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第八章 好敵手 5

 月下の鍛冶屋の仕事を終えたトーアは夕凪の宿へと戻る。リュックサックには完成した手甲付グローブが入れられており、今夜から寝る前の型の確認には身につけてやってみるつもりだった。


「お疲れ様、トーア」

「ギル、ただいま。あれ、フィオンは?」


 今日も訓練と言ってギルと共に宿を出て行ったはずのフィオンの姿がない事に不思議に思う。


「さっき実家から呼び出しがあってね」

「何かあったのかな……」

「いや、どちらかというとトーアに関する情報を聞きたかったみたいだよ」

「……ああ……そういう……」


 ギルの言葉にトーアは溜息をついた。この頃のエレハーレはトーアとアメリアの決闘の話題で持ちきりのようだった。

 そして、件のアメリアの姿がないなと思ったとき、酒場のスウィングドアが開けられる音がする。


「ふっふっふ……」


 聞こえるほどの含み笑いと共にアメリアがトーアの隣の席に腰掛ける。


「今日は……どうしたの?」

「腕慣らしを兼ねて剣を打ったのだけど、絶好調よ」


 機嫌が良い理由が、うまく生産が出来たからだと察したトーアは、同じように腕慣らしをした事を話す。


「へぇ、何を作ったの?」

「たいしたものじゃないよ」


 そう言ってトーアはリュックサックの中から手甲つきのグローブを取り出した。


「へぇ……そういえば、トーアは冒険者もしてるんだったわね」

「生産が出来ない時の生活費ぐらいは稼げるかなってね」


 トーアがそう呟くと夕凪の宿の常連たちがあからさまにざわざわと言葉を交わし始める。ベルガルムもコップを磨いていた手を止めて、眉間にしわを寄せていた。


「トーア、そいつは流石に謙遜しすぎだぞ」

「う……」


 思い返してみればそのつもりで始めた冒険者だったはずなのに、ゴブリンの討伐で名を上げてしまい、生産者としてよりも冒険者としての名前が先に売れてしまった。

 灰鋭石の硬剣フレッジブレードの一件で生産者としても名前が売れているが、イメージとしてはまだ冒険者としての方が強いらしい。


「い、いまはあんまり冒険者家業に力を入れてないし!」

「まぁな……それでもたまに見事な魔獣を狩ってきてくれて、俺は万々歳だけどな!」


 がはははと豪快に笑うベルガルムに釣られて店の常連客たちも、俺達もうまい酒が飲めて最高だ!と叫ぶ。この頃狩りに行っていないためか、催促にも聞こえた。


「はぁ……決闘が終わったら、狩りに行ってくるから……」

「おぉぉっ!こいつはうかうかしていられねぇ!気張って稼がないと食いっぱぐれるぞ!!」

「まったく、無茶しないでね」


 歓声をあげる常連客たちに溜息混じりに呟いた。アメリアはこの騒乱じみた状況に目を丸くしており、ベルガルムから理由を聞いていた。


「ふぅん、それは楽しみね」

「アメリアも当分、夕凪の宿にいるんでしょ?なら、ちょっと多めに狩ってこようかな」

「おうよ、こっちの予算の限り買い取らせてもらうぜ!」

「おう!俺達も財布を空にするまで食べるからな!」


 決闘が終わった後の予定も決まってしまい、財布を空にしたら明日からどうするんだろうと思いながら小さく溜息をついて肩をすくめる。ギルもどこか困ったように笑みを浮かべていた。


