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第八章 好敵手 1

 砥ぎあげられた剣を受け取り、依頼主である冒険者は出来栄えに満足そうに頷いた。


「ありがとうございました」


 顔を輝かせて店を出て行く冒険者を見送り、トーアはカウンターの椅子に一息つきながら腰掛ける。

 灰鋭石の硬剣フレッジブレードの一件からすでに半月が経っていたがトーアの生活は特に変化していなかった。

 ギルとフィオンのギルドランク昇格を待ちながら、月下の鍛冶屋での雑用という仕事、ときおり腕が鈍らないようにフィオンと模擬戦をしたり、森へ出かけて狩りをして、夕凪の宿の店主であるベルガルムに売るという生活を続けていた。

 一度、ベルガルムにギルとフィオンの昇格がトーアより遅いのではないかと尋ねたことがあったが、トーアの時の方が特殊でゴブリン討伐による名声やギルド付の思惑があり、通常より早く昇格したと言われた。だが、それでもそろそろ昇格してもいい頃だとも言われ、楽しみに待つことにしている。

 伝票を確認し、先ほどの客が今日、予定していた最後の客だと確認した後、背もたれに寄りかかる。もやもやとした気持ちの理由には気が付いていた。

 大量の木材が足りないせいでホームドアに鍛冶場が作れず、思うように生産が出来ない事もあるが、灰鋭石の硬剣フレッジブレードの原因となったポリラータから何も仕掛けられていない事だった。


――あんな性格だし、何かしてくると思ったのになぁ……。そうしたら容赦なくやれるのに。


 トーアも始めの三日は周囲を警戒していたが、日が経つにつれて警戒し続けてポリラータの影におびえているような生活が馬鹿らしくなってしまった。

 今では帯剣はしているものの、灰鋭石の硬剣フレッジブレードの一件が起こる前と変わらない感覚で生活している。精神的なもやもや以外は。

 ギルドや酒場で耳にした噂では、ポリラータは街から出ていないようだったが、トーアが行動している範囲ではその姿形、影さえも見ることはなかった。


「……嵐の前の静けさって訳じゃなければいいけど」


 平穏な日々は出来るだけ長く続いてほしいとトーアは思った。


 午後からの仕事も店番をすることになる。満腹とうららかな午後の日差しが眠気を誘うが、目を覚まそうと店内の清掃を始める。

 この頃はこのような落ち着いたものになっていたが、灰鋭石の硬剣フレッジブレードの一件が終わった直後は、剣の修理や砥ぎ、新造の依頼など目が回るほど忙しかった。それは全てトーア自身の仕事ではなく月下の鍛冶屋の仕事であり、繁盛していたのはエレハーレの鍛冶屋や商店全体の事だった。

 灰鋭石の硬剣フレッジブレードの一件でトーアが口にした言葉、ギルの試技、ポリラータの情けない姿のどれかがエレハーレに滞在する冒険者の何かに触れたらしく、エレハーレで長く鍛冶屋を営むガルドやカンナも驚くほどの盛況だった。

 扉が開かれる音にトーアは身体を入り口に向ける。そこには朗らかな顔をした男性が立っていた。灰鋭石の硬剣フレッジブレードの一件の際に、トーアとガルドにポリラータの事を警告した男性、リグレットだった。


「よぉ、トーア!いやぁ……忙しいな!」

「こんにちは、リグレットさん」


 忙しいといいつつもリグレットの雰囲気は弾んでおり、苦しさを一片も感じないものだった。

 それもそのはずで、エレハーレの冒険者横丁、特に鍛冶屋小道が盛況の中、かなりの儲けを出しているのはリグレットのような精錬業を営んでる者達である。


「こうも忙しいのはトーアとギル、あとはついでにあの坊ちゃんのお陰ってところだな!」

「は、ははは……」


 会うたびにこの調子なので、思わず乾いた笑いを漏らしてしまう。

 リグレットが月下の鍛冶屋に来たのは注文を取りに来たためで、トーアはガルドを鍛冶場から呼んで来る。


「おう。注文はなんだ?」

「これだ。いつもと変わらんが少し在庫の補充も兼ねてる。ここから先の分はゆっくりでも構わん」


 ガルドが差し出した注文表をリグレットは受け取り、目を通す。


「これくらいならすぐ……明日にでも用意出来るぞ。この頃は注文が多かったから多めに在庫を用意していたからな」

「全部か?」

「おう。まぁ、流石にこの好景気もそろそろ終わりだろうしよ、しばらくは在庫を減らして行く予定だから、いっぺんに納品できるのも今回だけだな」


 リグレットは少しだけ残念そうに呟いていた。すでに灰鋭石の硬剣フレッジブレードの一件から半月は経っている。そのため、エレハーレに滞在している大体の冒険者の剣は砥ぎ上げられ、新造の剣も納品されていた。

