表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
60/167

第六章 異界迷宮 4

 途中、迷宮に出現するマインゴブリンやケイブバット、ビックワームに遭遇するものの、生産が好き勝手できる事でとても調子のいいトーアに取って手こずる相手でもなかった。


――高笑いを上げながら走って帰りたい気分……。


 にやついた顔を隠そうともせずにトーアはドロップ品を拾って、革袋に入れてチェストゲートに収納する。

 『異界渡りの石板』に到着した後、入ってきたときと同じように『迷宮から出ること』を念じると、幾度目かの浮遊感を感じてトーアは目をつぶった。

 固い床の感触に目を開けると『異界渡りの石板』を保護する為の建物の中に戻っていた。


「ふぅ……あぁ……顔を洗いたい」


 採掘をしたためかほこりっぽい感じがしてトーアはいそいそと建物を出る。

 煙突のある建物の裏に回ると屋根の付いた井戸があり、数人の冒険者が使っていた。トーアに気が付いた数人の冒険者がひそひそと言葉を交わすのをトーアは無視して井戸から水を汲み上げる。

 身につけていたグローブをはずして汚れを落としてからリュックサックにひっかけ、鞄からタオルを取り出し、冷たい井戸水で顔を洗う。

 ふぅっと息を吐いて幾分すっきりしたトーアだったが、まだちらちらと視線が向けられている事に内心、辟易する。

 ゴブリン討伐の一件でトーアの特徴については、エレハーレの冒険者達に知れ渡っている可能性があり、それでも話しかけてこずにこそこそと言葉を交わす冒険者達にトーアは怒りを覚えそうになった。


――まぁ、いいや。今はとっても機嫌がいいし。


 資材が集まった事で上機嫌だったトーアはどうでもいいことと思い、水を捨ててリュックサックを片手に建物に入る。

 裏口から入ったためかドアの先は調理場、食器や調理器具が並んでいた。壁には『次の冒険者のために食器、調理器具は丁寧に扱い、清潔と整理に努めること』と書かれた張り紙があった。

 食事はここで作ればいいかと思いながら、トーアは調理場の奥にある広間へと移動する。広々とした広間には冒険者たちがパーティと思われるかたまりで座っていた。広間には火の入っていない暖炉が一つだけあった。

 トーアは誰も座っていない壁際に向かい、そこで腰を下ろした。トーアが腰を下ろす頃には集まった視線は既に離れていたが、一つのパーティからの視線だけは最後まで離れなかった。

 不思議に思ったトーアはそのパーティに真っ直ぐに視線を向ける。トーアの視線に気が付いた四人組のパーティはゆっくりと近づきいてきた。


「あなたはもしやリトアリス・フェリトール……ですか?」


 リーダー格と思われる硬化処理済みの革と金属のプレートをあわせた鎧を着込んだ男性に声をかけられてトーアはそうですと返した。ご一緒してもいいかとも聞かれ、トーアは頷いた。

 トーアの近くに車座に座った四人は男性が一人と狼顔の獣人が一人、女性が二人という構成で、女性の一人は特徴的に耳が長く尖っていた。


――エルフと狼の獣人、あとは普通の人間……かな。


 ファンタジックな種族を間近に見たトーアは内心、胸を高鳴らせる。あまりじろじろと見るのは失礼と思い、トーアはリーダー格の男性に視線を向けた。


「あなたの噂はよく聞いています」

「は、はは……あまりむごい噂じゃないといいんですけど……」


 男性の差し出した手を握り返し、握手を交わしながらトーアは夕凪の宿やフィオンから聞いた噂で無ければいいと思い、乾いた笑いを漏らす。

 男性は一言二言、他のパーティメンバーと言葉を交わした後、再びトーアに向き直った。


「リトアリスさん、単独ということでしたら、僕達のパーティに加わりませんか?」


 丁寧な口調ながら突然のパーティ勧誘にトーアは面食らうが、すでにパーティを組んでいる事を理由に断る。

 少しだけ残念そうにした男性だったが断られる事を前提に誘った為か、あっさりと引き下がった。


「ギルド付を断られたとも聞いています。冒険者としては大変名誉な事だと思うのですが」


 ふと思い出したかの様に質問してくる男性にトーアは少しだけ困りつつも、何度も話した理由を口にする。


「たいした理由ではないです。冒険者ではなく生産者志望なんです」

「……生産者、ですか?」


 トーアの理由が予想外だったらしく、驚きに目を見張る男性。隣に座る狼顔の獣人も、エルフの女性も女性と顔を見合わせていた。

 言葉で話すよりも見本剣を見せてしまおうと、トーアはリュックサックの影でパーソナルブックを開く。リュックサックの中に手を入れてチェストゲートを発動し、見本剣を取り出した。


