第九章 二人の秘密 3
朝の鍛冶屋小道は、鍛冶屋の見習いや鍛冶師が店の開店準備を進めたり、掃除をしたりして賑わいを見せていた。
何人かの鍛冶師から挨拶をされて、ギルと同じようにトーアの姿と名前が認知されているのを感じる。そして、見習いと思われる少年や少女の何人かはトーアの外見に驚き、同じ店の鍛冶師に本当かどうか聞き返していた。
挨拶を返しながら月下の鍛冶屋に到着し、店の扉をあける。
「おはようございます」
「ああ、おはよう、トーア。今日は鍛冶をするって聞いてるよ」
カウンターにはトラースではなくカンナが座っており、今日の来店する客の予定を確認しているようだった。トラースが休むのは珍しいと不思議に思っていると、考えていた事が顔に出たのかカンナはふっと微笑んだ。
「トラースなら、ミデールと仮眠してるよ」
首をかしげるとカンナから詳しい事はガルドから聞いて欲しいといわれて、不思議に思いながらも鍛冶場へと足を踏み入れる。
鍛冶場奥のテーブルに座ったガルドとイデルが入ってきたトーアに気が付いたのか、挨拶とともに立ち上がり手招きをしながら徐冷用の棚へと歩いていく。近づいた徐冷用の棚には二つの手甲の腕部分が載せられていた。サイズは違うものの昨日、トーアが書いた設計図の形に近づけようとしたように見える。
「……昨日渡した設計図の手甲……ですか?」
だがどちらの手甲も昨日渡した設計図とは完全に同じといえず、そばに立つイデルやガルドが作ったものとは思えない。誰が作ったものかと内心首を傾げる。
じっくりと手甲の状態を見ていくと片方は鋼を叩きすぎて強度が失われており、【物品鑑定<外神>】を使わなくても最低のアイテムランクである【粗悪】とわかる。
もう片方は軽く見た感じでは良く出来ているものの、よく見てみれば厚さに僅かにむらがあり歪みがあった。
このような不完全な代物がガルドやイデルが作ったとは思えず、ミデールとトラースが仮眠を取っているという事、なによりトラースとミデールの腕のサイズに合わせて作られた手甲は誰の手によるものか、トーアは推察する事ができた。
手甲に向けていた顔を上げるとガルドはいつもの仏頂面に、イデルは薄く笑みを浮かべている。
「こいつはミデールとトラースが作った手甲だ。武器だけではなく防具も作れるようにならないとな」
強度が失われている方がトラース、僅かに歪んでいるほうがミデールのものだとイデルが説明し、推察が間違っていない事にトーアは納得して頷いた。
「時間をかけてもいいと言ったんだが、作る事を言ったそのときから作業を始めて今は二人とも仮眠中だ」
「私のせいでしょうか……」
トーアの作業速度を知っている二人は同じような事が出来ると思い込んだのかと心配になる。
だがガルドは作業を始めるという二人にそのことは伝えており、二人はトーアのようになる為にと言って明日も待てなかったらしい。ガルドから気にするなと言われて、トーアは一応、頷くことにした。
「作業を始めるのか?」
「トラースたちが起きてからのほうがいいかなと思ったんですけど」
「いや、それは気にするな。トーアが作ったものを見せてどこが悪いのか、何が必要なのか説明する予定だ」
そういうことならとトーアは道具と素材を並べ、炉の前に座る。
先にギルに作る予定の防具を作ろうと思い、パーソナルブックを開く。ギルの手甲はトーアのような複数の鋼板を使わず、手の甲、手首から肘、手首の三箇所を覆う三枚の鉄板を組み合わせた形になる。脛当ては、足の甲、足首、足首からひざ上までを覆うもの。胸当てについては、前だけを覆う簡単な物とギルと相談して決まっていた。
赤くなった鉄に鎚をふるって形状を変えて、革紐などを通す穴を開けて整形し、金床の丸い部分を使って腕の形に合うように徐々に湾曲させる。
形が整った後は焼き入れと焼き戻しを行い、徐冷用の棚において行く。続けて他の部品の作成を続けた。
