第八章 好敵手 3
これで決闘の内容については決まったかのように思えたが、ある事が引っかかっていた。
「試剣術については別に異議はないけど、試剣術をしてくれる人やブラウンボアのあてはあるの?」
試剣術も試刀術も“試す人”、“試す剣”、“切断する物”の三つが必要だが、アメリアはそのことについては何も口にしていない。
自信満々のはずのアメリアだったが、表情がどこか引きつっており頬に冷や汗が一筋流れていた。
「まだ決まってないんだ……まぁ、試す人の腕前がよくなければどれだけ良い剣を作っても勝負にならないだろうし……」
ちらりと灰鋭石の硬剣でギルは木板を切断し、ポリラータは切断出来なかった事を思い出す。
「そうよね。まぁ、エレハーレには腕のいい冒険者が居るだろうし、だれかしてくれるでしょ」
「……あと、一番の問題は私もアメリアもフリーの鍛冶師で自分の店どころか、作業が出来る鍛冶場がないって事かな」
「……あ……」
一番重要なことを忘れていたらしいアメリアがこぼした声にトーアは頭を抱える。
「全部揃ってないじゃん……」
「う、う、うるさいわね!じゃぁ、何で灰鋭石の硬剣はできたのよ!?」
「え?あ、あれはー……ガルドさんの厚意で月下の鍛冶屋の鍛冶場を使わせて貰えて」
「そういうこと……」
さすがに個人的な勝負で再び鍛冶場を借りようとはアメリアは言い出さなかった。だがいざ始めるとなると問題が山積し、一向に目処が立たない状況にため息をついていた。
「おう!そういうことなら、俺に任せてくれ!」
「え、あ、り、リグレットさん?」
いつの間にか店の入り口に立っていたリグレットがサムズアップと共にカウンターに近づいてくる。
店の前には荷馬車が停められており、昨日注文した品物を届けに来たことが窺えた。
「トーアもまた面白そうな事をやってるな。灰鋭石の硬剣の時みたく人を集めれば何とかなるんじゃないか?」
「ちょっと、私とトーアの決闘を見世物にしないでくださらない!?」
アメリアはむっとして声を荒げる。
灰鋭石の硬剣の時と同じという事は、見世物と言うよりも販促と言ったほうがいいのかもしれなかった。
「まぁまぁ、だが決闘はできると思うぜ?」
「……なんですって?」
「エレハーレには鍛冶屋の組合、エレハーレ鍛冶屋組合ってのがあるんだが、そこの協力を得られれば鍛冶場は都合が付くと思うし、人が集まればギルドに依頼を出して、ブラウンボアも試し切りを行うだけの技量を持った人間も見つかるだろうしな」
リグレットの説明にアメリアは考え込んでいるようだった。まったく目処が立っていなかった決闘がにわかに現実味を帯び始めたことにうっすらと笑みが浮かんでいる。
「でも、私は組合に所属していないわよ?トーアもでしょう?」
アメリアの問いかけに頷く。そもそもエレハーレにそのような組織がある事さえも今まで知らなかった。
「それなら大丈夫だ、俺が口利きというか話をもっていくからよ。灰鋭石の硬剣の一件でみんな協力的だとは思うしな」
「なら、大丈夫かしら……」
すでに決闘を行うことについては決定らしく口を挟んでも無駄だろうなという諦観がトーアの胸を占めていた。
「流石に少し時間をもらわんとダメだがな」
「時間については私は問題ないわ。これくらいしか予定はないもの。むしろ問題があるのはトーアよ」
「え、私?」
何か時間に問題があっただろうかと内心、首をかしげる。
「パーティの二人のギルドランクが昇格したら街をでていくんでしょう?」
「まぁ、そうだけど決闘が終わるまでは街に居るよ」
「ならいいわね。……決闘が終わるまでという事は、私と決闘する気になったのね!」
とても嬉しそうなアメリアの声色に口を滑らせたと思いながらトーアは口を押さえる。
「騒がしいと思えば、トーアもリグレットも来ていたのか」
