第八章 好敵手 11
口をぎざぎざにしながらオークションの行く末を見守っていると、オークショニアが提示した最低加算額と入札開始金額はアメリアと同じ、半銀貨一枚と半銀貨五枚だった。
「それではオークションを開始いたします!」
「半銀貨一枚!」
最初の加算額の入札が行われるが後に続けて入札がなかった。オークショニアが少しだけ不思議そうな顔をしているのがとても印象的だったが、その静かな始まりにCWOのオークションで最高落札金額を更新した【輪廻の卵<半神族>】【喪失】級の時の事を思い出し、悪寒に身体を震わせる。
「半銀貨四枚!」
「二十七番、銀貨一枚!」
「半銀貨五枚!」
「三十四番、銀貨一枚、半銀貨五枚!」
次の入札に落札金額が銀貨に変わるが、まさに競うように入札が行われ落札金額があっという間に半金貨に変わる。
高額な落札金額に次第に入札者が減りはじめるが、数人の商人が競り続けていた。
落札価格がアメリアの金額を簡単に超え、半金貨六枚に届くと入札が行われるたびに会場からはざわめきが起こり、競り合っている商人たちも既に引くに引けない状態になっているようだった。
「っ……銀貨二枚!」
「二十番、半金貨六枚、銀貨七枚、半銀貨三枚!」
「銀貨三枚!」
「十七番、半金貨七枚、半銀貨三枚!」
十七番の札を持った人物の入札の後、会場は静かになり次の入札が途絶える。十七番の札を持った人物を確認するとトーアのところで剣の商談と勧誘に来たリステロン総合商店のクロシア・フォルメルだった。
――半金貨七枚でも涼しい顔しているのは、さすが王国内に支店を沢山持つ商店の財力って所かな。それともポーカーフェイスなんだろうか。
他のエレハーレの商人たちは一様に苦しそうな表情であったり、落札を諦めて行く末を見守るような顔をしていた。
入札を行う声が止まり、オークショニアもこれ以上価格が釣りあがるのを止めるべきかと、ハンマーを持上げる。
「半金貨一枚!」
静かになった会場に響く入札にオークショニアだけではなく、会場に居た商人や冒険者、観客達は口を開けて呆然としていた。
あとでカンナに聞いた話だったが、半金貨一枚あれば三人家族が慎ましく一月暮らせる額との事だった。それと同じ額を入札した事に、クロシアもまた薄い笑みを浮かべたポーカーフェイスを崩し、顔を引きつらせている。半金貨一枚の入札を行ったのは灰鋭石の硬剣の一件の際に鑑定を行ったジルグレイだった。
「に、二十番、半金貨八枚、半銀貨三枚です!」
宣言ともに会場を見渡したオークショニアはこれ以上の入札は危険と判断したのか、ハンマーを軽く上げる。
「他に入札はありませんか?では、番号札二十番、半金貨八枚、半銀貨三枚で落札です!」
オークショニアはハンマーを叩いて落札を告げる。会場からは拍手がおこった。
「それでは皆様、オークションお疲れ様でした。これにてオークションを終了させていただきます」
拍手がおさまった後、リレラムの宣言でオークションは終わりを迎える。行く末に緊張していたが、小さく息を吐いた。
オークションに参加した商人や冒険者達は悔しそうな顔をしているかと思ったが、観客達と同じようにトーアの剣の落札額について言葉を交わしていた。
その後、ギルド長であるリレラムの部屋にアメリアと共に案内され、前のソファーにリレラムが座る。落札された剣については別室で渡されるとの事で、トーアとアメリアの前には落札された金額と同じ額がトレイの上に載せられていた。
「まさかこのような金額になるとは……正直、予想していませんでした」
リレラムが苦笑いを浮かべながら机に載ったトレイをこちらに差し出す。同意するように何度も頷いた。
「半金貨はギルドの方に預けたいんだけど」
「はい。ギルドタグを渡していただければこの場で処理させていただきます」
隣に座ったアメリアが首にかけたギルドタグを取り、自身の売り上げが載ったトレイの上に置く。銀貨、半銀貨は手に取って財布の代わりだと思われる革袋に入れていた。
――そういえば、ギルドは銀行みたくお金を預けたりもできるんだったっけ?