しばらくしてギルの防具の部品を全て作成させて一息つき、納得行く出来栄えに笑みが自然と浮かぶ。
「あんた達、ご飯ができたよ」
カンナの昼食を告げる声に昼になっていた事に気が付く。午後からも作業をするため簡単に片づけを済ませてガルドとイデルと共に食堂に移動する。
食堂には仮眠から目を覚ましたトラースとミデールが先に席に座っており、トーアに気が付くとすでに鍛冶をはじめているという事に目を見張り、起こして欲しかったと残念そうに呟いていた。
ミデールからどこか探るような視線が向けられ、手甲について何か言われるか身構えているようにも感じる。ガルドやイデルが鍛冶を教えている手前、トーアの口からは何も言うつもりはなかった。
――私が作る姿、作る物で何かを得てくれればいいんだけど……。
昼食を終えて一休みした後、鍛冶場に戻って作業を再開する。鍛冶場にはガルドやイデル、トラース、ミデールがおり、トーアの作業を真剣な表情で見つめていた。
午前中にギルの防具となる部品は全て完成させているので、午後から作成するのはトーアの脛当てになるがギルの物よりもパーツが多かった。部品は足の先、足の甲、足首、かかと、脛、膝、膝上で、複数枚の鉄板を組み合わせた手甲の腕部分と異なり、それぞれを一枚の鋼板を変形させて作る設計になる。
ギルとの防具の形状が違うのは拳による打撃と脚による蹴りが主体となるトーアと、剣を主体に場合によっては盾を使うギルとの戦術の違いが原因で、贔屓などではない。
CWOでも自身のために似たような防具は作っていたため作業は滞りなく進み、必要な部品を全て作成したトーアは徐冷用の棚に並ぶ防具を眺めて一息つきながら満足げに微笑んだ。
ちらりとトラースとミデールに視線を送った後、トーアは再び鎚を握り残っていた鉄を使ってもう一つ部品を作り始める。それはトーアが昨日書いた手甲の腕部分を覆うものを設計図通りに作ったもので、完成見本として作成するが実用に耐えうる代物として鎚を振るい鉄を鍛えて形を整えた。
最後の作業を終えたトーアは鎚を置いて立ち上がった。
「終わったか?」
様子を窺っていたガルドの言葉に頷く。イデル、トラース、ミデールは徐冷用の棚へと近づき、作られた防具を指差しながらイデルがトラース、ミデールに説明を始めている。ガルドだけはトーアの近くに残っていた。
「最後に作っていたのは、昨日の手甲だな」
「はい。……その、模範解答というか……完成形があったほうがいいと思ったんです。けど不要であれば鋳潰すなり破棄するなりしてください」
「いや、トーアが作らなければ俺が作ろうと思っていたからな。ありがたく使わせてもらう」
ガルドの言葉に少しだけほっとしつつ、鍛冶場の後片付けを進める。その間、イデルの説明は続いていた。
後片付けが終わった頃にはイデルの説明は終わっており、トラースとミデールは気落ちしているかと思った。だが逆にやる気を漲らせており、宿に帰るトーアにしっかりとお疲れ様と挨拶をしてくる。
その様子にほっとしながらも、お疲れ様と返して月下の鍛冶屋を後にした。
夕凪の宿に戻ると、訓練を終えたギルとフィオンが戻ってきており、いつものようにカウンター席に腰掛けていた。互いに労ってカウンター席に座る。
「ギルの防具だけど、明日には完成するよ」
「わかったよ。月下の鍛冶屋に受け取りに行った方がいい?」
細かい調整も必要なためしっかりと装備を整えた状態で来て欲しいことを付け加えて頷く。下手に宿で完成させるとアメリアが何を言い出すか想像できたため、目に付かないところで完成させるつもりだった。
「私は明日、ギルドの方に行こうかな。異界迷宮について調べたいし……」
「それなら、防具の調節が終わったら私たちもギルドの方にいくよ。情報は共有していた方がいいからね」
フィオンの呟きに頷いて、明日の予定を決める。
その後、帰ってきたアメリアに防具の出来栄えを尋ねられたが、僅かに視線を逸らしつつまぁまぁとだけ答えておいた。
