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第九章 二人の秘密 6

 刈り取られたスチールシープの体毛は種類ごとに積まれており、鋼や銅といった種類のものは数が多くいくつか山が出来ていた。出発前に購入していた荒縄で縛り纏める。フィオンは山になった体毛を眺めて、眉を寄せていた。


「トーアちゃん、その……刈り取ったらって言ったけど、こんなに一杯になるなんて思わなくて……トーアちゃんとギルさんの鞄が【刻印】で容量拡張されていても、こんな量は持ち帰れないよね」


 フィオンが申し訳なさそうにする理由にチェストゲートの事を話すには丁度良いタイミングだと思い、ギルに視線を向ける。トーアの視線の意図に気が付いたのか、ギルはごく小さく一度だけ頷いた。


「大丈夫だよ、フィオン。私とギルはね」


 近くにあった鋼の体毛に触れて【チェストゲート】を発動する。突然、目の前にあった鋼の体毛が消えてフィオンは目を丸くしていた。パーソナルブックを現して収納した鋼の体毛を再び取り出してみせる。


「まさか……チェストゲート?」

「知ってるの?」

「う、うん……私の大叔父さんが使えてたから」


 知っていると思っていなかったがフィオンの大叔父がチェストゲートを使えると聞き、再びギルと顔を見合わせる。


――ディッシュさんは高ランクの冒険者がつかっているところをみたんだっけ……フィオンの大叔父さんって、中堅どころかベテランの冒険者だったのかも。


 そう思いながらフィオンへ視線を戻す。今まで秘密にしていた事を怒るか目を輝かせるかどちらかと思っていたがフィオンの表情は再び曇っていた。


「トーアちゃん、ギルさん、ギルドにチェストゲートが使えること申請しないといけないかも」

「ギルドに申請……確かにギルドの規約にそんなこと書かれていた気がする」


 フィオンの言葉は予想外にもトーアとギルを心配するような、気にかける言葉だった。表情に出さないように驚きつつも、フィオンの真っ直ぐな性根に思わず微笑んでいた。

 トーアは開いていたパーソナルブックを捲り、ギルドの規約を確認する。ギルとフィオンもそれぞれパーソナルブックを取り出して、確認しているようだった。


「あった。ギルド条項の二十ページ『チェストゲートは災害時の運搬などの人道支援を目的として、ギルドに使えることを登録すること。なおこの情報はギルド内で厳重に管理されるもので、他の用途には使用しない』」

「でもそのー……胡散臭いから登録しないなんて人も居るみたいだよ」

「ふぅん……まぁ、疚しい事は何もないし、帰ったら登録しておこうか」


 パーソナルブックを閉じて消し、呟くとギルも同意するように頷いていた。


――災害時の人道支援だけを目的として登録させるかな……?犯罪の予防……どこかの国と戦争になったときの物資運搬を目的としているとか?


 だが登録するのはギルドであり、規約を読む限りトーア達がいる大陸全土にわたって国を超えて支部が設立されている。特定の国に入れ込むといった姿勢はなく、絶対中立を掲げる組織でもあった。

 戦争時の当てにされる確率は低そうだとトーアは思い、他のスチールシープの体毛もチェストゲートへ収める。


「あれ?じゃぁ、トーアちゃんとギルさんのリュックサックって普通のなの?」

「うん。ウィアッドのノルドさん謹製、ウィアッドの狩人御用達の頑丈なリュックサックだよ」


 リュックサックを開いて中を見せる。何も入っていないのは不味いだろうと身だしなみを整えるための道具や顔や身体を拭く為のタオルを折りたたんで収納している。毛布に関してはかさばるため、チェストゲートに収納してあった。


「じゃ、じゃぁ……昨日買った保存食は……」

「チェストゲートに入ってるよ。時間経過で劣化することないし、収納している限り腐る事はないと思う」


 口を開けてぽかんとしていたフィオンだったが、納得したのかすごいなぁと漏らしていた。


「あ、リュックサックが【刻印】で拡張させてるように見せるのはやっぱり、チェストゲートが使えるのを隠すため?」

「うん……ウィアッドのディッシュさんに隠すように言われてね。でもそろそろフィオンには話してもいいかなってギルと決めたんだ」

「今まで秘密にしててごめん、フィオン」


 軽く頭を下げるとフィオンは慌てて首と手を横に振り、気にしてないと言った。


「ならその……これからも秘密にしたほうがいい?」

「うーん……それについては“隠す必要はないけど高らかに宣伝する必要もない”かな」


 つまり今まで通り普通にしていればいいとフィオンに説明して野営地跡へ移動を始める。すでに日が沈み始めいるため、急いで火をおこし、【灯火】を使い夕食の用意を整えた。

 昼食と異なり夕食は簡素なメニューで、乾燥野菜を戻して塩と胡椒のような香辛料で味付けした野菜スープ、異界迷宮に来る途中で狩ったホーンラビットの串焼き、温めなおした固焼きパンとなっている。


「んんっ……やっぱり、トーアちゃんの、料理、おいしー!」

「ただ串に刺して焼いただけだよ」


 もぐもぐと口を動かしながらしゃべるフィオンの言葉に照れながらも焼き上がった串焼きをギルに渡す。思い返せばフィオンと初めて会った時もこうしてホーンラビットの串焼きをごちそうしていた。

