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第八章 好敵手 8

 会場が歓声と拍手に沸く中、頃合を見計らったようにリグレットがやってくる。


「トーア、アメリア、オークションの件なんだがどうする?」

「勝負は付きませんでしたが剣は折れていませんし、私は大丈夫ですよ」

「私もよ。むしろやってくれないと困るわ」


 決闘は無効となったがトーアとアメリアの剣は試剣術で折れることも無く無事であるため、あっさりと了承する。


「おし!わかったぜ!」


 リグレットは小さくガッツポーズをした後、観客達の前に出てエレハーレ鍛冶屋組合の代表としてオークションが予定通り開催する事を宣言していた。


「……困るってどうしたの?」


 先ほどとは違う意味でどよめく広場を横目に、顔を寄せてアメリアに尋ねる。


「……誰しも懐事情というものがあるのよ」

「……あぁ……」


 短く答えられた言葉に、アメリアの懐事情が厳しいという事を察する。

 ざわつきながらも商人や冒険者達は、オークションの軍資金を用意するためか、はたまたオークションでどう競り落とすか作戦を考えるためか、足早に広場を去っていた。

 他の観客もちらほらと残っているがエレハーレの鍛冶師達はリグレットの号令の元、広場の後片付けを始める。ブラウンボアは板に載せられてどこかへと運ばれていった。

 リレラムは場が収まった事にほっとしたのか小さく息を吐いて、トーアとアメリアに向き直る。


「リトアリスさん、アメリアさん、お疲れ様でした。決闘がこのような結果になってしまいましたが、お二人の腕前は称賛されてしかるべきものかと思います」


 少しだけ照れながらもトーアは礼を返す。リレラムは傍に立つギルにも視線を向ける。


「ギルビットさん、素晴らしい剣技でした」

「ありがとうございます」

「ギルド付に勧誘したいところですが……リトアリスさんの時と同じ事になりそうなので」


 苦笑いを浮かべるリレラムにギルは意味ありげに笑みを浮かべる。


「ところで……短剣の事なんですが」


 トーアは気になっていた事を切り出す。出来れば犯人を見つけ意図を問いただしてみたかった。


「それはギルドの方で調べます。ギルドが監督していた決闘にこのような方法で水を差した意図を問いただしたいので」


 僅かに怒りをにじませたリレラムの言葉に、トーアはアメリアと共に頷いた。アリネ草の群生地を根こそぎ採取された時とは違う事になるよう期待しつつ、ギルドへと去って行くリレラムを見送る。


「よし、次はオークションだな。二人の剣が整ってからだからそんな焦る必要はねぇからな」


 近くに来ていたリグレットの言葉に笑顔を浮かべたトーアは頷いた。


「お、そうだ。ギルビットにはこいつを渡しておかないとな」


 リグレットが取り出したのは、クエストを完遂したという証明書で、ランクGでの街の手伝いを行った時などはよく受け取るものだった。これが無ければクエストを完遂したとみなされず、ギルドから報酬を受け取ることは出来ない。クエストによっては依頼者から直接報酬を受け取る場合もあるのでクエストの内容をよく確認する必要があった。


「ありがとうございます」

「おう。見事な剣術だったぞ。これでまたエレハーレの鍛冶屋が賑わえばさらに万々歳というところだがな」


 笑いながらリグレットは片付けを手伝うのか鍛冶師達の元へと歩いて行った。

 にこやかな笑みを浮かべながらも隙のない瞳のアリシャにアメリアが呼ばれ、熱烈に勧誘を受けているのを横目にトーアはギルに視線を向ける。


「ギル、お疲れ様」

「ありがとう、トーア。いい剣だったよ」

「ふふ……。でもよく短剣が入っていたなんて気が付いたね」


 ギルに褒められはにかみながら、短剣の事をたずねる。


「妙な感触があってね。それが伝わるほどいい剣だったって訳でもあるけど」

「今回の剣は自信があったからね」


 胸を張るとギルはやさしく微笑んだ。


「短剣を仕込んだ犯人も流石に想像してなかったと思うけどね」


 おどけたように肩をすくませるギルに、確かにとトーアは頷いた。


「トーア、お疲れさん」


 ギルと話していると後ろから労う声をかけられ振り返る。そこにはカンナがおりすぐ近くにガルドやイデル、トラース、ミデール、フォールティといった月下の鍛冶屋の面々が揃って立っていた。

