第九章 二人の秘密 5
翌朝の早朝、朝食をすませたトーアたちはベルガルムに注文していた固焼きパンを受け取る。日持ちさせる事を目的としているため、硬い上に味もあまり良くないが温めなおせば多少は食べれるものになる。
昨日作成した防具を身につけて酒場から降りると朝食を食べていたアメリアから視線を向けられていることに気が付く。
「お、おはよう、アメリア」
「おはよう。今日から異界迷宮にいくんだったわね。気をつけて」
「うん、ありがと」
出来栄えを確認してくるかのようなアメリアの視線はあったものの、それ以上は何も言わなかった。内心、ほっとしながら、ギルとフィオンともにクエストを受けるためにギルドへ向かう。
朝早くに来たつもりだったがいつものようにギルドは冒険者がつめかけていた。
「……私がクエストを取ってくるね」
三人の中で一番小柄なトーアが代表してクエストが貼られている壁の前まで、冒険者達の間を縫って進んだ。壁にはランクごとにクエストが貼られているが、ランクF以上のクエストは異界迷宮ごとにも分けられている。
『灰色狼の草原』で取れる魔獣の素材や採取できる植物の納品クエストが並んでいたが、『小鬼の洞窟』に比べて圧倒的に数が少なかった。
不思議に思いながら需要が少ないのだろうと、植物の納品クエストを手に取って行く。異界迷宮では魔獣の素材は必ず手に入るという訳ではないため、戻ってきた時に出来そうならその場でクエストを受けて納品を行った方がいいとトーアは考えていた。
カウンターでクエストを受けて、ギルとフィオンの元に戻る。
受けたクエストの内容を話しながら、ギルドを出てエレハーレの北側に広がる森へ向かう。異界迷宮『灰色狼の草原』がある北側のセンテの森には多くの冒険者達が歩いたためか、細い獣道が出来ていた。その道をフィオンを先頭にして、トーア、ギルの順で進む。経験を積むためという方便でフィオンの戦闘系アビリティ【探知】のレベルをあげるためだった。
ギルとのクエストで森に入っているためか、姿を隠したホーンラビットやファットラビットに気が付いて足を止める。そして、襲い掛かってきた場合もあっさりと対処していた。
――フィオンも強くなったなぁ……。
ホーンラビットやファットラビットを解体しながら、あたりを警戒するフィオンにこっそりと視線を向ける。
あたりを警戒する姿も隙は無い。剣の柄に手を触れた状態にいるため、ブラウンボアがいきなり突っ込んできた場合でもすぐに対処できる事が窺えた。
「よし、解体がおわったよ。これはお昼と夕飯に食べちゃおう」
「わぁ……あの固焼きパンだけかなと思ってたから、うれしい」
革袋に解体したホーンラビットやファットラビットの肉を入れて、リュックサックに入れる振りをしてチェストゲートへ収めた。
再び森を進みながら果物や薬草を採取しながら、異界迷宮『灰色狼の草原』の『異界渡りの石板』を保護する建物に到着する。
「ここが『異界渡りの石板』を保護する為の建物?」
「多分ね。『小鬼の洞窟』の方にも同じ建物があったよ」
煙突が出ている建物が休憩や寝泊り用で、もう一つの方に『異界渡りの石板』がある事を説明した。
寝泊り用の建物の扉を押して中に入るが、『小鬼の迷宮』の時と異なり冒険者の姿はなかった。扉を開けただけでうっすらと埃が舞っており、異界迷宮に行っているからいないという訳ではないようだった。
「……人が居ないね」
「うーん、ギルドに貼られたクエストの数も少なかったんだよね。『灰色狼の草原』は人気がないのかなぁ」
建物の中の作りも『小鬼の洞窟』の近くにあった建物と同じで、火の入っていない暖炉と奥には調理場がある。
人が居なくとも腹は減るのでグローブを脱ぎ、早速遅めの昼食の調理を始めた。
最初に乾燥野菜をお湯で元に戻しておき、竈の近くで固焼きパンを温めなおしておく。ファットラビットの肉を取り出して薄切りにし、フライパンで調味料をかけてざっといためる。
温まった固焼きパンを半分に切り、切れ目をいれる。焼いたファットラビットの肉とお湯で戻した乾燥野菜を切れ目を入れた固焼きパンに挟み、塩とレモンのような匂いと酸味がある果実、レオランの果汁を振りかけて完成。
――ドネルケバブサンド風ファットラビットサンドってところかな……。味付けは似てるけど串に刺して回してないし風ってことで。
