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第九章 二人の秘密 7

 翌朝、ギルに揺り起こされ目を覚ます。


「ん……おはよ」

「おはよう、トーア」


 欠伸をしながら伸びをして、立ち上がり【湧き水】を発動させて顔を洗う。フィオンもギルが【湧き水】で作った水で身だしなみを整えていた。

 挨拶を交わしたあと、昨日の夕食だったホーンラビットの焼き串を温めなおし、同じように温めた固焼きパンで朝食にする。


「今日こそ、探索だよね」

「今日こそね。昨日は結局、スチールシープの毛刈りで終わっちゃったし……」


 昨日はスチールシープの毛刈りで終わってしまったが、純度の高い金属が手に入ったのでトーアとしてはホクホク顔だった。その夜に大量の原木を伐採できた事もある。

 ふとフィオンが昨日のように眉を寄せて何か考え込んでいることに気が付いた。


「トーアちゃん、あの子達スチールシープの体毛って自己防衛のためのものだと思うけど、あんな風に刈り取ってもよかったのかな」


 身だしなみを整えている間にそのことに思い至ったらしいフィオンの言葉を聞いて、毛を刈り取ったあとのスチールシープの状態を思い出して苦笑する。


「刈り取ったあとのスチールシープの体に触れた?」

「え?ううん。すぐに離れちゃったし……」


 刈り取る前のスチールシープには触れたらしいフィオンに、刈り取ったあとのスチールシープの体は金ブラシのように危険だと説明した。


「金ブラシ?」

「うーん……イメージとしては歯ブラシの毛が金属になったと考えればいいかな。下手に危害を加えるとほぼ全身が金ブラシ状態のスチールシープの群れに囲まれて……」


 説明を聞いていたフィオンが見る見るうちに顔を青ざめさせたので、途中で言葉を切る。そのような状態のスチールシープが押し寄せて巻き込まれれば、まさに摩り下ろされる・・・・・・・ことになるだろうとトーアは想像していた。


「私達は危害を加えるつもりはないし質の良い金属が手に入る、スチールシープたちは一時的にとはいえ防衛能力に攻撃性を持たせてくれるから、あんな風に素直に毛を刈らせてくれたと思うよ」

「な、なるほど……」


 顔を青くしながらがくがくと頷くフィオンの姿に笑いを漏らした。


 草原の探索をはじめるが、昨日伐採を行った林とは反対の方角へ歩き出した。朝日に照らされた草原は穏かな風が吹いており、何もなければこのままピクニックを始めたいくらいの天気の良さだった。


「のどかだねぇ……」

「そうだね。異界迷宮でもなければゆっくりしたいね」


 のんびりと歩いていると、どこからか地響きが聞こえ始める。足を止めて剣を抜いて辺りを見渡した。


「な、何?スチールシープ?」

「いや……あっち、シェルゴートみたいだ」


 ギルが指差した方向に土煙を上げて近づく七頭ほどのシェルゴートの姿があった。シェルゴートは茶色の外殻のように硬くなった体毛を持った山羊で頭部には巻き角が生えている。

 フィオンは剣を抜いて迎え撃とうとしていた。


「フィオン、避けて!」

「はっ、はい!」


 フィオンの剣はトーアが作ったものだが、フィオンの腕前も踏まえてシェルゴートの硬い体毛を切り裂けるとは思えなかった。ギルの場合は腕前は良いが剣の質が追いついていないため、シェルゴートの硬い体毛は切り裂くことは難しい。CWOにもシェルゴートという生物は存在しているため、その対処法というよりも弱点は把握していた。ギルと視線を交わして頷きあい、魔法を発動する。


「【湧き水】」


 六十センチメートルほどの大きさの水球を生み出し、突進しようと先頭を走るシェルゴートに向かって投げつける。


「メェッ!?」

「メェェェッ!!?」


 先頭のシェルゴートが悲鳴にも似た鳴き声をあげながらたたらを踏む。だが勢いが殺しきれず、後ろから突っ込まれたシェルゴートは一纏めに固まる。


「【水牢監獄】」


 そこへ詠唱を終えたギルの魔法が発動し、ギルの頭上に巨大な水の球体が生まれる。一つに固まったシェルゴートの頭上で放射線状に広がり、水で出来た膜がシェルゴート達を囲い込んだ。水で出来た監獄から離れるようにシェルゴートたちは一斉に鳴きながら中心に密集する。


