第八章 好敵手 10
翌日、ギルドやエレハーレ鍛冶屋組合だけではなく、エレハーレ中の商店からも明日、決闘で使用された剣のオークションが開催される事が大々的に告知される。
エレハーレ鍛冶屋組合だけではなくエレハーレ武具店組合といった他の商店の組合も話に噛ませろと名乗り上げた結果、オークションを後援する組合が増えたため、ここまで大きく告知される結果になったと、ギルドから受け取ったオークションの日程が書かれた紙を宿の壁に貼ったベルガルムが話していた。試剣術の決闘はオークション前のデモンストレーションだったと言う噂も流れ、アメリアは憤慨していた。
そのアメリアはアリシャの店で労働条件の確認をして来るといって朝早くから宿を出ている。トーアの方は今日は何もしないと決め、ギルも同じように過ごしている。フィオンについては再び実家に呼び出されていた。
昨日の宴会でテーブルに突っ伏したまま動かない宿泊客達を横目に朝食を食べているとある客がやってきた。
「リトアリス・フェリトールさんがこの宿に滞在していると聞いてやってきたのですが……」
やってきたのは身なりのよい男性で顔立ちは柔和、人当たりの良さそうな雰囲気を醸し出していた。尋ねられたベルガルムから視線が向けられたので頷いた。
「私がリトアリス・フェリトールです」
「ああ、そうでしたか。初めましてわたくし、リステロン総合商店所属のクロシア・フォルメルと申します」
「……初めまして」
今まで一度も勧誘も商売の話をしにやってくる人間はいなったが、商店の名前を出して自己紹介をするという事は目的は勧誘か灰鋭石の硬剣の買取かとトーアは思う。
テーブル席に移り、飲み物が出される前にクロシアと名乗った男性は話を切り出した。
「どうでしょうか、リトアリスさん。件の剣をオークションを介せず私どもの商店に直接、売って頂けないでしょうか」
灰鋭石の硬剣の方かと思っていたが、オークションに出品予定の剣が欲しいと言われて困惑する。だがどれだけの額を出されようともオークション以外での販売はしない事を決めていた。
「すでにオークションに出品する事が決まり、大々的に告知してますのでお断りさせていただきます」
「そうですか……。ではリトアリスさんはフリーの鍛冶師と聞いています。どこかの商店に所属するという事は考えてらっしゃいますか?」
あっさりと剣の買い取りをあきらめたところを見ると勧誘が本題であったと気が付く。薄く笑みを浮かべた表情を見る限り、エレハーレでは周知の事実となっているトーアの事情を知らないという訳ではなさそうだった。
「申し訳ないですが、その件についてもお断りさせていただきます」
「私が所属しているのはリステロン総合商店と言う大きな店なのですが、それでもでしょうか?」
意味ありげに店の名前をだし強調するクロシアに表情を出さずに再び困惑する。
――店の名前をそれだけ出すってことはそれなりの自信があるのか、それだけ大店ということなのかな。……どういう店なのか知らないから全然わからないけど。
勧誘を受けるつもりは微塵もないが厄介事が続きそうと思いつつ、トーアは首を横に振る。
「……そうですか、わかりました。今回は縁がなかった、という事で。約束もせず訪ねた私に時間を取っていただき、ありがとうございました」
座ったまま深く頭を下げたクロシアに礼を返す。クロシアはさっと立ち上がり、そのまま酒場を出て行った。
クロシアの姿が見えなくなってからトーアは息を吐き、ギルの隣のカウンター席に戻る。そして、様子を窺っていたベルガルムにリステロン総合商店について質問した。
「リステロン総合商店か、まぁ、店は簡単に言えばいろんなものを扱う商店だな。大きな街には大体支店があるな」
「いろんなもの、ねぇ……」
だからと言ってあの店の名前を出しての勧誘が妙に引っかかっていた。
「どうしたのよ、そんな顔をして」
眉を寄せて考え込んでいると酒場に戻ってきたアメリアが怪訝そうな顔をうかべながら、トーアの隣に座る。
