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第七章 灰鋭石の硬剣 12

 ギルド長が三枚目の木板に問題がない事を確認して離れた後、ポリラータは足音を響かせるようにして木板の前に立つ。鞘から灰鋭石の硬剣フレッジブレードを抜いて、鞘をそのまま投げ捨てる。

 木板の前に立ったポリラータの構えは、動揺からか一回目の時よりも酷いものでトーアはある事への不安が増した。


「ぐっ……りゃぁぁぁぁぁっ!!」


 掛け声とともにポリラータは灰鋭石の硬剣フレッジブレードを振り上げて、振り下ろす。だが木板が灰鋭石の硬剣フレッジブレードの刃を弾き、一度目のように刺さりもしなかった。

 さらにはパキンという乾いた音と共に灰鋭石の硬剣フレッジブレードの切っ先、数センチが折れる。切れなかった衝撃からポリラータは再び灰鋭石の硬剣フレッジブレードから手を離していた。

 折れた刃先が地面に突き刺さったのを見て、トーアはずっと不安だった事が現実になりぎりっと歯を食いしばった。

 こんな事の為に灰鋭石の硬剣フレッジブレードを作ったのはトーア本人であったが、やはりそれ以上のことをなさないままに、折れてしまった灰鋭石の硬剣フレッジブレードに申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。

 誰にも聞かれないようにトーアは小さく、小さく溜息をついた。


「くっ……!?」


 切れなかった事に焦ったような表情をしていたポリラータだったが、刃先が折れた事に気が付いてすぐに勝ち誇ったような笑みを浮かべ、トーアに近づき口を開こうとする。


「待て」


 だがそれをギルにとめられ、睨みつけるような視線をポリラータはギルに向けた。ギルの手にはいつの間にか投げ捨てられた鞘があった。トーアはそのギルの行動に驚きつつも、行く末を見守る事にした。

 ギルは地面に落ちた灰鋭石の硬剣フレッジブレードを取り、手にした布で刃についた土を払った後、鞘に納める。

 無言のまま灰鋭石の硬剣フレッジブレードを左手に持ち、木板に向かう。辺りから切っ先が折れた灰鋭石の硬剣フレッジブレードで何をするのかと言った視線が集まる中、ギルは木板の前で腰を落とした。

 そして、トーアだけが捉えられたであろう速度で、灰鋭石の硬剣フレッジブレードを抜刀し、勢いのまま真横に薙ぐ。勢いを殺さずに上から下へと振り下ろした。

 切っ先が折れた状態の灰鋭石の硬剣フレッジブレードでも質が変わりない事を証明してみせる気だとその時、トーアは察する。思いがけない援護にうっすらと笑みを浮かべた。

 ギルが再び灰鋭石の硬剣フレッジブレードを鞘に納めた瞬間、木板は四つになって崩れ落ち、大きな音を立てる。ギャラリーはあの刹那に木板を縦と横に切断した事、それも切っ先が折れた灰鋭石の硬剣フレッジブレードで行った事に言葉が出てこないようだった。

 一回目の時と異なり喝采はなく、小さく囁きあうようなざわめきがあたりから沸き起こった。


灰鋭石の硬剣フレッジブレードには何も問題はないようだが?」


 実演をもっての有無を言わさないギルの言葉に、ポリラータはわなわなと震えながら顔を真っ赤にしていた。


「ッ……い、板に細工がっ……」

「ギルド長が確認していましたよね。それを疑うんですか?」


 ポリラータの言葉にトーアはうっすらと笑みを浮かべて問いかける。ギルド長は珍しく顔を顰めてポリラータを睨みつけていた。


「そ、そもそもおまえのような人間が作った灰鋭石の硬剣フレッジブレードが良い物な訳……」

「ジルグレイ氏の目利きを疑うんですか?貴方が連れてきたのに」


 どうしようもないという風に溜息を付き肩をすくめたトーアは、言い訳を重ねようとするポリラータに向けて小さく首を横に振った。


「もういいでしょう。私の提示した条件を達成できなかったのだから、灰鋭石の硬剣フレッジブレードは渡せません」


 切っ先が折れた灰鋭石の硬剣フレッジブレードをギルから受け取ったトーアは静かに抜いた。折れた切っ先を見たトーアはやるせなさに溜息をつく。


「もともと灰鋭石の硬剣フレッジブレードは扱いが難しい武器です。充分な性能を発揮するには毎日の手入れは必須ともいえます。あなたが差している剣を見たことがありますが、たとえどんな名剣を手に入れても充分な性能を引き出すことはできないでしょう。……自分の未熟な腕を棚にあげてね」

