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第七章 灰鋭石の硬剣 2

 魔導炉が充分な熱量を持ち始め、いざ精錬とトーアは思ったが魔導炉の上部と操作部分には距離があるため、鉄鉱石を投入することが出来ない事に気が付く。


「トーア、良ければトラースに手伝わせてやってくれないか?」

「いいですよ。トラース、用意を整えてから梯子の上に上って」

「あ、は、はい!」


 名前を呼ばれたトラースはそのままの格好で梯子に向かうが、イデルに肩をつかまれ耐熱エプロンやグローブを身につけるように怒られていた。慌てなくていいよとトーアは声をかける。一度、イデルに怒られたためか次は、しっかりと用意が整った事を自ら確認したトラースは作業用の梯子を上った。


「よし、それじゃトラース、合図をしたら一つずつ炉の中に入れて。落ちないようにね」

「はい!」


 しっかりと返事を返したトラースに小さく頷き返したトーアは、再び魔導炉の操作部分に触れて魔力を注ぎこみ調節を始める。

 炉の温度があがるにつれて部屋の温度もあがり、トーアは額の汗を拭いトラースに合図を送った。

 トラースが恐る恐ると言った感じに、鉄鉱石と炭素成分としての石炭を炉の中に放り込んで行く。炉の側面についた窓部分から中の様子を確認しながら、トーアは操作を続ける。

 内部で鉄鉱石から鉄が精錬され、溶けた状態になっているのを確認したトーアは、様子を見ていたガルドたちに顔を向けた。


「そろそろ鋳型に鉄を流し込みます。トラース、降りてきていいよ」


 はいと返事をしたトラースは、梯子を確認しながら降りる。

 降りたのを確認した後、トーアは炉から鋳型へと鉄を流し込んで行く。一つ一つ丁寧に流し込んだ後は、イデルやガルドが手早く冷却用の棚へと運び、溶かした鉄鉱石は全てを鉄インゴットに加工した。


「ふぅ……」


 身体はびっしょりと汗で濡れて気持ち悪かったが、冷却中の鉄インゴットは今のところ失敗はないように見えほっと息をついていた。


「トーア、お疲れさん」

「あ、ありがとうございます」


 カンナが差し出したタオルをトーアは礼を言って受け取り、流れる汗をタオルで拭いて行く。

 月下の鍛冶屋の魔導炉はトーアが最初見立てたとおり、質のよいものだったが消費する魔力を軽減するといった【刻印】はなく、トーアはステータスの高さによるゴリ押しで精錬を長時間行っていた。

 塩の入った水を飲みながらタオルで汗を拭いているとカンナが呆れたような視線をトーアに向けて居ることに気がついた。


「まったくすごいもんだね。ぶっ続けで精錬なんて私がやったら倒れちまうよ」

「は、ははは……冒険者としても鍛練してますから……」


 トーアは思わず乾いた笑いを漏らして誤魔化すように言った。


 精錬したインゴットの冷却は時間がかかるため、その日は宿に戻る事にしたトーアは、ガルドたちに挨拶をして月下の鍛冶屋を出る。精錬できるとは思っていなかったため、トーアは上機嫌で鼻歌交じりに宿屋通りを歩く。これで懸案だったギルとフィオンの剣の鍛造が出来ることにもなり生産にも本腰を入れて取り組めるようになる。


