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第七章 灰鋭石の硬剣 3

 トーアが月下の鍛冶屋に入るとカウンターにはトラースが座っていた。


「おはよう、トラース」

「トーア、おはよう!ガルドさんが鍛冶場に来てくれって言ってたよ」


 元気の良いトラースの挨拶を聞きながら、トーアは頷き月下の鍛冶屋の鍛冶場へと足早に向かった。昨日、溶かした鉄インゴットの様子が気になったのもある。

 鍛冶場ではイデルが腕を組みながら作業用の椅子に座っており、トーアの姿を見ると笑みを浮かべて立ち上がった。


「おはようございます、イデルさん」

「ああ、おはようさん。トーア、昨日の奴、さっそく型から外すんだろ?」

「はい、そのつもりです」


 なら早速始めようぜというイデルと共にトーアは、鍛冶場の奥にある精錬室に入る。そこにはすでにミデールとガルドが待っていた。トーアに気が付くと二人は朝の挨拶を口にする。

 挨拶を返したトーアは冷却用の棚の前に進み、型を覗き込んだ。


「いい感じだ。トーア、早速取り出してみろ」


 ガルドが差し出した小型のハンマーをトーアは受け取る。

 枠の底をはずして押し固めた砂と鉄インゴットを軽くハンマーで叩いて取り出した。

 砂を払い取り出した鉄インゴット全体を検めるふりをしながら、トーアは【物品鑑定<外神アウター>】でアイテムランクを確認し、【特殊アンコモン】になっている事を確認する。


――うん、まぁ……うまくいったんじゃないかな。


 CWOでは精錬を行うだけでもっと上位のアイテムランクになっていたのを思い出したトーアだったが、現状では仕方ないと思うことにした。

 インゴットをガルドに渡して、トーアは別のインゴットを枠からはずしていく。


「……問題ないようだな」


 別のハンマーでインゴットを軽く叩き、音を確認していたガルドも小さく頷いていた。質についてはお墨付きらしく、トーアも少しほっとした。

 全てのインゴットを取り出して砂を取り払った後、トーアはガルドに向き直る。今日は炉を使わせてもらい、ギルとフィオンの剣を用意するつもりだった。もし駄目であれば、野外に炉を取り出して鍛造でもしようとトーアは考えていた。


