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第七章 灰鋭石の硬剣 6

 喚き続ける男の声が次第に遠く、そして聞こえなくなる。

 全身から力が抜け、視界が白く染まり男だけが残った。

 左手に持った剣を一挙動で抜きざまに男に叩きつける準備が整うのを自然と待つように、呼吸も止まっていた。


「トーア」


 トーアの名前を呼ぶ、優しく落ち着いたギルの声に視界に色が戻り、喚く男の声が聞こえるようになる。止めていた呼吸が再開し、ひゅっと息を吸った。

 全身に力が戻り、いつの間にかトーアの傍に立ち、言葉のあとにそっと肩に手を置いたギルをトーアはゆっくりと見上げた。


「……落ち着いた?」

「……ん。ありがとう、ギル。ちょっと飛んでた」


 小さく頷いたトーアは怒りで意識が飛んでいた事を素直に伝える。

 あと数瞬ギルの声が遅ければ、全身の脱力を終えたトーアは剣の位置はそのままに抜刀を行い、鞘の中で加速した剣で勢いのまま、男の身につけたプレートメイルごと両断していたかもしれなかった。


――いけない……苛立っていたとは言え、我を忘れるほどキレるなんて……。


 深い呼吸を一度だけ行いトーアは平静を取り戻そうとする。男は辺りの雰囲気がおかしいことに気が付いたのかいつの間にか黙ってじっと視線を向けている。酒場に居る一部の冒険者達やカウンターに立つベルガルムは、顔に玉のような脂汗を流してトーアの一挙一動を全力で警戒をしていた。


「一つ、条件を守るなら灰鋭石の硬剣フレッジブレードを作って、渡してあげてもいい」

「条件だと?」


 男はトーアがキレたことには気が付いていないようで態度を変えずに聞き返してくる。


「私のいう“試験”を突破する事、出来なければ灰鋭石の硬剣フレッジブレードは渡さない。簡単な条件でしょう?」

「……そんなことを言って無理難題を吹っかけるつもりか?」

「出来る事しか言わないし、“試験”が出来る事もちゃんと証明するよ」


 トーアの言葉に、男は黙考する。だがすぐに口角を吊り上げていやらしく笑った。


「いいだろう。そんな事で灰鋭石の硬剣フレッジブレードが手に入るならその提案を受けてやる」

「……形状に注文はある?」


 内心、嫌だったものの一応、注文をトーアは聞く。


灰鋭石の硬剣フレッジブレードに特殊な形状も何もないだろう」


 男にトーアは灰鋭石の硬剣フレッジブレードを作るのに必要な素材を伝え、宿に届けるように言った。鼻を鳴らした男はそのまま酒場を出て行き、辺りからは安堵とも取れるため息が聞こえてくる。


「ふぅぅぅ……」


 ベルガルムもまた、深く息を吐いて顔の脂汗を手で拭っていた。その後、調理場から不思議そうな顔をしたトリアが出てくる。


「変な声がしてたけど、何かあったの?」

「ああ……まぁな。トリア、すまねぇが強めの酒を一杯くれ」

「……ちょっと待って」


 いつもとは様子が異なり疲弊したような顔をしているベルガルムに何かを察したのか、トリアはショットグラスのような小さなコップに酒を注ぎ、ベルガルムの前に置いた。

 トーアはその様子をみながら、ギルやフィオンとともにもとのカウンター席に座る。

 酒場に居た何人かはトーアが完全にキレたことに気が付いたのか、顔をびっしょりと汗で濡らし、ベルガルムと同じように気付けのためか、強めの酒をトリアに頼んでいた。

 酒を一息に呷ったベルガルムは一息ついて、カウンターに座ったギルに顔を近づけ、声を潜めて話しかける。


「……なぁ、ギル。お前が止めてなかったらどうなっていた?」

「……抜いていたら縦に二つに、抜かなかったらひしゃげて潰されてた」


 声を潜めていても今だ静かな酒場では二人の会話はしっかりと聞こえていた。あの状態のトーアは、完全に抜く気満々だったので、ギルの先に言った結末になっていた可能性が高い。結局、ギルの機転によって犯罪者になる事は未然に防がれた。


