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第九章 二人の秘密 9

 ホームドアの設定を変更できるページを開いたあとは、チェストゲートに収納された生木を使って作業部屋の作成を開始する。普通に使う限りでは、乾燥などの工程を経なければいけないが、ホームドアの能力を使う限りでは必要がなかった。

 作成した部屋は最低限の機能を持った部屋で板張りで何もないが、それはゆくゆくトーアの手で作成し、充実していけばよかった。

 続いて間取りを設定していくが、それはCWOでトーアが作成したものと同じにしている。


――ついに作業場が形になっていく。作業場はここに、解体用の部屋はここっと、木材の乾燥部屋はあとで【刻印】で乾燥時間の短縮をするようにして、あとは……。


 いつの間にか含み笑いが漏れていたが部屋にはトーア以外誰も居ないので気にしなかった。

 初期設定されている部屋を臨時の作業部屋として、私室予定の部屋の先に設定し終える。ベッドから起き上がったトーアは、ホームドアを発動させて壁に扉を出現させて中に入った。

 ドアの先にはホールというよりも玄関と行った風情の空間がある、ホールの正面に向かって真っ直ぐに廊下が伸びており、突き当たりの扉の先はキッチンと食堂、食材などを保存、熟成させる為の常温室、冷蔵室、冷凍室を完備している。廊下の両側のドアにはトーアの私室や寝室になる予定の部屋や広間となる予定の部屋、倉庫と裏庭へと出る扉へと繋がっていた。

 様々な生産系アビリティの作業を行う部屋は玄関横の階段を降りた先にある真っ直ぐに伸びる廊下の左右に設定してある。

 流石に木材が足りず、CWOで作成した体育館や室内演習場は作成できなかったが今は必要なかった。

 玄関ホールで靴を脱いで上がる形式にしているのでブーツを脱いで手に持ち、ぺたぺたと階段を降りる。そして、鍛冶場予定の作業部屋に入った。

 中は砂が敷き詰めてあり、簡易炉と金床が設置されている以外何もない。別の次元にあるホームドア内でも換気が行えるようになっているため、息苦しさや一酸化炭素中毒などの心配はない。そもそも裏庭がある時点で色々とおかしいのかもしれなかった。


「ふふっ……ふふふふっ!あはははっ!あははははははっ!!!」


 嬉しさに思わず身体を震わせてお腹を押さえながら笑い始める。“私による、私のための、私の作業場”が完成しつつあることに笑いながら廊下でくるくると回る。


「でも、何もないなぁ……」


 くるくる回るのをやめたトーアは小さく溜息を付いた。

 CWOでは揃っていたホームドアの設備を思い出して、涙しそうになったトーアは再び溜息をつく。すぐに気を取り直して木材を加工する部屋に行き、残っていた木材を取り出して積み上げておいた。


――とりあえず木材は置いておいて道具がそろったら乾燥を促進させる【刻印】を部屋全体に彫り込んで……そのためには鍛冶で必要な道具をって、あっ!?


 道具を作るための鍛冶で必須となる燃料の木炭やコークスが手元にない事をトーアは気づく。

 ホームドアは元の世界の時間と同じように太陽と月が昇り沈みする。外は昼を大分過ぎた頃で、これから木炭やコークスを蒸し焼きにする窯を作り始めるには微妙な時間だった。そして、その作業にはとても時間がかかる。今はコークスを買ってしまおうかと迷いながらホームドアを出る。

 コークスを買うくらいならば、作業の“結果”である道具を買ってしまう方が早いのでは?という考えもトーアにはあった。

 今の環境で鍛冶をして道具を作ったとしても市販されている物とアイテムランクは変わらない。ベッドに寝転がりながら横になり、天井を仰ぎ見る。


――なんだか本末転倒な事を考えている気がする。結局、私がやりたい事って何だろう……?


 ぐちゃぐちゃと色々なことを考えながらしばらく天井を眺めていたトーアは答えを見つけた気がしてむくりと起き上がった。


「物作りがしたい。結局、私がしたいのはそれなんだ」


 起き上がったトーアの結論は今はコークスを購入し、流通している道具と同じくらいのアイテムランクでも構わないから道具を作る事、ただ単純に作りたいから作るというものだった。

