第七章 灰鋭石の硬剣 1
異界迷宮『小鬼の洞窟』で大量の鉱石や土などの素材を入手したトーアは、そこで出会った人間で騎士であるガーランド、狼顔の獣人で剣士のヴォリベル、エルフで弓使いのオクトリア、人間で癒しの魔法を使うというペフィメルの四人組みのパーティと共にエレハーレに到着する。
真っ直ぐにギルドに向かい受けていたクエストを報告し、冒険者横丁に向かうという四人とギルドの前で別れの挨拶を交わしていた。
「リトアリス、おまえが店を出した時は必ず注文するからな」
「はい。もしかしたら、迷宮都市のほうで店を構えるかもしれないので……」
「構わないよ。僕らはもともと迷宮都市を拠点にしているし。今回は、護衛のクエストでエレハーレに来て、『小鬼の洞窟』に試しに挑戦してみただけだから」
「なら……その時は、是非」
こちらこそなというガーランドの言葉にトーアは笑みを返し、四人と握手を交わして冒険者横丁へと歩いて行くのを見送った。
素材が大量に手に入ったことと、是非武器を作って欲しいと言われて上機嫌で夕凪の宿へ向かう。
数日振りに夕凪の宿のスウィングドアを押して、一階の酒場に入る。何時も通りベルガルムがカウンターでコップを磨いており、入ってきたトーアに視線を向けて口角をあげて笑みを浮かべる。
「トーアか、小鬼の洞窟はどうだった?」
「小鬼の洞窟は……まぁ、よかったんだけどね」
ゴブリン討伐で救出したはずの冒険者に絡まれて模擬戦をして、つい威圧で相手の動きを止めたことを思い出したトーアは頬を掻く。トーアの態度にベルガルムは怪訝そうな顔をしていたが、トーアは今度話すとごまかし、部屋を借りる代金を支払い鍵を受け取った。
宿の部屋に入ったトーアはすぐに鍵をかけてホームドアを発動する。ホームドアに入ったトーアはその場で旅装を解きながら、湯浴みの準備を始める。
『小鬼の洞窟』近くの宿泊が出来る建物では、顔を洗う程度しかできていなかったので髪の中に砂や埃が入り、気持ち悪かった。
「あー……こういうときはゆっくりとお風呂に浸かりたいなぁ……」
旅装を解いたトーアはそのまま全裸になり、三つ編みを解く。お湯で湿らせたタオルで身体を拭いた後、長い髪をお湯で濯いだ。すっきりとした気分で乾いたタオルで髪と体を拭き、下着を身につけてトーアはやっと一息ついた。
綺麗な部屋着に着替え、探索で使ったもののメンテナンスを終えたトーアは道具をチェストゲートに収納する。いつの間にか顔には満面の笑みが浮かんでいた。
「ふふふ……さぁてぇと……!」
ホームドアから一度でたトーアは、うかれながら部屋のベッドに腰掛けてパーソナルブックを開く。念願であった個人用の生産施設が出来るという期待からトーアの頬は緩みに緩んでた。
鼻歌交じりにホームドアの管理ページを開いたトーアは、早速、炉と金床の作成を行う。作成したのは簡単な構造の炉で最低限鍛冶が出来るだけの環境である。入手難度の高い素材を使用した炉になれば生産時に補正がかかるようになる。また金属を精錬するための高炉や転換炉も、効率化、全自動化などの機能が付属するようになる。現実では存在しない素材を使用した特殊な精錬炉もあるが、現在のトーアには手が届かないというよりも必要な素材がないため作ることはできなかった。この世界に来る前のホームドアであればホームドア内の鍛冶用の部屋に設定してあった。
作成した炉や金床がチェストゲート内に収められている事を確認したあと、ホームドア内に設置しようとするとすると『設置できない部屋です』という警告文が表示される。