「アリシャさんとの話は終わったの?」
「ええ。アリシャさんのほうからの勧誘だったし、そんなこじれるような部分もないからすぐに纏まったわ」
「それもそっか。決まってよかったね」
「ありがと。それでどうしてあんな難しい顔をしていたのよ」
リステロン総合商店の商人からオークションの前に剣を買い取りたいといわれたことと勧誘された事を話す。
「どっちも断ったけど、勧誘の時に妙に店の名前をだしてたから」
「ああ、ただ単に王国内で手広くやってるからって態度が少しでかいだけよ。働くと王国中の支店を回されたりとあんまり一箇所に居ることはできないわ。人気が出てくれば一箇所に固定されちゃうけど」
妙に内情に詳しいアメリアを不思議に思う。
「なんでそんなに詳しいの?」
「詳しいもなにも、私は王都のリステロン総合商店で働いていたからある程度の内情くらいは知ってるわよ」
「なるほど……」
どこかなげやりに話すアメリアを、どうしてエレハーレまで来て決闘を申し込むようなことになったのかとまじまじと見つめてしまう。
「何か言いたいことがあるようね」
「あ、いや、その……王都で働いていたのに、なぜ湖の反対側のエレハーレまでやってきたのかなって」
「色々あったのよ。機会があったら話すわ」
目を逸らしたアメリアのわかりやすい拒絶にトーアはそれ以上追及せず、口を閉じた。
「街はオークションの話で持ちきりよ。昨日のベルガルムの話もあながち嘘じゃないわね」
「明日になればわかるけど……人が多すぎてギルドの裏の広場に入らないって事はないよね」
「流石にオークションなんだし、それなりの資金力をもった人間しかこないわよ。これだけ噂になっているから、それだけ落札価格も高くなるかもしれないし」
確かにそれもそうかと納得する。
オークションで稼ぐ事ができれば、いつかどこかに店を出す時の資金にできるかもとトーアは思うことにした。
夜が明けてオークションの当日、トーアはアメリアと共にギルドの一室でオークションが始まるのを待っていた。
オークションのためもっと早い時間から来ていたが、出品者ということで広場からギルドの方へと案内され、オークションが始まるまで待機していて欲しいと言われてしまった。
その際に剣は預けており今のトーアは手持ち無沙汰だった。アメリアと雑談をしながら待っていると部屋にノックの音が響き、ドアが開けられる。トーアの元に刀身を受け取りに来たギルド職員が腰を折り、頭を下げていた。
「リトアリスさん、アメリアさん、お待たせしました。オークションの用意が整いましたのでこちらへお願いいたします」
「わかりました」
「ふぅ、やっとね」
最初、トーア達が広場に到着した時には、すでにかなりの人が詰め掛けていた。
広場には即席の舞台が設営されており、舞台の上には演壇が用意されていた。舞台の正面にはオークションに参加する商人や冒険者などが座る為の長いすが並べられ、少し離れた所からはオークションの様子を観覧するための場所と区切る為のロープが張られている。
そして、端の方には試剣術の時と同じように屋台が出店していた。
どこでオークションを見ようかと、ギルたちと話しているとトーア達が来たことに気が付いたギルド職員に呼び止められ、部屋に案内されることになる。ギルは観客席に居るよと言って広場に残り、フィオンは父がオークションに参加するためそちらに同席すると、会場に居るという父を探しにトーアとアメリアと別れていた。
ギルド職員の先導で再び広場に入ると到着した時よりも人が増え、長いすにはびっちりと服を着こなした身なりの良い商人や屈強な冒険者が座り、その周りの観客席には立ち見が出るほど人が集まっていた。
――すごい事になってるなぁ……。
案内されるまま、舞台横の特等席に案内されトーアはアメリアと共に椅子に腰掛ける。
舞台袖で報告を受けたリレラムが小さく頷き、糊の利いた礼服を着た男性と共に舞台へと上がって行った。