 ふと夕凪の宿の店主であるベルガルムが店があるから行けないと言っていたのを思い出し、店は大丈夫なのかとカンナに尋ねる。


「大丈夫じゃないかい?どうせコレのせいで店どころか、鍛冶屋横丁が臨時休業みたいなものだからね」

「え、あー……」


 街の一区画を臨時休業にしてしまったと思ったトーアはどう答えたものかと考えていると、カンナから背中を優しくたたかれる。


「気にすんじゃないよ。すぐにまた何時も通りには客は戻ってくるだろうしね」


 にっと笑うカンナにつられてトーアは申し訳なく思いながら笑みを浮かべる。


「流石に灰鋭石の硬剣フレッジブレードの時みたいにーとはいかねぇだろうがな」

「前回の事でエレハーレに居る冒険者から依頼は大体受けてるだろうしね」


 イデルの言葉にフォールティが補足する。

 そうなるとリグレットの思惑は少し外れる事になるが、短期間でこのようなイベントが続けて起こったのだから仕方ないともトーアは思う。


「今日、砥ぎをするのか?」

「あ、はい。まだ陽は高いですから……」

「そうか。そいつは構わん。オークションが終わるまで客は減ると思うしな」

「いつもすみません、ガルドさん」


 腰を折り深く礼をするトーアの肩をガルドはやさしく叩き、気にするなと言った。


「トーア、僕は先に宿に戻っているよ」


 夕凪の宿の常連客たちに捕まったらしく、見慣れた冒険者達に肩を組まれたギルはそう話して広場から歩いて行った。


「トーアちゃん、私もちょっと実家に呼び出されてるから……」

「うん、宿には戻ってくる?」

「あー、多分」


 曖昧に話すフィオンに頷くと、それじゃあと言って駆け出していった。

 この間にもアリシャから熱烈な勧誘を受けて、たじたじとしている珍しい姿を見せているアメリアに一言声をかける。


「アメリア、えっと……すこしいい?」

「あ、トーアさん、ありがとうございます!」

「えぇっ……!?」


 アメリアを勧誘していたアリシャががばっと頭を下げる。

 理由を聞くとアリシャの店を紹介したのはトーアだと聞いたらしい。


「アメリアさんのような素晴らしい腕前の鍛冶師との縁を結んでいただいたのは、トーアさんのおかげです。それで、是非、私のお店で働かれてはどうでしょう?」


 再び勧誘しながら詰め寄るアリシャにアメリアはあーやうーなどと言葉にならない声を漏らしていた。


「はーあ……まったく、なんで先にアリシャの店に行っちまったんだか」

「レガーテさん。一応、レガーテさんのお店の事も話したんですけど……」


 苦笑いを浮かべているレガーテの呟きに思わず弁解する。


「ああ、いいんだよ。アメリアが先にアリシャの所に行ったのはこれも縁って奴さ」


 レガーテの大きな手に優しく肩を叩かれ、頷く。


「アメリア、私は月下の鍛冶屋のほうに行くからね」

「え、あ、うん。わかったわ」


 辛うじて返事を返したアメリアに小さく手を振ってトーアは、店に戻るというガルドたちと共に広場を後にした。


 月下の鍛冶屋の鍛冶場の一角でトーアは剣を解体し【灯火】の光に刀身を当てながら、刃の調子を確かめて行く。ブラウンボアの硬くなった外皮、森を駆け回り発達した筋肉、太い骨、そして、仕込まれた短剣を切断した影響はこうして確認するとはっきりと現れていた。


――流石に刃が鈍ってる、か。


 一箇所だけ刃が欠けている部分があり、それは短剣を斬ったためだとトーアは思う。すぐにでも刃を研ぎたいところだったが、その前に銘を刻み込むことにしていた。

 銘は焼き入れの前に専用の刻印を使って鍔に近い位置に銘を打ちこめば簡単にできるが、既に完成した刀身に銘を入れるには生産系アビリティ【彫金】によって一彫りずつ入れるか、難度は高くなるが刻印で打ち込む方法がある。