 コークスは月下の鍛冶屋では普通に使用されていたため、ガルドから仕入れをしている店を聞いて購入する事を考え付く。

 外出の用意をして再び酒場に降りる。


「お、どうしたんだ?」

「ちょっと出かけてくるね。ギルとフィオンに何か聞かれたら、すぐに戻るからって伝えておいて」


 トーアの姿を見て尋ねてきたベルガルムにそう返して、鍵を預けて月下の鍛冶屋へと向かった。まだ夕暮れというには早い時間だが、早めに行こうと足を速める。

 月下の鍛冶屋に到着し扉を押し開けて中に入る。扉が立てた大きな音にカウンターに座るトラースは驚いた顔をしていた。


「な、なんだトーアか……またそんなに慌ててどうしたんだ?」

「驚かせてごめんね。前の時ほど急いでる訳じゃないけど、ちょっとガルドさんに聞きたいことがあって」

「うーん、今日の作業は終わってるから、食堂か鍛冶場の方に居ると思うよ」


 ありがとうと礼を言って食堂へ向かう。食堂ではカンナとフォールティの姿だけあり、顔を出したトーアに挨拶をしてくる。ガルドが鍛冶場に居ることを聞いたあと、礼を言って鍛冶場に向かった。

 鍛冶場では作業を終えて、テーブルに座り一息つくガルドとイデルの姿があった。トーアに気が付くと視線を向けてくる。

 挨拶を手短に済ませて単刀直入に鍛冶で使っている燃料を仕入れている店を訪ねた。


「トーアも知ってると思うがリグレットのところから仕入れてる。前に仕入れの依頼票を渡すように言ったとき、内容を見なかったのか?」

「あ……すみません、そこまで目は通してませんでした」


 月下の鍛冶屋の運営に関わることだろうと、あえて目を通さなかったのが裏目に出ていた。トーアが謝るとガルドは気にするなと言った。


「今日はそれだけか?」

「はい。教えていただき、ありがとうございます」


 リグレットの店の場所も教えてもらい、礼とともに頭を下げ月下の鍛冶屋を後にする。リグレットの店は鍛冶屋小道の奥にあり、街の端に位置していた。この辺りになると店と言うよりも工場と言ったほうがいいような建物が増え始め、金属の加工や精錬、大型の鋸によって木材を切断する店が目に付くようになる。

 リグレットの店である【クラム鋳掛いかけ精錬店】には迷うことなく到着することが出来た。

 店舗と思われる扉を開けると商品棚のインゴットや鉱石が並び、壁には鍋などを修理する鋳掛の修理例などが紙に書かれて貼られていた。


「いらっしゃい、お嬢ちゃんはお使いか何かかい?」


 カウンターに立つ男性にお嬢ちゃんという呼ばれ方に苦笑いを返しつつ、店主であるリグレットを呼んでもらうように頼む。男性は僅かに顔を顰めるが、店の奥にある工場へと行ったようだった。

 その間、商品棚にあるものを確認し、コークスが置かれているのを見つける。値段と名称が書かれた札を見てこちらの世界の名称もコークスである事を確認した。


「誰かと思ったが、やっぱりトーアじゃねぇか」

「こんにちは、リグレットさん」


 店の奥から顔を出したリグレットは額から汗を流しており、首にかけたタオルで拭っていた。先ほどまで作業をしていたを察して、忙しいところを呼び出してしまった事を謝る。

 気にするなと笑うリグレットに先ほどまで店番をしていた男性が怪訝そうな顔をするが、トーアが自己紹介をすると目を見開いた。


「あ、あ、あなたがあの、リトアリス・フェリトールですか……!?」


 目を輝かせて近づいてくる男性にトーアは微妙な顔をして、リグレットに助けを求める。


「まぁ、落ち着け。今日はどうしたんだ?まさか注文か?」

「はい。コークスを頂きたいんです」

「それならこいつだな。ついにトーアも店でも持つつもりになったのか?」


 笑いながら冗談めかして言うリグレットに笑みを返しつつ、エレハーレに流れているであろう噂『リトアリス・フェリトールは街を出て行く予定である』を持ち出して否定した。

 リグレットは笑いながらわかってると言って必要な分量を聞いてくる。


「とりあえず麻の大袋にひとつください。持って帰るのでここで受け取ります」

「おう、注文は聞いたな」

「は、はい」


 傍らで話を聞いていた男性はびくっと身体を竦ませて店の奥へと駆け出して行く。奥からは忙しそうな声が聞こえて来ているため、アメリアとの決闘のあとも経営は上手く行っているようだった。

 男性が去って行った方向に視線を向けていたのに気が付いたのかリグレットは歯を見せるほど笑顔になる。


「トーアとギル、アメリアの嬢ちゃんのお陰で俺の店も上向きだぜ。灰鋭石の硬剣フレッジブレードの時に上手く顔をつないだってのもあるけどな」

「顔つなぎが上手くできたのは、リグレットさんの腕だと思いますよ」


 はははとどこか照れたように笑うリグレットに肩を叩かれる。先に代金を支払い、商品であるコークスが用意されるのを待っていると店の奥からコークスを一杯に詰め込んだ麻の大袋が置かれた台車を男性が押してくる。トーアはそれを軽々とは行かないものの、持上げると男性は再び目を丸くしていた。


