酬のためらしい。選ばれし者では無かったのか…………
「聞こえてるぞ……っていうか、テストがまだ終わらないってどういう意味だよ? 僕はちゃんとロボットが嫌いな水をかけて戦闘不能にさせたじゃないか」
「マスター……防水っていう機能を知っていますか?」
「ああ知ってるぞ。僕のケータイにもちゃんと防水機能がついているんだ。ちなみに僕はガラゲーなんだ。今では珍しいだろう? とにかく、それくらいの説明はドコモにされている。だから今回の場合知らなかったではなく、こう言うのが正しいだろう」
忘れていた。すっかり忘れていた。
「グルルルルルルルル……」
確かにうなり声が聞こえる。どうやら、僕の作戦は民間人も簡単に手に入るケータイにもついている機能「防水」によって失敗したようだ。
僕のテストは主人公補正によってそう甘く終わるわけではないらしい。