「あ、ガルドさん、おはようございます」
ガルドが店の奥から姿を現す。トーアよりも先にアメリアが居たのは知っていたらしく小さく息をついていた。
「おう。昨日頼まれたもの持ってきたぜ。今もって来るからよ」
先に商売の話を済ませることにしたらしいリグレットは一度、店から出て一つの木箱を持って戻ってくる。
「確認してくれ」
「……何時も通り、いい仕事だ。トーア、倉庫のほうへ運び込んでくれ」
「はい」
リグレットと、リグレットの店の従業員の男性が運び込んでくる鉄のインゴット等の素材を満載した木箱をトーアは二つ同時に持上げて、倉庫へと運んで行く。アメリアが目を見張って口を開けて驚き、最初は同じように驚いていたリグレットがアメリアの肩を叩いていた。
のちほどガルドとイデルの手によって棚に移されるため、トーアがする仕事は倉庫に運び込むだけである。
すべての木箱を運び終わった頃にはリグレットの姿はなく、アメリアが店内に置かれた武器や防具を真剣な顔で眺めており、ガルドはカウンターで、帳簿のようなものにペンを走らせていた。
「ガルドさん、全部運び終わりました」
「ああ。掃除を済ませた後は、店の札を開店に変えておいてくれ」
「わかりました」
そう言ったガルドは立ち上がり、鍛冶場の方へと歩いていった。トーアは掃除用具を手に取った。
剣を真剣な表情で見ていたアメリアは視線を上げて、トーアに近づいてくる。
「リグレットさん?の話じゃ、明日には話をまとめてくるって言ってたわ」
「仕事速いなぁ……」
思わず苦笑いを浮かべる。
「私もそろそろ行くわ」
「あ、うん、それじゃ」
「ふふふ……勝負の時が楽しみね!」
そう言い残してアメリアは颯爽と店を出て行った。
扉が閉まり、店内に静けさが戻る。どっと疲れが押し寄せてくる感覚に思わず息を吸って、大きく吐き出した。
「……なんだか朝からどっと疲れたような……」
肉体的というよりも精神的な疲れを感じながらも、開店のために店内の掃除を始めた。
何時もよりもだいぶん手が空く事が多くなった月下の鍛冶屋の仕事を終える。灰鋭石の硬剣の一件が起きる前と同じくらいの水準になりつつあり、今後、予定している依頼も少なめになっていた。
仕事後の程よい疲れと充実感を感じながら、夕凪の宿に戻りスウィングドアを押して酒場に入る。
「遅かったわね、リトアリス・フェリトール!」
かけられたアメリアの言葉にその場に膝を着いてしまいそうになるのを、トーアはなんとか耐える。アメリアはいつもトーアが座っているカウンター席の隣に座っており、既に戻ってきていたギルとフィオンは揃って苦笑いを浮かべていた。
「どうしてここにアメリアが……?」
脱力感を覚えながらもいつもの席に腰掛ける。アメリアの前には干し肉と蒸留酒が置かれていた。
「一緒の宿の方が、色々と相談もしやすいでしょ」
「まぁ、そうだけどさ……」
もっともな答えにがっくりと肩を落とす。
「ギルドの推奨宿だし、値段も安いし良い事ずくめね」
「ああ、うん……いいんじゃない」
上機嫌でコップを口に運ぶアメリアに、振り回されてるなぁと思いながらトーアは笑って小さく溜息を付いた。
翌日、トーアがギルとフィオン、アメリアと共にテーブル席で朝食であるベーコンエッグとパンのセットを食べていると、リグレットが夕凪の宿にやってくる。
「おう。決闘についてなんだが、草案はこんな感じだ」
トーア達が座っているテーブルにつきながらリグレットが一枚の紙を置いた。『試剣術による決闘について 草案』と書かれており、決闘のルールやその他、必要な場所や物、人について書かれていた。
―試剣術による決闘について 草案
作成 エレハーレ鍛冶屋組合
一、リトアリス・フェリトールとアメリア・マクトナーの決闘は、アラミネ流試剣術『獣斬り』による、剣の切れ味を競うものとする。
