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第八章 好敵手 4

 月下の鍛冶屋に到着し、食堂でガルドに鍛冶場を使わせてもらえないか話を切り出す。


「その話か、俺は構わん。だが一つだけ条件がある」

「なんでしょうか?」


 ガルドはいつもの仏頂面であったが、真剣な雰囲気を察してトーアは居住まいを正した。


「俺やイデル、トラース、ミデールに鍛冶をしているところを見せてくれ」

「それは……もちろんです」


 出された条件はトーアが鍛冶場を借りる、唯一とも言っていい条件だった。

 笑みを浮かべて頷くと様子を窺っていたのか、イデルやトラースが顔を覗かせた。


「結局、勝負する事になったんだ」

「うん、まぁ……エレハーレの鍛冶屋組合が協力してくれるみたいだしね」

「僕もちょっと楽しみだよ」


 実は私もとトラースの言葉にトーアは笑みと共に返した。


「鍛冶での勝負なんて、迷宮都市や王都でやってるやつしか聞かないな」

「同じような事があるんですか?」


 イデルが漏らした言葉に首をかしげる。

 今回やるような『獣斬り』のような事を大々的にやれるような下地が王都や迷宮都市、ラズログリーンにあるのか、想像できなかった。


「いや、それぞれ争う観点は違うんだがな……王都のほうは完全に扱う側の技量が勝負になってるから、厳密に鍛冶での勝負とは言いにくいしな」

「あぁ……という事は鍛冶師の腕前を測って勝負をするというのは珍しいという事ですか」

「そうなるな。エレハーレでも結構、噂になってるみたいだぞ。灰鋭石の硬剣フレッジブレードの事で話題になったトーアの剣がオークションにだされるかもしれないって方が話題になってると言えばそうなんだがな」


 そこまで付加価値がある物になってるのかと、トーアは頬を掻いた。


「トーアが鍛冶をするってことになれば、また他の所の奴等が来るんじゃ……」

「そうかもしれんな。予定を調節できるようにしておくか」


 イデルの呟きにガルドは頷いて、帳簿の確認のためか立ち上がる。


「手間をかけてすみません」


 立ち上がってトーアは頭を下げる。気にするなと言ってガルドは食堂から出て行った。


 その後、トーアは月下の鍛冶屋での仕事を終えて夕凪の宿に戻ると、ちょうど入り口でアメリアと一緒になる。朝は晴れやかな表情をしていたものの、今はその表情は曇っていた。


「いい店がないわ。女だっていうだけで門前払いする店もあって……」

「うーん……なら『白銀の煌』か『フェンテクラン商店』に行ってみたらどう?」


 夕凪の宿の酒場に入りながら、灰鋭石の硬剣フレッジブレードの一件の際に出会った、レガーテ・ガンド・カテーナが店主の『白銀の煌』と、アリシャ・フェンテクランが店主の『フェンテクラン商店』の名前をだす。


「『白銀の煌』と『フェンテクラン商店』?」

「女性が店主の店だよ。灰鋭石の硬剣フレッジブレードの時に知り合ってね」


 レガーテは鍛冶師としての技量をもってアメリアと反りが合うかもしれないし、アリシャの抜け目ない性格はアメリアの猪突猛進気味なところをうまく制御できるかもしれないと思っての提案だった。


「明日探してみるわ、ありがとう」


 テーブル席に座りながら礼を言うアメリアにトーアは気にしていないと首を横に振った。




 次の日、アメリアは早速トーアが教えた店に行ってみると朝食を掻き込むようにして食べたあと夕凪の宿を出て行き、ギルとフィオンは昨日と同じように模擬戦をすると言って用意を整えギルドへ向かったようだった。

 そして、トーアは昨日と同じように月下の鍛冶屋で店番をしていた。


――私だけなんだか動きがないような気がしてきた……。


 そういった焦りからという訳ではないが、トーアは腕慣らしでもしようと手隙となったときにガルドに鍛冶場を使いたいことを切り出した。


「ガルドさん、明日、炉を使わせてもらえないでしょうか」

「明日か……いいだろう。だが決闘の日付はまだ決まっていないはずだが、別件か?」

「あ、別件と言えばそうなんですが……この頃、鍛冶をしていなかったので腕慣らしに自分が使う手甲を作ろうかと思いまして。あ、鍛冶をするところを見るのはもちろん、構いません」