「炉を使うか?」

「は、はい。……大丈夫ですか?」


 トーアの雰囲気に何かを察したのか、トーアが炉を使いたいという前にガルドが確認してくる。面食らったトーアだったものの、ガルドが重々しく頷いた事で内心ほっとする。

 ガルドは傍にいたイデルやミデールに炉の準備をするように言い、トーアが精錬した鉄インゴットを抱えて鍛冶場へと歩いて行った。

 炉には火が入れられ、ふいごによって赤く火花が舞い上がる。トーアは鍛冶の準備を整えていた。前回と同じように鉄インゴットから刀身や部品を鍛造する。

 打ちあがった刀身を眺めてトーアは満足感を覚える。


――よし……いい出来栄え。これならギルやフィオンに胸を張って剣を渡せる。


 この世界に来てやっと満足の行く出来にトーアの頬は自然と緩んでいた。


「納得がいくものが出来たようだな」

「はい。良い物が出来たと思います」


 後ろから徐冷中の刀身を眺めたガルドの言葉にトーアは頷いた。

 使い終わった炉をトーアが片付けようとすると、ガルドからトラースに任せてやれと言われて、素直に頷きトラースが片付ける様子を見守る事にする。

 てきぱきと手際よく危なげなく、そして丁寧に片づけを行うトラースの表情は真剣で、トーアはトラースもまた鍛冶師になるために成長してるんだなと感じた。


「トーア、夕食を食べていかないかい?」

「あ……嬉しいんですけど、パーティのメンバーが宿で待っていると思うので……」


 夕食に誘ってくれたカンナに申し訳なく思いながら断ると、それは仕方ないとカンナは笑った。


「なら、また明日ね」

「はい、お疲れ様でした」


 挨拶をして頭を下げたトーアは月下の鍛冶屋を後にして、夕凪の宿に向かった。満足がいくできの剣ができそうだと、上機嫌だった。


 日がほぼ沈み、宿屋通りに面した建物からは【刻印】で作成された明るいランタンや獣脂を使った薄暗い明かりが漏れ、道を照らし始めていた。

 トーアが夕凪の宿に付くころには日は完全に沈んでいた。ギルは既にいつものカウンターに腰掛けており、酒場に入ったトーアの姿を見つけると笑顔を浮かべた。


「おかえり、トーア」

「ただいま、ギル。今日はギルとフィオンの剣の刀身を作ったよ」

「出来栄えはどうかな?」

「ふふふ……それは出来てからのお楽しみって事で」


 トーアは思わず笑いを漏らすとギルも笑みを浮かべてわかったと返した。

 ギルとともに夕食を食べた後、トーアはギルに明日、フィオンを宿につれてきて欲しいと頼んだ。


「それは構わないけど」


 怪訝そうにするギルにトーアは、訳を話し始める。


「明日には剣が出来ると思うから、すぐ渡そうと思って」

「なるほど。なら明日は早めに切り上げて宿に戻ってくるかな」


 トーアの頼みごとを快く受けてくれたギルに、明日を楽しみにしていてねとトーアは言った。




 日が昇り、トーアは月下の鍛冶屋でギルとフィオンの剣を完成させるため作業を始める。

 フィオンの剣はトーアの見本剣よりもやや細身である事以外、外見でわかる変更はない。ギルの剣は、見本剣よりもやや長く、そして重量も増している。


「……うん、いい」


 研ぎあがり、まだ水に濡れた刀身を眺めトーアは感嘆の息とともにつぶやく。

 昨日、刀身を打ち上げた時点で手ごたえを感じた出来栄えだったが、刀身を磨き上げた事でその出来のよさには、作ったトーアも見惚れていた。

 水気を残さないようにしっかりと拭き、作った部品とあわせ、剣として完成させる。

 ギルとフィオン、それぞれに渡す二つの剣のアイテムランクは【固有ユニーク】となっており、トーアが差す剣よりも一ランク高いものになった。

 CWOの解説では、【固有ユニーク】は“名工の作品。一品物や希少な材料を使用して作成されている”とある。採掘から精錬、鍛冶まで一貫してトーアの手によって行われた事で、手が入る都度徐々にアイテムランクが上昇して【固有ユニーク】となった。

