兄妹
第四章 兄妹
「俺達は血のつながった兄弟なんだ。」
どういうことなの?私達が血のつながった兄妹・・・?
私の中では、そんな疑問がつぎつぎと飛び交っていた。
「これ、写真。」
そう言って写真を渡してきた。その写真には、お父さんとお母さん。それと、子供達二人が映っていた。女の子の方は私。男の子の方は・・・。
「それは唯一、俺が持ってた写真。・・・薫が覚えてるかは知らないけど。俺は、俺達は、双子なんだ。」
私達が、・・・双子?そんなこと・・・あるのかな・・・?私は、写真を確かめた。
・・・確かに、似ていた。今の私達が似ているかどうかはわからないけど、この小さい頃の私達は、笑顔がそっくりだった。
「じゃぁ、何で・・・」
「何で、私の正体が判っていたのに、言わなかったのか?でしょ。俺が言わなかったのは、最初会った時は知らなかったからだよ。ごめんな。薫。」
そうだった。この人は、私のお兄ちゃん。永瀬唯斗。5歳の時に行方不明になった、お兄ちゃんなんだ。
でも、胸が苦しい。もがき苦しんでいる。胸が張り裂けそうなくらい痛いよ・・・お兄ちゃん。
―私は今日、いけない事とは解っていて、彼が好きな事を気付かされたのです―
「俺の病気って言うのは、喉に腫瘍が出来たという事なんだ。」
「喉に腫瘍?」
「ああ、俺は喉に腫瘍がある。だから、今日で歌を歌うのは最後にする。」
「まっ、待ってよ、廣瀬君。歌うこと辞める何て言わないで。」
音楽家にとって、音楽を失うのは酷というもの。と、父が言っていたことを覚えている。
「音楽を辞めるとは言ってない。ただ、歌を歌わないと言っただけ。・・・でもな、薫。俺は、歌いたい。音楽が大好きなんだ。兎に角歌いたいから、今は歌を歌うのを辞めるんだ。意味解る?」
「うん。ねぇ廣瀬君。私が代わりに唄えないかな?」
「えっ?薫が?」
「うん、私が廣瀬君の役に立てること、これだけしかないし。」
「俺はいいけどよ、憂辭達に聞いてみねぇと・・・」
「おれは良いよー。」
「俺も。」
いつの間にかそこに居た城崎君と宮磨君がそう答えていた。
「おめぇら、いつの間に・・・?」
「えーっと、」
「答えなくていい。まあ、薫にボーカルを任せても平気だな?」
「「「うん」」」
そして、私が廣瀬君の代わりにブラストのボーカルになると言うことが決まり、やや1ヶ月が過ぎた。毎日、廣瀬くんと一緒に作詞をしたり、ボイストレーニングをしたりしていた。ファンからも段々と褒められるようになり、客足も増えた。今日は、初めてのライブ。廣瀬君も、行くというので、医者に無理を言って、頼んで来たんだ。
「ありがとな、薫。」
「ううん、廣瀬君のためだもん。市の五の言って、時間を減らすのも勿体無いでしょ?」
「そうだな。」
私たちの関係も徐々に変わり始めていた。廣瀬君もうちに戻ってきて、今は一緒に暮らしている。
この思いも、毎日膨らんでゆく。
「このステージが終わったら話したいことがある。」
「私も。」
今日、私は廣瀬君に告白をする。兄妹だからいけない事は判っている。でも・・・・・。
「おはよう、薫。」
「おはよう。」
「おはようございます。城崎君に、宮磨君。」
私はまだ、慣れ始めて1ヶ月が過ぎたばかり。だから、まだ名前では呼べていない。
「余し、音合わせしますか。」
「はいっ。」
最初に、ドラムが入り、そのあとに、ベースが入った。そして、ギター担当の私が入る。廣瀬君に教えてもらったコードを弾いて、私の歌が入ってゆく。
桜
1年に一度会える 桜が咲く季節
この瞬間 それが大事な時間
時には迷い 傷ついて
涙が出る時もある
経験とは自分を強くする
蕾が開き桜が咲く
当たり前の事だろうけど
桜の花弁の数は
自分が強くなった数
桜の花弁散る時
僕の命は散るでしょう
この歌詞の意味が、歌うときにわかった。
この歌詞は、廣瀬くんの事を書いた歌だったんだ。
歌い終わると、いつも切ない気持になるこの歌。
でも、それでも、この歌が一番好き。
―廣瀬君、私は大丈夫だよ。だから早く、病気直して?・・・ね?
