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第九章 二人の秘密 12

 ブラウンボアのハンバーグステーキは他の冒険者たちに調理を頼んで、スープは各自で取ってもらうことにする。切れ目を入れて温めた固焼きパンに温野菜を入れてブラウンボアのハンバーグステーキを入れてラカラソースをかけて今日の普通のメインメニューを完成させた。これが食べれない人には、固焼きパンにソテーした果物にシナーフをかけたものを挟むようにしてある。

 今日、トーアが作ったメニューは『ブラウンボアのハンバーグステーキサンド』、『ブラウンボアのスープ』、『野菜スープ』そして『森のフルーツサンド シナーフ風味』の四つである。スープ類はセルフサービスで、あとはトーアの手で完成させて渡していく。


「スープは自分で用意してください。あとは順番を守ってくださいね」


 待っていた冒険者達に声をかけると、おうという返事と共に皿を片手に綺麗に並び始める。トーアから『ブラウンボアのハンバーグステーキサンド』を受け取ってスープを手にしていた椀に注いでいく。あとはそれぞれが座っていた場所に戻り、パンにかぶりついていた。


「んぉっ……こんな柔らけぇ肉、始めて食ったぞ!」

「ん~……俺は、噛み切れないぐらい歯ごたえがあったほうがいいが……このソースは癖になりそうだ」


 獅子の顔をした獣人が手に付いたソースを舐め取りながらうっとりと目を細める。

 果実を挟んだ固焼きパンを食べていた冒険者は、シナーフの香りと風味にほぅと息をついていた。


「おいしいですっ……!果物を焼いてそれにシナーフをかけるなんて!」

「甘いかとおもったけど、少し辛味があるんだね。だけどそれが果物の味を引き立ててるっていうか」


 フルーツサンドを食べる他の冒険者も舌が肥える、太る、食べ過ぎると言いながらも口を動かすのをやめる気配はなかった。興味深そうにフルーツサンドを見ていたフィオンが白い肌の女性から一口貰うと目を見開き、すぐに何かを考え始める。


「こんな香辛料、初めて。レジ兄も持ってきたことのないものだし……」


 その後、トーアと同じように白い肌の女性に細かい事を聞きだしているようだった。その様子を眺めながら『ブラウンボアのハンバーグステーキサンド』にかぶりつくと甘くこってりとした脂が口に広がり、酸味をもったラカラのソースが後味をさっぱりとさせ、隠し味の辛味が後引く味になっている。

 味に満足しながら口を動かす。隣に座っていたギルはフルーツサンドを齧っていた。


「シナモン……いや、シナーフが食べれるなんて思わなかった」

「……世界が違っても同じような物が出来るってことあるんだね」


 初めて見たときは驚いたと呟いて『ブラウンボアのハンバーグステーキサンド』に再びかぶりつく。食事が終わった冒険者達に後片付けをまかせて、トーアは自身の道具だけを綺麗に洗い、リュックサックに入れる振りをしてチェストゲートに収納する。

 食事の後片付けが済んだころには一部の冒険者は既に眠りについており、起きている冒険者は声を潜めて先ほどの夕食の感想を語っているようだった。フィオンは満腹と睡魔に負けたのかあっさりと満足そうな顔をして寝息を立てている。


「ギル、また行ってくるね」


 立ち上がって装備を整える。ギルはすぐにトーアがどこに行こうとしているのか察したのか顔をくもらせていた。


「たまにはゆっくり寝ればいいのに」

「街でいつもゆっくりしてるから、こういうときくらいね」


 一人で建物を出て『小鬼の洞窟』に入る。そして、駆け足で鉱床を探し出し、防塵マスクを身につけツルハシを振り上げる。

 硬いはずの鉱床が軽い音を立てて崩れていくのをみて、防塵マスクの中で口が弧を描くのがわかる。

 一つの鉱床を掘り尽くすまでざくざくと鉱石を掘り続け、大量の土や粘土、石もチェストゲートへ収納しておいた。ゆくゆくは木炭やコークスをトーアの手で加工しようと考えているため、蒸し焼きにする竈を作るための素材にするつもりである。


――余っていてもチェストゲートに入れておけば腐ることも劣化することもないから、とりあえず採って入れておけばいいし。


 集めた量を確認するが前回の採掘に比べれば少ない量しか採れていなかった。かけた時間が短いのだから仕方ないと思いつつ、時刻を確認すると日が変わっていた。明日の探索の事を考えて来た道を駆け足で進み、姿を見せた魔獣や魔物を剣でなで斬りにしながら駆け抜ける。

