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第六章 異界迷宮 3

 大神が言ったトーアだけがデスゲームで成し遂げたのは、『デスゲームを終わらせたプレイヤーの剣を打ち上げた』というもの。

 剣自体も特殊な代物で、初めは素材となった物質の加工法がわからないというところからはじまった。

 トーアが加工法を完成させた後は数多くの武器が作成されたが、デスゲームはトーアが作り上げた最初の剣を受け取ったプレイヤーがトーアの作った剣をもって終わらせた。

 そのプレイヤーが勇者であるとすれば、トーアに求められる仕事は同じように剣を打ち、世界を救う役目を担う者“勇者”に渡すこと。

 だがトーアが成し遂げたのはデスゲームという特殊な環境下であったとはいえ所詮、ゲームの中での事である。現実となったこの世界、コトリアナで“勇者”が持つような武器を“ただの人”が作りだせるのか?という疑問がずっとトーアの中にあった。


「何かわからない事が?」

「勇者、まぁ……私が想像している勇者って人間離れした能力を持った存在って感じなんだけど……。そんな存在が扱うようなものを普通の人である私が作れるのかなって」

「トーアさん、あなたのような技術を持つ方を普通の人とは言い難いです。この世界、コトリアナでは技術の総轄であるアビリティを極めれば、僕が依頼した事は可能になります」

「つまり、素材とレシピがあれば今の私なら可能ってこと」


 そういうことですと頷いた男性にトーアは納得しかけて、素材やレシピはどうするのか再び質問する。


「なら素材やレシピは?CWOの時と同じなら素材は、まぁ……集めなきゃいけないけど、レシピは残ってるし」

「いえ、どちらも専用となります。こちらです」


 ちいさく首を横に振った男性はカウンターの上に丸められた羊皮紙を四つ乗せた。トーアは受け取って一つを開くと内容は何もかかれておらず、トーアは眉を寄せる。


「それは素材を生産するための機材、素材を加工する為の鎚、素材の生産方法、剣のレシピになります。トーアさんが悪用するとは思いませんがその時が来るまで白紙のままにさせてください」

「まぁ……勇者が扱うような武器だしね」


 男性の言葉に頷いてトーアはパーソナルブックにレシピを挟みながら尋ねた。


「それでこのレシピを使えるようになるまで私は何をしていればいいわけ?」

「……それは、ですね」


 質問したトーアがわかるほど、男性はうろたえて視線をトーアから逸らす。何も考えていなかったとわかったトーアは、大げさに溜息を付いた。


――まったく、何でこう大神といいこういうところは大雑把なんだか。


 呆れつつもトーアは、マグカップに残るカフェラテを飲み干す。


「その時が来るまで、腕を磨いておくから」

「は、はい。それでお願いします。そのレシピは加工できる場所が限られているので、ギルドランクも出来るだけ上げておいてください」

「えぇ……」


 思わずトーアの口から非難にも似た声が漏れる。

 なぜそんな面倒なレシピにしたのかとトーアは思ったが“勇者”が使うための武器であり、CWOでも特殊な条件下でしか出来ないものもあったため、今までにないという訳でもなかった。仕方ないとトーアは諦める事にする。


――結局、今までの生活と変わらないって事か……。法国に行く必要もなくなっちゃったし、フィオンにどう説明しようかな……。


 新たな問題が出てきたものの聞きたいことも聞き、マグカップのカフェラテも飲み干したトーアは椅子から立ち上がった。


「聞きたかったことは聞けたし、そろそろ元の場所に戻りたいんだけど……」

「入ってきたドアから元居た場所に戻れますよ」


 リュックサックを背負ったトーアは店内を見渡して、ふと疑問に思ったことを口にする。


「そういえば、神ってこうして会うときには飲食店じゃないとダメとかってルールあるの?大神の時は居酒屋ぽかったし、ここは純喫茶?っぽいし」

「いえ、私の場合は完全に趣味です。ここに訪れるのはトーアさんだけではありませんし、落ち着いて話せる場所が必要なんです。あの方については、本当についでで……やっているのだと思います」


 ばつが悪そうに言う男性に、ダメな上司を持って苦労しているようだとトーアは少し同情する。そんなことで大神が務まっているのもおかしな話だとトーアは頭を押さえる。


「あ、ほ、ほかにも色々とありますよ。真っ白な空間で声だけで話す者や、神々しく光を放つ者もいますね」

「結局はその神の趣味と」

「……ハイ」


 思わずじと目になったトーアの視線に耐えられなくなったのか、男性はそっと視線を横に向けながら頷いた。こういうところで息抜きが出来なければ出来ない仕事なのだろうかと、トーアは考えながら入ってきた時に背にしていた扉に手をかける。


「なら、その時が来るまで腕を磨いておく感じで……」

「はい。お願いします」


 返事と共に頭を下げる男性に見送られて、トーアは扉を開けた。すぐに浮遊感と共に視界が白く染まっていき、何かの上に立つ感触に目を開く。目に入ってきたのはごつごつとした岩肌で大人が立って歩けるほどの洞窟が奥へと続いていた。

 足元は平坦になっており『異界渡りの石板』があった建物の床と同じような【刻印】と思われる幾何学模様が刻まれてうっすらと発光している。トーアの後ろには異界渡りの石板と同じような黒い板が宙に浮いていた。

