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第一章 輪廻の卵 6

 足元に気をつけながらトーアは裏の家のドアを開けてリビングへ向かった。

 リビングではカテリナとミッツァが穏かな雰囲気で話をしていたが、トーアに気が付くとカテリナは立ち上がり、テーブルに置かれていた布の袋をトーアに差し出してくる。


「トーアちゃん、これを使って」

「カテリナさん、これは……?」

「今着ている服だけじゃ足りないでしょう?宿で使ってるもので、義母さんが言っていたものよ」


 カテリナからトーアが受け取った袋の中には、大きめのタオル二枚と、歯ブラシ、歯磨き粉だという緑色の粉末が入った小さな革袋。ウィアッドの宿のアメニティグッズとトーアは思い当たる。他には替えの服と下着、そして、袋とは別に革紐で編まれたサンダルを渡される。エリンやカテリナが似たようなものを履いており、室内や村の中を歩く時に使うものと説明を受ける。

 カテリナの話では服やサンダルは、カテリナが昔使ったものと言っていたが、特別傷んだ様子はなく丁寧に使われていることが窺えた。


「本当はちゃんとトーアちゃんに似合う服を選んであげたかったけど、時間が時間だからまた今度ね」

「は、はい。ありがとうございます」


 服や下着は今度のことを考えてか何着かあった。ここで過ごす分には問題ない量であるとトーアは思ったが、唯一の欠点は全て女性物であるというところだった。外見や性別のことを考えれば仕方ないし、今もスカートを履いているし、折角のカテリナの好意を無駄にするのも気が引けるとトーアは仕方ないと思うことにした。


「あのカテリナさん、これってどうやって使うんですか?」


 歯磨き粉という緑色の粉が入った小さな革袋をトーアは持ち上げる。歯磨き粉があるとは思っていなかったトーアは正直にカテリナに使い方を質問する。


「歯磨き粉?歯ブラシを水で濡らした後に、少しだけ粉をつければいいわ。トーアちゃんは使ったことがないの?」

「あ、いえ……粉ではなかったので」

「そう……ならほかにも違うものがあるかもしれないわね。とりあえず家の中を案内するわ。わからないことがあったら説明するという感じでいいかしら?」

「はい、お願いします」


 先導するカテリナにトーアは付いていき、家の中の案内を受ける。途中、日常で使うある場所でトーアはある物を見つけた。

 一段高くなったところに四角い穴が開いている、いわゆる和式トイレがトーアとカテリナの前にある。壁際には拭く為の紙が置かれている。使い方の想像は簡単についたがトイレよりも壁に埋め込まれた青色の石が象嵌された金属板、大きさは大人の手の大きさほどある物をじっと見ていた。


「トイレのこれは説明が必要かもね」


 トーアが見ていたものにカテリナが手を伸ばし、中央に象嵌された石に触れるとトイレに水が流れた。


「カテリナさん、これは【刻印】ですか?」

「あら、トーアちゃんは知っていたの?トーアちゃんのところでも使われているのかしら」

「は、はい」


 トイレに使用されているのはトーアは初めて見たが、使用されている物についてはよく知っていた。

 【刻印】はCWOで生産系アビリティに属し、金属板に彫られた文様によって効果を発揮するタイプと、中央の石、魔導石に封じ込められた魔法を顕現させるタイプの二つがある。

 トーアが金属板に刻まれた刻印を確認すると、このトイレに設置されたものは後者であり、魔導石に封じ込められた“水を生み出す”魔法を周囲の刻印によって発動位置をずらしてトイレに水が流れるようになっていた。


「紙は用を足した後に拭くものね。紙は一緒に水で流していいから」

「はい」

「やっぱり臭いとか衛生面のことがあるから刻印式にしているのよ。でもこの村でもここと宿でしか使われていないの。水が流れるだけだけど、知らない人はわからないから」

「なるほど……」

「じゃぁ、次は……」


 トイレから離れて次は畳一枚ほどの部屋にトーアは案内された。部屋には角の丸い石が敷き詰められており、部屋の角には排水の為の穴が開いている。


「ここは湯浴みをするための部屋ね」

「湯浴みですか?」


 カテリナの言葉にトーアは首をかしげた。蛇口のようなものはあるわけは無く、お湯を沸かすための竈なども部屋には無かった。お湯を浴びるというには狭すぎるともトーアは思った。


