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第七章 灰鋭石の硬剣 4

 次の日、ギルはトーアから貰った剣を試すといつもより早めに宿を出て行った。必要だった剣の生産を終えて、トーアは『小鬼の洞窟』に行く前よりも精神的な余裕と時間を再び持て余していた。

 宿の部屋でベッドに寝転がりながら、神から受け取った白紙のレシピを眺めたトーアは息を一つついてパーソナルブックを閉じた。


「はぁ……今日はお休みにしようかな」


 仰向けのまま窓から見える青空を眺めながらそう呟いた。


 午前中はそのままうたた寝をしたトーアは、空腹を感じて酒場へと階段を降りる。今日は英気を養う為、休みにすると決めたトーアはカウンターについて、昼食を頼もうとしたときこの頃口にしていないものについてベルガルムに質問してみる事にした。


「魚とかメニューに出さないの?」

「魚なぁ……だせねぇこともねぇんだが、ここらで取れるのは川魚くらいだ。それもしっかりと泥抜きをしないと不味くて食えたものじゃない。エレファイン湖で取れる魚や甲殻類も距離があるからな、大体は干してあるんだよ」

「つまり?」

「エレハーレの周りには牧場やら畑が多いから新鮮な肉や野菜に比べるまでも無く魚は基本、不味い。生のまま運ぶ方法もあるんだが、刻印やら精霊結晶を使った代物で運ぶからなそのせいで、肉や野菜に比べてバカみたいに高くなる。一応レシピは持ってるんだが、この宿に来るような奴等がそんなもん払える訳ねぇだろ?」

「……なるほど」


 トーアがエレハーレを観光した際に見た店で生魚を扱うような店はなかった理由がベルガルムの説明で納得できた。店で見かけたのは肉や野菜、ソーセージやベーコン、干し肉、チーズと言った酪農から取れるものがほとんどで、少しだけ干し魚が店によってあったぐらいであった。


「それにそういうのを売りにしてるのは、王都か迷宮都市ぐらいなもんだ。あとは西の海に面した街やエレファイン湖に面した街ぐらいだろうな」

「特産品ってことね」


 トーアは特別魚好きというわけではないが、食べにくいとわかると無性に食べたくなってくる。


――米……食べたい。


 それ以上にお米がどこかにないものかとトーアはうな垂れた。

 結局、いつも通りの昼食を食べたトーアは米や魚のことはいったん忘れる事にして、午前中にうたた寝しながら考えた事を実行に移すため、いつものリュックサックを背にして、夕凪の宿を出発する事にした。

 ギルとフィオンの剣を作り、この世界、コトリアナの神と話したことでこなさなければいけない用事は全て終わってしまった。

 そこで異界迷宮『小鬼の洞窟』に挑戦する前と同じようにギルとフィオン、二人のギルドランクが上がるのを待つことにしたトーアは、今までどおりに月下の鍛冶屋で働く事にする。明日から働きたい事を申し出る為、冒険者横丁をトーアは進んで行く。

 あたりから金属を叩く甲高い音と、鉄の焼ける独特のにおいを嗅ぎながらトーアは月下の鍛冶屋に到着した。店のドアには『営業中』とある。トーアはドアを押して店内に入ると既に先客がおり、ガルドと親しげにだが、声を潜めて話していた。見慣れない男は冒険者というには軽装で客には見えないなと不思議に思った。


「……トーアか?」

「こんにちは、ガルドさん」


 トーアに気が付いたガルドに軽く会釈をする。そして、ちらりとカウンターの傍に立つ男に視線を向けた。赤黒く焼けた肌、引き締まった体躯、両腕は太く、少し動かしただけで筋肉が脈動するかのように動いた。


「客として来た、という訳じゃなさそうだな」

「あ、はい。明日からまた働かせて欲しいなと思いまして」

「ああ、わかった。カンナにそう伝えておく。仕事内容はいつもと同じでいいんだな?」


 ガルドの問いかけにトーアは頷いた。

 カウンターの傍に立つ男から興味深そうな視線を感じ、トーアもまた男が何者なのか気になっていた。


「たびたびうちで店番や昼の用意をしてもらってる」

「へぇ、ガルドが雇うって言うから少し驚いたが、そういう事か。冒険者なのか?」

「あ、はい。一応、冒険者です」


 男の質問にトーアは頷いた。ガルドからトーアが剣を打っていることを口にしなかった事に気が付き、トーアもそれを口にしなかった。


「俺もガルドとほとんど同業さ、このエレハーレで鍛冶屋と精錬業をやってる。精錬業がメインで鍛冶屋は壊れた鍋やらを直す程度さ」


 男の自己紹介にトーアは納得して小さく頷いた。


「今日はちょっとおかしな客がエレハーレに現れててな……。インゴットの納品ついでに話をしてたんだ」

「おかしな、客ですか?」

「ん、ああ。嬢ちゃんは店番もやるんだろ?一応、話しておくか……」


 世間話のつもりでもあるのか、男はカウンターに寄りかかって話を始める。ガルドはいつもの仏頂面のまま、男が話をするのを止めなかった。少し話が気になったトーアは続きをお願いする。


