第七章 灰鋭石の硬剣 7
灰鋭石の硬剣を作るという点については、トーア自身のことなので問題はないと考えていた。そして、トーアが考える“試験”を実演してみせる技量を持った人間については一人しか心当たりがなかった。
むしろ、その人物が居るからこそ、あの提案をしたのだった。
「私の腕前については実物を見てもらったほうが早いと思います」
トーアはギルとフィオンに声をかけて剣を貸してもらい、そしてリュックサックから見本剣を取り出して、三つの剣をテーブルの上に置いた。ガルドはすべての剣を確認しているためか特に確認せず、エールのジョッキを傾けている。
「これが私の見本剣で、こっちの二つはそれぞれ注文にあわせて鍛造したものになります」
「へぇ、フリーの鍛冶師なのに見本剣を用意してるのか……」
リオリムは珍しげにしながら、見本剣に手を伸ばそうとする。
「ちょっと待ちなリオリム。まずは並べてみようじゃないか」
手を伸ばしたリオリムを制し、レガーテが三つの剣を鞘から抜いて並べた。
「あら……」
静観していたアリシャが声を上げて椅子から腰を浮かせる。
「あの【灯火】を使っていいかしら。剣を見るには明かりが心もとないから……」
「ああ、かまわねぇよ」
ベルガルムに確認を取ったアリシャが【灯火】を発動し、テーブルの上に魔法で光を作り出した。
それぞれの鍛冶師たちはトーアが並べた剣を交代でもち比べ、驚きに口を噤んでいた。
「俺はトーアの腕前については問題ないと言っていたはずだが?」
「いや、こりゃ……ガルドさんを疑ってたぜ……」
ジョッキから顔を離したガルドがぼつりと呟いて、ふっと笑った。それにレテウスは勢い良く頭を下げ、トーアにも謝罪した。
「トーアちゃん、いえトーアさん。フリーという事であれば私の商店と専属契約、いいえ、外注でもかまいませんので、取引してくださいませんか?」
抜け目のないアリシャの言葉に、トーアは恐縮しつつも首を横に振る。
「今の私には何もなくて、その剣もガルドさんの所の炉を借りて鍛冶をしたほどです。なので、どこかに所属するという事は……。それにその二つの剣もパーティの二人のために作ったものなので」
「……パーティだって?」
トーアの言葉にレガーテが目をむいた。ガルドは頭を掻きながら補足する。
「トーアはエレハーレで活動する冒険者でもある。前にゴブリン討伐があっただろう?それで活躍してギルド付に勧誘されたものの、断った冒険者の名前を覚えているか?」
「それは……確か、リトアリス……フェリトール……」
呆然としながらリオリムが言葉を紡ぐ。そのテーブルに座る面々の脳内で『冒険者リトアリス・フェリトール』と『生産者リトアリス・フェリトール』がつながり同一人物だということを理解したらしい。照れくさくなったトーアは、はははと誤魔化すように笑った。
「それで。トーアの腕前うんぬんについては納得できたと思うが、実際に“試験”を行う人間に見当はついてるのか?まさかトーアがやるとは言いださんよな?」
唯一硬直していなかったガルドは、固まった面々をとりあえず置いておく事にしたのか話を続ける。トーアはガルドの質問に首を横に振った。
試験には渡す予定の灰鋭石の硬剣を使うため、それなりの腕がなければいけない。トーアは抜かれたままの剣を鞘に戻し、再びギルとフィオンを呼んだ。そして、テーブルの近くに来たギルを指差した。
「実演には、このギルにやってもらおうかと」
「……えっ?トーア、何も聞いていないよ?」
剣を受け取っていたギルはぎこちない笑みを浮かべるが、目が笑っていなかった。トーアはびくりと身体を竦ませる。
