第一章 輪廻の卵 8
気をなんとか取り直し、トーアは再びスキルのページを開いた。
「パーフェクトノートかぁ……これも初期化されてるだろうなぁ……【パーフェクトノート】」
スキルを発動するとトーアの手の中に文庫本サイズの黒い革が装丁に使用されたハードカバーの本が現れる。本にはペンホルダーがついており、銀色のペンが差し込まれていた。
このパーフェクトノートは、CWOで開催されたスキル募集のイベントでトーアが設計・開発を行って応募し、見事入賞したスキルになる。
パーソナルブックと同じように外見を変更でき、タブや目次、検索機能に種類分け、文章だけはなく画像処理ソフト並みのお絵かき機能も多くの機能を盛り込んだ万能メモ帳である。
このスキルは、CWOではログイン中は外部のWebページに接続できないという仕様をどうにかすることができないかとトーアが考えたのがきっかけで、攻略情報などを記載したメモ帳をパーフェクトノートが読み込み、CWO中でも確認できるようにすると言うのが始まりだった。
CWOの友人たちにこのスキルの事を話すとあれもこれもと要望が集まり、機能を追加していったことでこのような万能メモ帳になり、スキル名も“パーフェクトノート”と呼ぶことに決定した。
ページを開くと真っ白なページが続いており、他と同様に初期化されているようだった。
「まぁ……はは……チェストゲートやホームドアに比べればね……もう使い物にならない情報だろうし……日記でもつけようかな……」
日記と言う新しい項目を作り、とりあえず今日起こった事を書き込もうとしてこの世界には暦が存在しているのかわからないため、トーアは今はとりあえずと1日目と書き出した。日記の内容は大神への恨み言も混ざったが、後で修正も出来るので思いついた事を書き込んでいく。
専用の銀色のペンでなくとも書き込めるか確認は必要だったが、このペンは画像処理ソフト並みのお絵かき機能の中枢であり、ペン先の形状から色、書き味まで変更可能な現実となった今では謎の物品である。
「スキルで出てくるものだし……深く考えないでおこう」
日記を書き終えてトーアはパーフェクトノートを消した。
次にトーアは竈を注視して物品鑑定<外神>のスキルを使用する。目の前にARウィンドウが現れてCWOと変わらない、物品名、解説、生産者名、アイテムランクが並ぶ鑑定結果が映し出される。
アイテムランクがある事にトーアはCWOと同じなのかと一度ホームドアを出て、置かれている机を鑑定する。机のアイテムランクは【普遍】であった。
「CWOと同じアイテムランクと考えていいのかな?」
CWOのアイテムランクは下位から【粗悪】、【普遍】、【特殊】、【希少】、【固有】、【伝説】、【遺物】、【神話】、【喪失】、【外神】となる。
同じ物品でも、上位のアイテムランクになれば耐久性や性能が倍以上違うため、生産者はより良い物を作ろうとし、誰もがより高いアイテムランクのものを求めた。
この世界でも同じかどうかは今は不明のため、とりあえずの目安にしようとトーアは考えてホームドアに戻った。
「次は……“神々の血脈”はどうなるかわからないし、一番最後にしたいから……スキルの最後は“贄喰みの宿主”かな」
贄喰みの宿主は、CWOのデスゲーム中に発生したイベントで入手した成長装具というもの。このイベントだけはデスゲーム中であっても“死んでも死なない”という特別ルールであったため数多くのプレイヤーが挑戦したが、手に入れたのは一部のプレイヤーだけだった。
“成長装具が自身に合った者を選ぶ”という文句があり、似たような性能のものはあったが完全に同一の成長装具を入手したというプレイヤーは居なかった。成長装具も戦闘向き、生産向きと様々な種類があった。特定の行動等によって成長するため生産した武器、防具とはまた違った性能を示した。
トーアの持つ成長装具は“贄喰みの棘・紅”、“贄喰みの棘・蒼”、“贄喰みの殻・翠”の三つである。
スキル名である贄喰みの宿主はこの三つの“贄喰み”の宿主である事を示す為のもので、スキル自体はこの三つを手の中に呼び出すことが出来る。
「これも初期化……最初からかぁ。よし……【贄喰みの宿主】!」
気合を入れたトーアはスキルを発動して歯を食いしばる。軽く握った右手から艶の無い平たい大小さまざまな棘が飛び出す。鋭い痛みに食いしばった口から声が漏れるが、すぐに棘は身体の中に埋没するように消えていく。その時には、既に痛みは消えていた。
――成長装具は魂と繋がるってイベントの時にあったけど、この痛みは慣れないなぁ……。
