・父親募集
「M子はS男のいきりたった肉棒を受け入れると、絶頂へと導かれた……と」
カタカタとノートパソコンのキーボードを叩く。
いま私は官能小説を執筆している。だけれど、それはなかなかに上手くいっていない。
いったいなにが原因なのか。気分転換に書き始めた官能小説だが、上手くいかないということが私を苛立たせる。
既に書き上げた部分を読み返してみると、文章に齟齬があるというか、不慣れなぎこちなさが残っているのが自分でもわかる。
「やっぱり、処女じゃ官能小説はかけないのかな」
悔しくて爪を噛む。
資料としてのセックスの情報は得ているが、それだけでは良い文章は書けないということだろうか。
かといって、私にはそういう仲の相手がいるわけでもないし、こういうことに相談にのってくれる友人がいるわけでもない。
いっそ適当な相手と経験をしてみるのが作家として正しい生き様なのかもしれないが、乙女としての理性がそれに待ったをかける。
「やっぱりあきらめるかな……」
右上に配置されたバックスペースキーを叩き、縦打ちの文章を消去していく。
カーソルが画面右上までやってくると、画面は真っ白になりそこにはなにも残っていなかった。
でも、私の心には画面とちがいモヤモヤとしたものが残っている。
私はファンクションキーを叩くと、今消したばかりの文章を復帰させた。
一度はあきらめた文章だけど、それを見ると私の心は落ち着きをとりもどしている。
「やっぱり書くしかないか」
自分に課せられた業の深さに苦笑いする。
とはいっても、作品を改良する方法はおもいつかないままだけれど。
「はぁ……」
気分転換に椅子から立ち上がると、ベッドに身体をあずける。
「そしてM子はS男のいきりたった肉棒を受け入れると、絶頂へと導かれた」
自分の執筆したシーンを再現しようとベッドの上で想像する。M子とS男の両方を私ひとりで再現するため、自分の指を肉棒の代わりに扱う。
「ん……、入れられただけで絶頂はないか…な……」
自らの感覚と作品との齟齬を実感する。
「なら、どうやれば最後まで……あっ、ん……」
解答を求めるように指を動かしていくとど、徐々に自分を客観できなくなっていく。作者が客観を失えば、読者はおいていけぼりになる。それはたんなる自慰行為にしかすぎない。ではどうすればいいんだろうか。身体をまさぐる指にさらなる動きを加えながら考える。
指が動くほどに、思考は息とともに乱れる。どれほど乱れ、グシャグシャになろうとも思考は停止することはなかった。
「客観…他人の視線…見られること……」
それを想像し、唐突に指だけが動きを止めた。
「そうだ、人に観て貰えばいいんだ」
ベッドから身体を起こし、自分の思いつきをとりあげる。いまさらながらに、そんなあたりまえのことに気づくとは、私はなんて鈍いのだろう。
友人にそんな相手はいなくとも、ネットに自作を公開すれば、きっと誰かひとりくらいは感想を書いてくれるにちがいない。
服の乱れも直さぬまま、ノートパソコンを復帰させると、ブラウザを立ち上げて小説の投稿サイトを捜す。
いくつかのサイトを見比べ、一番感想が付きやすそうなところにあたりをつける。
「アマチュアの書いた拙い官能小説を読んでくれるのはどんな人だろ?」
サイトに投稿するための手続きを踏みながら考える。
「きっと男の人だな」
なんの根拠もなくそう思った。あるいはそれが私の自覚のない願望なのか。
判らないまま、手続きをすすめ投稿を完了する。
自らの作品がちゃんと投稿できたことを画面上で確認すると、ふたたびベッドに背をつけた。
「男の人から感想という名の精子をもらう……か」
頭に浮かんだフレーズに、ふと笑いがこみ上がった。
その精子は上手く私の卵子と結合し、あらたな生を生み出してくれるだろうか。
そんなことを想像しながら、こんどはなにも考えず素直に快楽に身をまかせた。
「顔も知らない男の子を孕むのか」
そう考えると、ちょっとだけ興奮が強くなった。