――でも、ホームドアでやりたいよなぁ……。けど二人を置いてまた異界迷宮に行くもの考えものだし……我慢しよ。


 当分は『小鬼の洞窟』に出発する前のような生活だとトーアが考えているうちに夕凪の宿に到着した。

 カウンター席には先に戻ってきていたギルが座っており、トーアが酒場に入ってくるのを見ると、笑みを浮かべる。


「おかえり、トーア」

「ギル、ただいま」

「異界迷宮はどうだった?」


 真っ直ぐにトーアはギルの隣の席に座った。だが、月下の鍛冶屋で精錬を行った際、汗を大量に流した事を思い出してすぐに立ち上がる。


「トーア?」

「あ、えっと、詳しい事は後で話すけど、いろいろあって月下の鍛冶屋で精錬してきたから、汗かいてるだろうし部屋で着替えてくる」


 わかったよと言うギルからトーアは離れ、給仕をしていたトリアから部屋の鍵を受け取って、足早に部屋に向かった。

 そして、ホームドアで急いで汗を流して新しい下着と服に着替えた後、ふとどうしてこんなに気を使ったのか、トーアは気が付いた。


「……いや、ほら、相手を不快にさせるのは……嫌だし」


 誰ともなく言い訳がましいことを呟いて、トーアは酒場へ戻る。


「おまたせ、ギル」

「大丈夫だよ。それで異界迷宮はどうだった?精錬したってことは採掘はうまくいったようだけど」


 ギルにそう問われ、トーアはゴブリン討伐の際に助けた冒険者に絡まれ、そして、真剣を抜こうとする男に対し威圧した事を苦々しく思い出した。


「異界迷宮はよかったんだけどね……」


 トーアは少しだけ微妙な気分になりながらギルに何が起こったのかを話す。


「へぇ……そんな事が……。まったく、そういう努力を別の方向に向けることは出来ないものなのかな」

「ははは、そいつらも災難だな。なんて言ったってトーアに向かって行くんだからな」


 話が聞こえていたのか調理場からベルガルムは笑いながら現れる。どういうことだという言葉が口元まで上がってきたトーアだったが、絡まれた冒険者達に何をやったかを思い返して言葉を飲み込んだ。

 トーアはギルとともに夕食を頼んだあと、『小鬼の洞窟』に行っていたときに起こった出来事を尋ねる。


「僕は特に何もなかったよ。フィオンとクエスト行ったり、鍛錬したりって感じかな。あー……ギルドの方でちょっと事件があってね」

「事件?」

「うん、昨日の事なんだけど、街から一番近いアリネ草の群生地が根こそぎ採取されていたのが見つかってね」

「えっ……必要以上とらないようにってわざわざギルドから言われてるのに?」


 何を一体バカな事をとトーアは思いながら眉を寄せるとベルガルムが夕食を調理場から運んでくる。


「その話か。ギルドからも通達が来てて犯人探しに躍起になってるみたいだ。ギルドに行ったんなら何か言われなかったか?」

「ううん……妙にピリピリしてたとは思ったけど」


 恐らくトーアや共にギルドで報告を行ったガーランド達は数日前から異界迷宮に行っていたことで容疑者から除外されたため、話がなかったのかもしれない。

 トーアもまたクエストに必要な数以上に採取は行うが、群生地を潰してしまうほど採取を行わない。群生地を失うデメリットのほうが高いからだ。

 群生地を失えば今度はより遠く、森の奥深くまで入らなければならず、危険も増して行く。クエストが難しくなればそれにかかる費用も増え、結果的に製品となるポーション類の値段が上がる。