二、公平を期するため、両名は規定された形状の刀身を作成し、剣は他の鍛冶師の手によって完成させる。形状以外の工夫については制限を設けない。
三、刀身の運搬、決闘の審判や進行、決闘までの剣の保管などは冒険者互助組合に依頼する。
四、ブラウンボアの入手についてはクエストを発行し、数体のブラウンボアを用意して同じ大きさの個体を選別する。選別から漏れたブラウンボアは市場へ出して現金化し、依頼を受けた冒険者へ追加報酬とする。冒険者が望む場合は、ブラウンボア自体を渡すのも可とする。
備考一、リトアリス・フェリトール、アメリア・マクトナー両名はエレハーレの鍛冶屋に所属しない鍛冶師であるため、鍛冶場の提供の必要がある。
備考二、試し切りの依頼は、ギルビット・アルトランに指名依頼を出す予定。その際に条件として断っても良いことを追加する事。
備考三、リトアリス・フェリトール、アメリア・マクトナー両名の承諾を得た場合、決闘に使われた剣をオークションにて販売する。売り上げは全額、両名に渡す事。なお決闘で破損した場合はオークションは行わない。
一日も満たない時間でわりとしっかり決められた内容に、エレハーレの鍛冶屋組合は何を期待しているのだろうかとトーアは朝から溜息をつきたい気分にかられる。
「ふぅん、オークションの売り上げを全額渡すだなんて、ずいぶん太っ腹ね」
「ああ、それはあっさりとそう決まったんだ。どこの店もトーアのお陰で儲けさせてもらってるのに、当の本人には半銅貨一枚入ってなかったからな。心苦しく思っていたわけさ」
「へぇ……灰鋭石の硬剣の事でだいぶん、儲けてるようね……」
「そりゃぁ、もうな!」
歯をみせて笑うリグレットにトーアは結局、こっそりと溜息をついた。
「まぁ、それでもブラウンボアを輪切りにするような『獣斬り』をして剣が無事かどうかなんてわからないんだぞ?」
「ふん!その程度で折れるような剣を私が作ると思ってるの?その程度の腕前なら勝負なんて挑んだりしないわ」
自信満々に豊満な胸を張るアメリアを見てリグレットは頷いた後、トーアへと視線を向けてくる。その表情はどこか探るかのような不安をにじませていた。
アメリアに向けた言葉と同じように折れるような剣を作ると思われているのかと、トーアは怪訝に思う。
「トーアも剣をオークションに出してもいいか?」
「え、あ、かまいませんよ。灰鋭石の硬剣の時と違って普通の鋼の剣なら別に……」
トーアがオークションに剣を出さないと言う事がリグレットの不安だったとわかったが、なぜそんな風に考えたのかわからなかった。
「そうか。良かったぜ、灰鋭石の硬剣の時みたいなことになるかと心配になってたんだ」
「あれは……色々ありましたし」
「そういう気持ちになるのもわかるがな。あの一件のせいかトーアの打った剣には希少価値が出てる。ギルビットやフィオーネの持つ剣を買い取りたいと言い出した奴も居たとおもうぜ」
「……本当なの?」
初めて聞いた話に、同席していたギルやフィオンに視線を向ける。ギルは小さく頷き、フィオンも申し訳なさそうに俯き気味に頷いた。
「でもトーアちゃんが私のために作ってくれた剣だから、白金貨を何百枚積まれたって手放したりはしないよ!」
顔を上げたフィオンの言葉にギルも頷く。ほっとしたような嬉しいような気持ちでトーアはありがとうと返した。
「という事は、トーアの剣が初めて市場に出るわけか……こいつは面白い事になりそうだぜ!……アメリアは自分の剣を売った経験はあるのか?」
「ここに来る前は王都の店に所属して鍛冶師をしていたから、それくらいはあるわ」
「王都に?……お前さんもいろいろ事情があるみたいだな」
腕を組んで眉を寄せるリグレットからアメリアは視線を逸らしていた。
「そんな事よりもオークションに出すまで剣は無事なのかしら?」