 寝泊りする為の建物に静かに戻るとほとんどの冒険者が寝息を立てていた。壁に寄りかかったままのギルに静かに近づくと、目を開けてトーアに視線を向けてくる。


「……おかえり」

「ただいま、ギル」


 声を潜めながら言葉を交わし、ギルの隣に腰を下ろした。


「成果はどうだった?」

「前の時より時間をかけてないし、そんな量は採れてないよ」


 それでもチェストゲートがない場合に比べればかなりの量が採掘できている。今後、迷宮都市ラズログリーンに行った後も素材に困る事はなさそうだった。

 毛布で身体を包んで壁に寄りかかる。


「それじゃ……おやすみ」

「おやすみ」


 小さく欠伸をした後、目をつぶり間もなく眠りに落ちた。




 朝になって目を覚ますとギルの肩に頭を乗せて眠っていたことに気が付く。思わず息を潜め、そのままの体勢で視線だけでギルの様子を窺う。ギルはまだ眠っているようで静かに寝息を立てていた。


――夜警とかで寝顔を見られているだろうけど、この距離はちょっと恥ずかしい……。


 眠っているギルを起こさないようにそっと頭を離すと、すぐにギルは目を覚ましたのかトーアに視線を向けてくる。


「ギル、お、おはよう」

「ああ……おはよう、トーア」


 微笑むギルに気が付かれていないようだとほっとしつつ立ち上がる。室内を見渡してみれば、他の冒険者達も身体をおこし始めていた。

 フィオンはまだ寝ていたので揺り起こす。若干、寝ぼけた様子のフィオンだったが、一緒に井戸で身だしなみを整え終わるとしっかり目を覚ましていた。残り物で作った朝食を食べながら、今日の予定を決めることにする。


「今日は『小鬼の洞窟』の一番奥まで行こうと思う。それでボスのホブゴブリンにはフィオンが戦ってもらおうと思っているんだけど」

「えっ!?わ、私が?」


 フィオンは驚いていたもののギルは頷いていた。この頃の鍛錬の成果を確かめるために戦ってみたらどうかとギルが提案し、トーアもしっかりとフォローするからフィオンだけが戦う訳じゃないと伝える。

 少しだけフィオンは迷っていたようだったが、覚悟を決めたのか口を一文字にして頷いた。

 朝食を片付けたあと、再び異界迷宮『小鬼の洞窟』に進入する。

 現れる魔獣や魔物を危なげなく倒して洞窟内を進み、ほどなくして最深部であると思われる広い部屋の前まで辿り着いた。


「ここが最深部っぽいね」

「うん。ギルドの資料にも、こんな部屋があるって記述あったからね……」


 広い部屋の前は、平らで休憩できるようなスペースになっていた。水を飲み、トーアが取り出した果物で小腹を満たして準備を整え、剣を抜いて部屋の中に進入する。

 フィオンを中心に右側にトーア、左側にギルという立ち位置を取り、トーアとギルの位置はフィオンの補助が出来る距離を保っていた。

 入ってきた入り口が岩で閉ざされる。ギルドの資料には出てくる魔物を倒さない限り開く事はなく、元の場所に戻るための『現世戻りの石板』がある部屋の扉も開く事はないと書かれていた。そして、トーア達の正面の壁が開き、ゴブリン達の甲高い声が聞こえ始める。

 最初に姿を現したのは、エレハーレのゴブリン騒動で見たような緑色の肌を持った子供位の背丈を持った魔物、ゴブリンで、最後に姿を見せたのはゴブリンよりも頭二つ大きく、普通の人ほどの背丈を持ち、若干がっしりとした身体つきのホブゴブリンだった。

 ゴブリン達は木の棒や折れた剣、鎧の一部と思われるものを木の棒にくくりつけたものを手にしていたが、ホブゴブリンは皮の胸当てを身につけ、手には刃こぼれが酷いものの鋼鉄製の剣を握っていた。敵となる魔物がすべて現れたためか、開いていた壁が閉じる。