「な、なんだと!?」


 激昂し近づこうとするポリラータだったが、トーアは真っ直ぐに灰鋭石の硬剣フレッジブレードの切っ先を向け、睨みつける。

 怯んだように足を止めたポリラータにトーアは言葉を続けた。


「前に折れたという灰鋭石の硬剣フレッジブレードも決して剣が悪かった訳じゃない、もちろん、それを打ち上げた鍛冶師の腕だって立派な灰鋭石の硬剣フレッジブレードを作り上げるだけのものがあった。唯一、そして、一番足りなかったのは……灰鋭石の硬剣フレッジブレードを扱おうとする貴方の腕前だけ。それを棚に上げて、誹謗中傷するなんて……冒険者の風上にもおけない」


 湧き上がる怒りのまま、トーアはポリラータを威圧する。顔を真っ赤にしていたポリラータだったが、見る見るうちに顔を青ざめさせ、後ずさる。


「まだ、何かありますか?」

「っ……くぅ……このっ!覚えていろ!!」


 月並みの台詞を残し、ポリラータは逃げるようにギャラリーを掻き分けて広場から去って行った。

 トーアはそれをみて、ふんと鼻を鳴らす。抜いた灰鋭石の硬剣フレッジブレードを鞘に納め、折れた切っ先をそっと拾い上げ、タオルに包みこんだあと二重にした革袋にいれた。


――折れてしまったらもう、どうにもならないか。


 小さく息をついたトーアは、少しだけ晴れない気持ちを抱えながらも近づいてくるガルドたちに顔を向ける。


「トーア、すまんな」


 ガルドの言葉は、逃げ出す事しかできなかった鍛冶師の名誉を回復しようとしたトーアの言葉に礼を言っているのだと気が付く。ガルド以外にもレテウスやリオリム、レガーテ、アリシャ、そして、エレハーレの鍛冶師たちが頷きながら礼をトーアに向けて言っていた。

 誰もが悔しい思いをしたのだろうとトーアは思ったが、小さく首を横に振った。


「いいんです。いくら誹謗中傷されようとも、エレハーレの鍛冶師の腕前が素晴らしいものだっていうのは、ここに居る冒険者の人たちが何よりも知っていると思いますから」


 トーアが周りに聞こえるようにして言うと、夜逃げした鍛冶師の事情を知っている冒険者達は拍手と歓声で応える。


「お話中すみませんが、リトアリス嬢、その二つの灰鋭石の硬剣フレッジブレードはどうされるのですかな?」


 鍛冶師を掻き分けて顔を出したジルグレイの言葉にトーアは少し迷う。切っ先が折れた方は武器として扱えない。ギルが行ったのは例外のようなものである。だが刀身が完全な状態の灰鋭石の硬剣フレッジブレードが残っていた。

 フィオンに試してみたら?と言った手前、触れさせてみるのも悪くないかもしれないし、ギルにこのまま渡してもいいかもしれないとトーアは考える。


「よろしければ、私のほうにお売りいただくというのはどうでしょうか?……いえいえ!ポリラータ様に売ることはいたしません!あのような方ですので……失敗した場合は私が買い取ってお渡しするなどというお話は一切ありませんでした!」


 汗をかき必死に弁明するジルグレイにトーアは売ることを選択肢から除外する。銘も入れられていない不完全品を販売するというのはどこかおかしい気がしていた。


「あら、ジルグレイさん、抜け駆けは許しませんわ」


 トーアとジルグレイの前に出てきたのはアリシャで、柔らかな笑みを浮かべているものの、目は鋭くジルグレイを睨んでいた。


「あ、アリシャ嬢……」

「おいおい!ちょっと待ってくれよ!リトアリスはフリーの鍛冶師でもあるんだろう?それなら直接買い取ってもいいよな!?」


 ギャラリーの一人が詰め寄り大きな声を上げ、あたりにいた冒険者たちも一斉にトーアに向かって詰め掛けてくる。

 そして、製作者であり所有者であるトーアを差し置いて買い取る値段を話し始める人々にトーアは頭を押さえる。ギルが木板を切断するというのは販促としてはかなり効果的だったようだった。


