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第七章 灰鋭石の硬剣 10

 月下の鍛冶屋から夕凪の宿へ帰る道すがら、エレハーレに住むフィオンの案内で宿屋通りのメインストリートをトーアは歩いていた。理由は灰鋭石の硬剣フレッジブレードが完成した旨を『暁の森亭』に伝えるつもりだった。


「あー……ここなんだ」

「うん。エレハーレで一、二を争う高級宿『暁の森亭』。ギルドの推奨宿を最初に取得して、その後はずっと推奨宿として名前が挙がってるよ」

「はぁ~……」


 感嘆の声を漏らしつつ、建物を見上げる。

 他の建物よりも高級感があり、宿の入り口の前には小さな庭も用意されていた。入り口にはドアマンと思われる礼服を身に纏った男性が直立不動の姿勢で立っている。

 エレハーレは王都や迷宮都市ラズログリーン、西方にあるという大港都市に比べれば規模は大きくない街だが、異界迷宮が近くに二つあり、王都主街道にある主要街ではある。そして、街には冒険者目当ての商人もやってくる事もあるらしい。

 目の前にある『暁の森亭』はそのような高ランクの冒険者や、大店の商人と言った富裕層を客層に設定した宿なのだろうとトーアは思った。


「今の私たちには縁遠いよ……」


 トーアと同じように建物を見上げていたフィオンはぽつりと呟いた。


「まぁ、さっさと伝言を済ませて帰りましょう。あいつとも遭いたくないしね」


 入り口に向かうと糊の効いた礼服に身を包んだドアマンが一礼と共にドアを開ける。トーアは内心緊張しながらもドアをくぐった。隣に立つフィオンも僅かに顔をこわばらせており、同じように緊張しているとトーアは感じる。

 宿の入り口をくぐった先は狭いながらもエントランスといえる空間になっており、二階への階段と吹き抜けがあった。宿というよりもホテルと言ったほうがいいかもとトーアは思いながらも暁の森亭のフロントと書かれた場所へと真っ直ぐに歩き出した。

 フロントに立つ従業員は、ぶれることない礼とともにいらっしゃいませとトーアとフィオンに向けて言った。

 トーアは、宿に泊まっているらしい男、ポリラータ・アクシー・ジオバラッドに伝言を頼みたいと話す。


「ポリラータ様から事情は伺っております。口頭でお伝えしますか?」

「いえ、何か書くものはありますか?」


 少しお待ちくださいと返したフロントにたつ従業員は、手早く上質な紙と細かな細工が施されたペンとインク壷をトーアの前に用意した。

『約束の物は完成した。明日、ギルドの裏の広場にて待つ』とトーアは丁寧に文字を書いた。半ばそれは、下手な文字を書いてバカにされたくないという思いからだった。


「これを渡してください」

「かしこまりました。必ずお渡しいたします」


 丁寧な礼を受けてトーアはフィオンの袖を引き、共に暁の森亭から出る。敷地内から出たフィオンはふぅと息を吐いた。


「なんか緊張しちゃった……」

「そうだね、あんな風に対応されるの、慣れてるわけじゃないし……とりあえず、宿に戻ろうか」


 粗野とも取れる対応をする夕凪の宿の事を思いだしながら、トーアはフィオンと共に夕凪の宿へと向かった。


 真っ直ぐに夕凪の宿に戻ったトーアはスウィングドアを押して酒場に入ると、なだれ込むようにいつものカウンター席に座る。


「はぁぁぁ……」

「あー……」


 同じように隣に座ったフィオンと一緒にトーアは安堵とも取れるため息をついた。たまたまカウンターでグラスを磨いていたベルガルムは怪訝そうに顔を顰めていた。


「どうしたんだよ」

「いや、暁の森亭に行って来たんだけどさ」

「ああ……。あの男にでも遭ったか?」

「遭わなかったんだけど、宿の雰囲気に息がつまりそうでさ。夕凪の宿の方がおちつくなぁって」


 トーアの説明にフィオンも何度も頷いてみせる。

 エレハーレでの本拠地ホームと言える夕凪の宿に、トーアはほっとしつつベルガルムに水を注文する。


「へっ、嬉しい事言ってくれるじゃねぇか」


 怪訝そうな顔からどこか照れたように笑いながら、ベルガルムはトーアとフィオンの前に水の入ったコップを置いた。


 夕方ごろギルが森から戻った。トーアは隣に座ったギルに明日になったことを告げる。


「うん。勘は取り戻せたと思うよ」


 ぐっと握りこぶしを見せるギルからは僅かに血のにおいがした気がした。


「トーア、悪い顔になってるよ」

「え……あぁぁぅぅぅぅ……」


 トーアは準備が整ったと考えるうちにいつの間にか顔が笑みを作っていたらしい。ギルの手がトーアの頬を揉み解すように動き、トーアは慌てて離れようとする。その前にギルはトーアの頬から手を離した。