「あ、えっと……その、ほ、本当はさっき、頼もうと思ってて、で、出来ない……?」
しどろもどろに説明とお願いをトーアはしながら、おずおずとギルを見上げる。
真っ直ぐに視線をあわせたはずのギルは、視線を泳がせたあと手を口元に当てていた。
「……くっ……あざとい……だがかわいい……」
ギルの呟きが聞こえなかったトーアは不安で小さく首をかしげる。
「いや、わかった、わかったよ。……フィオン、悪いけど明日から単独でクエストに行きたいんだけど、いいかな?」
「え……あー、わかりました」
ギルの言葉にきょとんとした顔をしたフィオンだったが、申し訳なさそうにするギルにフィオンは戸惑いながらも頷いた。
「すまない、フィオン。流石に灰鋭石の硬剣を扱うには腕が鈍ってるかなって思うから、勘を取り戻したいんだ」
「……えぇっ……!?あ、あれでですか?」
「ははは……まぁね」
二人がクエストに行っている際に何かがあったのだろうと、トーアは思うが詳しく聞こうとはしなかった。
「なぁ、そいつがやるのか?」
硬直から復帰したレテウスが声をかけ、トーアはそれに頷いた。
全員に顔が見れるようにギルはテーブルに近づき、軽く頭を下げる。
「ギルビット・アルトランです。ギルと呼んでください」
「ふーん……ギルは冒険者なのかい?ギルドランクを教えてもらってもいいかい?」
「あ、あー……ギルドランクはGです」
レガーテの質問にギルは少し言い辛そうにギルドランクを口にする。ギルドが定める最低ランクでもある事からどのような反応が返ってくるのか簡単に想像できた。
「おいおい、大丈夫なのかよ……」
「ギルなら大丈夫だろうよ」
想像通りに眉を寄せるレテウスに、カウンターに立つベルガルムから声が上がる。酒場の客の中にはベルガルムの言葉に賛同するかのうように頷いている者がいた。
それは、トーアがキレた時、冷や汗を流し、その後トリアに強い酒を頼んでいた客と同じだった。トーアの状態に気が付き誰もが悲惨な結果を想像する中で、ギルだけがトーアを止めた事にそのわかっていなかった腕前を察したようだった。
「トーア、素材はあいつが持って来るんだな?」
「はい。それでガルドさん、いつも申し訳ないんですが……炉を使わせてもらえないでしょうか」
「ああ、そのことは気にするな。その代わりに灰鋭石の硬剣を打つところを見せてもらうがいいか?」
「もちろんです。いつもありがとうございます、ガルドさん」
俺の言葉と共に深々とトーアはガルドに頭を下げる。最初にガルドがトーアの腕前を見たいと言わなければ、ただの雑用として街の仕事をしていたかもしれなかった。
「ガルド、私達も見たいんだけどいいかい?」
ジョッキを空にしたレガーテが身体を乗りだしながら言った。それに続けてレテウスやリオリム、アリシャが同じように頷いていた。
――そんなに見たいものかな……でも、同じ状況であれば見たい……かな。
少し照れたようにトーアは笑みを浮かべ、ガルドは困ったように顎をなでていた。
「トーア、こいつらもいいか?」
「はい。私は構いません」
「わかった。だがうちの鍛冶場はそんなに広くないからな、お前等とあと一人くらいにしてくれ」
ガルドの提案に四人は頷いた。
その後、頼んだ飲み物を飲み干したガルド達は、素材が届いたら教えてくれとトーアに言い残し、夕凪の宿から出て、それぞれの家に帰って行った。
カウンター席に戻ったトーアは、フィオンが難しい顔をして考え込んでいるのに気が付き、どうしたのかたずねる。
「えっと、トーアちゃんは灰鋭石の硬剣を作りに行って、ギルさんは勘を取り戻すため、一人で森に行って……私どうしようかなって」
「たまには休みにしたらどう?」