ギルとフィオンの分も作り、調理場にあった共用の食器に載せる。デザートには来る途中で採ったレドラを用意した。
「出来たよ」
「わぁ……すごくおいしそう」
「実はこれ、屋台とかで販売するような簡単なメニューなんだけどね」
出来立てにかぶりつくとレオランと塩がこってり気味なファットラビットの脂を洗い流しあっさりと食べられるようになっている。出来栄えに満足しつつ食べ進める。
フィオンも塩とレオランの風味に最初は驚いていたようだったが、今はおいしそうに口を一杯にしていた。
「トーアちゃん、屋台で出してみたりしないの?今まで色々とおいしそうな料理作ってたし……」
「うーん……正直なところ、ラズログリーンに行く予定があるのに屋台を出すのもどうかなぁって思ってて」
「それもそっか」
納得したように二つ目に口をつけるフィオンを眺めながらトーアが考えていた危惧については口にしなかった。
――環境が整った状態で料理を作るとアイテムランクが上がる。アイテムランクがよくなると味がよくなって、前に『小鬼の洞窟』で調理したときと同じような騒動が街で起こる。……そうなると、アメリアとの決闘どころの話じゃないくらいに名前は売れるだろうけど……。
人の食に対する執着と向上心を甘く見てはいけないとトーアは思い、屋台をしても永住できる場所でと考えていた。それは他の物についても同じで、特に武器類は環境が整った状態で作れば、灰鋭石の硬剣騒動の時のポリラータ程度の腕前で、決闘騒動の試剣術をあっさりとやり遂げるような代物、最高のアイテムランク【外神】級や一つ下の【喪失】級ができてしまう可能性がある。
さすがにそんな無用な混乱をトーアは引き起こしたくはなかった。
少し遅めの昼食を済ませた後、食器や使ったフライパンや竈の後片付けを済ませる。
外していた防具を再び身につけて緩みがない確認する。ギルとフィオンも準備が整ったのか、建物の入り口近くに立っていた。
『異界渡りの石板』を雨風から守るための建物へ向かい、中へ入る。
初めて見る『異界渡りの石板』に目を丸くするギルとフィオンの様子を微笑ましく思いながら、トーアは僅かに宙に浮かぶ黒い石版に視線を向けた。
見た目は『小鬼の洞窟』に行くためのものと見た目は変わらず、床の【刻印】が放つ微光に照らされている。
「じゃぁ、私が代表して触るよ?」
「う、うん!トーアちゃん、お願い」
ギルも小さく頷いたのを確認し、トーアは『異界渡りの石板』に触れて異界迷宮へ入ることを念じた。
床の【刻印】が僅かに光を放ち、浮遊感を覚える。視界が真っ白に染まるがすぐに視界は戻る。
強い風に腕を前に出す。目の前には地平線が望めるなだらかな丘と草原が続いていた。
「うわぁ……すごい。こんな景色、初めて見た……」
「僕もだよ」
思わず呟くと隣に立ったギルも頷いていた。元の世界に居た頃は住んでいた地域が海に近く水平線を眺めることは多々あったが、地平線というのは写真や映画などでしか見たことがなかった。草原はときおり強い風が吹いており、草原を揺らしている。
『異界渡りの石板』がある場所は辺りで一番高い丘の上にあり、周囲を見渡す事ができた。
「こんな風に全く違う場所なんだ……」
景色に感動して無言と思っていたフィオンが呟いた一言に異界迷宮の構造に感動していたのかと思わず笑ってしまう。
「じゃぁ、探索を始めよう。あそこに野営地の跡があるし、辺りを探索したらここに戻ってくる感じでいい?」
「うん、私はそれでいいよ」
「僕も問題なし」
『異界渡りの石板』の近くには倒木が円形になっており、中心には石が並べられて簡易竈の跡があった。
トーアが先頭になり『異界渡りの石板』がある丘を下って行く。すぐに太陽の光を反射する群れが視界に入る。警戒しながらも近づくと、草を食んでいた顔を上げてまっすぐにトーアを見てくる。
「メェ~」
「メェェ~」
暢気な鳴き声をあげて再び草を食み始めるスチールシープの群れに、緊張感が殺がれ近くに居たスチールシープの頭をそっとなでた。
「トーアちゃん、この子がスチールシープ?」
「うん。ほら、胴体部分の体毛が金属で出来てる。この子は……銅、正式な名称はカッパーシープになるのかな」
