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第八章 好敵手 9

 アメリアと共にギルドの受付でギルド長であるリレラムに会いたいと話すと少し待たされた後、ギルド長の部屋へと通された。


「どうかされましたか?」


 リレラムは怪訝そうな顔一つせずいつものにこやかな表情で部屋のソファーをすすめてくる。先にソファーに座るとアメリアは剣を机の上に置き、トーアの隣に腰掛けた。


「刀身を研ごうと思ったときにこの傷が付いていたのを見つけて、短剣を仕込んだ犯人と何か関連があるかもと思って、話にきたのよ」

「傷、ですか?」


 表情を変えたリレラムが身体を乗り出し、アメリアが少しだけ抜いた状態で差し出した剣を受け取り、覗き込む。


「確かにこれは、試剣術でついた傷とは言い難いですね」

「それとこの剣を組み立てた『鉄火の咆哮』のレテウス・アベイドにも話を聞いたけど、刀身が届いた時点で傷がついていたと聞いたわ」

「それは……」


 ギルドへの移動中にトーアに話した一言を付け加え、リレラムは片眉を寄せながら腕を組み、口を手で覆って考え込んでいるようだった。

 アメリアが完成させた刀身は、ギルドの職員の手によって鍛冶屋『鉄火の咆哮』に運ばれる。そして、その日のうちにレテウスの手で剣に仕上げられ、トーアの剣と共にギルドへと運ばれた。ギルドに運ばれた二つの剣は共に決闘の当日まで金庫に保管されている。

 ギルドの金庫はエレハーレギルドの長であるリレラムと、他に二人の上位の職員がそれぞれ所持している三つの鍵が無ければ金庫が開けられないという物とリグレットが話していた通りの代物であり、その鍵自体も特殊なものらしく複製することは難しいというよりも不可能に近いとリレラムは話した。

 そういうことならばとトーアは口に出さずに頭の中で話を纏めていく。

 アメリアの剣に傷をつけることが出来る人物は、作った本人であるアメリア、剣を組み立てたレテウス、そして、『鉄火の咆哮』やギルドへの運搬を行ったギルド職員の三人である。アメリアが作成した時には傷が付いておらず、レテウスはついていたと話していた。

 そして、決闘の場に剣を運んできたのは、アメリアの刀身を運んだギルドの職員だった事を思い出して、トーアは顔を上げる。

 視線がリレラムと合うが、小さく首を横に振っていた。口に出すなという事らしい。


「……わかりました。お二人の情報提供に感謝します。ですが、この一件は他言無用にお願いします」


 傷だけではなくほぼ真実であろう推察の事も含めて“一件”というリレラムの意図を理解して頷く。アメリアも同じように頷いていた。


「この一件の真相は必ずお伝えします」


 真摯なリレラムの言葉に再び頷いたトーアは、アメリアと共に部屋を辞する。ギルドを出ると陽は大分、傾き始めていた。


「さてと……私達に出来そうな事なくなったけど、この後どうするの?」

「犯人探しはギルドに任せて、私達は宿に戻ろう。どうせ宴会騒ぎになってると思うし……」


 宴会?ときょとんとするアメリアに、常連はなんだかんだ理由をつけて飲みたいだけだと話す。


「あー……まぁ、いいんじゃないかしら。私も少し飲みたい気分だし」


 その言葉に少しだけ笑って、アメリアと共に宿に向かって歩き出した。


 夕凪の宿に到着し、スウィングドアを押して酒場に入ると常連客たちから喝采で向かい入れられる。


「おう、話は聞いてるぜ。ブラウンボアの輪切りだって?まったく二人ともたいしたもんだぜ。俺が現役だったら、すぐ注文してるな」


 にっと歯を見せて笑うベルガルムにトーアは照れたように笑みを返す。カウンター席に座り笑みを浮かべているギルにちらりと視線を送る。


「剣は作ったけど、輪切りにしたのはギルの方だよ」

「そいつはそいつですげぇことだがな。ギルの技量に耐えうる剣ってのはそう簡単に手に入るもんじゃない。アメリアはどっかの鍛冶屋に入るのか?」

「ええ、アリシャさんのところになりそうよ」


 ついと視線を横にずらしたアメリアは、広場でアリシャの熱烈な勧誘を思い出したのか疲れたように呟いた。


「お、そいつはいいな。飯はどうする?アメリアは一杯飲むんだろ?うまそうなブラウンボアの肉を仕入れておいたからなステーキでも煮込みでも何でも作れるぜ」

「そのブラウンボアって、まさか……」


 ギルドの裏の広場でエレハーレの鍛冶師達が運び出していた輪切りにされたブラウンボアの姿が一瞬、頭をよぎる。まさかあのまま市場に出されたとは思いたくはなかった。


「ん?……ああ、ギルが輪切りにしたブラウンボアじゃねぇよ。決闘に使うためのブラウンボアを選定するために、それなりの数のブラウンボアが用意されたって話だが選ばれなかったブラウンボアがギルドを介して、市場に流れたってわけだ」