「順番だ。薫。」
「あっ、はーい。」
「薫ちゃん、何ボーッとしてたの?」
「ごめんなさい・・・。」
「じゃぁ、行くかー。」
私はギターをもち、リハーサル室から出た。
私達は、会場へと向かった。
そして、マイクの前に立った。そこには、たぶん5千いや6千人以上の人がいた。こんなところで歌うんだと思うと、緊張してきた。
私は深呼吸をし、挨拶をした。
「こんばんは、ブラストです。」
私がそういった後、城崎君が撥でリズムをとった。
ー君にしか似合わない このドレス
君の代わりは何処にも居ないから
仲間とふざけあった少年時代は
今は綺麗な思い出
今そこにいるあなたの方が
もっと 綺麗だね
いっそ 僕が流れ星になっても
君は気付かないでしょう
どこへ居ても僕はいつも傍にいるよ
2君にしか聞こえない 僕の歌声
何故か届かない僕の気持ち
皆それぞれ進む道があるけれど
離れて初めてわかる
今その言葉君に伝えたい
ずっと “愛してる”
いっそ僕が流れ星になったら
君は気付くのでしょう
傍に居なくても気持ちは離れないよ
いっそ僕が流れ星になっても
君は気付かないでしょう
何処にいても僕はいつも傍にいるよ
これは、初めて聞いたブラストの歌。
「今日は、ボーカルが変わって初めてのライブです。こんなに来てくださり、嬉しさがこの上なく増しています。」
「薫ちゃーん。」
と言う、観客の声が大きく聞こえてくる。
「今日は、楽しんで言ってくださいね。」
「はーーーーーい」
今日歌うのは、さっきの歌、それから桜、新曲の夕陽の見える丘にを歌う。
「次の歌は、新曲の夕陽の見える丘に。」
―例えば僕が居なくなったとしても
僕はいつも傍に居るよ
ほら見上げてご覧 あの真っ赤な夕陽
丘の上に掠めてる あの大きな夕日に
空に登る月があるなら 皆を照らす月もあるよ あの丘にかすめるあの夕陽
皆が見つめている
orange色のあの夕陽が 僕の代わりだよ だから泣かないで あなたが泣けば
夕陽が隠れる あなたを見守る事も出来ない
空に登る月があるなら 皆を照らす月もあるよ あの丘にかすめるあの夕陽
皆が見つめている
「次の歌で最後になります。皆も知っている曲なんで、歌ってくださいね。」
桜
1年に一度会える 桜が咲く季節
この瞬間 それが大事な時間
時には迷い 傷ついて
涙が出る時もある
経験とは自分を強くする
蕾が開き桜が咲く
当たり前の事だろうけど
桜の花弁の数は
自分が強くなった数
桜の花弁散る時
僕の命は散るでしょう
ライブが終ったあと、近くにある公園に行った。
既に廣瀬君は待っていた。遠くからでも、廣瀬君だって判るぐらいの美形。
私は、廣瀬君が座っているベンチに腰をかけた。勿論、廣瀬君の隣に。
「ごめんね。遅くなっちゃって。体調は悪くない?」
「ああ、うん。大丈夫。でもちょっと寒い。」
廣瀬君はそう言って肩をぶるっと震わせた。私は、首に巻いていた長いマフラーを、外し、2人で暖められる様に巻き付けた。
「薫。」
凛とした、その眼差しに心を奪われた。その目はどこか不安そうで、でも、私を見る目は同様をしていなかった。
「俺・・・、こんなこと言っても、どう使用も無いのは分かってる。・・・俺達は兄妹。でも・・・。」
視線をずらしながら、言葉を続ける。
そして、何かを決意した様に、この言葉を呟く。
「俺は、・・・お前が好きだ。」
彼のその言葉を聞いた瞬間、私の思考は停止した。それはそう。私が、言おうとしてた言葉を、廣瀬君が言ってくれたんだから。
「ごめん・・・。忘れてくれ。」
彼はそう言って、ベンチから席を立った。そして、二三歩いたところで、彼は立ち止まった。何故なら、私が後ろから、抱きしめていたからだ。