灰鋭石の硬剣フレッジブレードと言ってわかるか?」

「色彩鋼の“灰色”、灰鋭鋼を使った刀剣で合ってますか」


 トーアはCWOでの知識で答えると、男は面白そうに片眉を上げた。


「お、わかってるみたいだな。今現れてるっていうのは、その灰鋭石の硬剣フレッジブレードを欲しいっていう冒険者で貴族のぼっちゃんって話だ。俺の店にはまだ来ていないが金に糸目はつけないって話だ」


 CWOでの灰鋭石の硬剣フレッジブレードの認識で問題ないと内心ほっとしながらトーアは、金に糸目をつけないという金持ちの注文は、商店としては依頼主の態度はどうであれ、喜ばしい事なのでは?と首をかしげる。


「大口の注文なのでは?」

「まぁ、普通ならそうなんだがな。ちょっとどころじゃない問題があってな。……エレハーレで数日前に夜逃げした鍛冶屋が居るのは知ってるか?」


 夜逃げと聞いてトーアは驚きながらも首を横に振った。今までの景気の良さそうな話とは関係のない『夜逃げ』という言葉にトーアはガルドと男に視線を彷徨わせる。


「少し前に大量の砥ぎの依頼が来ていたことがあっただろう?あれはその夜逃げした鍛冶屋が受けていた依頼だ。それを周りの鍛冶屋で分配して仕事に当たったんだ」

「あれはそういう理由があったんですか」


 ガルドの説明に以前にあった大量の依頼の理由を理解する。それでも夜逃げをした理由ではなさそうだった。


「夜逃げしたのは、貴族の冒険者から灰鋭石の硬剣フレッジブレードの注文を受けて納品をしたが、『すぐに折れた。どういうことだ』とクレームを受けたことがきっかけだ」

「え……?」


 男の言葉にトーアは顔を顰める。『灰鋭石の硬剣フレッジブレード』はトーアが話したとおり、色彩鋼の一つである“灰鋭石”を加工した灰鋭鋼を使用した剣になる。

 どれだけ作り手の腕前が良くても灰鋭鋼の性質を生かす構造上、非常に折れやすい。その分、使い手の腕前一つで鋼鉄も両断しうる武器とも言われる。


「それは……鍛冶師の側に非はあったんですか?」


 トーアは灰鋭石の硬剣フレッジブレードが作れる腕前ではなかったのかと匂わせて尋ねるとガルドは首を横に振った。


「いや。若手ではあったが腕はよかった」

「という事は……」

「扱う側に問題がある可能性が高いという事だ」


 低く唸るようなガルドの言葉は怒りをにじませたものだった。トーアははっと、ガルドが怒りを抱く理由に思い当たる。ガルドの弟子であるノルドもまた王都に出て貴族と一悶着あり、王都を追われたらしい。夜逃げした若い鍛冶師とどこか重ねているのかもしれない。


「そうだ。クレームぐらいなら別にいい、何かを作るって事は常々そういうものと付き合っていかなきゃならん。だがエレハーレの商店に素材を卸さないように圧力をかけ、他の冒険者に鍛冶屋の悪評を流したそうだ。それで、その原因となった客と灰鋭石の硬剣フレッジブレードを注文して回っている冒険者は同じって訳だ。……まぁ注文を受ける、受けないは店の自由だがな。ただ注意してくれって話さ」

「……面倒な客ですね」


 その冒険者に少し怒りを抱きながらトーアは呟いた。


「まぁ、そういう事だ。ガルドも気をつけろよ」

「ああ」


 男はそう言って月下の鍛冶屋から出て行った。何度かゆっくりと呼吸をしたトーアはガルドに向き直る。


「それじゃ、また明日来ますね」

「ああ、わかった」


 頷いたガルドにトーアは頭を下げて挨拶をし、宿に戻るため宿屋通りに足を向けた。


 日が沈み始め夕凪の宿に泊まっている冒険たちが宿に戻り始める。トーアは酒場に降りてカウンターに腰掛け、ぼぅとギルが帰ってくるのを待っていた。しばらくしてギルがスウィングドアを開けて入ってくるのを見て、トーアは身体を向ける。