「……あ、そっか最初の部屋には設置できなかったか……」
鍛冶が可能な部屋に設置しなければいけなかった事を思い出したトーアは、しかたないと新しい部屋を作成しようと再びホームドアの管理ページを開いた。鍛冶が可能な最も簡単な部屋を探して作成を行おうとする。
『必要な素材が足りない為、作成することが出来ません』
「……は?」
ARウィンドウに表示された内容にトーアは思わず声を上げてもう一度、作成を行った。
『必要な素材が足りない為、作成することが出来ません』
「えぇ……」
変わらない結果にトーアは眉を寄せて、不足素材を確認すると木材が絶望的に足りないとわかる。
「あぁぁ……しまった、駄目だぁ……」
まだ好き勝手に物を作れないとわかったトーアはがっくりとうな垂れてベッドに倒れこみ、不貞腐れ気味に顔を枕に埋めた。
トーアのチェストゲートには、異界迷宮『小鬼の洞窟』で採掘した鉄、錫、銅、鉛といった鉱物の原石から、土、粘土、石灰石、石炭等と鉱物類は幅広くあり、ラクアの森、センテの森で採取した植物や果物類、魔獣討伐で解体して手に入れた未加工の皮がある。
だが木材だけは薪があるだけで部屋を作れるような原木はない。
「うぅぅぅ……」
唸り声を上げながらトーアはベッドの上で左右に転がって打開策を考えるが、無い物はどうする事も出来ないと結論し、溜息と共に起き上がった。
「共用の精錬炉なんてあるわけないだろうしなぁ……ガルドさんに相談してみようかなぁ……。でも月下の鍛冶屋に精錬用の炉なんてあったかな?」
今まで何度も月下の鍛冶屋に行ってはいるものの、鍛冶用の炉だけを見ただけで精錬用の物は見たことがなかった。
一度、ガルドが専用の炉で精錬していると聞き、倉庫には鉄鉱石が置かれていたため、何らかの方法で鉄鉱石を鉄に精錬しているはずだった。
「やっぱり聞いてみないとわからない……か。あったら鉄鉱石を渡す代わりに使わせてくれないかなぁ……」
無理だろうなとトーアは都合のいい考えをやめて、再び溜息を付いた。ベッドにあお向けに寝転がり窓から空を眺めるとまだ日は充分に高い場所にあった。トーアは勢い良く起き上がり、寝ていても仕方ないと出かける準備を始める。
髪を再び三つ編みにしてまとめ、リュックサックを手に部屋を出たトーアはベルガルムに少し出かける事を伝えて、部屋の鍵を渡した。
夕凪の宿を出たトーアは真っ直ぐに月下の鍛冶屋に向かった。店が開いていることを確認し、扉を開けるとカウンターにはちょうどガルドが出てきていた。
「こんにちは、ガルドさん」
「トーアか、今日はどうした?」
「異界迷宮の『小鬼の洞窟』を探索して鉄鉱石を採掘してきたんですけど……」
「……異界迷宮をか。確かにトーアは冒険者の仕事をしているのはわかるが……」
ガルドがなにやらぶつぶつと呟きながら目じりを指で揉む。何を言っているのかまで聞こえなかったトーアは不思議そうに首をかしげる。
「それで鉄鉱石を採れたのはいいが、どうしたんだ?」
「はい、精錬する方法がないので……正直な所、売るぐらいしか」
「まぁ……そうだな……」
ガルドは表情を険しくさせ、悩んでいるかのように頭を掻いていた。
「精錬したいんなら、うちのを使えばいいじゃないか」
「カンナさん?」
悩むガルドの後ろから現れたカンナの言葉にトーアは首をかしげ、ガルドはじっとカンナを見つめる。
「……いいのか?」
「いいも何も使わなかったら私の腕も錆びるし、折角のあれも埃をかぶるだけだしね」
「わかった。トーア、精錬は出来るのか?