「フィオン、戦い方は変わらないよ」

「ゴブリンに邪魔はさせないから安心して」


 自身を落ち着けるように大きく息を吐いたフィオンは頷いて剣を構えた。


「ギャギャァッ!」


 ホブゴブリンが声をあげて手にしていた剣を掲げて叫んだ後、剣先をフィオンへと向ける。

 ゴブリン達が一斉に動き出すがトーアはギルとともにゴブリンの動きを牽制してフィオンに近づかないようにしていく。ゴブリン達の動きはゴブリン騒動の時のような統一感と言ったものはなく、ただ命令のまま突撃をしてきていた。


――あの時はあの角を持ったゴブリン、特異個体が居たからこその統制だったって事かな……。


 不用意に近づいてきたゴブリンに容赦なく剣を振り、腕や胴、首をまとめて斬り裂いた。何体かのゴブリンが白い塵と化して崩れ去る。ギルも同じように牽制しながらもゴブリンの数を減らしているようだった。

 部屋はゴブリンの叫び声と悲鳴のような鳴き声が響き始める。中心のフィオンとホブゴブリンは、対峙したまま動かないでいた。

 フィオンは相手の出方を窺っており、ホブゴブリンはゴブリンとの連携が出来ない事に戸惑ったように叫び声をあげる。

 本来であれば数の暴力で囲い込んで圧殺するような戦法なのかもしれないが、トーアとギルの手によってその戦法は崩壊していた。戦況を見極めたフィオンはホブゴブリンの様子を窺いながらもすり足で距離をつめ始める。

 その様子を視界の端に捉えながらも飛び込んできたゴブリンの顎を前蹴りで砕き、ゴブリンの集団に吹き飛ばす。悲鳴が上がるのを気にせず、間合いに入ったゴブリンの脚を浅く斬り、返す一太刀で首の半ばまで斬った。

 ホブゴブリンも覚悟を決めたのか、フィオンに向かって距離をつめ剣を振り下ろす。

 フィオンはそれを見切って最小限の動きで避けながら、ホブゴブリンの無防備な腕を浅く斬る。痛みにホブゴブリンは叫び声を上げ、威嚇するようにフィオンを睨んでいた。

 そんな視線を気にせずにフィオンは僅かに腰を落として構え、次の攻撃へ姿勢を整える。ホブゴブリンが怒りに任せて横に薙ぎ払った一撃を剣で跳ね上げ、がら空きになった胴体に向かって袈裟切りに剣を振り下ろした。


「ギャァァァッ!!?」

「止めっ!」


 声と共にフィオンは振り下ろした剣をすぐに引いて、そのまま胸の中心に向かって突き出す。

 さくりとさしたる抵抗もなく剣はホブゴブリンの胸を貫き、ホブゴブリンは動かなくなる。そして、すぐに白い塵となって崩れた。残っていたゴブリンはトーアとギルの手によって掃討され、部屋はトーア達三人だけになり、静けさも取り戻した。


「フィオン、強くなったね」

「はぁ……ふぅ……本当?」


 しっかりと頷いてみせるとフィオンは照れたように笑顔を見せる。

 出会った頃のゴブリンに手を焼いていたフィオンは見る影もなくなっており、もしかしたら、そろそろ新しい職業を手に入れることができるのではないかとトーアは思った。

 三人だけになった部屋で出てきたドロップ品やゴブリンやホブゴブリンが手にしていた出来損ないの武器を拾ってチェストゲートに放り込んでいく。


「トーアちゃん、そんなものどうするの?」

「単純に鉄だから、鋳潰して再利用する予定だよ」


 なるほどと頷いたフィオンの手には魔導石があるのにトーアは気が付いた。


「フィオン、それって……」

「うん、ホブゴブリンがいた所にあったから多分、ホブゴブリンの魔導石だと思う」


 フィオンから受け取って質を確認すると、以前トーアが『小鬼の洞窟』で手に入れたものよりもふたまわり程大きく、簡単な【刻印】であれば使えそうな代物だった。


「これくらいの大きさなら【刻印】に使えるかな。はい、フィオン」

「え、私が貰っていいの?」

「うん、フィオンが倒して手に入れたものなんだし。ギルもいいでしょ?」


 確認するとギルももちろんと頷く。若干迷ったようなしぐさをするフィオンだったが、記念なんだからと言うと、ぎゅっと魔導石を握って頷いた。


「よし。それにしても……ホブゴブリンやゴブリンを全部倒したのに閉まった扉が開かないね」

「……確かに」


 今も開いているのはホブゴブリン達が入ってきた岩の扉だけで、トーア達が入ってきた所は壁と一体化したようにびくともしなかった。

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