「あー……えっと、聞いて下さい!とりあえず腕に自信のある方は先ほどと同じ“木板を斬る”という条件を達成できれば、同じようにお譲りします」


 張り上げたトーアの声に冒険者達はぴたりと口を閉じ、互いに視線を交し合う。灰鋭石の硬剣フレッジブレードは欲しいが、ギルと同じように木板を切断できるかというのは微妙なところらしかった。


「商店を経営されている方々も悪いのですが、店も持たず、どの鍛冶屋、武具店にも所属していない身の上であり、銘も決まっていませんので、灰鋭石の硬剣フレッジブレードの販売は致しません。……その代わり、注文はここに居るエレハーレの鍛冶師の方々にどうぞ」


 ガルドたちが立つほうをトーアが手で示すと、エレハーレの鍛冶師達は笑みを浮かべて頷き返し、注文以上の物を作ってやるという気概を感じさせながら、応!と返し、いつでも注文を待っているぞ!、多少割引してもいいぞ!という宣伝も後に続いた。


「……では、リトアリス嬢、どこかに所属する……という考えもないのですか?」


 歓声をあげていた鍛冶師達の声がぴたりと無くなる。トーアのような腕を持った商売敵が出来るのは喜ばしい事でもあるが、苦しいところでもあるのが如実に感じられる反応だった。


「それもないです。今はエレハーレに滞在していますが、ゆくゆくは迷宮都市へと行く予定なので」

「そうですか……それは残念です」


 残念そうにうつむくジルグレイを筆頭とした商人達と、どこか安堵とも残念ともとれる溜息を鍛冶師達はついていた。

 ギルはギルで冒険者達に囲まれており、熱心なパーティ勧誘を受けているようだった。だがトーアとフィオンとパーティを組み、同じように迷宮都市ラズログリーンへ行く予定があると話すと、勧誘した冒険者達は割りとあっさりと諦めていた。

 そして、広場に集まったギャラリー達がちらほらと帰路に就き始め、帰ろうとする鍛冶師達からトーアはギルと共に労いの言葉を受け取る。

 使われた木板や木板を支える部分は月下の鍛冶屋に来ていた若手鍛冶師達が片付けていった。

 次第に閑散としてきた広場でトーアは小さく息をついた。


「トーアちゃん、お疲れ様」

「ありがとう、フィオン。灰鋭石の硬剣フレッジブレードだけど、使ってみる?」


 折れていない方の灰鋭石の硬剣フレッジブレードをトーアが差し出すとフィオンは勢い良く手と首を横に振る。


「ううん……!流石にギルさんみたく斬るなんてことは出来ないし、私にはまだ早いよ」

「わかったよ、フィオン」

「いつか、トーアちゃんの作る剣が見合う腕前になったら相談しようかな」


 胸を張って少しおどけたように言うフィオンの態度が、ポリラータと正反対な事にトーアは少し癒される。まだ陽は高いものの今日は宿に戻ろうとトーアが提案し、ギルとフィオンと共に夕凪の宿へと脚を向けた。


 トーア達が夕凪の宿の酒場に入るとギャラリーとして来ていた冒険者達が歓声が上がる。


「よう、お疲れさん。あいつらから聞いたぜ、ばっちり鼻を叩き折ってやったらしいじゃねぇか」

「まぁ……それはよかったけど、二本あった灰鋭石の硬剣フレッジブレードの一方の刃先が折れちゃったけどね……」


 いつもの席に座るとベルガルムはニヤリとしながら水の入ったコップをトーア達の前に置いた。

 大方うまくいったものの、切っ先とは言え折れてしまった灰鋭石の硬剣フレッジブレードの事だけがトーアを落ち込ませ、深く長い溜息をついた。


「二本?あー……まぁ、それはいいとしてだ。灰鋭石の硬剣フレッジブレードが折れちまったら鍛えなおして繋げるって訳にいかねぇしな」

「繋げるように叩くと灰鋭鋼が砕けるし、切っ先を砥いで刀身を作り直してもいいけどバランスが悪くなるし……。精錬すればただの鉄になっちゃうし……」

「結局、うまくは行ったが余計な事だけを残したってことか」


 肩をすくめて見せるベルガルムにトーアはそういう事とため息混じりに呟き、コップの水を呷った。


「そうだ。フィオン、話しておきたいことがあったんだ」

「なに?トーアちゃん」


 広場での断り文句に『迷宮都市に行く』と言ったのはもともと予定していた事だったが、迷宮都市ラズログリーンが最終目的地になった事はまだフィオンに説明していなかった事をトーアは思い出し、酒場で落ち着いてから話すつもりだった。