“冒険者だけではなく旅人にも必要以上のお金を持ち歩くことなく安全に旅をするためのサービス”と書かれたギルドの説明の一文を思い出す。大きな額の貨幣は全てチェストゲートに入れているため、預ける必要はない。だがそれは変に思われるかもと同じようにギルドタグを首から外した。
「私もお願いします」
半銀貨三枚だけを手に取って、ギルドタグをトレイの上に置く。
「わかりました。少々お待ちください」
リレラムは頷き、ギルドの職員を呼び出す。
ギルドの職員がトレイを受け取り、部屋を出て行くと再び部屋にはトーアとアメリア、リレラムの三人が残った。
「試剣術の際に起こった件に関してですが……」
リレラムの切り出した話にアメリアは体を乗り出す。
「犯人がわかったのかしら?」
「いえ。ですが現在は裏づけが完了し、後は本人に直接確認を取るというところです。明日には全てはっきりさせますのでご安心ください」
アリネ草の時のようなことは無く、そして、思いのほか早い解決に以外に優秀であったギルドの調査能力にトーアはやれば出来るのかと思っていた。
預け入れの処理が終わったギルドタグを受け取り、トーアはアメリアとギルドを後にする。
夕凪の宿に戻り、酒場に入ると歓声が起こった。そして、莫大な売り上げを手にした為か、奢れとねだられる。苦笑いを浮かべるが、アメリアはむっと眉を寄せていた。
「自分の腕でそれくらい稼ぎなさい!このお金は私が、私の腕でもって稼いだのよ!」
腰に手を当てて豊満な胸を張って宣言するアメリアに酒の入った常連客たちもたじたじとなっていた。その様子を隣でトーアはぽかんと眺める。
「……まぁ、そうね。私が働く事になってるフェンテクラン商店に来てくれたら少しくらい割引してあげてもいいわ。得意な武器を作ってあげるから男ならそれでばぁんと稼いでみなさい!!」
セールストークと常連客たちの心に火をつけるような言葉に、雄たけびと共に手にしたジョッキを突き上げて応える常連客たち。
「……しっかりお得意様作ってるね」
アメリアの手際のよさにうまいことやるなぁと呆れていた。
「ふふん。鍛冶が出来る私だけが居ても仕方ないわ。私の作った剣を十二分に振るえる人間がいてこそ、私が剣を打つ意味があるのよ。……どうしたのよ、そんな顔をして」
アメリアの言葉を聞いて自然と表情が変わっていたのか、恥ずかしさに頬に手を当てる。触れた頬は僅かに熱かった。
「……ど、どんな顔をしてた?」
「驚いたような、嬉しいようなそんな顔をしていたわ」
そっかとトーアは返しながら自身の気持ちがそのまま顔に出ていたことを悟り、そのまま言葉を濁した。
――私の信条と同じような信条を持っている人が居るのを知って嬉しかった……なんて言えないなぁ……。
そして、照れたように笑った。
再び宴会騒ぎとなった昨日、酒場にはうめき声を上げる常連客たちの姿があった。ギルも酒を飲まされたらしく部屋から出てきていない。フィオンは実家に泊まると夜に連絡が来ていたため、まだ姿を見せていなかった。
トリアから水を受け取る常連客を横目に懲りないなぁと思いながら、アメリアと共にギルドへ行く準備をしていた。
それは朝一でギルドから職員が、リレラムが話をあるためギルドに来てほしいと言う伝言を伝えに来ていたためで、トーアは朝食を済ませてから行くと答えるとギルドの職員は腰を折って礼をした後、宿を出て行った。
朝食をしっかりと食べたアメリアとともにギルドに入ると、朝一でクエストに出掛ける冒険者達で一杯でどうしようかと辺りを見渡す。トーアとアメリアの姿に気が付いたギルド職員に、リレラムが居る部屋にまっすぐ案内された。
「おはようございます、リトアリスさん、アメリアさん。こちらへどうぞ」
言われたとおりにソファーに座るとリレラムは人払いをする。部屋に三人だけになるのを確認するとリレラムは身体を乗り出してくる。
「単刀直入に申しますと一連の出来事の犯人は、ポリラータ・アクシー・ジオバラッドによるものでした」
「また?」
「またなの?」
アメリアとの決闘の一件で忘れかけていた名前にうんざりしながら言葉を漏らすと同じような事をアメリアが言ったことに気が付き、顔を見合わせる。
「トーアは……ああ、そういえば灰鋭石の硬剣の一件は、あの馬鹿が発端だったわね。顛末を噂で聞いたときは笑ったわ。今思い出しても笑えてくるわ」
くすくすと笑い出したアメリアに、トーアはポリラータと何かあったのかと思う。
「アメリアも、あれと何かあったの?」
「……まぁ、それは後で話すわ。それで私とトーアの決闘の裏であの馬鹿は何をしていたの?」
トーアが尋ねるとアメリアはついっと視線をリレラムに向ける。そういうならと、アメリアに習い視線をリレラムに戻した。