「え……あれ?シェルゴートが逃げ出さない?」

「うん。シェルゴートは水が弱点、というか苦手みたいだね」


 見た目通りに水の膜でしかない【水牢監獄】では強い拘束力はないが、水を極端に嫌うシェルゴートでは効果は抜群だった。

 トーアのクールタイムが終わった後、【水牢監獄】の中に手を差し込んでシェルゴートに【湧き水】を当てる。


「メェェェ~……」


 弱弱しく鳴きながらその場にへたり込むシェルゴート。一匹を水牢監獄から引っ張り出して毛切りバサミをチェストゲートから取り出す。不思議そうにするフィオンを横目にスチールシープと同じようにシェルゴートの毛に毛刈りバサミを差し込んで、じょきりじょきりと音を立てて硬いはずのシェルゴートの外殻を刈り取っていく。


「えっ!?あんな硬そうだったのに」

「シェルゴートの体毛は分泌物のせいで剣の刃が欠けるほど硬い。だけど水に濡れるとあんな風に刈り取れるほど柔らかくなるんだ」


 驚くフィオンにギルが理由を説明していた。すばやくシェルゴートの体毛を刈り取ってすぐに解放する。武器である体毛を刈り取られたシェルゴートはすぐに逃げ出して遠巻きにこちらを窺っていた。刈り取った毛の一部を切り取ってフィオンに渡すと、柔らかさを確かめるように触れているようだった。


「わぁ……ウールシープのものよりもすごく柔らかい……。市場に出てるシェルゴートの毛じゃないみたい」

「うん。こうして一度刈り取った後は二度と硬化することはないし……市場に出てるのはシェルゴートを殺して剥ぎ取ったものだと思うけど……」


 感心するように何度も頷いていたフィオンだったが、何かに気が付いたのか小さく首を傾げる。


「シェルゴートの対処法ってギルドの資料にも書かれていなかったけど、トーアちゃんとギルさんはどうして知っていたの?」

「あ、それは……」


 CWOでは広まっているシェルゴートの対処法であるが、こちらの世界ではまだ見つかっていないことはギルドの資料を確認した時に気が付いていた。書かれていた方法は鈍器などで殴りつけるといったもので、出来るだけ戦う事自体避けることを推奨している。

 CWOの方法が実際に通用するかはわからなかったがこうしてうまく無力化できた。出来なかった場合は『異界渡りの石板』まで逃げることにしていた。


「僕達がいたところでは一般的な方法だったんだ。だけどシェルゴートは気性が荒いからね、ウールシープやホワイトカウのように家畜化はできていなかったよ」

「そっか……トーアちゃんこれってギルドに報告したほうがいいと思うよ」

「ギルドに?」


 確かに対処法を知っているならば広めたほうがいいかもしれないが、これでお金を稼ぐ事もできるのではないかとトーアは思う。


――まぁ……市場に安値で手に入るようになればメリットが多いけど……。


 トーアが市場などで素材を買わずに自ら採取している理由は金銭的な問題がほとんどであり、オークションでお金が入った今は、既にトーア自身の手で採掘や採取をしていたため、タイミングが悪かったとしか言えなかった。

 そして、今も採取や採掘を行っているのは異界迷宮に来ているついで、という事でしっかりと素材を手にしている。

 だが、ゆくゆく店を持てばそういう訳にも行かず、注文を取れば期限というのものが付きまとうようになり、このように採取や採掘というのも難しくなるかもしれない。

 その場合は市場しじょうに出ている素材で作らなければならくなり、冒険者へ採取依頼を出す必要が出てくる可能性がある。

 それならば、安価で素材が手に入るように技術や情報を流す事はトーアに取ってメリットと成る部分が大きかった。


「まぁ、そうだね。でもフィオン、これって商売のチャンスじゃないの?」

「うん……街に帰ったら父さんや兄さんに相談してみようと思う」


 先ほど渡したシェルゴートの体毛を貰ってもいいか尋ねてくるフィオンに笑みを向けながらうなずく。しっかりと商家の子供なんだなぁと思いながら他のシェルゴートの毛を刈り取って解放する。