「とにかくよくやってくれたぜ……あんな経験をしたのは引退前に一回だけだ。それにしても何であんな事になったんだ?」


 二人のひそひそ話が聞こえるのか、フィオンは不思議そうな顔をしていた。


「あの男の『生産者は~……』って台詞だよ。あれはトーアにとって、竜の尻尾を蹴り飛ばしたうえ、逆鱗をへし折るくらいの事だって言えば、どれほどの事か伝わるかな」

「ああ……最悪も最悪の事をしでかしたんだな。まったく、あの男は迷惑だけを振りまいて行きやがった」


 心底嫌そうな顔をしたベルガルムが悪態とともに溜息をつく。

 CWOのデスゲームの際、あの言葉と似たような事を口にしたプレイヤーが居た。それはトーアの怒りを買うことになり、二つ名である『鮮血の生産者ブラッドバス・クリエーター』が付けられる事件が起こり、その後は半ば精神をやられてしまう結果になる。

 あの事でトーアは反省して自制することを決めていたが、今日は虫の居所が非常に悪かった。


「そういえば、なんであいつ酒場に居るの?」

「知らん。宿の客じゃないが、一応、一見の客だって店にはくるからな」


 トーアの質問にベルガルムは再び溜息をついた。トーアはベルガルムに水を頼み、運ばれてきた水に口をつける。

 灰鋭石の硬剣フレッジブレードに関心を示すような人間は居ないだろうと思い、フィオンに提案したトーアだったが、思わぬところから厄介事が転がり込んできた事に少し反省していた。


――今度からはちゃんとあたりを確認してから話をしないとだめかなぁ……。


 コップの水を一息にあおり、深く溜息をついた。


 しばらくして酒場のスウィングドアが開く音が響く。いつもならトーアは部屋に戻って寝ようかという時間だったが、まだ酒場のカウンター席に座り、ギルやフィオンと雑談を続けていた。

 珍しい時間の客に店内の客やトーア達は入り口に顔を向ける。そこには月下の鍛冶屋の店主であるガルドが立っていた。


「ガルドさん?」


 珍しい客に店内がざわつく。ガルドはカウンターに座るトーアの姿を見つけたのか、真っ直ぐにカウンターへと近づいてくる。その後ろからはガルドのように黒く焼けた肌を持つ男女が数人、酒場に入ってきた。


「トーア、あの男からの依頼を受けたと聞いた。どういう男かわかっているはずだが、なぜ受けたんだ?」

「ただ依頼を受けた訳じゃないですよ。一つ条件をつけたんです」


 ふむとガルドは腕を組む。表情は変わらず仏頂面であるものの、トーアにはそれがガルドが思案している時の顔だと気が付いた。

 その様子にガルドの後ろに立つ男は怪訝そうに顔を顰める。


「なぁ、ガルドさん。まさか、こいつがそうなのか?」

「そうだ」

「へっ……ガルドさんも耄碌したんじゃねぇですか?俺には灰鋭石の硬剣フレッジブレードが作れるようには見えないですぜ」


 眉を寄せて話す男にトーアは少しむっとするが、外見的な事をいえば仕方ないかとも思った。


「まぁまぁ、人は見かけによらないって言うじゃないか」


 男の隣に立つ大柄な女性が男をなだめるように言った。その隣に立つ唯一焼けていない白い肌のたよやかな雰囲気の女性も小さく頷いていた。

 そのまま話を続けようとする面々にカウンターに立つベルガルムは困った表情を浮かべる。


「なぁ、ガルドさん方よ、一応ここは酒場なんだぜ?席に座ってくれねぇかな。注文もしてくれるとなおいいんだがよ」

「……ベルガルムか。そうか、ここはベルガルムの店か。悪かったな」


 面識があるのかガルドはベルガルムの顔を見て、罰が悪そうに頭を掻いた。そして、ガルドや共にやって来た面々は酒の銘柄を告げてカウンター席に近い空いているテーブルに移動する。ガルドに手招きされたトーアも立ち上がって席を移動した。