「お、二人ともいるな」

「リグレットさん、どうしたんですか?」


 酒場が賑わいを見せていると、リグレットがスウィングドアを押して酒場にやってくる。


「いやなに、アメリアとトーアの鍛冶場も決まって、今日ブラウンボアを狩る冒険者の選定が終わったから、明日から二人には刀身の作成を始めてもらおうと思ってな」

「冒険者が決まるの早かったですね」


 『獣斬り』に使用されるブラウンボアは、試剣術として使われる首から下の胴体部分は無傷でなければならず、必然的に頭部を狙って仕留める事が出来る力量が求められる。

 もう少し決まるまで時間がかかるかと思っていたが、あっさりと決まったようだった。


「まぁ、もともと支払いもいいように依頼を出したし、ブラウンボアも数が必要だからな……少し多めに募集したのさ」

「それは別にいいわ。刀身を作るために必要な素材はどうすればいいの?」

「そいつは鍛冶を行うそれぞれの店に俺のほうから運ぶ事になってる。トーアとアメリアは明日、用意を整えて月下の鍛冶屋、フェンテクラン商店の方へ行けばいい」


 リグレットの説明に頷き、アメリアも納得したのか小さく首を動かしていた。


「それぞれの鍛冶屋には一応、ギルドの職員が行く事になってるから完成した場合は、刀身を預けてくれ。まぁ、審判みたいなものだがそこまで深く考えなくていいと思うぞ。それとこれが指定された剣の形状だ」


 布が巻かれたものをトーア、アメリアそれぞれの前に置かれる。布を取り外すと鞘に納められた一振りの剣が現れ、少しだけ剣を鞘から抜いて確認すると片刃の刀身が現れた。刃は潰されており何かの見本品のように思えた。


「こいつは大体のエレハーレの駆け出し鍛冶師が作る剣だ。鍛冶の訓練の為に鍛造して、そのあとはまた鋳潰されてインゴットになるような剣だ」

「ふぅん……確かに質は良くないわね」


 刀身を検めていたアメリアがぽつりと呟いた。


「まぁ、二人には形だけわかればいいからな。それと完成した刀身には中子なかご部分に名前をインクで書き込んでくれ」


 中子なかごに書き込めば柄で隠れどちらが作ったのかわからなくなり、柄をはずせばどちらが作ったものか確認する事もできるかと納得し、トーアは頷く。同じようにわかったわとアメリアが頷きながら呟いて、手にしていた剣を鞘に戻す。そして、トーアに向き直った。


「トーア、正々堂々、全力でいくわよ」

「こちらこそ、絶対に手を抜いたりしないから」


 真っ直ぐな視線を向けてくるアメリアの宣言に、トーアも視線を合わせて全力で戦う事を宣言した。


 リグレットは他にも色々とする事があると言って酒場を出て行き、日が沈んでからフィオンが宿に戻ってくる。トーアとアメリアのことを根掘り葉掘り家族から聞かれたと疲れた表情をしていた。