挑戦的な視線と言葉を向けてくるアメリアに、トーアはうっすらと笑った。
「私が折れるような剣を作ると思ってるの?」
アメリアと同じような返答に驚きながらも同じように笑みを浮かべる。
「それもそうね、そうでないと私のライバルじゃないわ!」
「……ライバル……」
ライバルかどうかについては横においておく事にしたトーアは、草案が書かれた紙に視線を戻した。
「僕としては、色々と気になる事が書かれてるんだけどな……」
困ったような笑みを浮かべるギルの言葉にトーアは頷いた。
「指名依頼ってこんな簡単に出していいものなの?」
「まぁ、別に規則があるわけじゃないが、多少クエストの報酬に色をつける必要があるくらいだな」
「今日、ギルドに行ったらこの話が来るかな」
憂い顔でギルは小さく溜息を付く。このような形で巻き込まれるとは思っていなかったらしい。
「おそらくな。朝のうちに依頼を出す予定だから、遅くても昼までにはクエストになって宿かギルドで話を聞くことになるぜ」
「まぁ、灰鋭石の硬剣の一件で名前が売れたってことだろうし……仕方ないかな」
ちらりとギルは隣に座るトーアに視線を向けたあと、呟いた。
「まぁ、ギルビットがクエストを受けたとしてもまだ準備に時間がかかるんだがな……」
「ブラウンボアの用意のこと?」
「それもある。一番の問題は、トーアとアメリアの鍛冶場だ。どこかが名乗り出てくれればいいんだがな」
草案には必要があるとだけ書かれており、対策は何も考えられていないようだった。トーアとしては懇意にしている月下の鍛冶屋の鍛冶場を借りたいところだった。
「自分の城に見知らぬ鍛冶師を入れたくないっていうのはわからなくもないけどね」
アメリアの呟きに声を漏らしそうになる。そういう考えならば月下の鍛冶屋のガルドはどのような気持ちでトーアに腕前を見せてほしいと言ったのか、すぐには想像できなかった。
「トーアは、月下の鍛冶屋に頼めばいいんじゃないかしら」
「え……う、うん、今日、頼んでみようかな」
「トーアの方はそれでいいとしても、問題はアメリアだな」
リグレットの言葉にアメリアは肩を竦めて見せる。
「当分エレハーレで生活する予定だから、働く場所を探すついでに鍛冶場を貸してくれる店を探すわ」
「すまねぇな。とりあえず、この方向で話は進めるからよ、連絡は宿か直接伝えるからな」
トーアがアメリアと共に頷くとリグレットは決まったことを伝えるためか椅子から立ち、足早に酒場を出て行った。
「じゃぁ、今日は……私は何時も通りだし、ギルは?」
「依頼を受けなきゃならないし、他のクエストを受けるのもね……」
「ならギルさん、今日は訓練しましょう!」
どうするか考えていたギルにフィオンは手を挙げて提案する。
「まぁ、そうだね。クエストを受けたらそのままギルドの裏で訓練にしようか」
「はいっ!」
この頃、何かをつかめてきたのかフィオンの表情は明るい。ギルの先を歩いて森を進む事も多くなったとトーアは話を聞いていた。そして、模擬戦も何度かしているが、驕りとなるようなところは見えず、剣筋もしっかりしてきていた。
「アメリアは……鍛冶場探しだね」
「そうね。言ったとおり、ついでに働く場所も探してくるわ」
ついでなんだと思いながらトーアはギルたちと一緒に席を立って、それぞれの部屋で準備を整える。
月下の鍛冶屋へ行く準備をしながら、決闘という話が現実味を帯び始め、どのように剣を作るか考え始めていた。
――こういう決闘も新鮮だけど……やっぱり負けたくはないし。
CWOではアイテムランクやアビリティのレベルがプレイヤー達の指標であったので、アメリアのような勝負を持ちかけられる事は一度もなかった。
だからこそトーアは自然と笑みが浮かぶほど、勝負の日が楽しみになっていた。