トーアは握っていた右手を開く。手の中には紅色、蒼色、翠色の2cmほどの珠があった。名前にあった色がそれぞれを現している。
【贄喰みの宿主】は完全に戦闘向けの成長装具であり、生産者のトーアは首を捻った。だが成長する為には贄喰みの棘は武器を、贄喰みの殻は防具を吸収させる必要があるとわかると、餌がいっぱいある所にやってきただけなんじゃないかと呆れてしまった。
トーアが指で触れると小動物がじゃれ付いてくるような雰囲気を感じた。ますます餌付けをしている気分になったが、今は何も手元にない事に気が付いた。
「最初は私が作ったものを食べさせてあげたいから……少し待ってね?」
珠に言葉をかけるとそれぞれが煌き、それぞれがわかったと返事をした気がする。同時に子犬が期待の篭った目で待てをする様子をトーアは幻視した。
この状態でも身を守る程度にはスキルが使えるため、トーアは基本状態であるペンダントにして首から下げる。
一息ついた後にトーアはパーソナルブックを捲り、レシピの項目を開く。
CWOにおいてレシピは生産にほぼ必須の要素であり、レシピが無ければ正しい手順も必要な材料もわからない。唯一の例外は生産系アビリティの【調理】で、レシピがなくとも生産を行うことができるが、あったほうが効果や生産効率が高かった。
一度でもレシピを使って生産を行うと、次からはレシピ内容をアレンジすることが可能になる。素材を変えたり加工方法に手を加えたりとプレイヤーが独自の考えで更に様々なアイテムを作り出すことができた。
また一部を除いてレシピは他人に複製を渡す事が可能である。出来ないのは【輪廻の卵】といった課金アイテムでその場合は譲渡という形になり、渡した人間のレシピは消失する。複製を渡す際にはアレンジの内容も渡す事が可能であり、トーアは友人と共に思案し、改良、生産したレシピは友人と共有している。
トーアの所有するレシピはCWOの全てではないが、量は膨大でイベント限定の物や原型がわからなくなるまでアレンジを加えた物など、今までのノウハウが全て詰め込まれたものになる。
今まで初期化されてきたスキルも精神的に大きなダメージをトーアに与えていたが、レシピが初期化されていた場合は致命的という度合いを超えて確実にトーアの心が折れる。
「レシピが初期化されていたら……もうだめかも」
レシピのページは何らかの生産系アビリティを取得しなければ閲覧自体が不可能な為、今はどうなっているかもわからない。似たような物に魔物図鑑、素材図鑑、魔導図鑑がある、それぞれが戦闘系アビリティ、採取系アビリティ、そして、戦闘系アビリティに含まれる魔法を取得しなければ閲覧は出来ない。
レシピ以外は初期化されていてもどうということはないとトーアは思う。
「今は……兎にも角にも職業神殿に行くのが先決。この世界の神に会える方法もついでに探してみよう」
今後の方針を決めて、トーアはパーソナルブックを消して立ち上がる。最後に残った種族スキル“神々の血脈”を試す為だった。
CWOでの性能は、公式での発表やゲーム内で実際に見ているため理解しているが、こちらの世界でも同じものになっている保証はない。
呼吸を整えてトーアは【神々の血脈】を発動する。
数分後、トーアはホームドアの床に突っ伏していた。
スキルの効果がCWOと変わらないことを確認し、効果時間が切れた瞬間に前のめりに倒れたのだった。かろうじて腕で顔面を強打することは防げたものの、主に身体の前側が痛い。
全身には疲労感があり、ゆっくりと這いずるようにしか動けない。小さく唸り声を上げながら、ホームドアから這って出た。何とかベッドをよじ登ったトーアは【ホームドア】を解除する。僅かな光を放ちながらドアが消えるのを確認すると、身体から空気を全て抜くかのごとく長く息を吐いてベッドに沈み込んだ。
――そういえば、種族スキルの能力ってアビリティレベルの合計に依存するんだっけ……【初心者】で種族スキルなんて使わないからすっかり忘れてた……。
今のトーアのアビリティレベルは【初心者】の影響でゼロの為、効果はわかったものの短い効果時間と動けなくなるくらいの疲労感が生まれるほど強い反動があった。切り札というには微妙かもしれない状態にトーアは、もっと短い時間であれば反動は少なくなるかもしれないと考えて、大きく欠伸をした。
割と長い時間、ステータスの確認などをしていたため遅い時間である事を先ほど、パーソナルブックで確認したことを思い出して、今日は寝ようとトーアは布団をかぶり、眠りに就いた。