 特に二人の剣がオークションにかけられる噂が本当だったと聞き、予算を組むべきかと父と上の兄が真剣に相談していたと言われ、トーアとアメリアは顔を見合わせる。

 夕食は食べてきたというフィオンは疲れたからと言って部屋に戻り、アメリアも今日は疲れたからと部屋に戻って行った。


「……オークションと聞くと、あんまりいい思い出ないかなぁ」

「あの騒動の事?」


 ギルと席を並べてゆっくりするという時間が久々だなとも思いながら、ほっとする時間でもある事にトーアは気が付いていた。

 あの騒動というのはCWOで起こった事で、トーアが街から出て師匠であるサクラの元に修行という名目で遊びに行った時のことである。


「うん、まぁ……流石にあの時のような事になるとは思わないけど……もしもの時はすぐにエレハーレを出発かなぁ……逃げ出すみたいな形になるけど」

「流石にそこまでの事にはならないと思うよ。トーアが仕事を取らない、どこにも所属しないって理由はみんなわかってるみたいだし」


 考えてみればトーアの心情がわかっていなければ、こうしてのんびりと決闘をしている暇などなく、武具の生産依頼や勧誘攻勢から逃げるのに必死であっただろうなと納得する。


「……それもそっか」


 カウンターに頬杖をついた時、ベルガルムの後ろに並ぶ酒瓶が目に入る。こんなゆっくりした時間にはやっぱりお酒が欲しいなぁと思ってしまう。


――流石に決闘やら色々とあるから、まだ飲めないなぁ……。


 トーアとなってからアルコールに強くなったのかはわからないため、まだ早いとトーアは部屋に戻るために席を立った。

 同じように部屋に戻るというギルと部屋の前で別れて宿の部屋に入る。ホームドアを発動して入り、作例である剣を抜いた。


「直剣、片刃……造りはシンプルだし……出来なくもないか」


 今まで考えていた事は可能なのか考えながら、剣を分解して他の形状や重心などを確認し再び作り直した。


「うん……多分、大丈夫でしょ」


 剣を鞘に戻して日課を済ませた後、ホームドアを出てベッドに寝転がったトーアは目をつぶった。




 次の日、月下の鍛冶屋でトーアは届けられた木箱を開き、中に収められたインゴットを取りだす。【物品鑑定<外神アウター>】でアイテムランクを確認すると、【希少レア】とあった。


――なんか、大盤振る舞いじゃない……?


 以前トーアが精錬した鉄のインゴットと同じ【希少レア】が用意されたことに、木箱を届けたリグレットの自信を湛えた表情に納得する。


「こんないい状態のインゴット、用意してもらって大丈夫なんですか?」

「おう。粗悪なインゴットを使って変な剣を作ってもらっても困るしな」


 エレハーレの商人達の心意気なのか、それともそれだけこの決闘に灰鋭石の硬剣フレッジブレードの時のようなことを期待しているかのどちらかだろうと思った。


「……確かにいいものだな」

「まぁ、いつも卸してるものとは別に特別に精錬した奴だからな」


 ガルドがしみじみとインゴットを触りながら呟く。そこまで本気という事らしい。そして、アメリアにも同等の物が届けられているとリグレットは言った。


「よし……なら早速始めますね」


 リグレットもトーアの鍛冶を見学して行くのか、一緒になって月下の鍛冶屋の鍛冶場へと歩き出す。

 月下の鍛冶屋の鍛冶場には、他の店の鍛冶師達が詰め掛けていた。灰鋭石の硬剣フレッジブレードの時よりも見学する人数は多いが、アメリアがいるフェンテクラン商会の鍛冶場の方が広いためか、そちらのほうはかなりの人数が行っているとリグレットがガルドに話していた。

 手にもった木箱からインゴットを取り出して、炉の近くの作業台に積み上げる。そして、鍛冶の用意を整えて炉の前に座り、トーアはパーソナルブックを現して、開いた。


――さてと……形状以外はどんな工夫をしてもいいから……四方詰めをやってみますか……。


 ここ数日、考えた結果、トーアは刀鍛冶で『造り込み』と呼ばれる工程で取られる『四方詰め』によって剣を作ることを考えていた。

 両刃ならばまた別の方法を考えたかもしれなかったが、幸いな事に片刃であったため、変更する必要はなかった。


「よし……」


 インゴットを炉にかけ熱する。赤く熱せられていく鉄を金床に載せ、そして、鎚で叩いて行く。

 造り込みは特性の異なる鉄を組み合わせて作成することで、折れず、曲がらずという矛盾を解消する方法であり、その中でも四方詰めは、刀身の両側面である皮鉄、刀身の中心になる芯鉄、実際に物体に触れて切断する刃鉄、峰にあたる棟鉄の四種の鉄から構成される。

 実際にやっている事は、炭素量を調節した鉄を組み合わせているだけではあるが、鍛接され、伸ばされ、刃物として完成した物の素晴らしさは日本刀として実証されている。

 CWOでも、現実で使用されていた製法であるため早くから生産系プレイヤー達に取り入れられてきた手法ではあるが、こちらの世界ではまだ珍しい方法のようだった。

 だが、トーアはそのことを集まった鍛冶師に説明しなかった。

 技術を盗む為に見ているのだから、いくらでも盗んでいけばいいと思いながら鎚を振るい、四種類の鉄へと打ち上げて行く。

 皮鉄は、全体の強度を決めるため曲がらないようにただひたすら硬く、芯鉄は折れないようにねばりをもたせ、刃鉄は硬くねばりがあるように、そして、棟鉄は芯鉄よりもやや硬めにする。