 完成した剣を鞘に納めたトーアは、鍛冶場のテーブルに座るガルドの前に置いた。


「出来ましたガルドさん、どうでしょうか」

「……トーアが良い物と言うだけの事はある」


 二つの剣を抜き、全体を確認したガルドは仏頂面のまま頷いた。他のイデルやミデール、トラースもまた二つの剣に見惚れていた。


「トーア、二つも作ってどうするんだ?トーアが腰に差している剣と微妙に違うようだが」

「パーティを組んでる人に渡すつもりで作ったので。今日、渡すつもりです」


 ギルやフィオンが喜んでくれたらいいなぁとトーアは思い笑顔でイデルに答えると、ぎょっとした顔をしていた。


「おいおい……トーア、まさかコレをタダで渡すつもりじゃないんだろうな?」

「え、あ、まぁ……そうですけど……」


 フィオンには、いま使っている剣では危ないためでもあるし、ギルに関して言えばトーアが作る剣以外のモノを持つのも少し嫉妬してしまうからだった。


「はぁぁ……この剣の出来栄えはほいほいと渡すには惜しいくらいなんだぞ……」


 がっくりと肩を落として天井を仰ぐイデルにトーアは困りつつ笑った。店も持たない身の上で代金を請求するのも厚かましいと思っていた。


「いいんです、私が採掘から精錬、加工まで済ませたものなので、炉の燃料代以外は全て私の労力から出来てますし」

「だからってなぁ……片手間で作ったとは言えないものだしなぁ……あんまり自分の腕を安売りするなよ?」

「はい。これがタダなのは今回だけですよ」


 トーアがそう答えるとあたりからは安心したかのような溜息が漏れた。


 打ち上げた二つの剣を持ち、トーアは夕凪の宿に戻る。いつものカウンター席に座り、剣をカウンターに立てかけようとする。


「お、昨日話してた剣だな?カウンターに載せて見せてくれよ」

「いいけど……抜かないでね。最初はフィオンが抜くんだから」


 元冒険者であるからか“自分のための剣”というものには心惹かれるらしいベルガルムは、興味があったようだったが、トーアの言葉にあっさりと頷く。


「それもそうだな」


 本人が抜くべきとベルガルムも思ったらしく、あっさりと引き下がった。しばらくしてギルがフィオンと共に酒場にやってくる。


「トーアちゃん、用事があるってギルさんから聞いたんだけど……」


 どこか所在なさげなフィオンの様子にギルが剣を渡す為に呼んだとは言っていない上、フィオンも今日渡されるとは思っていないらしいことをトーアは悟った。


「フィオン、おまたせ。約束してた剣だよ」

「え、あ、ありがとう……!」


 椅子を降りたトーアはフィオンに剣を差し出すと、ぱぁっと顔を輝かせる。


「ベルガルム、非常識かもしれないけどここで抜いてもいい?」

「おうよ。トーアが打った剣は俺も興味があるし、他の奴等も気になってるみたいだからな。だが振り回すなよ?」


 ベルガルムの言葉に酒場に居た客達は話をやめて、剣を受け取ったフィオンに視線を向ける。

 視線が集まったフィオンは緊張した面持ちで、柄に手をかけてゆっくりと抜いた。

 鞘走りの僅かな音が響き、刀身が鞘から姿を現し、獣脂の明かりを反射する。

 トーアが今の道具、設備で打ち上げた渾身の一振りは、ゆがみはあるはずも無く、剣を抜いたフィオンの顔を映す。

 剣が放つ冷気にも似た鋭利さに、ごくりと誰かの喉が鳴った。


「こ、こ、これ……本当に私に?」


 何度もつっかえながらも何とか言葉を紡いだフィオンにトーアは頷いた。


「もちろん。フィオンの注文を聞いて、フィオンの為に作った剣なんだからね。重たさ、重心の位置に問題はない?」

「う、うん……私が想像したものと同じ……。あの、トーアちゃん……私のためって言ったけど……同じものは無いって事だよね?」

「そうだよ。フィオン専用、特注品って事になるかな」

「あ、あわわわ……」


 トーアの言葉にフィオンの脚が震え始める。商店の生まれゆえか、特注品の価値や重みを知っているのかもしれなかった。


「すげぇ……なんだあの剣……」

「飾り気がまったくないが、鍛冶屋通りの店先に出してる剣よりいいな……」


 ひそひそと話す客達の言葉にフィオンは一層慌てたようだった。そして、困ったように視線をトーア、ギル、そして、ベルガルムと順に向けて行く。


「トーアが差してる剣もよかったが、そいつは……なんつーか本物だ。フィオン、それは駆け出しが憧れる“自分専用の剣”だ。大切に扱えよ」


 ベルガルムの言葉にフィオンは握った剣に視線を移して、見据える。いつの間にか脚の震えは納まっていた。


「はい!」


 どこか決意をにじませた表情でフィオンは剣を鞘に納める。そして、フィオンはトーアに礼を言った後、家に帰ると、しっかりした足取りで宿を出て行った。


「剣も揃った、腕前も上がってるみたいだし……フィオンも成長してるね」

「剣の方が良すぎて腕前が追いついていないって事になって、慢心や過信をしなきゃいいんだがな」


 カウンターに座りなおしたトーアの何気ない呟きをベルガルムは聞いたのか腕を組みながら息を吐いていた。眉を寄せて考え込む表情はそのような駆け出しを幾度となく見てきた事をトーアは感じた。


「そんな事はさせません。慢心や過信をして死ぬために僕は剣を教えている訳じゃないですし、トーアだって剣を作ったりしませんよ」


 ベルガルムの言葉を否定するようにギルはトーアの隣の席に座り、同意を求めるように視線を向けてくる。

 トーアが頷くとベルガルムは面白そうに口角を上げて笑った。


「確かにな。トーアとギルが面倒を見ているんだ、心配することはない……か」


 何かを思い返すかのようなどこか遠い目をベルガルムはしていた。


「なぁ、トーア。鍛冶の依頼は取ってないのか?」


 別の席で飲んでいた常連客の声にトーアは振り返って、首を横に振った。


「流石に炉を借りて作ってる身分の私に、注文を取るのはおこがましいしね」

「おいおい……それっていいのかよ」


 別の客からの言葉に、トーアは非常に後ろめたく思っている事を指摘されたような気分になり言葉に詰まった。


「店を出す事も考えてるけど……そっちはまだぜんぜん未定っていうか……」

「店、なぁ……それもそうだよなぁ。店を出すのは金がかかるしなぁ……俺の故郷にも店を出すって言い出して村を出て行った鍛冶師見習いがいてなぁ」


 唐突に始まった酔っ払いの話をトーアは聞き流しつつ、ベルガルムに夕食を頼む。そして、隣に座るギルに二つ目の剣を渡した。


「こっちがギルの剣だよ」

「うん、ありがとう」

「お、ギルの方も作ってもらったのか!」

「抜いて見せてくれよ!」


 他の客からの言葉にギルは頷いて、ゆっくりと剣を抜いた。


「うん……流石、トーアだね。注文どおりだよ」

「ふふ、私も今回はいい出来だなって思ったからね」


 トーアが照れたように微笑むと、ギルは微笑みを返して剣を鞘に納める。


「まったく、あんな剣を打てる腕前の鍛冶師がフリーで冒険者してるってエレハーレの鍛冶屋連中が知ったらどうなるんだろうな」


 店の酔っ払いの呟きにトーアはその事を考えてみたが、今のトーアの名前が知れ渡っているのはゴブリン討伐時の話だけで、鍛冶師として、生産者としての名前は知られていない。月下の鍛冶屋で鍛冶は行うものの、ガルドたちが他の鍛冶師達に話した様子も今のところなかった。

 本音としては冒険者としてではなく生産者として認知されたいと思うものの、エレハーレの生産者と軋轢を生むのは避けたいかなともトーアは思っていた。

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