「ぅ……そのつい……」

「まったく……」


 少し呆れたようにギルは笑った。夕食を済ませてトーアが部屋に入ろうとするとギルに呼び止められ、閉めかけたドアを開いた。


「トーア、狩った魔獣は全部……残してあるんだけど、どうしたらいい?」

「……それはこっちで」


 声を潜めて呟かれた内容に廊下で話すようなことではないとトーアは部屋に招き入れて、ホームドアを発動する。

 いつものように向かい合ってホームドア内に座ったトーアは、ギルがこの二日間で狩ってきた魔獣の数を聞いていた。その成果は、ブラウンベア二頭、ブラウンボア三頭、ホーンディアを五頭、ホーンラビット、ファットラビットを十羽ずつというものだった。


「……狩ったねぇ……」


 やりすぎではともトーアは思ったものの勘を取り戻すという事と、倒した後すぐにチェストゲートに収納されているため、ある意味新鮮なままである。

 その肉、毛皮、ありとあらゆるものを無駄なく使える状態だった。


「ブラウンベアだけは同時に襲ってきたんだ」


 ついっと顔を横に向けて話すギルにトーアは絶句する。

 ギルの説明によるとそれは二日目、今日の出来事。森の奥へ進むうちにブラウンボアやホーンディアを狩ることができ、昨日との成果により勘は取り戻せてきた。これなら問題ないだろうと結論したギルは帰ろうとしたが、何かがこちらに向かってくる事に気が付き構えたそうだった。


「それで、ブラウンベアがまず一頭飛び出してきた」


 ふんふんとトーアが相槌をうつ。そして、すぐに別のブラウンベアが草陰から飛び出してきたらしい。


「えぇ……」

「多分、二頭の縄張りの境界線に丁度居たんだと思う」


 はっはっはと乾いた笑いをあげて話すギルにトーアは頭を抱えていた。


「それで……?」

「二体同時というのも大変だし、それに……仕上げとして本気で剣を振るってみようと思って『機械仕掛けの腕』を発動して、飛び掛ってくるところをこう……」


 剣を振る動作をしながらギルは話を続ける。

 全盛期とは言えない装備だったが、勘を取り戻し【特級魔導騎士】の職業補正を受けた状態のギルにブラウンベアが二頭程度というのはどう考えても力不足だとトーアは思う。

 一太刀目で、一頭目のブラウンベアの顔は左右に別れたであろう太刀筋だった。


「二頭目のほうは、うまく首を斬り落とせたよ」


 説明を終えたギルはうっすらと笑みを浮かべていたが、トーアは溜息をついた。

 トーアのように力で相手の頚を叩き斬った場合、反動で斬り飛ばす結果になる。だがギルの『斬り落とせた』という意味は、皮一枚を残して首を切断するという事だとトーアは察し、飛び掛った二頭のブラウンベアに心の中で合唱した。ギルに襲い掛かったのが運のつきと。


「ばっちりみたいだね」

「まぁね。さっき言ったとおり、チェストゲートにあるけど……」

「解体したいところだけど、場所がないからしばらくそのままにしておいて。場所が出来たら暇を見て解体するから」

「わかったよ」


 明日はお願いねとトーアは部屋を出て行くギルを見送った後、部屋に戻り日課を済ませてベッドに横になった。

 全ての準備が整い、後は明日が来るのを待つだけとなっている。

 ふと、トーアは暗い天井を見上げながら、眉を寄せた。

 本音を言えば、わざわざ灰鋭石の硬剣フレッジブレードを作り上げてまでやるような事ではない。

 『作る人間とそれを使う人間の立場は対等でありたい』とトーアは考えている。が、それはとても難しいことなのは、夜逃げした鍛冶師とポリラータの関係を考えれば明白だった。

 しかし、作る者がたとえどれだけ素晴らしい物を作り上げたとしても、それを使う者が居なければ無いのと変わりない。だがトーアはポリラータが言った言葉が許せなかった。

 作る者に敬意を払えとまでは言わないが、自身の腕を棚に上げて頭ごなしに言ったあの言葉がトーアに暗い感情を抱かせる。


――生産者を甘く見たことを……後悔させてやる。


 月明かりが差し込むだけの薄暗い部屋でトーアは、口角を吊り上げて笑った。




 翌朝、朝食を済ませて用意を整えたトーアは、半そでシャツにズボンといういつもの格好でリュックサックを背負って酒場に降りる。

 すでに酒場では用意を整えたギルとフィオンが待ち、トーアの姿を見ると二人は立ち上がった。


「よし、なら行こう」

「うん……大丈夫だよね?トーアちゃん、ギルさん」

「ギルなら大丈夫だよ」


 トーアには別の不安要素があったが、ギルにやってもらう事については不安はまったくなかった。ギルもまたトーアの灰鋭石の硬剣フレッジブレードであれば大丈夫と太鼓判を押す。