「えっとね……お湯を持ってきて、タオルで体を拭くの。宿じゃ部屋に有料でお湯を持って行くけどこっちは専用の部屋があるわ」

「あ、そういうことですか」

「……トーアちゃんのところは違うの?」

「い、いえ、あんまり変わらないです。その、カテリナさん、お風呂……ってないんですか?」


 実はトーアはシャワーよりもお風呂派でじっくりと入るタイプだった。タオルで拭くだけと聞きお風呂が広まっているのかトーアはカテリナに質問する。


「あら、トーアちゃんはお風呂を知っているの?お風呂はあるけど……宿の別館にしかないわ。あっちは貴族の方が宿泊する時に使うのだけど、貴族の方っておつきの人と旅をするからその人たちがお風呂を用意するわ。だけど、薪も人手も必要だからこっちでは、桶にお湯を入れて提供するくらいね」

「そうですか……」


 お風呂は高級品と聞いてトーアは内心、肩を落とす。


「トーアちゃんはお風呂ってどこで聞いたの?」

「えっとですね……友人と川べりで一生懸命にお湯を沸かして、大き目の樽に注いでそれをお風呂って言って入りました」


 CWOの思い出を思い出したトーアはカテリナから視線をそらす。いわゆるドラム缶風呂、または五右衛門風呂のようなものを説明する。現実でも温泉宿で五右衛門風呂もどきに入ったことはある、もちろん現代的なお風呂に入ったことはあるがそれを説明するのは問題があるような気がしていた。


「あぁ……想像していたのと違うわね……。ま、まぁ家の説明はこれくらいよ。トーアちゃんも汗かいただろうし義母さんからお湯をもらって、身体を綺麗にしちゃいなさい」

「はい。それじゃ、先に失礼します」


 その後、トーアは宿でエリンからお湯を桶に入れてもらい、再び湯浴みの為の部屋に戻ってくる。

 部屋の隅には服や着替えを入れておくためのかごが置いてあった。三つ編みに結った髪を解き、トーアは服を脱いでカゴに入れていく。CWOでは見れなかった部分まで露になり、少し恥ずかしさを感じながらも元の世界とはまったく違う身体を確認していく。


「本当にトーアになったんだ……」


 鏡がないため指先からゆっくりと身体全体を確かめていく。トーアは手を握って開き、腕に触れて、腰や脚に触れて“トーアの身体”を確認していく。

 体にはまだ微妙な違和感があるのは、身体つきが変わったことか職業が【初心者ノービス】になったことが原因だとトーアは考えていた。だが確証はないと小さくため息をつき、タオルをお湯に浸して身体を拭い始める。

 腕、足と拭った後、タオルを胸に当てようとしてトーアは手を止めた。


「……いや、ほら……自分の体だし……」


 手に収まる慎ましいが女を主張とするふくらみにタオルを当てると、小さく声が漏れた。独特の柔らかさを感じると顔が熱くなるのを感じて、手早くお腹へとタオルをうつした。

 だが、トーアの視界に入ったのは、身体の中心にあるなだらかな丘を描く場所。再び手を止める。


――じ、自分の身体なんだし……か、かくにん……そう確認だって必要だから……!


 トーアは唇をきゅっと噛み、喉を鳴らして唾を飲み込み、ゆっくりと息を吐いて手を伸ばした。




 数十分後、湯浴み場をトーアは後にする。身体や顔の火照りは湯浴みのせいだけではない。


――すごかった……。


 部屋から出た後、ほぅとトーアは息を吐いて先ほどのことを反芻する。

 トーアの格好は、カテリナから受け取った服の中にあった寝巻き代わりの半そでワンピースを着ている。下着は新しいものだったが最初に身に付けていたものと変わりない。革サンダルを履いてトーアは家のリビングへと向かった。