「皆様、おまたせいたしました。これよりオークションを開催いたします。本オークションは事前の説明の通り、提示した金額に加算額を宣言して入札を行い、もっとも高い金額を提示した方が落札する公開入札式オークションとなっています。入札を行う場合には入り口でお渡しした札を掲げて行ってください」
「……加算額を宣言する?」
リレラムの説明に元居た世界と違う形式らしいオークションに首をかしげる。
CWOで行われていたものも、現実の世界の公開入札式オークション、入札者が落札価格を提示して値を吊り上げて行く形式だった。トーアが知っている限り、加算する金額を宣言するというものは初耳だった。
「……知らないの?」
「知っている方法と違ったから……ちょっと戸惑って」
まったくとアメリアは呟く。
舞台ではリレラムが降りて、代わりに一緒に舞台に上った男性が演壇の前に立ち、小さく咳払いをした後、会場を見渡して声を張り上げる。
「皆様、入札のための札、そして、買い取るための資金の用意はよろしいでしょうか。早速、最初のオークションを開始いたします」
男性の言葉にオークショニアだと察する。オークショニアの男性が舞台袖に目配せをすると、剣立てにおかれた剣が舞台の中央へと運び込まれる。
「それでは、最初のオークションは先日、試剣術『獣斬り』にて、六度の試し切りを成し遂げた、アメリア・マクトナー嬢が鍛え上げた剣です!」
オークショニアの声に会場の緊張は高まっているようだった。
「最低加算額は半銀貨一枚、入札開始金額は半銀貨五枚から開始いたします!」
「半銀貨一枚!」
早速、最初の宣言が札を掲げて行われる。
アメリアがトーアに体を寄せてくるので耳を近づけると、ひそひそとオークションの説明をしてくれる。
「別に難しいことじゃないわ、入札したい人は落札金額に対してどれだけ追加でお金を払う事が出来るか宣言するの」
「なるほど、ということは今は、半銀貨六枚の価格になってると」
「そうね。……他の用語は大丈夫なの?」
「うん、そこは知ってるのと同じだった」
加算金額を宣言するのは貨幣の数え方が枚数で行われているため、冗長になりがちな入札金額を簡潔に宣言するための方法なのだろうとトーアは思った。
「トーアの知っている方式ってどういうものなの?」
「支払う金額を宣言して行くって感じだよ」
「なるほどね。でもよく長ったらしい入札をしてオークションが円滑に出来るわね」
「は、ははは……」
お金の単位が違ったからというと色々と説明しなければいけないため、トーアは誤魔化すように笑った。
アメリアの説明を聞いているうちにオークションは進み、入札された金額はエレハーレで取り扱われている同形の剣の平均価格の倍以上である、半金貨五枚を超えていた。
月下の鍛冶屋の価格ではガルドの鍛冶によるハルバードやバスタードソードと言った高級な部類のもので、滅多にどころかトーアが働き始めてから一度も注文が入ったことがないものである。
それだけあれば夕凪の宿であれば当分のどころかかなり長く、ゆっくりと過ごせるだけの金額である。
「他に入札される方はいませんか?では、番号札十番の方、半金貨五枚、銀貨八枚、半銀貨六枚で落札となります」
オークショニアがハンマーを数回叩き、会場から拍手が起こる。隣に座るアメリアはぐっと小さくガッツポーズをしていた。
「では本日最後の商品となりますが、先のアメリア・マクトナーとリトアリス・フェリトールの決闘にて、試剣術『獣斬り』を成し遂げ、短剣が仕込まれるというアクシデントはあったものの、それさえも切断して見せたリトアリス・フェリトールの鍛え上げた剣になります」
舞台の上に剣立てに置かれた状態で現れたトーアの剣に会場からは拍手と喝采がおこる。
次第にまばらになる拍手に変わり、会場には緊張というよりも狩人が獲物を狙うような張り詰めた雰囲気にトーアの頬は引きつりそうになる。
――うわぁ……私の剣の方が本番って訳?もう少し仕事とったりして、希少価値さげておくべきだったかなぁ……。
だが鍛冶場の確保が難しいトーアには、今の状況を受け入れるしかなかった。