「そういう事か、わかった。炉を使うことに関しては構わん」


 ガルドが重々しく頷いたので、トーアはほっとする。

 決闘が時間の問題となってきたので、最良の状態にしておく必要があった。そこで腕慣らしついでに自身の装備の充実を図るつもりだった。

 その後は何時も通りに仕事を終えて夕凪の宿に戻る事になる。一番最初にトーアが宿に戻ってきたのか、他の三人は誰も酒場に居なかった。


「ふぅ……」


 そういうことならとトーアはいつものカウンター席に座る。


「おう、お疲れさん。トーアとアメリアの決闘、エレハーレで話題になってるぞ」

「え、もうそんなに話が広まってるの?」


 カウンターでグラスを磨いていたベルガルムが頷く。


「ああ、灰鋭石の硬剣フレッジブレードの時よりも話の広がりは早いな」


 悪い事でもないが、良い事でもなさそうとトーアは顔を顰める。


「前よりも人が集まるだろうよ。……まぁ、俺は店があるからな見に行くのは難しそうだがな」

「ああ……」


 少し残念そうにするベルガルムにトーアは、無理に来てみたらどうかとは言えなかった。どんな時でも店を開いて行くというベルガルムの心意気のようなものを感じたからだった。


「大丈夫だぜ、ベルガルム!俺達が詳しく話してやるからよ!」

「おう、頼むぜ!まーた、トーアが何をしでかしたか詳しく教えてくれよ!」


 すぐに酒場に居た常連客の言葉にベルガルムは歯を見せて笑った。その言葉の中に聞き逃せない事がありトーアはむっとする。


「ちょっと!何をしでかしたかなんて、人聞きの悪い事言わないでくれる!?」

「だがなぁ……トーアが関わった事で何事もなく平穏に終わった事は……なぁ?」


 磨いていたコップを置いて腕を組み、肩をすくませてベルガルムは尋ねるように酒場の客達に声をかけた。


「ああ、ゴブリン騒動の時は大立ち回りをしたしな」

「んで、次はギルド付を断ってギルド長の金で大宴会。ありゃ、俺達も楽しめたがよ!」


 下品な声を上げて笑いだす常連客たちにトーアは思いっきり眉間に皺を寄せていた。


「マクトラルのところの嬢ちゃんが弟子入り、かと思えばエレハーレから出て行くしな」

「まぁ、それもあの・・ギルビットを連れてすぐに戻ってきて、すぐに灰鋭石の硬剣フレッジブレード騒動だろう?いやはや、あれの時は肝が冷えたぜ……」

「そして、次はエレハーレ中の鍛冶屋を巻き込んでの決闘騒動と来たもんだ。俺達は酒の肴に事欠かなくていいけどよ」

「うぐぐぐ……」


 常連達の見事な連携を見せた指摘にトーアは唸るしかなかった。


「まぁ、何かのたびに面白い事をやりやがるトーアは、エレハーレじゃ人気者ってことだ」


 楽しげにまとめるベルガルムにトーアは大げさに溜息を吐いた。


「人気者っていうよりも客寄せとか、見世物みたいなもののような……」

「どこぞの貴族の坊ちゃんみたく嫌われるよりは遥かにましだろうよ」

「それはそうだけどね……」


 流石に『次の活躍をお楽しみに!』と言えるほど、ふざける事は出来ないトーアはそう言って言葉を濁した。


――もう少し自重すべきなのかなぁ……でも今回の事はほとんどアメリアが原因のような気もするし……。


 トーアが腕を組んで考えにふけって唸っていると、アメリアが夕凪の宿に戻ってくる。


「どうしたのよ、そんな唸って考え込んで……はっ……!まさか、今回の勝負でどんな剣を作ろうか考えているのかしら!?」

「……勝負に使う剣の形状は決まってるでしょ」


 はっとした表情のアメリアに冷静に突っ込んだトーアは、原因を考えるのは不毛かと思い、小さく息をついた。

 それもそうねと納得した様子のアメリアに、トーアはベルガルムに視線を向けて小さく肩をすくめる。ベルガルムもまた頬を浮かせて笑っていた。

 隣の席に座ったアメリアの機嫌の良さそうな表情に昨日、レガーテ、アリシャの店を教えたことを思い出した。


「そういえば、どうだった?レガーテさんとアリシャさんには会えたの?」

「もちろんよ。先にフェンテクラン商会のほうに行ったら、アリシャさんがすぐに出てきたわ。それで実際に腕前を見たいと言われて短剣を打つことになって、見せ付けたわけよ!」