胴の部分の体毛に触れるとスチールウールのようなざくざくとした質感がグローブ越しに伝わる。
スチールシープは胴体部分の体毛が金属で出来ている生物で、見た目は元の世界の羊に近い。ただ草を食んでいるだけで金属を生み出すという不思議な存在である。スチールシープというのは俗称に近く、本来は鋼の体毛を持つ個体のことを指す。だがスチールシープはそれぞれ生える金属が異なり、個別に呼称するのが面倒なため総じて『スチールシープ』と呼ばれている。
ギルドの資料にあった一文を思い出しながら、トーアはリュックサックを降ろして中に手を入れてチェストゲートを発動する。ギルドの説明を読んだあと、スチールシープの体毛を刈り取る事ができないだろうかと思って金切りバサミを購入していた。
鳥のくちばしのような短い刃を持つはさみで、本来であれば薄い金属板を切断する為のものである。
「トーアちゃん、それって……?」
「金切りバサミだよ。この子達の毛、刈って持って帰ろうかなって」
「ギルドの資料に金属の質はいいって書いてあったしね……」
若干、呆れ気味なフィオンの視線を顔をそらしてかわしつつ、近くに居たスチールシープの前足をつかみ、あっさりと座るような姿勢にさせる。
「メェェッ~……」
不安げな声を上げるスチールシープ。その鳴き声に一斉に辺りのスチールシープが顔を上げるが、トーアがはさみを入れて金属の体毛を切り取り始めると、目を細めてすっかり安心した表情になっていた。
「メェ~……」
鳴き声もどこか気持ちよさげで、暴れることなく体毛を刈らせてくれる。
「あ、結構おとなしいんだね」
「どちらかというとトーアがうまいからだと思うよ。ほら気持ち良さそうにしてるし」
なるほどとフィオンは頷いていた。やってみるか尋ねると体毛だけじゃなくて身体を傷つけそうだから遠慮するとフィオンは首を横に振った。そのままあっさりと一頭目の体毛を刈り取り終わり、解放してやると他のスチールシープに見せ付けるように草原を歩き出した。
「よしっと……うん、やっぱり質はいいよ。このまま鋳潰せばそのままインゴットに出来ると思う。っ……わっ!?」
じっと切り取った体毛を見ているとお尻を別のスチールシープの鼻先で押されて、慌てて振り返る。
「ふふふ、トーアちゃんその子も刈ってほしいんじゃないの?」
「いや、うーん……そうみたいだけど。この子だけじゃなくて……」
トーアの周りにいたスチールシープからつぶらな瞳が向けられていることに少しだけたじろぎそうになった。思わずギルとフィオンに助けを求めるように視線を向ける。
「あー……まぁ、仕方ないんじゃない?」
「トーアちゃん、頑張って!私も手伝える事あるなら手伝うよ!」
仕方ないかと、がっくりと肩を落とす。
ギルとフィオンには刈り取った金属の体毛を種類ごとにまとめてもらう事にして、トーアは一心不乱にスチールシープたちの体毛を刈り取り始める。
途中、流石に腕がだるくなり休憩を挟んだものの、その場に居た四十頭近くのスチールシープの体毛を刈り取った。
沈む太陽を達成感とともにトーアは眺めていたがその太陽を背にして一頭のスチールシープが丘の向こう側から姿を見せる。
「メェェェェェッッ!」
その一頭のスチールシープが鳴き声を高く上げると、辺りのスチールシープたちも応えるように鳴き声をあげ始めた。
「な、えっ……あれは金?ゴールドシープってところ?」
体毛を刈り取ったスチールシープの中には銀や白銀といった希少金属の個体も数頭いたが、金は猛然とトーアに突っ込んできている個体しか居なかった。
――リーダーってところなんだろうけど……。
ギルとフィオンに離れているように手で示し、身構える。
「メェェッ!」
「そこっ!」
突っ込んできたゴールドシープの前足を取り、そのまま宙で一回転させ座るような姿勢にさせた。ゴールドシープはどこか呆然と口を開けており、身動きが取れないことにも驚いているようだった。
後ろから抱えるようにして、体毛を刈り取っていくと情けない声をあげ始める。
「はい、おとなしくしようねー」
「メェェェ……メエェェェ……」
あっさりと体毛を刈られてすっきりした姿になったゴールドシープは一声鳴くと、他のスチールシープを引き連れて林のほうへと駆けて行った。