 今回の場合、トーアには刻印を用意する時間はなかったため、否応なしに【彫金】で銘を入れる必要があった。

 そのための道具は鍛冶場の一角にあり、ガルドが武具の装飾のために用意しているたがねなどの道具一式を使わせてもらえることになっている。

 中子なかごに名前を書き込んだインクと同じもので、下書きをする。トーアの銘はCWOの時に使っていたもので、マッチの炎を意匠化したものになる。


 『何かを成そうとする人の火種と成れ』


 夢に向かって、忠義の為、困難に対して、危険に向かい合う為、立ち上がろうとする人の心に灯火を燈す火種になれと、それは銘にこめたトーアの想いだった。銘に込めた想いについてはギルにさえも話していない事である。

 下書きが終わり、たがねを当てて金槌を振り下ろす。少しずつ削られ、意匠が完成してくのを見て、トーアは無意識に笑みを浮かべていた。


「……よし」


 たがねと金槌をおいて、金屑を払う。

 下書き通りに彫金された銘は発動させたままだった【灯火】に照らされて反射していた。

 後片付けをした後、剣の部品を手に砥ぎを行う部屋へと向かう。

 先に刀身に残っていた汚れを丁寧に洗い流し、再び刃を改めた後に丁寧に砥ぎ、再び鋭さを取り戻させていく。


「ふふ……」


 鋭さを取り戻し、まだ水に濡れた刀身を眺めトーアは含み笑いをもらしていた。

 今のところ、周りに人は居ない。


――レテウスさんが用意した部品は良い物だし、調節の必要はあまりないかな……。


 剣を組み立て、柄を握り調子を確かめる。見本の剣の重心を忠実に再現しているため、全体のバランスに問題はなかった。


「完成……」


 そして、トーアは椅子に座ったまま刀身の両側を検め、自身の銘が刻まれた最初の剣を眺め、胸が達成感と満足感、そして、充実感でいっぱいに満たされていた。

 胸が満たされる感覚に浸りながら、ゆっくりと剣を鞘に収める。


 作業が終わり後片付けをしていると、トラースが扉を開けて顔をのぞかせた。


「どうしたの?」

「アメリアさんが来てて、話があるって」

「アメリアが?」


 特に約束はしていなかったと思い返す。


「ええ、そうよ」


 トラースの後ろからアメリアが姿を現す。手には決闘で使った剣が握られていた。


「ちゃんとガルドさんから了解をもらって入ってるし、決闘の結果に不満があるとかでもないわ。ちょっと、気が付いたことがあって」

「……気が付いた事。トラース、悪いけど二人で話したいから外してもらえるかな」

「あ、うん。わかった」


 アメリアが砥ぎの部屋に入るとトラースは扉を閉めて去っていったようだった。

 空いている椅子を勧めて、向かい合うように座る。アメリアが持っていた剣はひざの上におかれていた。


「それで話って?」

「これを見てほしいの」


 アメリアは膝の上に置いた剣を少しだけ抜き、刀身の一部分を指差す。切羽ぎりぎりのところに極小さな引っかき傷のようなバツ印が付いていた。

 途端に感じるきな臭さに声を潜め、アメリアの顔を見る。


「こんな傷、私が完成させたときには残ってなかったわ。それもこんなギリギリの所に狙ったようにあるなんて、おかしいと思わない?」

「確かに……これなら私とアメリアの剣の識別は、出来る」


 広場でトーアが話した前提が一つ崩れる。ブラウンボアの方はまだわからなかったが、短剣が仕込まれたブラウンボアのほうへトーアの剣を置くことが出来る可能性が出てくる。トーアもまた先ほど鞘に納めた剣を抜き、銘を入れる前のことを思い出しながら刀身を検める。


「今は銘が入ってるけど、傷みたいなものはなかった……」

「という事は……やっぱりそういう事よね」


 トーアは頷く。誰がこんな事をしたのか、というのは予想がつかなかったがこの事をどうするかと考え始める。


「……うーん、ギルドの方で調査をするって言ったし、ギルド長……リレラムさんに伝えた方がいいかな……」

「そうしましょう。私とトーアがこうしてこそこそ話していても、埒が明かないわ。今から行けるの?」

「うん、私の作業は丁度終わったところだから」


 丁度良く掃除も終わったところだったので、トーアは椅子から立ち上がった。ガルドに帰ることを告げて月下の鍛冶屋を後にした。

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