「あ、ああ……確かそんな事、草案に書かれてた」

「そういうこった。いつもより安い上に質はよかったからな。それと輪切りにされた方はエレハーレ鍛冶屋組合の方でバラして、そいつらで食うんだってよ」


 満足げに笑うベルガルムはトーアやアメリアに向かって注文を尋ねてくる。


「なら、前にホーンディアのスペアリブだしてくれたでしょ、あれをブラウンボアで出来る?」

「おうよ。骨付きの枝肉を買ってきたからな。まぁ下ごしらえにちょっと時間がかかるが出来るぜ」

「なら、とりあえずそれで」


 トーアが注文するとギルも同じものをと注文する。


「それってどんなものなの?」

「あばら肉を骨付きのまま焼いたもの、かな」

「へぇ……私もそれで。あとはとりあえず弱めのお酒かしら」


 アメリアはトリアにお酒の注文をして、カウンター席に腰掛ける。


「お、トーアがホーンディアを狩ってきた時に出たあれか!ベルガルム、俺にも同じやつな!」

「こっちもだ!トリアちゃーん、酒のお代わりなー!」

「はいはい。肴が来る前に酔いつぶれたら、注文したお肉は私が食べちゃうからね」


 すでに顔を赤くしている常連客たちからの声を聞きながら、ベルガルムはおうと返事を返していた。


「まったく、トーアとアメリアのお陰で儲けさせてもらってるぜ!」

「そういうことなら、たまには還元して欲しいのだけど」


 いい客寄せにされているらしいと、頬杖を付きながらじと目でベルガルムを見る。


「なら一皿目はおごりってことでいいぜ!」

「ふふ、そうこなくっちゃ」


 ベルガルムの厚意ににっと笑うと、ベルガルムも大きな声で笑った。


 しばらく待つとブラウンボアのスペアリブが、トーア達の前に出てくる。そのころにはフィオンも宿に戻ってきており、追加で注文をしていた。

 熱々を手で掴み、そのまま豪快にかぶりつく。ぶちりぶちりという音を立てて肉を食いちぎり、熱を口から逃しながら噛み締める。じゅわっと肉汁が咥内に溢れ、塩と香辛料で整えられた旨味を堪能する。ホーンディアとは方向性の違う美味に自然と笑みが浮かんでくる。