この頃はクエストやギルとの鍛錬でずっと休みは無かったはずと思ったトーアは休日にすることを提案する。だがフィオンは難しい顔のまま首を小さく捻っていた。
「うーん……まぁ、そうしようかなぁ」
ウィアッドで動けなくなるまで鍛錬した事があったためか、フィオンは考え込みながらも頷いていた。
いつもならベッドに入っている時間だと気が付いたトーアは部屋に戻るため、席を立った。ギルとフィオンも同じようにそれぞれの部屋に戻るようだった。
トーアは日課を済ませた後、灰鋭石の硬剣のレシピと作業手順を確認した後、眠りについた。
翌日、トーアは身だしなみを整えていつもよりも早く酒場に入ると、カウンターに立つベルガルムが手招きをしながらトーアの名前を呼んだ。
「おはよう、どうかしたの?」
「おう、早速あいつから、素材が届いたぞ」
「もう?昨日の今日でよく用意できたなぁ……」
ベルガルムがカウンターに載せた木箱をトーアが開くと、川べりの石のように丸みを帯びた灰色の石のような金属と、鉄のインゴットが収められていた。量はトーアが指定した数が入っている。
【物品鑑定<外神>】で、それぞれを鑑定すると丸みを帯びた金属が灰鋭石のインゴットと表示された。どちらもアイテムランクは【特殊】となっており、一応、良品といえるものだった。
「ふぅん……質は悪くないかな」
「早速、作るのか?」
「うん。やっぱりこんな仕事さっさと終わらせたいし」
「まぁ、そうだろうな。ああ……それと灰鋭石の硬剣が出来たら『暁の森亭』に伝えに来いってそれを届けた配達人が伝言だって言ってたぜ」
「『暁の森亭』?そこに泊まってるのかな」
「おそらくな。『暁の森亭』はエレハーレでも高級な部類の宿だ。うちに泊まってる奴等じゃぁ、滅多にお目にかかれないような所だな」
それは自虐が混じってるんじゃとトーアは思いながら伝言に頷いた。木箱を持上げたトーアは一度部屋に戻って、チェストゲートに収納する。再び酒場に戻ると酒場のカウンターにはギルとフィオンがすでに腰掛けていた。
「トーアちゃんは灰鋭石の硬剣を作りに行って、ギルさんは狩りに行くんだよね」
「うん、その予定だよ」
朝の挨拶を交わしてベルガルムに朝食を頼んだ後、フィオンから質問されてトーアは頷いた。ギルもまた頷いており、ベルガルムに追加で昼食を頼んでいた。その様子を見てフィオンはわかったと頷いた。
朝食を済ませ、トーアは何時も通りの用意を整えて酒場に降りてくる。ギルもまた同じように酒場に降りてくると、腰にはトーアの渡した剣が差してあった。だが、柄頭には金色の珠が象嵌されており、トーアの持つ贄喰みの棘と同様に擬態状態にある【機械仕掛けの腕・金】だと察する。
――フィオンと別々に行動するって言ったのはそういうことかな……。ギルも本気みたいだし、いい灰鋭石の硬剣を作らないと。
本気になったギルの腕に見合うだけの灰鋭石の硬剣を作ろうと心に決める。もとより依頼主である男のために灰鋭石の硬剣を作ろうという気など初めからなかった。
トーアがギルと共に宿を出るときに、フィオンもまた散歩に行くと言って先に宿を出て行く。
「それじゃギル、勘を取り戻すとは言え無茶しないでね?」
「もちろん。……トーアもあんまりキレないようにね。止められるのは僕くらいなんだから」
「ぅ……あ、あれは元々、虫の居場所が悪かったって言うか……その気をつけます……」
じっと咎めるような視線のギルにトーアは、身体を小さくしながら頷いた。その様子にギルは笑みを浮かべてトーアの頭を撫でる。
「ん、それじゃ、行ってくる」
「うん、気をつけてね」
ギルを見送った後、トーアは月下の鍛冶屋へと向かった。