 注文表を鞄にしまいこんだリグレットの視線がこちらに向いていることに気が付く。


「どうかしましたか?」

「いやなに、トーアの事を聞いて回っている連中が居るのさ」

「私のことを、ですか?」


 ポリラータが誰かを雇って調べているのかと思ったが、リグレットの表情はどこかおどけたものだった。


「ははは、そんな深刻な顔しなくても大丈夫だ。灰鋭石の硬剣フレッジブレードの一件で、トーアの名前が売れたもんだから、剣を作ってもらいたかったり、雇いたいって奴等が調べてるみたいだぞって言いたかったんだ」

「ああ、そういうことですか……でも、そういう人やって来たことありませんよ?」


 トーアの言葉通り、そのような人物は直接やってくる事はなかった。

 あるとすれば月下の鍛冶屋で店番をしているトーアに驚き、仕事を依頼できるかと確認してくる冒険者がたまに居る程度だった。トーアの答えは灰鋭石の硬剣フレッジブレードの一件で宣言したとおり、仕事は請けていないと丁寧に断っている。

 冒険者は残念そうにするものの、ガルドやイデルの仕事に満足していた。


「調べるうちにトーアがギルドの裏の広場で言った一言に辿り着いて諦めて、エレハーレにある店に行ったりするみたいだぜ」


 リグレットの説明に納得して頷く。考えてみればわかりやすい理由だった。再びリグレットから視線が向けられるが、その表情は先ほどと違い、何かを言いたそうにしており、トーアは首をかしげる。


「いや……なんというか、灰鋭石の硬剣フレッジブレードの時みたいなことをまたやってくれねぇかなって」

灰鋭石の硬剣フレッジブレードのというと、ギルに何かを斬ってもらうってことですか?」

「いや、ギルビットに何かをしてもらおうって訳じゃないんだがな……」


 ばりばりと頭を掻くリグレットにガルドは小さく溜息をついた。


灰鋭石の硬剣フレッジブレードの一件で味を占めたのは構わんが、そうそう何度も起こることではないだろう」

「それもそうなんだけどなぁ…・・・」

「そうですよ。あんなポリラータみたいな人間がそう何度も現れませんよ」

「そうだなぁ。まぁ、この半月でだいぶん儲けさせてもらったし、いろいろな所と顔つなぎは出来たしな」


 満足げに笑い始めるリグレットに釣られて、トーアも笑い始める。だが首筋にぞわりとした寒気を感じて口を閉じ、首筋をさする。


――なんだろうこの感じ……すっごい嫌な予感がするんだけど、フラグが立ったとかじゃないよね?


 ひとしきり笑ったリグレットは上機嫌のまま、店を出て行った。ガルドは店番を頼むと言って鍛冶場へと戻って行く。嫌な予感については置いておく事にして、トーアはカウンターに座る。


「ん……?」


 月下の鍛冶屋の扉の前に立つ人影に気が付き、思わず目を細める。扉の前に立って見上げている様子から看板を確認しているようだった。

 料金表の紙を取り出そうとカウンターの下を覗き込んだ瞬間、扉が吹き飛ばされるような勢いで開かれる。

 驚きながらも咄嗟にカウンターの下に立てかけておいた剣に手を伸ばし、柄に触れた。店の入り口に立っているのは真っ赤な髪を後ろで纏めた女性で、強気な瞳は灰鋭鋼を熱したような赤に僅かに黄色が混じった色をしていた。