 トーアが食べる様子を見ていたアメリアは見よう見まねでスペアリブにかじりつき、目を丸くしていた。


「これはエールね!トリアさん、エールをすぐ頂戴!」

「はいはい」


 肉を飲み込んだアメリアは反射的ともいえるスピードで注文をする。困ったように笑いながらトリアは、ジョッキにエールを注ぎアメリアの前に置いていた。

 フィオンも焼かれた肉の熱さを我慢しつつ小さくかぶりついており、一生懸命に口を動かしている。

 あっさりと一皿目を食べきり、追加のスペアリブを注文するとスウィングドアが開く音が酒場に響く。


「ん、リグレットさん」


 口の中の肉を飲み込み、入り口に立つリグレットに視線を向ける。


「お、二人とも居るな。ガルドとアリシャから二人の剣が出来てるって聞いたもんでな。それにしてもうまそうなもん食ってるな……」

「ブラウンボアのスペアリブです。どうですか?」


 アメリアの隣に座ったリグレットに皿を差し出す。リグレットは一つ手に取ってかぶりつき、そのまま勢い良く一本を食べる。


「かぁ~……!こいつはエールが飲みたくなるな!……まぁ、まだ仕事中だからな……組合の宴会も始まってるってのに、俺は……」


 横に座るアメリアが喉を鳴らしてエールを飲む姿を恨めしそうに眺めながらリグレットはスペアリブののった皿をトーアの方へと戻した。


「ぷはぁぁっ!それで剣は出来てるけど、どうしたの?」

「くっ……美味そうだなぁ……。はぁぁ……とりあえず仕事の話をするぞ」


 アメリアの持つエールの入ったジョッキとスペアリブを見て何かを葛藤したリグレットだったが、仕事を先に済ませることを決めたのか、視線をトーアとアメリアに向ける。


「明日、オークションの告知を出して参加者の募集を開始、そんで明後日にオークションを開催するって感じなんだが、どうだ?」

「私はそれで構わないわ。剣のほうも用意出来てるし。…………仕事を済ませてからじゃないの?」


 アメリアのスペアリブに手を伸ばしていたリグレットをじろりと睨みながら、アメリアは皿を引く。手を宙でさまよわせたリグレットは小さく息を吐いて視線をトーアに向けてくる。


「私も剣の準備は終わってます。銘も入れ終わってますし、刃も研ぎました。商品として問題ないと思います」

「ならすぐに告知を出してもいいな。よし、そう決まったらさっさと仕事を終わらせるぞ!」


 席を立ち上がったリグレットは決意を露に酒場を出て行った。


「……そんなに集まるものかしら」

「確かに」


 酒場から出て行くリグレットを見送り、追加のエールを注文した際に漏らしたアメリアの呟きに同意する。

 オークションに出品されるのはトーアとアメリアが作ったわずか二振りの剣。特に特別な事をしておらず、同じようなものはエレハーレの他の鍛冶屋でも大量に販売されている。

 質の良し悪しはあるかもしれないが、冒険者を志した人間の大体が最初に手にするであろう何も変哲のない鋼の剣である。そのためオークションをしてまで購入したがるだろうかと不安が生まれていた。

 アイテムランクという概念が浸透している訳ではないので、質の良し悪しについてはギルの試剣術によるものしかなく、それもギルの腕前があったからこそ成し遂げられた事だった。


「いや、すげぇことになると思うぞ」

「え……どうして?」


 追加のスペアリブとエールを運んできたベルガルムの言葉に顔を上げる。


「そいつは……お前等二人が作った剣だからだよ。トーアの方は言うにおよばずってところだが、灰鋭石の硬剣フレッジブレードの一件でその腕前はエレハーレどころか近隣の村や街にも広がってる。だがあの時は灰鋭石の硬剣フレッジブレードを売らなかったからな、商人も冒険者もそうとう惜しい思いをしたんだ」

「そんなに噂が広まってるんだ……」


 エレハーレどころか近隣まで噂が広まっている事がいいのか悪いのかわからず、肩を落とした。


「まぁ、それでだ。今回はトーアがオークションに出すと言った時点でだいぶん騒ぎになってる。反りの入った灰鋭石の硬剣フレッジブレードを作るだけの技量を持つトーアが打ち上げ、『獣斬り』を成し遂げるギルの腕前に耐える剣がオークションとは言え手に入るかもしれないとなれば、人は集まる。それこそ近隣からという規模の話でな」


 励ますようなベルガルムの話だったが、そこまで評価を受けていることにトーアは頭を抱えそうになる。同じような事をリグレットが言っていたことを思い出しながら、うれしい気持ちと厄介事がまたやってきそうなという残念さを感じていた。


「トーアの理由はわかるわ、前評判と希少価値という事でしょ。私はどうなの?エレハーレに来て日も浅いし……前評判というものもないしね」


 アメリアの質問にベルガルムは肩をすくめる。


「そいつはアメリア、お前さんが言った決闘ってのが原因だな。トーアのような前評判がいい鍛冶師に真っ向から正々堂々と勝負を挑み、決着はギルドのあいつリレラムのせいでうやむやになっちまったらしいが、対等に渡り合った剣を打ち上げたんだ。アメリアの評価はうなぎのぼり、勧誘合戦になってもおかしくないはずなんだがな」

「ああ……アリシャさんのところで剣を打たせてもらったし、その縁でね」


 勧誘合戦がないのは始まる前に働く場所が決まっていた為だった。トーアを勧誘できなかったためか、アリシャの勢いはすごかったなぁとトーアは思い出していた。


「ま、そういう事でオークションの客入りに関しては心配しないでいいと思うぞ」

「うん……わかった」


 疲れたように言葉を返す。


「ちゃんと売れてくれれば私は少なくても多くても構わないわ」


 スペアリブに齧りついたアメリアは咀嚼しながらそう呟いた。

 ベルガルムの話を聞いたトーアは、もう一波乱あるかもなぁと小さく嘆息した。

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