「お二人の決闘の裏で一人のギルド職員を買収してアメリアさんの刀身に傷を付けさせ、ブラウンボアに短剣を忍ばせるよう命令したようです。そして……リトアリスさんの剣を短剣を仕込んだブラウンボアの側に置く様にとも」
半月の間、何もしてこなかったのに今更何をとあきれていた。
リレラムの説明に買収されたギルド職員が誰なのかわかってしまい、少しだけ目を伏せる。
「それは……私への怨恨?」
「そのようですね。灰鋭石の硬剣の一件でエレハーレの商店からは冷ややかな目で見られるようになり、冒険者達からは馬鹿にされていたようです」
「自業自得、いい気味よ」
「なるべくしてなったというか……」
二本目の灰鋭石の硬剣の試技の時にちゃんと聞いたのにな、と漏らすとアメリアは再びくすくすと笑い始める。
「それ聞いたわ。でもあそこまで言われてちゃんと引き下がれるなら灰鋭石の硬剣の一件は起こらなかったと思うわ」
「確かにね」
にやりとトーアが返すとリレラムは困ったように小さく溜息を付いていた。
ある意味、ポリラータと同じようにリレラムもトーアに苦渋を味わわされているが、ポリラータに比べれば懐が寒くなり、他の人からからかわれる程度のものかもしれない。
「それでですね、ポリラータ氏を調べていると余罪がわかりまして」
「余罪ですか……私達がそれを聞いても大丈夫なんですか?」
「はい、構いません。リトアリスさんは聞いていませんか?あるアリネ草の群生地が根こそぎ採取されていた事件の事を」
アリネ草の群生地と言われ、異界迷宮『小鬼の洞窟』から帰ってきた時にギルから聞いた話を思い出した。
「ああ、はい……犯人も見つかっていないとその時は聞きましたが……あれも?」
「はい。薬草の採取クエストを受けたもののクエストを達成できず、そして、森に入る勇気がない駆け出しに高値で売っていたようです」
あきれ返りソファーに深く腰掛け、何も言えないと肩をすくめる。
「買収されたギルド職員については少し複雑な事情もあり、ギルドから除籍という事にはなりませんでしたが、生まれ故郷の村でギルドの窓口を担当するという処分になりました」
島流しにも似た処分だったが、故郷に戻りながらもギルドの職員として働けるというのは、それなりに恩情がある罰だと思った。
「そして、間接的に決闘を妨害したポリラータ氏ですが、それによってギルドからは処罰する事は出来ません。もともとはエレハーレ鍛冶屋組合からの依頼としてギルドが受理し、審判や場所の提供を行ったという形ですから」
「ちょっと、あそこまで迷惑をかけてギルドの名誉に傷を付けた馬鹿を野放しにしておくの?」
リレラムの説明にアメリアはむっとして椅子から体を浮かす。
「いいえ。アリネ草の群生地はギルドでも必要数分だけを採取するよう冒険者の方々にお願いし、植生の維持や管理に手をかけてきました。それはこの先も採取し続けるためです。ですがポリラータ氏がやった事はその努力をふいにし、数年間は採取が望めなくなってしまいました」
目を伏せて話すリレラムの言葉には怒りがにじんでいた。
「そこでギルドではポリラータ氏に『強制依頼』を発行することにしました」
ゴブリン討伐時のトーアや、アメリアとの決闘の際のギルのように依頼を受けて欲しい冒険者を指名する『指名依頼』ではなく、ギルドが処罰として発行する『強制依頼』という言葉にアメリアは怒りを収め、ソファーに座りなおした。
「依頼内容は『新たなアリネ草群生地の発見』です。完了するまではランクGの特定の依頼以外は受けられないというものになります」
リレラムの説明によるとランクGの特定の依頼とは街中での手伝いを行うようなもので、エレハーレ内での生活が出来るような配慮でもあるらしい。
「ふぅん……まぁ、私には関係が無いわ。いい気味よ」
「私も特に何も」
トーアとアメリアの返答にわかりましたとリレラムは笑みを浮かべてうなずいた。弁護する気は毛頭なく、因果応報と思った程度のことだった。
少しは身の回りが静かになるだろうと思いながらアメリアと共にギルドを出る。
「ポリラータと何があったのか、聞いてもいい?」
「そんな面白い話じゃないわよ」
どこかに座ろうとロータリーの一画で店を構えているオープンカフェに移動する。朝とはいえ少し遅い時間だったが、遅い朝食を楽しむ人々が席を埋めていた。空いている席に座り、注文を済ませる。
「どこから話せばいいかしら……私が王都の鍛冶屋で働いていたのは聞いてるでしょ?」
「王都のリステロン総合商店で働いてたって聞いたよ」
「ふふ、これでも指名を受けるくらいには評判はよかったのよ?まぁ、中には女だと聞いてあからさまに嫌がる人も居たけどね」
その場合は、別の人に代わってもらったらしい。互いに気持ちよく商売をするためにはそれくらいのことはどうとでもないとアメリアは話した。