「・・・好き。・・・好きなの。私は、・・・廣瀬君が好き。」
こんな言葉では伝えられない程、私は廣瀬君が好き。世界で一番。
廣瀬君は、私のその言葉を聞いた瞬間、私の手を離し、振り返ってくれた。
その顔は、今迄見た事のない顔だった。いつもの〝格好良い〟という感じではなく、笑顔が素敵で、ちょっと頬が染まっている表情。
そう、小さい頃の面影そのままだった。
「薫・・・」
「廣瀬君・・・」
私達はお互いに顔を見合わせた。背中に回した手は離さぬまま、お互いの存在を確かめ合うように、視線を合わせた。そして、次第に、顔を近づけて行った。斜めに顔を傾けて、もどかしいほどの時間を掛けながら、目を瞑り、やっと唇が掠めた。そして、口づけをした。お互いにやっと、気持ちが繋がったから、触れるだけのキスでも、すごく嬉しいと思った。やがて、唇を離した。私の目からは、嬉し涙が流れていた。だって、お互い気持ちが一緒だったんだもの。
「薫、大好きだ。」
廣瀬君はそう言って、私をギュッと抱きしめた。廣瀬君の力には遠く及ばないけど、私も精一杯、自分の力を振り絞り、お大きな背中に手を回し、廣瀬君を感じる様に、抱きしめた。
その時だった。
廣瀬君がしゃがみ込み、咳き込み初めた。
「廣瀬君、廣瀬君?」
私は慌てて、119に電話した。
「もしもし・・・」
『緊急ですか、家事ですか?』
「緊急です。」
『場所は?』
「〇×市の時計台公園です。」
『分かりました。名前は?』
「永瀬薫です。」
『すぐに向かわせますので・・・』
向こうの人が電話をきり、私は、倒れ込んだ廣瀬君を、冷えないように、抱きしめた。手が震えていて、思う様に動かない。
ただ一人、そう思っていた。
救急車は十分足らずで、駆けつけてくれた。私は、廣瀬君と一緒に救急車に乗り込んだ。代に乗っている、廣瀬君の手を握り、顔を見つめた。
案外近くで見ると、本当に似ていた。
長いまつ毛に、高い鼻、白い肌、柔らかい唇。あたりから見たら、双子にしか見えないほどそっくりだった。
私は、空いている右の手で、唇を触った。
そこにはまだ、さっき触れた柔らかい唇の感触が残っていた。
これが夢なら、どれだけ救われるか・・・。
私は病院に着いた後、先撮ったレントゲンの写真を見ながら、説明を聞かされていた。今回咳き込んだ理由は、喉にある腫瘍が悪化したかららしい。だから、もう薬で悪化を防ぐ事も出来ないらしい。それで、手術をすることになった。
日程は、四月六日。そう、私の・・・いえ、私達の誕生日の日に決まった。
その頃にはもう、桜が満開だろうなぁと妄想を膨らませた。
私は、廣瀬君の病室に入った。此処は、個室になっているから、部屋も広く、風通しもいいという事で、この病室になった。
私は、ベットの横に椅子を置き、腰を掛けた。私より、一関節ぐらい大きな手を握りながら、こう呟いた。
「・・・お兄ちゃん。」
「・・・その言い方、やめろよ。」
寝ている筈の廣瀬君の声が聞こえて、私はそちらを見た。さっきまで瞑っていた筈の瞼は、パッチリと開いていて、澄んだ目で私を見つめていた。
「お兄ちゃんって呼ばれんの好きじゃねぇんだ。だから、唯斗って呼んで?」
「・・・えっ?」
〝唯斗って呼んで?〟と言われても、今迄呼んでたのは〝廣瀬君〟だし、言えるわけ無い。
そう思うと、顔が紅く染まっていった。
「ゆ・・・と」
私はそう、耳元で呟いた。
「えっ、何?聞こえなかった。」
それはそうだろう。呟いたかの様な声だったから。
「唯斗の馬鹿ー」
私は、そう言って、唯斗を抱き締めた。あの夢みたいな事は起きない。絶対に起こさない。
私はこの時そう決意した。