第八章 好敵手 7
日が昇り、決闘の日となる。
夕凪の宿には、ギルドの職員が現れギルドまで案内すると言った。宿に来たのはトーアの元に刀身を受け取りにきた男性職員だった。
案内が必要ないほど道はわかっているので、恐らく移動のときも広報に使うのだろうと思いながら、トーアはフィオン、アメリアと共にギルドの裏の広場へと到着する。
ギルは朝早くから決闘全体の予定を確認する為にギルドへ呼び出されており、会場で会う事になっていた。
既に太陽は高く上っており、広場には多くの観客が詰め掛けていた。端の方には屋台が出来ており、良い匂いを漂わせている。
――ど、どうしてこんな事になってるんだろ……。まったく、販促としては充分なものなんじゃないかな!!
広場の中央には、二頭のブラウンボアが高く盛られた土の上に腹ばいになって、地面に突き刺した木の棒で動かないように固定されていた。
ブラウンボアのすぐ近くには腰程度の高さの机が置かれ、その傍らにはギルド長とギルが立っていた。会場にやって来たトーア達の姿を見てギルド長は会釈をする。
「こんにちは、リトアリスさん。……その、死んだ獣のような目をされていますが……大丈夫でしょうか?」
広場の状況に思わず遠い目をしていたトーアに気が付いたのか、ギルド長が気にかけてくる。
「イエ、ダイジョウブデス」
「そ、そうですか。あなたがアメリアさんですね?」
トーアの状態に触れないでおこうと思われたのかギルド長は横にいるアメリアに視線を移す。
「ええ、そうよ。あなたは?」
「私はエレハーレ冒険者互助組合の長を任されております、リレラム・アインシュレッドと申します。今回は審判役と進行役を務めさせていただきます。リトアリスさんとアメリアさんはこちらへどうぞ」
特等席ともいえる場所に椅子が並べてあり、ギルド長であるリレラムが座るように促す。
「私は観客席のほうに行ってるね!」
フィオンはそう言ってギャラリーの方へと駆け出していった。そこにはフィオンに似た雰囲気の男性が立っていた。
――兄が居るとか言っていたような気がする。
視線を戻しトーアがアメリアと共に椅子に座るとリレラムはブラウンボアの前に立つ。ざわついていた会場が徐々に静かになるとリレラムが一つ、咳払いをする。
「これより、リトアリス・フェリトールとアメリア・マクトナーの決闘を始めます!」
リレラムの宣言に広場に集まった観客達は喝采を上げる。
「本決闘はアラミネ流試剣術『獣斬り』により、ブラウンボアの身体を六度、斬りつけ、その切れ味を計るものとします」
試剣術というものを初めて聞いた観客が多いのか、会場が僅かにざわつくがリレラムが手を上げると再び静かになる。
「試剣術を行うのは灰鋭石の硬剣による試技で素晴らしい腕前を見せたギルビット・アルトランに依頼しています!」
リレラムの隣に立つギルが腕を上げてリレラムの紹介に応えると、会場から歓声が沸き起こる。
「試剣を行う際には公平を期すため、作成された剣の形状は全く同じに作成されています」
リレラムが手を指し示す方向には、一人の男性ギルド職員が立っており、二振りの剣を抱えていた。ここまで案内したギルド職員とは別人で、アメリアが刀身を受け取りに来た人だと呟いていた。
男性はそのままブラウンボアのそばまで進み、抱えた二振りの剣をそれぞれ机の上に置いた。
【物品鑑定<外神>】を使えばどちらが作ったものかはわかるかもしれないが、それは卑怯な気がしてトーアは椅子にゆったりと腰掛けなおし、試剣術の行く末を見守ることにした。
「では、前置きが長くなりましたがこれよりギルビット・アルトランによる試剣術を開始いたします」
リレラムがギルに視線を送り、小さく首肯する。ギルもまた小さく頷き返し、トーアからみて左側の机に置かれた剣を抜く。飾り気のない剣が日の光を反射し、歪みがないことを証明するかのように、鋭く研ぎ澄まされた刀身を輝かせていた。
刀身に問題ない事を確認したギルは、ブラウンボアへと近づく。
決闘は用意した剣を交換しながらブラウンボアを交互に六度、斬って行く。最初の部位は首で、頭部を支えるため詰まった筋肉が密集し、太い頚椎がある。
ブラウンボアの前に立ったギルは脚を前後に開き、ブラウンボアの首部分に刃を這わせた。
ギルから伝わる緊張に会場が静まり返り、トーアもいつの間にか手を握っていた。
「一の胴!」