「はい。一応、出来ます」
「なら、こっちだ」
二人のやり取りを見ていただけのトーアは、ガルドに言われ訳もわからず後をついていった。
鍛冶場の奥まった場所にある扉をあけるともう一つの部屋があった。部屋の真ん中には小型の高炉が置かれ、そばには高炉に鉱石を入れるための作業用の梯子もある。壁際には精錬した金属をインゴットにするための型も並べられていた。
高炉には赤や黄色といった宝石のような輝きを持った結晶が象嵌され、細かな幾何学模様が刻み込まれている。
「これは……魔導炉ですか?」
「そうだよ。私たちが結婚した時のお祝いに、この人の師匠筋から貰ったものさ」
カンナはそういいながら魔導炉に少しだけかぶった埃を手で払い目を細めていた。
魔導炉とは通常の精錬炉と同様に鉱石を入れることで精錬を行えるものだが、燃料となるコークスや不純物の除去の為の石灰などを必要としない。炉に埋め込まれた“精霊結晶”と【刻印】によって炉内で鉱物を抽出する。
“精霊結晶”は色彩鋼や魔導石と異なり、魔力を注ぎこむ事で火を発したり、水を生み出すといった現象をそのまま発生させるものである。CWOでは鉱石と同じように採掘で入手可能だが、他の鉱物に比べ入手難度は高く総じて高級品扱いされていた。名前に精霊とつくが精霊が結晶化したわけではないとCWOのアイテム解説には書かれていた。
「小さいけどしっかりと精錬できる代物だよ。うちみたいな規模の鍛冶屋ならコレくらいで充分さ。まぁ……この頃は滅多に使わなくなったけどね」
「あ、あの……いいんですか、そんな記念品を私が使っても……」
「せっかくあるんだから使わないとね。それに魔力を注ぐ私の腕だってさび付いちまうよ」
物にもよるが【刻印】が刻まれたものに魔力を注ぐには【魔法基礎】のアビリティレベルを上げなければいけない。刻みこんだ【刻印】に周囲のマナを収集するようにすれば、【魔法基礎】がなくても使える汎用的な品物になる。ウィアッドの宿にあった水洗トイレはこれに当たる。
【刻印】の加工をするためにも【魔法基礎】は必要な為、トーアはある程度のアビリティレベルを持っている。そのためカンナの手伝いを必要としないことにいたたまれない気持ちになったトーアはニッと笑みを浮かべるカンナから少しだけ視線を横に泳がせた。
対価もなしに使うのは厚かましいと思ったトーアは、リュックサックを降ろして手を入れ、チェストゲートから鉄鉱石を満載した麻袋を取り出して、近くに置いた。
「わかりました。その、精錬のお礼に鉄鉱石を受け取ってください。……これくらいしかないですけど」
大きな麻袋は大人が抱えるほどあり、鉄鉱石だけでかなりの量がある。ガルドは麻袋を開けて、中から鉄鉱石をひとつ取り出し、質を確認してるようだった。
「なかなかいい鉄鉱石だな」
「そんな気にしなくてもいいんだよって言いたいところだけど、使うものだからね」
トラースを呼ぶカンナと、一つ一つ鉄鉱石を確認しながら取り出しているガルドに、トーアは麻袋一つ分が対価だと伝わっていない事に気が付いた。
「あ、これ全部を受け取ってください」
「いいのかい?トーアが精錬する分がなくなっちまうんじゃ……」
「いえ、まだありますから」
鉄鉱石を入れた二つ目の麻袋を取り出して見せたトーアだったが、カンナもガルドも驚きに目を丸くしていた。
魔導炉の近くにインゴットの形状に砂を敷き詰めた型を用意し、カンナが炉の傍に立って魔力を注ぎ始める。トーアは作業用の梯子に登り、鉄鉱石を投入する準備を整えていた。
部屋には初めて魔導炉を動かすところを見るというトラースや、作業を見学しているイデルやミデールも居る。
炉から感じる熱量にトーアは、カンナに温度をあげるように頼み、必要な熱量になったところで、注ぐ魔力を維持するように頼んだ。
「このままでいけますか?」
「うーん……ちょっと私の【魔法基礎】じゃ、長時間は無理だね。【魔法基礎】の鍛錬をサボってたのも響いてるね……」
魔導炉の操作部分に触れていたカンナがトーアに向かって申し訳なさそうに呟いた。無理をして精錬に失敗する事を避けるカンナに、トーアはしっかりとした職人の気質を感じていた。
「あの……カンナさん、代わりに私がやってもいいですか?」
「トーアがかい?精錬をしながらできるのかい?」
カンナの問いにトーアは頷いた。カンナは少し考えた後、やってみなと魔導炉の操作部分の前からどけて、場所を開けた。
トーアはありがとうございますと軽く頭を下げて、魔導炉の前に立った。
――カンナさんが言うように確かに小型だけどしっかりしてるし、炉自体の性能は高そう。ガルドさんの師匠筋からの贈り物だって話だけど、腕のいい職人なんだろうな……。
初め見たときはうっすらと埃がかぶっていたものの全体は非常に丁寧に手入れがされており、大切に扱われている事をトーアは感じた。操作部分に手を触れて魔力を注ぎ込み始める。
トーアの魔力に反応して魔導炉に刻み込まれた【刻印】と精霊結晶から再び光が漏れ、炉の温度が上がっていった。