「それじゃ、失礼しますね」

「おう、また贔屓にしてくれよ!それとまた何かするんだったら声をかけてくれ!」


 リグレットの声に笑顔を返して店を出て行く。そして、すぐに路地に入り、リュックサックに入れる振りをしてチェストゲートへコークスの入った麻の大袋を収納する。


――とりあえずこれで燃料の問題は大丈夫と。早く宿に戻って作業を始めようっと。


 足早に宿に戻り、ベルガルムから大きなたらいを一つ借りる。そして、部屋に戻ったあとは鍵をかけてホームドアを発動した。

 鍛冶場に真っ直ぐに向かい、炉にコークスを入れて火をつける。付属のふいごで空気を送り込んで温度を上げていく。その間に、道具や素材となる鉄のインゴットや刃にするために炭素量を調節して精錬した鋼のインゴットを用意し、ベルガルムから借りたたらいに【湧き水】で作り出した水をいれた。適当な枝を取り出し並べ、焼き戻しが終わったものを置ける簡易台にする。


「これで準備よし。最初は……切り出し小刀から作ろう、あと包丁も」


 切り出し小刀は【木工】を行う際の基本となる道具で細長い鉄の板の片側にのみ鋼を鍛接し、鋭角に切り出したものになる。

 熱したインゴットを叩いて一部を切り取り、持ち手兼本体にするため細長く整形していく。鋼は刃とするため厚みを調節しながら細長く成形した。

 先に成形した鉄の細長い板の先端に鋼を置いて熱し、鎚で叩いて鍛接する。完全に二つが繋がった事を確認して、さらに厚みが均一になるように鍛造していく。切っ先を作るため、先端を斜めに切断し切断面を叩いて整形して鍛造の作業を完了する。

 そして仕上げとなる焼き入れと焼き戻しを行って簡易台の上に置いた。

 出来栄えに思わず微笑みながら、続けて同じ作業を繰り返し切り出し小刀を二本作成する。明日にでも砥いで刃を作り、外見を整えれば切り出し小刀の完成である。

 さらに作業を進めて包丁、たがね、金槌、縫い針、裁ち鋏と続けて作っていく。他には金やすりの土台となる断面が菱型の棒を何種類か作っておいていた。炉の火を落として、今日の作業を一旦終える。

 立ち上がると、ぐぅとお腹が音を立てた。


「……お腹へった」


 今出来そうな作業は全て終わっているため、明日になってから続きをしようと桶の中の水を捨てる。

 酒場に降りると夕食という位の時間になっているためか、常連客たちが姿を見せて楽しそうに酒と肴を楽しんでいるようだった。トーアはギルとフィオンが降りてくるのを待つことにした。


 しばらくして酒場に降りてきたギルとフィオンと共に夕食を食べ、ベルガルムやトリアを交えて異界迷宮の話で盛り上がる。その際に明後日の出発時に固焼きパンを渡してもらうように注文しておいた。


「明日、買出しに行くけど、二人は何かある?」


 実家に買いに行くであろうフィオンの言葉にトーアはギルとともに首を横に振った。『小鬼の洞窟』に行くくらいの保存食はまだチェストゲートの中にある。フィオンはわかったと頷いたところで夕食を食べ終わったトーアは立ち上がる。


「今日はそろそろ部屋に戻るよ、おやすみ」

「あ、うん、おやすみ、トーアちゃん」

「おやすみ」


 二人に小さく手を振り、階段を登って部屋に戻る。

 ホームドアで徐冷中の切り出し小刀の状態を確認したあと、たらいに再び【湧き水】で水を張って、中に使う予定の砥石を沈めて明日の準備は完了と、トーアは初期設定の部屋に向かった。

 日課の型の確認を終えたあとお湯を含ませたタオルで身体を綺麗に洗い、寝巻き代わりのワンピースに着替える。

 宿の部屋に戻り日記を書いて、ベッドに寝転がった。窓から見える二つの月を眺めながら、明日の予定を考え始める。


――明日は切り出し小刀とかを完成させて、出来たたがねで金やすりを作って、金やすりでのこぎりを作って、木材の乾燥が終わったら切り出して……最初にお風呂を作ろう……。


 そして、考えているうちにトーアは寝息を立てはじめた。

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