「それがなんでエレハーレに?」
「評判がよくなったからかわからないけど、あの馬鹿から注文を受けたのよ。なんでも腕の立つ冒険者にはいい剣が必要だとか」
アメリアの話の途中で注文していたフレッシュフルーツジュースが届き、口をつける。
「まぁ、それで納品して何日か経った時に、あの馬鹿から斬れないというクレームを受けたのよ」
「はぁ……!?アメリアの作った剣が斬れないなんて、想像できないんだけど」
獣斬りで成し遂げたことを鑑みればそれはありえないと、思わず腰を浮かしそうになるがアメリアは自慢げに鼻を鳴らして脚を組んだ。
「もちろんよ。知ってのとおり、あの馬鹿の貧弱な腕前のせいよ。結局、散々喚いた後に店を出て行ったらしいんだけど、問題はその後よ。私や店を誹謗中傷するような噂を流し始めてね。私はたいして気にしなかったけど、店が気にして私のことを解雇したって訳」
「え、えぇぇ……」
アメリアの話に眉を寄せる。
リステロン総合商店の話をした時に、アメリアが微妙になげやりだった理由がわかった気がした。
「今考えてみれば仕方ないわ。リステロンは貴族にも商品を卸していたし、あんな馬鹿でも貴族だからね。でもその時の私は心底腹を立ててて、店をやめるときには独立の祝い金という事でたっぷりとお金をせしめたわけ。その後は、噂のせいで王都の店では雇ってくれないし、店を構えるのも難しそうだったから、エレファイン湖を横断してラズログリーンに行く船に乗り込んだわ」
アメリアほどの腕前を持った鍛冶師が再び王都で職を探さずいた理由がわかった気がした。しかし、まだエレハーレにまで来た理由がわからなかった。ジュースに口をつけていたアメリアはコップを手にしながらちらりとトーアに視線を向けてくる。
「それで独立の祝い金でラズログリーンでゆっくりしてたわ。その時には大分怒りも冷めてきたしね。そろそろ仕事先でも探そうかと思った頃に、あの馬鹿のたっかい鼻がエレハーレで折られたって話を聞いたのよ」
「それってまさか……」
「まさかも何も灰鋭石の硬剣一件の事よ」
アメリアの言葉に頭を手で押さえる。
エレハーレだけではなくラズログリーンまで話が広がっているとは考えていなかったが、思い出してみればベルガルムがトーアの剣がオークションに出されるとなると近隣から集まると言っていた事を思い出す。エレハーレとラズログリーンは駅馬車で四日の距離にある、近隣といえるかどうか微妙な所だったが、クロシアのような人間が出てくる理由は噂が広まっているからなのかもしれなかった。
「私の場合は宿に泊まっていた冒険者達が話していたのをたまたま聞いただけよ。それでトーアの顔を見るためにエレハーレに向かう駅馬車に乗り込んだわ。でも駅馬車の中で私は気が付いたのよ」
「……何に?」
ぐっと拳を作るアメリアがキラキラした視線を送ってくるので、あまり聞きたくないないなぁと思いつつも尋ねる。
「私は意趣返しもせずに王都から逃げ出したみたいじゃない?それもなんか癪だし、あの馬鹿の高い鼻を叩き折ったトーアと腕比べがしたくなったのよ」
「それで、ああいうことになったのね……」
ライバル云々よりも腕比べがしたくて『決闘』を申し込んできたアメリアの気性の激しさに思わずため息をついた。そして、ライバルということに関しては、砥ぎや灰鋭石の硬剣の出来栄えをみてピンと来たそうだった。
「でもその勝負もあの馬鹿のせいでうやむやになったし、オークションの売り上げでは負けるし!」
「いや、オークションのは……」
事前に希少価値を高めたからそうなったのではと、言う前にフレッシュフルーツジュースを飲み干したアメリアは、コップをテーブルの上において立ち上がる。
「でも、まだ次があるわ。もっと腕を磨いて次の勝負、必ず勝ってみせるわ!」
びしっと指を指されながらアメリアに宣言され、トーアは自然と笑っていた。そして、椅子に座ったまま、アメリアを真っ直ぐに見返す。
「私も絶対に負けない。次の勝負は譲らないんだから」
トーアの宣言にきょとんとしていたアメリアだったがすぐに満面の笑みを浮かべる。
「ふふふっ、それでこそ私のライバルね!さ、ゆっくりしている暇はないわ、アリシャさんのところに行って仕事をするわ!トーア、勝負の時まで腕を磨く事を忘れないことね!」
アメリアは非常に満足げな顔で冒険者横丁へと歩いて行った。その後姿を見送りながら、トーアは息を吐いた。
「……ライバル、ね。信頼しているからこそ全力を出して戦えるか……」
最初に宣言されたときは呆気にとられたが、アメリアの力量を知り、実際に腕を比べた結果、トーアはライバルというのも悪くないと思い始めていた。
そして、勝負が着いていないという事はまた『決闘』しないといけないのではと気が付き頭を抱えた。