 足音を響かせながら女性は店内に入り、そして、真っ直ぐにトーアが座るカウンターへとやってくる。

 トーアはポリラータが何か仕掛けてきたのかと思ったが女性の肌は僅かに小麦色に焼けていることに気が付く。視線が下へと移して行くとある一点で視線が捉えられる。

 呼吸をするたびに僅かに柔らかく揺れる豊満な胸に見惚れ、思わず視線だけで自身の胸のサイズを確認したトーアは、悲しげに小さく溜息を付いた。


――こうなる事がわかってたら、転生の時にもう少し大きくしておいた方がよかったかな……。


 少し後悔しそうになったが、今はそんな場合ではないと豊満な胸を張って仁王立ちする女性に視線を戻す。自信溢れる表情に厄介事のにおいしか感じず、内心嘆息した。


「ここでリトアリス・フェリトールが働いていると聞いたんだけど」

「リトアリス・フェリトールは私です」


 女性の問いかけに警戒しつつも正直に答える。

 偽ったところで面倒くさい事になるのはわかりきった事だった。


「あなたが、リトアリス・フェリトール、ですって?」


 何に驚いたのか女性は目を丸くさせながらも、カウンターから見えるトーアの身体に視線を走らせて、ふっと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。その笑い方にトーアはこめかみが痙攣するのを感じた。

 思わず口を開こうとすると、女性は真っ直ぐにトーアを指差す。


「リトアリス・フェリトール!あなたに鍛冶での決闘を申し込むわ!!」

「……は……?」


 女性の大きな声での宣言が理解するどころか、思考が完全に停止する。


――え、えーっと……鍛冶での勝負ってことは、剣の見栄えを競うとか?それとも切れ味の勝負かな?まさか鍛冶の手順を競うという訳でもないだろうし……。


 思考が完全停止しつつもどこか冷静に『鍛冶での決闘』について考えながらも眉がハの字になっていた。

 トーアの口を開けたまま眉を寄せるという状態に女性は怪訝に思ったのか、顔を顰める。


「……聞こえたかしら?」

「あ、はい。聞いてます」


 一応とトーアは声に出さず付け加えた。


「なら、どうなの!私と決闘するの?しないの!?」


 ばんっとカウンターを叩き、身体を乗り出した女性にどう答えていいものか咄嗟に思いつかず閉口する。受けても断っても面倒くさい事ばかり起こると、嘆きつつも何か答えようと口を開けるが、よい答えも思いつかず再び、口を閉じた。


「なんだ、騒がしい」

「……すみません、ガルドさん」


 女性の声が鍛冶場まで響いたのか、顔を顰めながらガルドが店舗側に現れた。


「あなたは?」

「この店の主人だ。ガルド・バリス・ガロンという。鍛冶で決闘という言葉が聞こえてきたが、どんな内容で勝負するのか決めているのか?」


 腕を組んだまま鋭い視線を向けるガルドに女性は開いていた口を閉じ、言いよどんだ。


「それは、その……えーっと」


 女性のわかりやすい態度にトーアは考えてなかったのに決闘を申し込んだのか!と呆れつつ、じと目で女性を見る。


「そういうのは決めてから申し込むものだ。受ける側もどうしていいかわからなくなるだろう」

「う……わ、わかってるわ、そんなこと!」


 ガルドの説教じみた言葉に女性はたじたじとなりながら、うな垂れた。話は終わりという事なのか、ガルドは背を向ける。


「トーア、フォールティが皮切り包丁の砥ぎを頼みたいそうだ。やってくれないか」

「あ、はい……」


 顔だけを向けて呟いた言葉にトーアはうなずきそうになるが、ちらりとうな垂れたままであろう女性に視線を送る。だが女性は目を輝かせて顔をあげていた。


「……リトアリスが砥ぎをするの?見学してもいいかしら?」

「作業場のものに手を触れなければ、俺はかまわん」


 深い溜息のあとガルドは了承する。トーアも断る理由が思いつかず首を縦に振る。

 女性を部屋へと案内すると、すでにフォールティが砥いで欲しい革切り包丁を机の上に並べていた。


「トーア、ガルドさんから話を聞いた?……そちらの方は?」

「あ、えーっと……」


 紹介しようとしたトーアだったが決闘を申し込まれるというインパクトのある出来事のせいで、自己紹介を済ませていないことに気が付いた。


「私の名前は、アメリア・マクトナーよ。リトアリスの事は噂で聞いてるわ。トーアと呼んでもいいかしら?」


 頷くトーアに女性、アメリアは笑みを浮かべる。それととアメリアは敬語を使わなくていいと付け加えた。フォールティとも自己紹介を済ませたアメリアは、トーアが砥ぎをするように急かした。

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