 夕食を食べ進みながら今夜の夜警の順番を話して決める。

 二人ずつ夜警を行い、一人は睡眠をとるという形式で最初はトーアとギルが夜警を行い、フィオンが眠りに付くこととなった。


「いいの?私から寝ちゃって」

「うん。初めての異界迷宮だし、疲れたでしょ?」

「それはトーアちゃんもギルさんも同じだと思うけど……」


 フィオンが怪訝そうな視線をギルに向けるが、ギルはゆっくりと首を横に振る。


「住んでいたところで草原での夜警の経験はあるからフィオンほど初めてって訳じゃないよ」


 心配そうにしていたフィオンだったが、トーアとギルの説得に頷く。ある程度の時間が来たら起こす事を約束し毛布に包まってその場に横になった。

 そして、すぐに寝息を立て始める。


「……ん、なら……そろそろ行くかな」

「トーア、本当に行くの?」


 火に照らされたギルの顔は心配だけがにじんでいた。フィオンが眠った今ぐらいしか、好き放題に伐採できる時間はないため、行かないという選択はできなかった。


「うん。ホームドアの設備のために、ね」

「はぁ……わかったよ。気をつけて」

「ギルもね」


 装備を整えて立ち上がった。

 そして、戦闘系アビリティ【駆動】で高く飛び上がるスキル【跳躍】により、空へと跳ぶ。ある程度の高さでさらにスキル【空駆】を発動し宙を蹴り、雲一つない煌く星で埋め尽くされた夜の空を駆ける。


――月が、一つだけ……か。


 トーアが駆ける空には、一つだけの満月が浮かび『灰色狼の草原』を照らしていた。

 元居た世界に似た月に少しだけセンチメンタルな気分になる。ごうっと風が唸る音が聞きながら、何度か【空駆】を使って目当ての近くの林の近くに降りたった。

 月明かりで明るいとは言え、満足と言いにくい明るさに【灯火】を発動する。パーソナルブックを開いてチェストゲートから伐採用の斧を取り出した。

 斧を片手に周囲の気配を探りながら林の中を進み、形の良い木を探し始める。

 気候と関係なしにさまざまな針葉樹のような木がまばらに生えており、異界迷宮という場所の異質さを再び感じながらトーアは林を進んでいった。

 【灯火】の明かりで枝振りを確認し、真っ直ぐにのびた木を見つける。幹も太く、虫や鳥などの影響もなさそうだった。月明かりと【灯火】の明かりで辺り調べ、木が倒れる方向を決める。


「よし……」


 木の横に立って斧を振りかぶり、幹に対して斜めに振りぬく。コーンという乾いた音が夜の林に響き、刃が幹を抉っていた。

 次に水平に斧を振り、三角に斧を入れていく。

 トーアが刃を入れた部分が“受け口”と呼ばれる倒れる方向を決めるためのものである。受け口が予定した方向になっている事を確認しながら作業を続ける。木の三割ほどまで斧で受け口を削った。残りの七割は“つる”と呼ばれ、倒れる方向、速度を調節する為の部分である。

 受け口の反対側である“追い口”に刃を入れて徐々につるを削り始める。刃を入れる部分は受け口とつるが接している部分よりやや高めな場所にしなければ、受け口と追い口が繋がり倒れる方向も速度も制御できなくなってしまう。慎重に斧を振り続けるとめきめきと音を立てて木が斜めになり次第に倒れる速度を速めて行く。


「倒れるぞー」


 異界迷宮なのであたりには魔獣くらいしかいないが、危機管理として声を出すのはCWOでも現実でも同じと思っていた。

 倒れた木の年輪を見ると密に等間隔にならんでおり質のよい木だと判断できた。斧で枝を払いながらチェストゲートへ収め、切り倒した樹木の全てをチェストゲートへ収める。

 思わず含み笑いを漏らしながら斧の刃を検めて問題ない事を確認し、林の中を歩き出した。


――よし、とりあえず一本目と。あまり時間はないしどんどん切っていかないと……。


 林の中を移動して木を切り倒して軒並みチェストゲートへ放り込んでいく。

 月が真上に差し掛かる頃、切り倒した木に腰掛けてパーソナルブックを開く。チェストゲートの中にある生木の数を確認し、自然と笑みが広がる。


「ふふっ……ふふふふ……!」


 念願の作業部屋まであとはホームドアで設定を行うだけとなったため、思わずトーアは笑い出してしまった。だが流石にこの場で設定を行うには無用心だとパーソナルブックを閉じて林を出る。そして再び【空駆】で宙を蹴った。空を駆けながら自然と鼻歌を口ずさみ野営地へと戻る。


「ただいま、ギル」

「おかえり、トーア。どうだったって聞く必要なさそうだね」

「ふふふ、まーね」


 ギルの言葉に上機嫌で頷いて、その場でギルに生木を数本渡す。トーアの目的と同じようにホームドアの充実の為の生木である。

 パーソナルブックを開いたギルは頬を緩ませて本数と何が出来るかを確認しているようだった。


「うん……トーアみたく作業部屋が必要って訳じゃないし、これくらいあれば、まぁ……いいかな」


 ギルのホームドアはどちらかというと生活スペースと言った感じが強く、CWOでもリビングや寝室などゆったりとした構造と家具が置かれていたのを思い出した。


「そろそろフィオンを起こさないといけないけど、伐採で疲れたならトーアが先に眠っていいよ?」

「ううん。私のわがままでギル一人に夜警を任せちゃったし、私が起きてるよ」

「そういうなら……」


 フィオンを揺り起こした後、ギルは毛布を被り背を向けて眠り始める。

 欠伸をしていたフィオンだったものの、トーアが用意したお茶を渡すとちびりちびりと飲み始めた。


「静かだね」

「そうだね……あたりには、今のところ私たちしか居ないしね」


 虫の鳴く音と焚き火が爆ぜる音ぐらししかあたりにはなく、人気のなさを如実に物語っていた。眠らないため、ぽつぽつとフィオンと話をしているうちに夜警の交代の時間になり、ギルと交代でトーアは毛布に包まり目をつぶった。

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