「これが私の見本剣です」


 トーアの差し出した剣を受け取った男性はその場で見本剣を抜いて、しっかりと握る。驚いたように何度も見本剣とトーアに視線を行き来させた。

 俺にも持たせて欲しいと狼顔の獣人が男性に声をかけ、男性がトーアの見本剣を狼顔の獣人に渡した。狼顔の獣人もまた目を見張りトーアへと視線を向ける。


「リトアリス、どこかの工房か商店に所属しているのか?」


 低く渋い声で狼顔の獣人は尋ねてくるがトーアは小さく首を横に振った。


「いえ、懇意にしてくれる鍛冶屋はありますけど、どこかに所属しているわけじゃないです」

「そうか……」


 耳を伏せて肩を落とした狼顔の獣人は残念そうに呟いた。


「どうしたの?」


 人間の女性が狼顔の獣人の様子に不思議そうに訪ねる。


「いや、武器を作ってもらおうと思ってな。どこにも所属していないという事はフリーで注文を受けているのか?」

「申し訳ないですけど……」


 そうかと肩を落とした狼顔の獣人の様子に女性二人は顔を見合わせて首をかしげた。


「腕がいいんだ。生産者……いや、鍛冶師としてはかなりのものだよ」

「剣以外も作れるのか?」

「はい。素材と施設があれば、一通りの武器は作れます」


 狼顔の獣人の腰にあるハンドアックスに視線を走らせながらトーアは頷いた。男性から鞘に納めた見本剣を受けとると狼顔の獣人は手を差し出してくる。


「リトアリスの腕ならば店を出す事は難しいことじゃないだろう。店を出した時は生産をお願いしたい」

「はい、そのときは是非」


 トーアは笑顔で握手を交わす、是非、私もと男性も便乗してトーアはそれにも頷いた。


「ヴォリベルがそこまで褒めるなんて珍しい」


 人間の女性が驚きながら呟いた。

 見本剣をリュックサックに収納するように見せかけてチェストゲートに収納すると四人はこれから夕食にするというのでトーアは一緒に食べる事にした。


 調理場に向かいトーアは素材が集まった影響か物作りがしたくてたまらないので、チェストゲートにあるファットラビットの肉とウィアッドで受け取った乾燥野菜を使って『ウサギ鍋』を作ろうと思った。並んだ共用の鍋から一人用のものを選ぶ。

 四人は竈に火を入れて固焼きパンを温めていた。ヴォリベルと呼ばれた狼顔の獣人はすでに干し肉を口に咥えて目を細めて齧っていた。

 トーアはパーソナルブックを取り出して開き『ウサギ鍋』のページを捲る。竈の前で調理の用意をするトーアに気が付いたのか、ヴォリベルはゆっくりとトーアに近づいてきた。

 並ぶと見上げるほど背が高く、こちらの世界に来てから出会った人物の中でも一番だった。


「リトアリス、何か作るのか?」

「あ、はい。ファットラビットを使った鍋を作ろうかと思ってます」

「……うまいのか?」

「そうですね……ファットラビットの脂がスープに溶け出して旨味たっぷりのスープはそのまま飲んでもいいですし、固焼きパンを浸けて食べるのもいいですね」

「そうか……ちょっと待ってくれ」


 ヴォリベルは一度、トーアから離れ他の三人と軽く言葉を交わして再びトーアの前に戻ってくる。手には麻袋が握られていた。


「リトアリス、すまんが俺達の分も一緒に作ってくれないか?四人とも【調理】アビリティが低いから調理するとなると足を引っ張るだけだが……雑用ぐらいはできるぞ。あと、これは四人分の乾燥野菜だ」