「それはそうだけど……ギルさんが出来てもあの人もできちゃったら……トーアちゃんの灰鋭石の硬剣フレッジブレードが……」

「……その時は、約束なんだから渡せばいいんだよ」


 トーアが指定する試練が達成できるのであれば、灰鋭石の硬剣フレッジブレードを扱う技量としては何も問題はない。

 夜逃げした鍛冶師に問題があったかもしれないという意味になる。


――そう……扱う事が本当に出来るのであれば……ね。


 そう考えながらトーアはうっすらと笑みを浮かべ、宿を出発しギルドへと向かって歩き出した。


 ギルドの裏にある広場はいつもならギルとフィオンが鍛錬をしている場所であり、他にはまばらに同じ目的の冒険者がちらほらと居るはずだった。

 今日は噂を聞いたのか、ポリラータが話を広めたのか、多くの冒険者や鍛冶師、商人、そして普通の市民までもが広場に詰め掛けていた。鍛冶師とわかったのは、ガルドやレテウス、リオリム、レガーテ、アリシャの姿があったからだった。

 トーアは何でこんな大事になってるんだと思いながら、広場の中心へと足を進める。

 中心にはポリラータとギルド長の男性が立っていた。


「おはようございます、リトアリスさん」

「……おはようございます」


 思わず警戒を露にして、トーアはギルド長に挨拶を返した。


「ギルドが管理している広場にここまで人が集まるのも稀なので、何をするのか確認していたところですよ」


 警戒するトーアに苦笑いを浮かべたギルド長が、ここにいる理由を話した。

 トーアは納得しつつ、ふとしたひらめきに笑みを浮かべる。トーアが突然笑みを浮かべた事に何をされたのかを思い出したのか、ギルド長は表情はそのままだったもののびくりと身体を竦ませ警戒を露に、半歩下がった。


「ところで、少しお時間いただけないでしょうか?」

「……なんでしょうか」


 ギルド長の立場というものからある事を思いついたトーアの質問に、なんとか顔を引きつらないようにしながらもギルド長は確認してくる。


「これから行う事を監査というか審判を行って欲しいのです。不正はなかった、と」

「ほう」

「ギルド長であれば公平に判断できる立場にあると思いますし、どうでしょうか?」


 トーアの言葉にギルド長は目を細めて少し考えた後、笑みを浮かべた。


「いいでしょう。私は構いません」

「ふん……僕もそうしてほしいと思っていたところだ」


 隣にいたポリラータはそっぽを向きながら悪態を付くように言った。

 トーアは内心ほくそ笑む。これで不正はどちらも出来なくなった。もとより不正などする気はトーアに全くなかった。その必要がないからだった。

 ポリラータへの牽制にもなっただろうと思っていると、ポリラータの後ろから現れたのは豪奢な服を身に纏った肥満体の男だった。手には指輪を付け、綺麗に整えられた髭を生やしている。


「ポリラータ様、わたくしも自己紹介してもよろしいでしょうか?」

「おぉ!そうだ、こちらはエレハーレ随一の商人、ジルグレイ氏だ。お前が作った灰鋭石の硬剣フレッジブレードの品質を確かめてもらおうと思ってな」

「よろしく、お嬢さん。ジルグレイ・ホットリアと申します」


 自然な笑みを浮かべて手を差し出した男性、ジルグレイとトーアは握手を交わす。


「初めまして、リトアリス・フェリトールです」

「おぉ、貴方がそうですか」


 トーアの自己紹介を聞いたジルグレイは笑みを浮かべたまま目を細める。

 ジルグレイとトーアの会話を聞いていたポリラータは不思議そうな顔をしていた。エレハーレ随一という商人とトーアの関係がどのようなものなのか、見当も付かないといった顔だった。

 それはトーアも同じだったが、すぐにゴブリン討伐時のことだろうなぁと思い当たる。


「……私のことを?」

「ええ、エレハーレに住まう者なら一度はその名を聞いたことがありましょう」

「悪い噂でなければいいのですが」


 社交辞令を含ませてトーアは笑みを返した。


「まさか、リトアリス嬢が灰鋭石の硬剣フレッジブレードを?」

「ええ、私が鍛造して作成しました」


 驚くジルグレイにトーアは挑戦的な笑みを浮かべた。


「是非、拝見したいのですが……」

「その前に私が指定する“試験”について、説明したいと思います」


 トーアがお願いしますと声をかけると『おう!』と逞しい身体つきの男達が、横長の剣立てのようなものを運び込んでくる。そして、その上に厚さ三センチメートルの長方形の木板を横にした状態で剣立てに立てて設置した。


「私が指定する試験は、灰鋭石の硬剣フレッジブレードでこの木板を両断する事です」


 あたりに通るような大きな声で宣言し、トーアは木板をこんこんと叩いた。

16/12/13 誤字を修正。

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