 ベルガルムにお酒を頼みながら上機嫌で話すアメリアは自慢げに豊満な胸を張る。


「ふふふ、あの鍛冶師たちの驚いた顔を見せてあげたかったわ。そのあとはとんとん拍子に話が進んで、鍛冶場を貸してもらえることになったの」

「アリシャさんのところで働くの?」

「いいえ。決闘で名前を売って、私の実力を思い知らせた後に決めようとおもうわ」


 決闘を見世物にしないでと言っていたアメリアだったが、利用できるものは利用するつもりらしい。ちゃっかりしてるなぁと苦笑いを浮かべながらトーアは、ベルガルムにつまめるものを頼んだ。




 日が変わって翌朝、トーアはガルドに頼んだ鍛冶の用意をして、炉の前に座っていた。

 傍らにはインゴットを並べてあり、炉は赤々と燃えている。


「えー今回は、今までの武器ではなく防具、元々ある皮手袋に縫い付ける鉄板を作ります。枚数は複数用意して一部が重なるようにして革手袋に縫い付けます」


 月下の鍛冶屋の面々に今回作成する防具を説明する。

 トラースが目を輝かせながら挙手をしていたので、話すようにと目を合わせて小さく頷く。


「トーア、手甲にするなら一枚にして簡単に縫い付けるようにしないんだ?」

「主に柔軟性を持たせたいのと、後は破損した箇所を交換することで修理のしやすさを持たせたいからかな」


 なるほどと頷くトラースの横で、ミデールが手を上げていた。


「はい、ミデールさん」

「手甲にするというが、どれくらいの範囲で覆うんだ?」

「手の甲の半分くらいから二の腕にかかるくらいまで覆う予定ですね。あとは手のところに剣を使う上で邪魔にならない程度に拳当てをつけます。拳当ては……まぁ、私専用だからというところです」


 本来のトーアの戦い方にも関わって来る部分のため、特にその部分は手を抜かずにしっかりと作る予定だった。

 納得したように頷くミデールを最後に質問がなくなったので、トーアは早速、作業に入った。

 剣と異なり鎧の鍛造では湾曲をつけたり、革紐を通す為の穴を用意したりと複雑な作業もある。

 だがトーアはやや厚めの鉄板を造り、形状を整えてと次々に作業を進めていった。


――ああー……やっぱり物作りは楽しいなぁ……。


 焼き入れと焼き戻しを行った手甲の部品を眺めながら、トーアはしみじみと思う。半月ほどの時間はブランクにもならず、納得の行く出来栄えになっていた。


「こうして並べると完成像がわかるな……」


 徐冷中の手甲を眺めたイデルがぼそりと呟く。組み合わせがわかるようにトーアは並べているため、容易に完成像は想像できるはずだった。

 徐冷を済ませた後、表面を磨き、ウィアッドで譲ってもらったグローブに革紐を通し縫い付けて行く。作業を覗き込んでいたフォールティは、トーアの傍で首をかしげていた。


「既存のグローブに手甲部分をつけるので商売にならないかな」

「どうでしょうか……結構、注文を取ったり手にあわせたりすると普通と同じくらいの手間がかかる気もしますし……。あと傷んだグローブには難しいと思います」

「確かに……うーん、手甲付グローブのレシピの改良でこうしてできるなら、もう少し煮詰めてみようかな」


 首をかしげて考え込んだままのフォールティを横目にトーアは革紐で調整をして、手甲付のグローブを完成させる。


「よし……」


 身につけて調子を確かめたトーアは満足げに呟いた。

 腕の動きを妨げずしっかりとフィットした手甲部分と剣をにぎっても邪魔にならない拳当てに、その場で構えを取り拳をまっすぐに突き出す。パンっと乾いた音が響き、思案に暮れていたフォールティが顔をあげる。


「トーアってまさか剣よりもそっちの方が得意なの?」

「えっと……一応。武術の師匠がこっちが専門だったんです。剣とかの武器の扱いも一通り教えてもらいましたけど……」

「はぁ~……剣で戦うのは手を傷めないためなの?」

「まぁ、そんなところです」


 本当は、剣で戦った方が魔獣の肉や皮をいためずに倒すことができるからだった。フォールティが納得していたので、トーアはそれ以上、何も言わなかった。

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