「わかりました。一人分を作るのも五人分を作るのも同じ位ですから」


 しばらく考えた後、トーアは頷きながらヴォリベルから麻袋に入った乾燥野菜を受け取る。

 手に取っていた鍋を一人用の物から、大き目の鍋に変えた。竈に鍋をかけようとしたトーアだったが、調理場に別の冒険者が姿を現して声をかけてきたことで、顔を向けた。


「なぁ、俺達の分も頼めるか?【調理】アビリティを持ってる奴もいるから下ごしらえの手伝いはできるぞ。まぁ、持っていない奴は後片付けをするからよ」


 無精髭を生やした男性冒険者に言われ、トーアは断る理由もないのと食材を提供するという話に頷いた。そのあとも建物に居る他のパーティから夕食を頼まれ、結局、全員分の夕食を用意することとなった。


――安請け合いするからこんな事になるかな……。まぁ、食材や人手も提供してくれるっていうし、等価交換とはいかないけど、いいか。


 何より集まった食材は干し魚や干し肉、乾燥野菜に干しきのこなど、日持ちさせるために干された物が多かった。他にはトーアと同じように道中に狩ったというホーンディアの枝肉もある。そして、一部の冒険者は種族的に肉や魚が食べれないという事も言われる。果物を採ってきているから気にしなくてもいいと言われたトーアはメニューを迷う事となった。


――どうしようかな。鍋は大きいのはあるし、肉と野菜がダメな人はそのまま齧るってのも何か味気ないし……。


 パーソナルブックを片手にレシピを考えたトーアは、これならばとメニューを決める。

 【調理】アビリティを持たない冒険者には、水汲みや薪割り、外で火をおこすのを依頼し、トーアは共用のなべの中でも最も大きな寸胴を二つ竈にかけた。そして、数人用の小さな鍋も用意する。【木工】アビリティを持つ冒険者に串を作ってもらう事を頼んだ。