「ギル、お疲れ様。剣の調子はどうかな?」

「ただいま、トーア。注文どおりの出来だよ。重たさも長さも丁度いい」


 よかったとトーアは笑みを向ける。ちょうどカウンターに出てきたベルガルムに夕食を頼んだ。


「今日はブラウンボアに遭遇してさ」

「え……大丈夫だったの?」

「今までは避けてたけど、僕もフィオンも剣を新調したからね」

「まぁ……そうだけど……で、どうだったの?」

「フィオンが一太刀で倒したよ」

「え……フィオンが?」


 出会った時にはブラウンボアの突進に対応できなかったフィオンが、それも一太刀でブラウンボアを切り倒せる程に成長した事にトーアは驚いていた。


「まぁ……トーアの作った剣の切れ味に大分助けられるみたいだけど」

「それでも、少しでも自信を持ってくれたらいいと思うけどね」


 頼んだ夕食をベルガルムから受け取ったトーアはギルとともに何気ない会話をして夕食を済ませたあとは、日課をこなし眠りに就いた。




 翌朝、トーアはギルとともに朝食を食べていると宿のスウィングドアを押して、フィオンが酒場に入ってくるのを見て、手を止めた。


「あれ、フィオン?」


 酒場に入ってきたフィオンはウィアッドへ行ったときと同じように完全な旅装を調えており、トーアの姿を見つけると真剣な表情で近づいてきた。

 フィオンが弟子入りしたいと言ったときのことが頭をよぎったトーアは、フィオンが何かを決意して宿にやって来たのかもと身体を向ける。


「トーアちゃん、その……私も冒険者として宿で生活しようかなって」

「……え?」


 どんな事を決めたのか身構えていたトーアだったが、予想外のことで困惑する。とりあえず理由を聞こうと隣の席をフィオンに勧めた。


「その……どうしてそんなことを?エレハーレだったら実家で過ごしても……」

「一昨日トーアちゃんから受け取った剣があるでしょ?やっぱり今の自分の腕前には見合わない、いい剣だなと思って」


 ゲームであるCWOであれば、初期のスタートダッシュのため性能の高い武具を求めるのは当たり前の事だが、現実であるコトリアナの世界で身の丈に合わない武器を持つことになったフィオンはそれを恐れているのだとトーアは察する。

 声をかけようとしたトーアだったが、フィオンは顔を向けていることに気が付き口を閉じた。


「でもそれは、一昨日剣を受け取った時からわかってる事だから。だから、その……とりあえず、こうして形からでも、一人前の冒険者らしく……生活をしてみようかな……って……」


 次第に声が小さくなりフィオンはうつむいて行く。トーアは頭を掻きながらギルと顔を見合わせていた。

 フィオンの言葉の通り、こうして実家を出て生活するという事で剣に見合う冒険者になるというフィオンなりの覚悟なのだろうとトーアは考えた。

 うつむくフィオンの肩に手を置いたトーアはフィオンに顔を上げるように言った。


「ならフィオン、宿の部屋が空いているかまずは聞かないと」

「あ……う、うん!そうだよね!ベルガルムさん、部屋は空いてますか?」

「まったく……冒険者になる事といい、弟子入りの件といい思いっきりがいいよな……まぁ、そういうのは嫌いじゃないぜ」


 にっと笑ったベルガルムは部屋は空いていることを告げて、フィオンに宿代について説明を始める。トーアとギルが個室を取っていることを確認したフィオンはそれぞれの部屋が並ぶように部屋を取り、ベルガルムから鍵を受け取った。

 一度部屋に行って旅装を解いたフィオンが酒場に戻ってくるとギルに訓練を頼む。


「なら今日は訓練にしようか。トーアは?」

「私は月下の鍛冶屋で雑用の予定かな。ギル、フィオンに無茶させないでね。フィオンも無理しないように」

「うん、わかってるよ、トーアちゃん!」


 いつも通りやる気を漲らせたフィオンの言葉にトーアは少しだけ心配になるが、ギルが居るから大丈夫だろうと思うことにした。朝食を済ませた後、宿を出発したトーアは、ロータリー内にあるギルドの前でギルとフィオンと別れ、月下の鍛冶屋へと向かった。

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