 それぞれが席に座り、トリアがテーブルに注文した酒や飲み物を運んだ。


「とりあえず自己紹介をするか。俺の事はいいだろう。どちらも知っているだろうからな」


 トーアの右隣に座るガルドの言葉に席に座った面々は頷く。


「リトアリス・フェリトールです。トーアと呼んでください」


 ガルドの視線がトーアに向いていたので、自己紹介とともにトーアは軽く会釈する。


「俺はレテウス・アベイド。『鉄火の咆哮』って鍛冶屋の店主だ」


 ガルドの右隣に座るイデルに負けず劣らず筋骨隆々の男性が親指で自身を指しながら名前を告げた。

 前には強い酒精を感じさせる蒸留酒が置かれている。


「僕はリオリム・シェイ・アイラクス。『アイラクス工房』の責任者だよ」


 続けてレテウスの隣に座った男性が自己紹介をしてトーアに軽く頭を下げる。長身で細身に見えるが、エールの入ったジョッキを持上げる腕はみっちりと筋肉が詰まっており、どこか凄みを感じさせる。


「私はレガーテ・ガンド・カテーナっていうんだ、『白銀のきらめき』って店の店主をやってる」


 レテウスと同じくらい大柄な女性が朗らかに自己紹介をする手にはリオリムよりも大きなエールの入ったジョッキが握られている。そして、トーアは左隣に座る最後に残った女性に視線を向ける。

 他の四人と比べてほっそりとしており、肌も火に焼かれておらず白い。か弱く、ふんわりとした印象を受け鍛冶師とは思えない身体つきにトーアは内心首をかしげていた。


「私はアリシャ・フェンテクランと申します。フェンテクラン商店という武具店の店主ですわ。他の方々のように炉の前に立つ事はありませんが店には腕のいい鍛冶師達がいますし、目利きには自信がありますの」


 アリシャの前には果実酒が注がれたグラスが置かれ、ニッコリと微笑むその表情には、初めに受けた印象とは違い、やり手で隙の無いものをトーアは感じる。


「よし、自己紹介はこれでいいだろう。話を戻すぞ」


 ガルドが話を切り出したので、トーアは酒場で起こった一部始終を説明した。

 エレハーレの鍛冶屋を営む面々はどこか面白くなさそうな顔をしており、あの男に対して良い感情を抱いていないことがわかる。


「それであいつは『たかが生産者なんぞ、言われたものを言われたとおり作っていればいいんだよ。僕たちが金も素材を用意しなけば何も出来ない癖にな』って言ったんです」

「ほぅ……」

「へぇ……」

「ふぅん……」

「そうかい……」

「あらあら……」


 男の言った台詞をトーアが口にするとテーブルに座った面々の表情が無くなる。酒場の光源がもともと少ないせいか、それぞれの顔に影が出来ていた。それぞれに険しい顔つきや雰囲気がある為か、異様な凄みが醸し出され怒気があたりに漂い始める。

 テーブルの様子を窺っていた客達はぎょっとした表情を浮かべて身体を引いていた。


「それで、私が一つ条件を提示してそれが出来たら譲っても良いと言ったんです」

「さっき言っていた条件か」


 ガルドの言葉に頷いて、トーアは考えている“試験”の内容を声を潜めて面々に説明する。


「ふむ……腕を確かめるには丁度いいかもしれんな」

「ははは、それは確かに灰鋭石の硬剣フレッジブレードと腕のいい人間が居れば可能だろうな!」

「そうだねぇ、腕のいい人間ならね」

「面白い事を考えますね」

「あらあら、トーアちゃんは案外抜け目ないのね」


 なかなかの高評価をうけ、トーアは楽しそうに満面の笑みを浮かべると、テーブル席に座ったそれぞれも同じように含み笑いと共に笑顔を浮かべる。だが顔に影が出来た状態で口角を吊り上げて笑ったため、再び様子を窺っていた冒険者は最初の時よりも飛び上がるような反応と共に椅子ごと身体を引いていた。


――はたから見れば悪巧みをしてるようにしか見えないだろうなぁ……まぁ、変わりないんだけど。


 ひとしきり笑った後、レテウスが蒸留酒で唇を湿らせてトーアに顔を向ける。


「まぁ、試験については俺らが手伝うにしてだ。問題はそれが出来るだけの灰鋭石の硬剣フレッジブレードをトーアが作れる事と、それを実演してみせる腕前を持った人間が必要ってことだ」


 テーブルを指でたたきながら、レテウスは“試験”に必要な事を一つ一つ指摘してくる。

 どう説明しようかとトーアは考えながら、カウンター席に座るギルとフィオンに顔を向けた。

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