「ふぅ……ちょっと、休憩します」


 カンナから塩入りの水を貰い、口に含み、ゆっくりと飲んで行く。

 トーアがなぜか鉄を分けて鍛造していく姿に見ている鍛冶師達は疑問を抱いたのか、声を潜めて話す様子が視界の端に映る。

 直接、質問してこない限り何も話す気は無いため、無言のままでいた。

 軽食を取ったあと休憩を終わらせ、四つの鉄をあわせる鍛接に移る。

 芯鉄に中子なかごを造り、それぞれの鉄を重ね、良質な紙で包むようにして固定し、泥水をかけて真っ赤に熱した炉へと入れる。

 刀鍛冶で『沸かし』と呼ばれる工程で、トーアもそれに習い月下の鍛冶屋へ来る前に紙を買い、泥水を用意しておいた。

 炉の熱量を上げて鉄を一つにまとめ、そして、再び鎚を振るい鍛接を始める。

 鉄の塊だったものが次第に形を変え、剣の形へと変わっていく。その時、トーアはうっすらと笑っていた。

 心は平静そのもので、何も考えずただ一心不乱に鎚を振るい続ける。

 念のため、見本である剣と形を確認した後、仕上げとして焼きいれと焼き戻しを行い、徐冷用の金網の上に置き、汗を拭いながら息を付いた。


「……これで今日の作業はおしまいです。刀身を見たい方はどうぞ。まだ熱いので手で触れることはやめてください」


 朝からぶっ通しで鍛冶を続けていたためか疲労を感じつつ、鍛冶場の椅子に腰掛ける。


「トーア、お疲れさん」

「あ、ありがとうございます。カンナさん」


 カンナから水を受け取って喉を鳴らして飲んでいく。大きなコップ一杯の水をまたたくまに飲み干したトーアは大きく息をついた。


「出来栄えはどうだ?」


 刀身を確認したガルドが近づき、尋ねてくる。

 作業の途中や、完成した状態を見てトーアは、灰鋭石の硬剣フレッジブレードの時に勘を取り戻したためか、前に作った自身の剣は言うに及ばず、ギル、フィオンの剣以上のモノが出来たと思っていた。

 何よりもリグレットが用意したインゴットは【希少レア】であったため、アイテムランクを確認した際に表示されたのは一つ上の【固有ユニーク】級の刀身となっていた。

 それを思い出し自然と頬が持ち上がる。


「いい出来栄えだと思います」

「トーアがそう笑うのなら相当だな」


 ガルドの横に来たイデルがそう言って笑うので、思わず頬を押さえて軽く揉む。


――うまく行ったときはつい、笑っちゃうなぁ。


 羞恥を覚えながら視線を下へ落とした。


「鍛冶をしてるときも良く笑うよな」

「えっ……そ、そうですか?すみません……」


 続けて言われた言葉に、炉にさらされた頬に別の熱さが生まれる。


「いやいやトーアが楽しそうに鍛冶をしているのを見るとこう、腕がむずむずしてな。鍛冶がしたくなるっていうか」


 楽しそうに笑うイデルにトーアは曖昧に笑みを浮かべた。

 思うとおり鉄が形を変えて自身が目指す形状へと変わり、そして、完成した姿を想像するだけで嬉しくなり、笑みを浮かべていただろうなと思いながら、トーアは再び水を飲んだ。


 他の鍛冶師たちが帰り、トーアが夕凪の宿への帰路についたのはエレハーレを夕日が染めるような時間だった。明日の予定を考えながら歩いているとき、ふと“自分の作業速度”が他の生産者に比べてかなり早いことに気が付いた。アメリアとの決闘という事もありかなり気合を入れて作業を行ったが、普通であれば刀身を作るだけでも二日、三日で終わるようなものではない。


――かと言ってアメリアの作業速度にあわせると、手を抜いていると思われそうだし……。


 アメリアの作業が終わっていなくとも、気にしない事にしようと決めて赤く染まるエレハーレの道を歩き出した。

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