翌朝、昼ぐらいにギルに来て欲しいことを伝えて月下の鍛冶屋に向かう。フィオンは朝の混雑が終わった頃にギルドに行って見ると言っていた。
何時も通りの活気が鍛冶屋小道にあったが、トラースと同じくらいの年齢の見習い鍛冶師と思われる少年や少女の何人かが緊張した面持ちでトーアに挨拶をしてくる。
少しむず痒い感覚を覚えながらも曖昧な笑みを向けて挨拶を返しながら鍛冶屋小道を進み、月下の鍛冶屋に到着した。
月下の鍛冶屋のカウンターにはトラースが座っており、入ってきたトーアに気が付いたのか顔を綻ばせる。
「トーア、おはよう!」
「おはよう、トラース。今日はちゃんと店番してるんだね」
「う……それはガルドさんからも怒られたりカンナさんからも心配された……」
眉を寄せて肩を落とすという落ち込んだ様子に、しっかりと反省してるようだと頭を撫でる。トラースは唇を尖らせるが何か言われる前に手を離した。
鍛冶場に真っ直ぐ向かうとガルドとイデル、ミデールがテーブルに腰掛けて雑談をしているようだった。
トーアに気が付いたイデルと挨拶を交わしたあと、三人は立ち上がって徐冷用の棚に足を向ける。トーアも少し足早に徐冷用の棚に近づいた。今日は防具の仕上げで表面をやすりで磨き、整えたあと革紐を通して完成させる。
鍛冶場の一角でやすりを手に一つ一つを丁寧に磨いて行く。そばにはミデールが座り、ときおり質問を投げかけてくるので実演を交えながら説明した。
「あとはフォールティさんの居る部屋での作業ですね」
「そうか。ありがとう、トーア」
礼とともに軽く頭を下げるミデールに、いえいえと言葉を返す。防具の部品を手にフォールティの居る作業場に入ると、道具の準備を整えたフォールティが糸目をさらに細めてトーアを出迎える。
「待ってたよー。ガルドさん達が防具を作るって言っても身につけるための留め具は私の領分だからね」
「フォールティさんの腕前が着心地や一体感を決めますからね」
わかってるじゃないと笑みを深めるフォールティの前にギルの防具の部品を並べていく。フォールティは真剣な表情で覗き込み、指を差しながら、ぶつぶつと部品の形状から完成形、必要な留め具の形状を考えているようだった。
その隣にトーアの脛当ての部品を並べる。
「……え?こっちは?」
「私の脛当てです。こっちはギルのですよ」
「あー……確かにサイズが全然違うね。トーアの方が複雑なのは?」
手甲付グローブと同じで、打撃と蹴り技を使って戦う事を説明する。なるほどと納得したフォールティと留め具の形状を話しながら革を切り、ギルから預かったグローブに縫い付けていく。脛当ての方は足に巻くようにして固定できるようにするため、今は留め具となるベルトを通しただけになる。
「うーん……トーアの方は、細かくパーツが分けられていたのは格闘による手足の動きを妨げないためなんだね」
「そうですね。人の関節は複雑な動きをしますから、それを守るにはそれだけパーツを複雑にするか、柔軟性をもったものを素材にしないといけないと思います」
手甲付きグローブと脛当てを身につけて防具一式を身につけた状態をフォールティに見せ、その場で簡単な型を行い手甲と脛当てがその動きを妨げない事を証明する。
「うん、勉強になった」
鼻息荒く、ガッツポーズをとるフォールティだったがトーアの視線に気が付いたのか照れたように横を向いた。誤魔化すようにガルドたちにも見せるべきと言われて鍛冶場へ移動する。
「出来たか。ギルはこっちへ来るのか?」
「はい。お昼をすぎた頃に、と言っておいたのでそろそろ来るころだと思います」
そうかと頷いたガルドはトーアに近づき、腕や脚の手甲と脛当てを検分するかのように見て行く。イデルやミデールも同じようにトーアの周りをぐるぐると回りながら、ぶつぶつと感想らしきものを呟いていた。
――なんというか、すごく恥ずかしいし、くすぐったいような……。
見るなとも言えないので微妙な顔をしないようにトーアは顔を引き締めた。