這わせた剣を振り上げたギルは大きな声と共に宣言する。そして、体全体を使って剣は振り下ろされた。鈍い音と共にブラウンボアの首を剣は切り裂き、両断していた。
結果にほっと息をはく。となりに座ったアメリアも同じように息をついていた。いまギルが握っている剣はどちらが打った剣かわからないため、中子に書かれた名前を見るときまでどちらの剣でも失敗しないよう祈るしかトーアもアメリアも出来ない。
剣が交換され、ギルの宣言と共に再び剣が振り下ろされる。くぐもった音と共に剣はブラウンボアの首を斬り裂いていた。
一度、試剣が終わるとレガーテの手によって血と脂を洗い落とされ、再びギルが剣を握る。
そして、交互に剣が振り下ろされ、二の胴は肩の部分、三の胴は肋骨の真ん中の部分、四の胴は肋骨の下の部分、五の胴は腹の部分とギルは見事にブラウンボアを輪切りにして行く。剣が振り下ろされるたびに、観客達の歓声は大きくなり、そして、緊張も高まりつつあった。
どちらの剣も最後の一太刀を残す状態となり、六の胴は腰の部分で行われる。
真剣な表情のレガーテの手により剣についた血や脂が洗い落とされ、ギルに渡された。
すでに会場は緊張からか静まり返っており、ギルは静かにブラウンボアの前に立つ。トーアも手を握っており、小さく喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
「六の胴!」
剣を振り上げ、宣言と共に剣が振りおろされる。思わず腰を浮かせて確認すると、ギルの一太刀はブラウンボアの腰の部分を綺麗に切断しており、試剣術『獣斬り』を達成した事を如実に伝えていた。
どよめきにも似た歓声が会場に響き渡り、続けて拍手が起こる。
ギルが抜いた剣は見た目から何も問題はなく、トーアとアメリア、どちらかの剣が『獣斬り』を成し遂げた。続けてギルはもう一振りの剣をレガーテから受け取り、再びブランボアの前に立つ。会場は再び静かになっていた。
二本目の剣もまた一の胴から五の胴までを問題なく終え、最後の腰部分にあたる六の胴を残すのみとなる。
否応なく会場の緊張は最高潮に達しており、誰もが手を握りしめ呼吸さえもはばかるように息を潜めていた。
「六の胴!」
どっ、という音が響き、ギルはブラウンボアを両断し剣を抜く。そこには折れず、刃がかけることなく無傷のままの剣があった。
ギルが血を払い掲げた剣の姿に、広場は爆発したかのような喝采に包まれる。
だが、決闘の当事者であるトーアはある事に気が付いた。
――どちらも成し遂げたら、優劣はつけれないんじゃ……。
広場に集まった観客達も次第にそれに気が付いたのか、拍手がまばらになり、ざわめきが大きくなっていく。
「…………」
リレラムも結果に唖然としており、どうするべきか迷っているようだった。
広場からは引き分けか、やり直しかという声も上がり始め、リレラムが判断を下すために手を上げようとする。
「待ってくれ!」
それを止めたのは、剣を握ったままのギルだった。
「この『獣斬り』が切れ味で優劣をつけるという事であるなら、こっちが勝ちだ」
ギルが示したのは最後まで手にしていた剣だった。会場が一斉にざわつくが、リレラムが手を上げて場を静かにさせる。
「どのような判断でそのような事を?」
「それは……これが理由です」
ギルは掲げた剣が輪切りにしたブラウンボアに近づき、最後の六の胴で斬った断面に手を入れて、あるものを取り出した。
「それは……短剣の刀身ですか?」
「恐らくそうだと思います。こっちが柄の側ですね」
続けて切断されたため、ばらばらになった鍔や切羽、柄がブラウンボアの中から取り出され、一つ分の短剣がブラウンボアの腰の部分に仕込まれていた事がわかる。
短剣は刀身の根元から斜めに鍔や切羽などを両断し、柄の一部を斜めに両断された状態になっていた。
ブラウンボアの血にまみれた短剣は最初、剣が置かれていた机の上に置かれて並べられる。トーアはアメリアと共にすでに机に近づいており、剣を組み立てたレテウス、剣を洗浄したレガーテも机を覗き込んでいる。
観客達もどういうことかと詰め寄り机を覗き込もうとしていたが、駆けつけたギルドの職員達に止められていた。
「つまり……ギルビットさんが言いたいのは、ブラウンボアだけではなく仕込まれた短剣も切断した剣の方が優れていると」
「はい。……ですが、これでは対等な条件で決闘を行ったとはいい難いと思います」