 全ての毛が刈り終わったあとはシェルゴートたちは鳴き声をあげて走り去っていった。


「うーん……水さえあれば何とかなるのかなぁ……」

「【湧き水】でも使えればいいから、シェルゴートの毛は簡単に買えるようになりそうだね」

「え?」

「……え?」


 驚きの声を上げるフィオンを怪訝に思いながら視線を向ける。


「と、トーアちゃんみたくあんな大きな【湧き水】が使える人ってそんなに多くないよ?」

「えっ!?それは、本当?」


 思わずギルと顔を見合わせて、まさかと思いながらフィオンに詰め寄る。

 二人に詰め寄られたフィオンは二人の態度に驚いたのか思わず一歩後ろに引いていた。

 驚きながらも月下の鍛冶屋のカンナが【魔法基礎】だけ使える人だったことを思い出す。それもあまりマナの量は多くなかった。


「ギルさんみたく使える人となると、高ランクの冒険者の人とか王宮に出仕してる人とか、魔法が得意な種族の人たちぐらいになっちゃうし……」

「うーん……」


 唸るギルと顔を見合わせて魔法を扱う人間が少ないという事に眉間に皺を寄せる。ちょっと珍しいぐらいの感覚かもしれないが、ギルがあそこまで使えることは隠した方がいいのかもしれないという思考が頭をよぎる。ちらりとギルに視線を向けると小さく首を振っていた。隠す必要はないということらしい。


「トーアちゃん、ギルさん、魔法が使えるようになるきっかけってあるの?」

「それは……」


 CWOにおける魔法の始まりはチュートリアルの際に取得できる【戦闘基礎】と【魔法基礎】からで、生産系、採取系、特殊系アビリティについてはプレイしているうちにイベントなどで自然と取得する事ができた。

 【魔法基礎】を取得する際のイベントは魔法の仕様について長々と説明されたあと、手を繋いでマナを感じるという事で終わっていた。

 あれがきっかけと言われればそうかもしれなかったが、フィオンにやってみたところで同じように【魔法基礎】が使えるようになるかはわからなかった。

 ギルも同じ事を思い出したのか、じっとトーアに視線を向けて小さく頷く。


「それが原因かわからないけど、思い当たる事はあるよ」

「そっか……」


 フィオンはどこか踏ん切りがつかない様子で口を開けたり閉じたりしていた。もしかしたら魔法が使える様になりたいのかもしれないと思い、こっそりと隣に立つギルに視線を向ける。


「……トーアが試したいのは最初の時のアレでしょ?フィオンにならいいと思うけど、魔法が使えるという事の希少価値は高そうだから広めないという事を条件にやっていいと思う」


 ギルの言葉に頷いて、フィオンに近づく。


「魔法、使えるようになりたい?」

「あ……その、うん……トーアちゃんみたくでっかい水球を作れる!って程じゃなくて、ちょっとした飲み水とか火種、明かりを作れるようなれば冒険するときにも役に立つかなって」


 【魔法基礎】で使える魔法はフィオンの言うとおり、火種を作ったり、飲み水を作ったり、光源を作ったりと些細だが役に立つものが多かった。フィオンの言葉に頷いて、誰にもしゃべらない事、もしうまく行かなくてもがっかりしない事を条件にCWOと同じようにマナを感じてもらう事にする。


「じゃあ、フィオン、手を繋いで」

「う、うん」


 互いにグローブを脱いで手を繋ぎ、トーアは体内のマナを操作して手からフィオンへと送り込んだ。違和感を感じたのかフィオンが手を離そうとするのをぎゅっと力をこめて止める。


「あ……このぞわぞわしたのが……」

「魔法の源、マナ。【刻印】が刻まれた道具の発動とかに使われる力だよ」


 CWOのチュートリアルと同じ方法で魔法が使えるならば、こうしてマナを感じる事で使える可能性が高いとトーアは推測していた。

 生産系アビリティ【刻印】が刻まれた道具は任意でマナを流す事、周囲に偏在するマナを収集する、使用者のマナを勝手に使うなど様々な方法でマナを集めるため、【魔法基礎】が使えなくとも使用することは可能であった。


「私のマナを頼りに、フィオンの中にあるマナを感じてみて」

「う、うん……」


 しばらくそうしていたがフィオンの眉間に皺が寄り始め難しい顔をし始める。

 申し訳なさそうにうな垂れたフィオンを見て手を離す。流石にいきなりは無理かと思いながらフィオンを慰めるように肩を優しく叩いた。


「まぁ、すぐに出来なくても暇を見て、何度かやってみようね」

「あ、うんっ!ごめんね、トーアちゃん……」


 いいよと笑って返し、トーアは放置したままだったシェルゴートの毛をチェストゲートへ収納する。

 探索を再開し、次は林に向かってトーア達は歩き出した。

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