 リビングではカテリナとミッツァが和やかに話していた。カテリナはトーアに気が付くと椅子から立ち上がった。


「あ、あの、お湯浴び終わりました」

「すっきりしたかしら?あら、トーアちゃん、髪はちゃんと拭かないとダメじゃない。さ、こっちに座って」


 カテリナが座っていた椅子にトーアは座らされた。カテリナはトーアの手に持っていたタオルを取り、優しい手つきで水気を取りながら櫛で髪をすいていく。カテリナの優しい手つきにトーアは背筋を伸ばして膝の上で手を握る。

 対面に座るミッツァは目を細めてその様子を見ているようだった。

 居心地は悪い訳ではないが、微妙な緊張をトーアは感じていた。


――こういうのを借りてきた猫っていうのかな……。


 髪をすかれ、タオルで丁寧に拭かれるのは思いのほか気持ちよく、最初の緊張は解けてトーアのまぶたが自然と落ちていく。


「ふふ、拭き終わったわ。トーアちゃんはもう寝なさい」

「は、はい。ありがとうございます。おやすみなさい」

「ううん、いいのよ。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」


 声をかけられてトーアは椅子から立ち上がり、軽く頭を下げて挨拶をする。部屋を出る時にカテリナとミッツァを見ると二人は微笑んでいた。どこか、娘を見るような母性と父性を感じさせる笑みだった。


 トーアはリビングから出て部屋に向かう途中の廊下で足を止めた。下腹部の生理的な欲求に小部屋へと向かう。だが、小部屋に入り一段高くなったところを見て、トーアは自身の身体が女になっていることを思い出した。湯浴みの時に十分に確認したはずだったが、カテリナとミッツァがトーアに向ける母性と父性にうれしいようなむずがゆい感情のせいで頭が回っていなかった。


「っ……ぅ……いやいやっ!しないってことは出来ないしぃぃっ……!?」


 突然、差し迫った欲求が下腹部を襲い、ワンピース越しに手で押さえて内股になって耐える。元の世界に居た時よりも耐えられそうになかった。


「っ……ぅっ……ふっ……はぁぁ……」


 波が過ぎさりトーアは一息ついた。だが依然として差し迫った状況には変わりない。

 漏らすのか?最後の一線を越えてしまうのか?精神的な葛藤と下腹部を襲う断続的にしかし、次第に強くなっていく欲求にトーアは精神的にも肉体的にも窮地に追い込まれていく。


――そ、そうだ……!こ、こ、これは生物の自然な欲求であって何もおかしい事も、疚しいこともない!


 極限の精神状態の中で、一つの決意を胸にトーアはワンピースを捲りあげた。


 静かに事を済ませて傍らに置かれた紙で綺麗に後始末をして、金属板に象嵌された魔導石に触れる。

 音を立てて水が流れる様子と刻印の発動状態を観察して、半ば現実逃避をしながら【刻印】の動作を分析する。


「……はぁ……」


 そして、どこかすっきりした気持ちともう後には戻れない、一線を越えた後悔を感じながらトーアは部屋に戻った。

 部屋に入ったトーアは鍵をかけて、掃除した後に新しく出した布団に飛び込む。布団と枕はホーンシープの羊毛を使っているとかでクッション性は抜群、お日様の香りがするシーツと枕カバーは精神的に疲弊したトーアを眠りに誘う。

 トーアは今日の出来事を思い返し色々とあったなと思い返す。CWOを始めたのは日が沈む前、そしてこちらに来たのは太陽の位置から昼を少し回った頃だった。


「……長く感じるはずだよ」


 脱力しながらゆっくりと長く息を吐いて、トーアはベッドに沈み込んだ。出したてで清潔な布団に包まれて瞼が自然と落ちていく。精神も肉体も休息を欲していた。

 色々なことがありすぎて、今すぐ不貞寝してしまいたいとトーアは短くため息をつく。


「寝るのは……もう少し後」


 布団の誘惑を振り切って体を起こす。部屋の中には光源はないが、月明かりが部屋の中に差し込んでいる。トーアがこれから行うことには明るさは関係ない。

 折角一人になれる場所に居るのだから、ステータスを確認しようとトーアは手を前に差し出し【パーソナルブック】を発動した。

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[良い点] > ――すごかった……。 あっ……( ˘ω˘ )
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