「確かにそうですね……」
ギルの説明を受けてリレラムが考え始める。
「お、おい!それよりもどっちの剣が斬ったんだ!?」
「そうだ!それを先に確認しろ!」
観客からあげられた声にリレラムは一瞬迷ったように、眉を寄せる。
だが観客達の声はやむことがなかった。このままでは場が収まらないとリレラムは判断したのか、剣を組み立てたレテウスを見て小さく首肯する。
「……わかった。少し待ってくれ」
レテウスも混乱しつつある会場を収めるためには確認するしかないと思ったのか頷き、剣の刀身を固定している目釘を外しにかかる。
「皆さん!落ち着いてください!確認のため、作業を行っています!静かに!」
リレラムが声を張り上げ、会場のざわつきを収めようとしていた。
――ここでどっちが作ったなんて発表したら、余計に混乱すると思うんだけど……。
そうトーアは思ったものの、既にレテウスは柄を外していた。
「こいつは……トーアの、リトアリスの剣だ!」
レテウスの言葉が広場に届くが喝采といったものは起こらなかった。短剣が仕組まれていた六回目『六の胴』の試技を除けばトーアの剣もアメリアの剣も五回目まで同じ条件の『獣斬り』を成し遂げたのだから、ある意味引き分けとも言える事に観客達は気がついたようだった。
広場の視線が審判役を務めるリレラムに集まる。
ギルの判断を採用すれば、獣斬りを成し遂げた上に短剣のもっとも頑丈な鍔の部分を切断したトーアの剣が勝者であると判断が出来る。
だが決闘は本来『同じ条件の元で行われた場合』を前提に判断されるため、短剣という要素が混じった状態での勝敗の判定はおかしいように思えた。
リレラムは何かを決めたのかすっと顔を上げる。
「勝敗についてですが、決闘は『対等な条件の元で行われる』ことが大前提となります。ですが試剣術に使用されるブラウンボアから、短剣が見つかったためこの前提が崩れています。そこで本決闘は無効とします!」
リレラムの宣言に広場は騒然となるが、トーアはその判断を受け入れてた。
――こんな状態で勝敗を決められてもすっきりしないし、いい判断だと思う。
アメリアに視線を向けると、不満げではあったものの特に異議はないようだった。むしろ、短剣が仕込まれていた事で勝負が無効になった事に腹を立てているように見えた。
「短剣を仕込んだのは、アメリアのほうじゃないのか!?」
会場にきていた観客の声にアメリアに視線が集まる。
その言葉にアメリアは顔を顰めて口を開きかけるが、その前にトーアが口を開いていた。
「待って!アメリアどころかギルドで保管されていたブラウンボアに短剣を仕込むことは誰にだって難しいはず!それにアメリアは、剣を打つ前から私とほとんど行動を共にしていたし、会場にだって一緒に来たから短剣を仕込むなんてことも出来ない。それにどちらが自分の剣かもわからないように対策されているのに、どうやって私のほうだけ短剣を仕込むことができるの?」
トーアの弁明に会場は納得する者とまだ疑う者に分かれたが、一番驚いていたのは決闘の相手であるトーアに弁明されたアメリアのようだった。
アメリアが何かを言いたそうにしていたが手を突き出してそれをさえぎる。短い付き合いだが、アメリアがこのような手の込んだ事をするような人間には思えなかった。そして、五回目の試剣術にいたるまで対等に戦ったアメリアの鍛冶の腕前をトーアは認めていた。
――かと言ってこんなことをして喜ぶのは一体、誰?
ポリラータの顔が一瞬よぎるが、あの顔を喜悦に歪ませてこの場に出てきそうなものだと思った。もしかしたらギルが短剣を切断したため出るにでれないのかもしれない。推測だけしても仕方がないとトーアはひとまず犯人について考えるのをやめる。
その間にアメリアは豊満な胸を張り、顔に自信をにじませトーアを真っ直ぐに指差していた。
「こんな結果になったけど、次は負けないわ!」
次という言葉にトーアは溜息をつきそうになるが、自然と笑みを浮かべていた。
「私だって負けはしない!」
初めてアメリアの言葉にトーアは返した。そのことにアメリアはきょとんとした顔をしていたが、すぐに笑顔を浮かべていた。二人のやり取りに周りからは拍手と歓声が起こる。
「それではリトアリス・フェリトールとアメリア・マクトナーの決闘をこれにて終了させていただきます!」
拍手と歓声の中、リレラムの宣言に広場に集まった観客達からは一際大きな歓声と拍手が起こった。