 そして、最後に困るのはポーションを良く使う冒険者になる。


「だがな、躍起になってるのは一部で全体としては妙に動きが鈍いところがあってな」

「鈍いって……本気で犯人探しをしていないってこと?」

「まぁ、そういう事になる。……ギルドってのも色々あるからな」


 色々というベルガルムの言葉にトーアは、ギルド付に勧誘された一連の出来事を思い出し、小さく溜息を付いた。



――因果応報……最終的に困るのは採取した冒険者なんだけどな。捜査の動きが鈍いのも歴史の長い組織は既得権益とかで雁字搦めなのかなぁ……。


 運ばれた夕食に手を付けながら、トーアはぼんやりと思った。

 夕食のあと、トーアは『小鬼の洞窟』で出会った神の事を話すため、ギルを部屋に呼んだ。ホームドアに招き、前と同じように床に向かい合って座る。

 椅子やテーブルが欲しいなと思ったが、それも木材かとトーアは少しだけ肩を落とした。

 不思議そうにするギルになんでもないと言ったあと、トーアは神と話した内容をギルに伝える。


「……と、いう事があって」

「なるほど……“勇者の剣”ね」

「まぁ……デスゲームで私がやったことが原因みたいだけどね」


 神から渡されたレシピは白紙、剣が必要とされる時期も不明、話を聞いたとはいえ、考え直してみればわからない事が非常に多かった。


――少し動転してたからなぁ……もっと詳しい話をちゃんと聞いておくべきだったかも。


 トーアが神との会話を思い返しているとじっとギルが見ていることに気が付く。


「もう一度、『小鬼の洞窟』に行ってみる?」

「ううん、当分は行かないよ。また行って会えるって限らないし……」


 それもそうかとギルは呟いた。今後は、神と話したとおりこの世界で生活して行くための地盤固めという方針で生活する事をトーアは話した。


「そうだね。トーアは店でも構える?」

「うーん……ゆくゆくはそのつもりなんだけど、エレハーレじゃなくてラズログリーンか王都でって考えてたけど、異界迷宮で素材の取れ方がいいからラズログリーンにだせたらなぁって。……簡単じゃないかもしれないけど」

「うん、いいんじゃないかな。ラズログリーンのほうが冒険者の仕事も多そうだしね」

「まぁ、店を出すのはそんな簡単なことじゃないと思うし……ホームドアで物作りはできるしね」


 物作りと言ったトーアは『小鬼の洞窟』で大量の鉱石を入手し、月下の鍛冶屋で精錬した事を思い出した。


「あ、そうだ、『小鬼の洞窟』で鉱石一杯取れたのと、月下の鍛冶屋で精錬も出来たからギルの剣作れるよ」

「お、本当?ウィアッドで貰った剣だけじゃ心もとなかったからね」

「じゃぁ、注文を聞きましょう」


 トーアはニッコリと笑いながら見本剣をチェストゲートから取り出し、ギルに差し出す。見本剣を受け取ったギルは鞘から抜き、構える。

 CWOではギルの持つ剣は割と作っているため注文は確認に近いものだったが、ギルの要望をトーアはパーフェクトノートに書きとめ、見本剣を返してもらう。


「なら、出来るのを楽しみにしててね」

「ああ、わかったよ。フィオンの剣はどうする?」

「……明日、ギルドで聞けばいいかな」


 トーアは少し考えたあと、そう答えた。

 頷いたギルは立ち上がる。トーアはおやすみと部屋を出て行くギルと挨拶を交わしたあと、扉に鍵をかけて日課を済ませてベッドに寝転んだ。




 翌朝、トーアはギルドでギルとともにフィオンを待っていた。


「あ!トーアちゃん、戻ってきたんだね」

「久しぶり、フィオン。クエストに出る前にちょっといいかな」


 フィオンは首を傾げるものの頷いた。トーア達はギルドの裏にある広場に移動する。そして、トーアはフィオンに見本剣を差し出した。


「フィオンに剣を打ってあげるって言ったでしょ?用意が整ったから注文を聞こうと思って」

「え……あ、本当にいいの?」

「もちろん。ギルにも作ってあげるし、それに扱いにくい武器を使い続けるのも危ないしね」


 見本剣をフィオンに持たせて構えさせ、トーアはパーフェクトノートをウェストポーチから取り出す。


「あ、う、で、でもトーアちゃん!私はまだ、こうしてほしいっていうのは全然わからないんだけど……」

「なら、とりあえず見本剣を振ってみて。それでこの剣は重たい?軽い?長く振り続けることは出来そう?」


 トーアが促すまま、フィオンは剣を縦に振る。

 その剣筋はギルとの訓練の賜物か、身体はぶれることなく真っ直ぐなものになっていた。上達しつつあるフィオンに、トーアは笑みを浮かべた。


「うーん……振ることはできるけど、振り続けるのは難しいかも」

「ふんふん……重心はとりあえずそのままにして、重量を調節してみようかな。長さはフィオンの剣と同じぐらいにしてと……」


 握りである柄の長さや太さを確認したあとトーアは、フィオンから見本剣を受け取り鞘に納める。


「よし、フィオン、後は完成するまで待っていてね」

「わかったよ、トーアちゃん」


 期待の篭った瞳を向けられたトーアは頷き、胸の奥からやる気が湧き上がる感覚に唇が弧を描く。そして、クエストに向かうギルとフィオンと別れ、トーアは月下の鍛冶屋に向かった。

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