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第九章 二人の秘密 2

 今後の方針を決めた後はそのままギルと取り留めのない話を続け、いつの間にか陽は傾き始めて西日が酒場に差し込み始める。

 酒場のスウィングドアを開ける音に顔を向けるとフィオンが姿を見せていた。きょろきょろとトーアとギルの姿を探していたようなので名前を呼んで手を上げてテーブル席に手招きする。


「トーアちゃん、狩りお疲れ様ー。今日はテーブルなの?」


 顔を綻ばせながら席に付いたフィオンに今日はちょっとねと言って、ギルに作る予定の手甲や脛当て、胸当てがかかれたパーフェクトノートを見せる。


「ん?これは……手甲?」

「うん。二人ともギルドランクがFになったことだし、異界迷宮に挑戦しようと思ったわけ。でもギルも私も防具らしい防具を用意してなかったからね。それの設計図というか、デザイン案だよ」

「ああ……そうだよね。森に入るっていうのに二人とも最低限もいいところの装備だったし……」


 フィオンは唇を尖らせ眉を寄せて咎めるような視線を向けてくる。ギルが呟いていた『エレハーレ周辺の魔獣や魔物は脅威にならない』とはフィオンには言えず、ギルと一緒に視線を逸らして「ははは……」と笑ってごまかした。


「まぁ、それで月下の鍛冶屋のガルドさんに鍛冶場を使う了解を貰ったから明日作業をする予定なんだけど、フィオンも防具を新調する気があるなら一緒に作ろうと思って。注意して欲しいのは形状はある程度、融通がきくけど材質は鉄鋼一択ってところかな」


 小さく唸りながらフィオンはじっとパーフェクトノートに書かれた設計図を見つめるがすぐに顔を上げた。


「今はいいかな。大叔父さんの剣の時みたく、すぐ疲れちゃったり動けなくなったら困るし……」


 何時までもハードレザーの装備を使うわけにもいかないが、今はフィオンの決定を尊重しようと頷いた。


「もう少し私が色々と出来るようになれば、鋼鉄以外も選択肢が出来るんだけど……必要になったら言ってね」


 うんと笑顔で頷くフィオンに笑顔を返す。

 冒険者を続けるであろうフィオンと、生産者として生活していこうとしているトーアではいつか別れる時が来る。その時、フィオンを守るのはともに冒険することで培った経験と、ギルが教えた技術、そして、トーアの作る武具しかない。


――いつかその時が来ても、ちゃんと一人で歩けるだけの経験と装備を身につけてもらいたいって思うのは、おせっかいじゃないよね。


 たまたま出会い、そして、弟子入りという出来事を経て共に行動するようになったフィオン。いつからかトーアは歳の離れた妹か、姪のような感情を抱いていた。


 陽が沈み始め、店内の獣脂ランプに火が燈される。

 店内はいつからか満員となっており、一部には空樽を椅子代わりにしていたり、壁に寄りかかった客も居た。


「今日はこれ、どうしたの?」

「アメリア、お帰り。それは多分、私が料理を無料で出して欲しいってベルガルムと交渉したからかな」

「……どういうこと?」


 宿に帰り満員となった酒場の状態に眉を寄せたアメリアだったが、トーアの言葉にますます眉を寄せる。

 狩りで手に入れた魔獣の肉を対価にして宴会をして欲しいと頼んだからと説明してもアメリアの顔はそのままだった。


「とりあえず、荷物置いてきて説明はするから」

「わかったわ」


 アメリアが部屋に向かったその間にベルガルムの料理をテーブルに運んでもらう。今日のメニューは全て同じなので店内の各テーブルにも同じように料理が運ばれる。テーブルに座っていた常連客たちはそのときに酒のお代わりや注文をトリアやベルガルムにしていた。