 あたりを確認してフィオンを手招きし、小さな声で話し始める。灰鋭石の硬剣フレッジブレードの一件のきっかけがたわいも無い雑談からだったのでトーアは他に聞こえないようにしていた。

 顔を寄せたフィオンにギルと相談した結果、エステレア法国に行かない事を告げる。


「ん、わかったよー」

「……え、そんなあっさりいいの?」

「ん?うん。まだまだ未熟な私はトーアちゃんやギルさんから技術を学ぶだけで精一杯でどこに行きたいっていう明確な目標もないし……。トーアちゃんの打ってくれた剣に見合う腕前になりたいっていうのはあるけど、それはトーアちゃんとギルさんについていけば、どこでだって出来ることだから」


 フィオンの胆力を垣間見たトーアは思わずギルと顔を見合わせた。

 出会った後から多くの決断をしてきたであろうフィオンの意思を感じ、トーアはふっと笑みを浮かべる。


「……ありがとう、フィオン」

「ふふ、フィオンがそこまで言うなら、僕ももっと頑張ってフィオンに剣を教えるよ」


 トーアとギルの言葉にフィオンは頬を赤らめ照れたように笑った。


「お手柔らかにお願いします」


 そして、深々と頭を下げた。


 昼食を済ませて、トーアは宿の部屋に戻りホームドアを発動した。

 そして、チェストゲートから二振りの灰鋭石の硬剣フレッジブレードを取り出す。床に座ったトーアは、折れていない方の灰鋭石の硬剣フレッジブレードを抜き、刃を検める。

 一度目の試技で木板に刃が刺さりすぐに手が離れた事が幸いしてか、刃に損傷はなかった。


――ひとまず安心した……。でも、これはどうしようかな。


 美しい刃紋を眺めながらトーアが考えていると、胸元に下がる贄喰みの棘・蒼が僅かに震える。


「……食べたいの?」


 トーアの声に呼応するかのように贄喰みの棘・蒼は煌く。贄喰みの棘・紅のように姿をとらせても使うことはないだろうしとトーアは考え、完全に吸収させる事を決める。


「でもこっちは、見せてくれって言われた時のために取っておくとして……こっちの方を食べさせてあげる」


 問題のない灰鋭石の硬剣フレッジブレードを鞘に納めた後、切っ先の折れた灰鋭石の硬剣フレッジブレードと刃先を取り出す。

 それでも構わないらしく、贄喰みの棘・蒼だけではなく、贄喰みの殻・翠も尻尾を振る犬のように歓喜の感情を寄せてくる。

 どれに吸収させたとしても【贄喰みの主】の経験値に変わるため問題ないのだが、トーアはお預け状態の贄喰みの棘・蒼に吸収させる事にした。贄喰みの殻・翠については今後防具を作る予定があるため、もう少しお預けにすることになる。


「【贄喰にえはみ】」


 贄喰みの棘・蒼のペンダントトップを取って右手で握り【贄喰みの主】の固有スキルである【贄喰にえはみ】を発動する。【贄喰らい】と同じように手の中から大きな艶のない黒い棘が現れた。

 黒い棘を灰鋭石の硬剣フレッジブレードに突き刺すと、ゆっくりと棘が生え広がって行く。全体を棘が覆った後は映像が巻き戻されるかのように黒い棘が埋没していった。だが、そこには灰鋭石の硬剣フレッジブレードの形は残されていなかった。

 外見を擬態する為に使用するスキル【贄喰らい】と異なり、【贄喰にえはみ】は武具の全てを喰らい経験値に変換するためだった。


「よしっと」


 ペンダントトップに戻った贄喰みの棘・蒼は満足げに煌いていた。

 灰鋭石の硬剣フレッジブレードの問題が片付いたと思ったトーアはホームドアから出てベッドに寝転がる。

 肩を怒らせて広場から出て行ったポリラータが、今後何かをしてくる事は簡単に予想できた。

 貴族の地位を傘にして何かしてくるのであれば、どうするかとトーアは考える。


――人を雇って襲いかかってくるにしても、ここまで鼻っ柱が折られた状態で人が寄ってくるのかなぁ……。


 どういう手段でくるのかは考えれば考えるほど多く、そんな事をまじめに考えるのはバカらしいと思った。


「その時は、その時か」


 ぼそっと呟いたトーアは、昼寝をする事に決めて窓から差し込む日差しを感じながら寝息を立て始めた。

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