「メニューは、肉系のスープと魚系のスープ、ホーンディアの焼き串、あとは果物鍋です」


 作業を始める前に【調理】アビリティを持つ冒険者達にトーアがメニューの説明をする。近くに居た四人組のパーティの一人であるエルフの女性が眉を寄せていた。


「……果物鍋?」


 確かに初めて聞いた人には、眉をしかめるようなメニューかもしれないとトーアは思いながら、説明を続ける。


「はい。ラカラベースのスープに果物を入れて煮るんです。ラカラの酸味が甘さを増した果実の味を引き立てて美味しいですよ」


 うーんと他の冒険者達も首を捻っていたが、トーアは残ったら自分が食べますと言って、作業を頼んで行く。

 冒険者が狩ってきたホーンディアの枝肉、トーアが狩ったファットラビット、ホーンラビットの肉を骨から外して、一部を焼き串用に一口大に切り分ける。

 竈にかけた鍋に火をかけたトーアは寸胴に干し魚、干し肉をそれぞれ小さく切って入れる。小さな鍋にはトマトに似た酸味を持つ乾燥野菜、ラカラを手で千切っていれた。

 煮立ち始めた鍋に、乾燥野菜と別に取り分けていた肉を入れて灰汁取りをお願いする。


「おう、任しとけ」


 木のお玉を手にぐっと拳を固めた男性冒険者を横目に、干し魚が入った鍋に干しきのこなどの山菜を入れ、別の冒険者に同じように灰汁取りを依頼した。

 果実鍋にも野菜や干しきのこを入れて、ブロック状に切ったレドラや葡萄に似た果物などを入れる。

 トーアがスープの用意を進めている間に他の冒険者が【木工】アビリティを持つ冒険者が作った串に肉を刺して、焼き串の下準備は完了した。


「そろそろ焼き串の調理をお願いします!」

「はいよ。ほらほら、焼き串様のお通りだよ!」


 スープの完成時間を逆算したトーアの声に豪快な声を上げながら串にささった肉を山盛りにした皿を手に赤茶けた髪を乱雑に纏めた女性が外に出て行く。


「邪魔にならないところで、パンを温めてください!」


 トーアの掛け声に雑用を終えて座っていた冒険者たちが歓声とともに立ち上がり、それぞれの固焼きパンを手に外の火の近くでパンを温め始める。


――なんというか思いがけず大事おおごとになってるけど、調理は上手く行ってるし……。


 外では焼き串の脂の滴り焼けるいいにおいがしており、様子を見る冒険者それぞれがつまみ食いをしないように牽制しあっていた。

 それぞれのスープの味を調えたトーアは、なかなかいい味に仕上がったと小さく頷く。


「リトアリス!焼き串のほうは全部出来たよ!」

「はい、スープの方もできました」


 赤茶けた髪を纏めた女性の声にトーアが答えると辺りから歓声が沸き起こる。


「ちゃんと並んで喧嘩しないでください!じゃないと全部お預けですから!」


 今にも鍋に殺到しようとしていた冒険者達は、互いに顔を見合わせて粛々と整列した。どうやらトーアが全てをうまく取り仕切っていたことや、調理場や外に漂う匂いに食べれないことが何よりも避けたいことと冒険者達は思ったらしい。

 この夜、突発的にトーアが主導で作ることとなったメニューは『魚とキノコのスープ』、『鹿うさぎ鍋』、『ジビエ焼き串』、『果物鍋』の四つであり、それぞれがトーアの手が入ったことで思わず唾を飲んでしまう芳香をあたりに漂わせていた。

 トーアがスープを共用の器に注いだ後、夕食を作るきっかけになった男性冒険者が最初に『鹿うさぎ鍋』からスープを注ぎ、せかす後続に寸胴の前を譲った。


「へへっ……わりぃが一番乗りだぜ……!」


 後に並ぶ冒険者たちに見せ付けるようにスープに口を付ける。そして、ぴたりと動きを止めた。様子を見ていた冒険者達が怪訝そうに声をかける。

 椀から顔を離した冒険者は滂沱ともいえる涙を流しており、様子を見ていた冒険者はぎょっと身体を引いた。


「美味い……美味すぎる……ただのウサギ鍋じゃねぇ……」


 感動の涙を流しながらも美味いと呟きスープを啜る男性の様子に、再び喉を鳴らした冒険者達は先頭に並ぶ冒険者を急かす声を上げる。

 狂乱しつつも粛々と並びスープを掬う冒険者達を目にトーアは達成感とともにほっと息を吐く。ふと、果実鍋を振舞った面々の反応はどうだろうかとトーアは、そちらに目を向けた。


「…………」

「…………」


 スープを前にしてかたまっているのは耳が長かったり、植物のように変わっている冒険者達で誰もが見目麗しい。


「あの……美味しくないですか?それだったら、残りは私が……」


 沈みきり、通夜のような雰囲気にトーアは鍋に手を伸ばす。だが果実鍋を囲む一人、四人組パーティのエルフがはっとトーアの手を掴んだ。


「だ、大丈夫!」

「そうよ!私達が頼んだのだから、責任を持って私達が食べるわ!」


 声を上げて慌ててトーアが鍋に手を出そうとするのを止めるのにトーアは笑みを浮かべて手を引く。既にお代わりに並ぶ冒険者も現れ始めるなか、トーアは固焼きパンと共にスープを食べた。


 寸胴二つと鍋一つ、大量に焼き上げた焼き串は建物で休憩していた冒険者たちのお腹に収まり、ほとんどの冒険者達が満足げに腹をさすっていた。


「食器を片付けるのは俺らがやっておくから、リトアリスは休んでいてくれ」

「わかりました、お願いします」


 雑用を担当すると言ったヴォリベルや他の冒険者達に言われ、トーアは調理場から離れる。雑用を担当した冒険者達の誰もが楽しそうに夕食の感想を語り、広間では誰もが幸せそうな笑みを浮かべて夕食の話をしていた。そのどれもがトーアに満足感と達成感を満たすものだった。


――みんな満足そうだし、作ってよかった。


 何かを作ることでしか得られない喜びを感じながら、トーアは毛布を取り出す。そして、剣を抱いて毛布で体を包み、眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