ある雪の降る日のこと
ハアと吹けば白い吐息。天からは白い雪。シャクリと踏みしめたのも白い地面。辺り一面が白に染まる中、パタパタと走り回る一人の少女がいた。
少女は雪が好きだった。舞い降りる雪を必死で捕まえようとする事も、逆に降り積もった雪を舞い散らしながら駆け回る事も、じっと寒さに耐えつつも吐き出される白い息を眺めるのも、何もかも嬉しくて仕方ないと言うようだった。
その少し向こうに、座り込んで恨めしそうに地面の雪を眺める一人の少年がいた。少年は雪が嫌いだった。例年より早く降り始めた雪のせいで、何とか育て上げた野菜が全滅してしまったこともあった。屋根に降り積もった雪の重みにボロの家が耐えられず倒壊したこともあった。挙げ句、魔法の腕のよい小さい弟たちのためと言いきかせられ、鬱蒼と木々の生い茂る森に、この雪の中に一人捨てられたのだ。せめて私のように魔法が使えれば。魔法で俊足を誇る父から最後に聞いたのは、生まれつきの魔法に魅入られなかった息子を蔑む言葉だった。
少女が少年に気づいたその時、少年もふと顔を上げた。少年は交わった視線を反らそうとしたが、少女はにっこりと笑いかけ、近づいた。
「一緒に遊びましょう」
「放っておいてくれ、そんな気分じゃない」
「どうして」
「雪が大嫌いなんだ」
少女は目を大きく見開いて驚いた。
「とても楽しいのに」
「僕にとっては不幸を呼んでくる災いでしかないんだ」
「どうして」
「どうしてって……」
続けようとした言葉は何かに遮られた。もちろん遮るものなど何もなかったが、少女の顔を見ているとどうしてか言葉が出なかった。
「あなた、寒そうね。ちょっと待ってて」
いつの間にか同じ目線にしゃがみこんでいた少女はパッと立ち上がり、雪に足下を掬われることなく軽やかに森の中に入っていった。しばらくすると戻ってきた彼女の腕の中には、いくつもの細い枝。
「折ってきたのかい」
「まさか、落ちていたのを拾ってきただけよ」
その手は白く冷たそうだったけれど、かじかんで震えることはなく、しっかりとした手つきで一本取ると、ふうっと息を吹きかけた。
瞬間、ボウっと燃え上がった先端。まだ雪は降っているのに、少年はその炎を見た途端、胸の奥が温かくなるのを感じた。
「私ね、雪の降る日に拾われたの。まだ小さくて一人じゃ何も出来ない赤ん坊の頃に、森の中に捨てられてたんだって」
少年は何も言わずじっと耳を傾けている。
「それを聞かされた時、何だか悲しい気持ちになった。だけどね、それ以上に私は嬉しかったの」
「どうして?」
「今を過ごせるのは、今のお母さんに出会えたから。拾われなければ私はここにはいなかった。あなたにも出会えなかった。そうでしょ?」
少女は枝を持っていない手で少年の手に触れた。歳はそこまで離れていないように見えるけれど、少女と違い少年の手は豆だらけで、これまでの苦労を思わせる。
「私が雪が好きなのは、春が近いって実感できるからなの。新しいことが始まる前兆みたいでしょ?
雪が降ったなら、春なんてもうすぐそこよ。今までもこんなに頑張ってきたんじゃない。ここをあと少し耐えられたら、必ず素敵な日々がやってくるわ」
「本当に、来るのかな」
「そう信じるのよ。一人じゃ難しいかもしれないけど、二人ならできる」
立ち上がり、少年の手をぐいと引いた。
「だから、ほら、そんな悲しい顔しないで。一人で耐えられないなら私が一緒にいてあげるから」
ね、と語りかけた少女の笑顔が、少年の空っぽの心にすうっと入っていく。彼女と二人でなら本当に何だってできるような気がして、大きく深呼吸するとすっくと立ち上がった。
「ありがとう」
にっこりと笑いかけると、それに応えるかのように雲間から光がさしこんだ。
「あなたの魔法が空を明るくしたのね」
「そうなのかな」
「ええ、きっとそうよ」
彼らが仲良く立ち去った後には、暖かな日を浴びた若々しい緑が、うっすらと顔を覗かせていた。
Fin.
雪が降っていたので思いつきで書いてみました。創作は勉強中なので意見や感想などあればよろしくお願いします。