 荷物を置いてきたアメリアがテーブルにつき、店内は静かになる。


「それで……これはどうしたの?」

「おう、そいつはトーアが説明と音頭をとるべきじゃねぇかな?」


 アメリアの質問にベルガルムが声を上げる。

 テーブルに座っていた他の常連客たちもにやけ顔でそれぞれ手にジョッキを持ち、視線を向けてきていた。


「えっ……別に勝手に始めてもいいのに」

「まぁ、こうやってトーアが持ち込みでおごりってくれるんだから、理由くらい話してもいいじゃねぇか。それにみんなも祝いたいってことなんだぜ?」


 そうだと返す常連客たちに、どうせうまい肴と酒が飲めるならなんでもいいんじゃないのかと思いながら果実のジュースが入ったコップを手に立ち上がる。


「えー、先日の決闘のさなか、私とパーティを組んでいるギルビットとフィオーネの二人がめでたくギルドランクFとなりました」


 口を鳴らし拍手をする常連客たち。特にフィオンにはよくがんばったなと声がかけられ、フィオンは照れて赤くなっていた。


「そして、アメリアも無事に働き先が決まったので、一緒に祝ってしまおうという事です」

「なるほどね……」


 この宴会の理由を理解したアメリアは、トリアが持ってきたエールの入ったジョッキを小さく掲げる。


「出ている食事は私が狩ってきた魔獣の肉なので私のおごりです。飲む分については自身の財布が許す限り、飲んで祝ってください!では……」


 手にしていたコップを掲げると、ギルやフィオン、アメリア、店内の客達やベルガルム、トリアも同じように掲げた。


「乾杯!」

『乾杯!!』


 常連客たちは乾杯の唱和の後、手にしていた飲み物を口にし、テーブルに並んだ料理を口に運んでいた。

 トーアもコップをテーブルにおいて、並べられた料理に手を伸ばした。今日のメニューは、ホーンディアのスペアリブ、ブラウンボアのモツ煮込み、熊鍋、サラダの盛り合わせ、魔獣肉グリルの盛り合わせなど主食から肴になるような様々な料理が用意されている。

 お気に入りの料理であるホーンディアのスペアリブを小皿に取り、熱々をかじりつく。酒の注文を多めに取るため塩気を強めにしているかと思ったが、以前食べた時と変わりのない味付けだった。


――流石にそこまであこぎじゃないか。


 料理人としてのプライドもあるのだろうと骨に付いた肉を食んでいるうちに、辺りからはエールや蒸留酒のおかわりを注文する声が上がる。そんな事をしなくてもしっかりと酒代で稼げている証拠でもあった。


「これはエールが進むわ……」


 すでに一杯のエールを空にしたアメリアも同じように声を上げてトリアに追加の注文をし、フィオンはもくもくと手と口を動かしている。

 ギルは厚めに切られ焼かれた肉を肴に蒸留酒をちびちびと飲んでいた。

 トーアも酒を注文しようかと思ったが、外見的な事を思い出して自身の家か何かを用意しないとだめだろうと我慢する事にする。そこまでお酒がないと生きていけないというほど、飲みたいわけでもなかった。


「そうそう、私そろそろ宿を出て行こうと思うの」


 二杯目のエールを傾けていたアメリアが唐突に言った言葉に咀嚼を止めて、驚きつつじっと視線を向ける。

 同じようなギルとフィオンの視線に、アメリアは小さく肩をすくめた。


「そんな深刻な理由じゃないわよ。働くところが決まったし、その近くに部屋を借りてそっちで生活しようと思っただけよ。いつまでも宿暮らしだと宿代で給料がなくなっちゃうわ」

「……それもそっか」

「なら、アメリアの独り立ちも祝って」


 ギルはコップを持上げたのをみて、同じようにコップを手にする。フィオンも意図に気が付き、アメリアはどこか恥ずかしそうにだが、コップを手にした。


「乾杯」


 ギルの音頭に、乾杯と小さくコップを掲げた。




 翌日、トーアは夕凪の宿の借りた部屋で目を覚ました。

 欠伸をしながら起き上がり、寝巻き代わりのワンピースからいつもの軽装に着替える。


――昨日は……最初にアメリアが酔いつぶれて、フィオンが試しにと飲んでみた蒸留酒で一発でつぶれたんだっけ……。


 ギルは途中からトーアと同じ果実ジュースを飲んでいたので、最後まで酔いつぶれる事はなかった。酔いつぶれたアメリアと、酒で潰れたフィオンをそれぞれの部屋に運んだ後、ギルとおやすみと挨拶をして部屋に戻り、ある物を作った後、眠りに付いた事を思い出す。


「ふぁぁ……」


 欠伸をしながら階段を降りると酒場はいつものように惨劇の現場となっていた。救いともいえるのは吐瀉物がないことぐらいで、いびきをかいて床に寝ている常連を跨ぎ、酒の入ったコップを手にしたままテーブルに突っ伏して眠る客を横目にカウンター席に座る。ベルガルムはいつものようにカウンターに立っているものの、わずかに顔を青くしていた。


「……おはよう。大丈夫?」

「……おう。二日酔いなんて久しぶりだぜ……」


 小声で話しかけると若干酒臭い息をはきながら、ベルガルムは頷いていた。途中から宴会に参加していた姿があったので、大分飲まされたようだった。


「はい、これ。二日酔いの薬」

「……おお、こいつは準備がいいじゃねぇか……」


 こんな事になるだろうと寝る前に作っておいた抗酩酊剤を、薬包紙代わりの薄い紙に包んでカウンターの上に置いた。材料は以前乾燥させておいたいくつかの薬草で、単純に粉にして混ぜ合わせただけのものだった。


「手製のだけど、粉薬だから水で流し込んで」

「……鍛冶に狩りに解体に……【調合】か」

「いろいろ作れるって言ったでしょ。……味は保証しないけど、効き目はいいと思うよ」

「ぐっ……確かにひどい味だ」


 まさに苦い顔をして水で薬を流し込んだベルガルムだったが、すぐに怪訝そうに眉を寄せて自身の胸をさすっていた。

 CWOにおける抗酩酊剤は状態異常【酩酊】を打ち消すための代物で、【酩酊】状態になるには多量の酒を自ら飲まなければ発生しないバットステータスの一種になる。こちらの世界でも同じように効くか半信半疑だったが、ベルガルムのすっきりした顔を見れば効果はある事は一目瞭然だった。


「……確かにムカつきもだるさもすっきりなくなっちまったな……」

「効き目は保証したでしょ。二日酔いがきつい人に渡しておいて」


 包んだ抗酩酊剤をいくつかカウンターに載せるが、ベルガルムは手を横に振る。


「いや、こいつがあると馬鹿みたいに飲む輩がでてくるからな……しまっておいてくれ」


 二日酔いを戒めにしても結局飲むだろうと思いながらも、ベルガルムに言われた通りトーアは薬をしまった。


 そのあと、起きて来たフィオンが二日酔いで辛そうにしていたのでベルガルムに渡した薬を渡す。苦さに涙目になったものの飲んですぐにすっきりした顔になる。だが同じように酔いつぶれたアメリアは、ケロッとした顔で朝食を食べている姿に恐ろしいモノを見るような気持ちで眺めていた。


「……なに?」

「アメリアはお酒、強いんだなって……」

「うーん……あまりそういう自覚はないわ。言われることはあるけど……。マクトナー家は代々お酒が強いとかで、ガルドさんみたいなドワーフ族との飲み比べで勝ったご先祖様も居るみたいよ」


 ガルドはやはりドワーフという種族なんだと思いながら、マクトナー家の武勇伝に呆れてしまった。案外、アメリアが酔いつぶれるのはそれが限界のサインなのかもしれないと思った。


「今日、トーアちゃんは月下の鍛冶屋さんに行くんでしょ?」

「うん。ギルの防具作らないとね」


 目ざといアメリアの視線が突き刺さるものの、視線を逸らしフィオンに顔を向ける。


「うーん……それじゃ私はどうしようかな」

「鍛冶をするから今日を含めて二日ぐらい時間が欲しいかな」

「なら、今日は久しぶりに訓練でもしようか」

「あ、はい!」


 ギルの提案にフィオンはすぐに頷く。

 防具の用意が整った後、異界迷宮の資料を調べて、用意を整えて出発する事を決める。食事中、アメリアから熱い視線が向けられていたが働き出した事で時間がとられる決闘をしたいとも言えないらしかった。


――次は防具の出来栄えで決闘と言われてもなぁ……。


 困ったように笑い、食事を終えたあとはそれぞれ宿を出発した。

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