 トーアは息を吐き、ここからが本来の迷宮探索だと気持ちを入れ替える。

 ひんやりとした空気を感じながらトーアは洞窟内に一歩踏み出す。凹凸はあるものの、湿り気を帯びている訳ではないので滑るといったことはなさそうだった。

 まだ入り口に近いためか生物の気配はない、だがトーアは警戒しながら洞窟内を進んだ。

 洞窟内はギルドの資料にあったとおり柔らかな光を放つヒカリゴケが群生しているおかげか明るかった。


――ヒカリゴケってもっと淡く光るものだと思っていたけど……同じ名前で全く別の植物なのかも。


 洞窟を進むうちに別の冒険者と鉢合わせすることも考えていたトーアだったが、今のところ冒険者の姿は見えなかった。

 気配を感じて岩陰に張りついて様子を窺うと、黄色いヘルメットを被り、手には先端が片側だけの片ツルハシを持った緑色の肌の亜人がトーアに背を向けて三体歩いていた。

 ギルドの資料で書かれたマインゴブリンだろうと判断したトーアは、再び岩陰に隠れる。

 音もなく剣を抜き、岩陰から足音を立てないように出てゆっくりと近づいて行く。

 ある程度距離をつめたトーアは駆け出し、マインゴブリンへ肉薄する。

 音に気が付いたマインゴブリンが振り返った瞬間、最も後ろに居たマインゴブリンの首をトーアは薙いだ。

 首の半ばまで切り裂かれ、緑色の血を噴き出しながら倒れるマインゴブリンを横目にトーアは二体目、三体目のマインゴブリンを駆け抜けながら一刀の元に切り捨てる。

 立ち止まったトーアはあたりに気配がない事を確認した後、剣の血を払い鞘に納めた。トーア切り倒されたマインゴブリンは全身を白く染めて崩れ落ち、地面に融ける様に消えた。身につけていたボロ布も同様に消えており、後には緑色の体液と手にしていた片ツルハシ、一体だけが鉱石のような赤茶けた石を残していた。


「これがドロップ品かな?」


 トーアは片ツルハシを拾い上げ、鑑定してみる。アイテムランクは最低の【粗悪ジャンク】でそのまま使うには不安だが、先端は鉄で出来ているようだったので、鋳潰して使おうとトーアはチェストゲートに収納した。

 残された石を拾い上げて同じように鑑定すると『鉄礬土てつばんど』と鑑定結果が記載されたARウィンドウにはあった。

 一瞬、石の正体がわからなかったトーアだが、鑑定結果のボーキサイトという説明にCWOでも同名の鉱石があったことを思い出した。

 ボーキサイトとは、現実の世界では研磨剤やアルミニウムの原料となるものだが、耐火用の混合剤として耐火煉瓦などの生産に使用される。だが『ボーキサイト肺』と呼ばれるボーキサイトの粉塵を吸い込む事で発生する塵肺の恐れがある危険な鉱物でもある。

 掘り出した訳ではないので粉塵の危険は少ないはずだが、トーアは手早くチェストゲートに収納した。

 CWOでもボーキサイトは存在しており『塵肺』という異常状態もあったがポーションを飲む事で完治するもので、現実のように完治しない病ではなかった。

 異常状態を防止する装備もあったが採取系アビリティ【採掘】の補正装備についている事が多く、おまけというのがプレイヤー達の認識である。だが無ければ無いで面倒なものでもあった。


――こっちの世界でもポーションはあるから、もしかしたら塵肺は治る病気なのかもしれないけど。


 もしそうであればファンタジーだなとトーアは思いながら、再び洞窟を進み始める。初日は雰囲気を掴むだけと考えていたトーアだったが採掘だけでもと思い、最初に現れた横道を進んだ。現れるケイブバットやビックワームを斬り倒しつつ到着した突き当たりの壁には、鉄鉱石と思われる赤茶けた石が露出していた。


「鉄鉱石……だ。ふ、ふふふ……ついに生産し放題……」


 壁の近くにあった石を拾い上げて鑑定し、鉄鉱石という結果を見たトーアは満面の笑みでうきうきとリュックサックを下ろして剣帯を外し、チェストゲートからツルハシと防塵マスクを取り出した。

 防塵マスクは鼻から口全体を覆うもので、革で出来ておりがっしりとした作りになっている。防塵マスクのフィルター部分には植物の葉が詰め込まれており、それが塵を防ぐ作りになっていた。


「……目を真っ赤にした巨大な蟲は出てこなかったけど」


 防塵マスクを身につけ、隙間がない事を確認したトーアは腕を回した後、つるはしを振りかぶり壁へと突き立てる。

 トーアの持つ採取系アビリティ【採掘】によりさくりと小気味良い音とともにつるはしが半ばまで突き刺さる。続けて振るううちに壁にヒビが入り、こぶし大の鉄鉱石が壁から落ちてトーアの足元に転がった。

 しばらく採掘をいそしんだトーアの足元には鉄鉱石だけではなく銅や錫と言った鉱石が転がっていた。

 一つの場所から様々な鉱石が出てくることにトーアは少しだけ驚きつつも、山になった鉱石を鑑定しながらツルハシや防塵マスクと共に大量に購入した大きな麻袋に入れて一杯にし、チェストゲートに収納する。

 最後の鉱石を収めた麻袋をチェストゲートに収納したトーアは立ち上がって一息ついた。


「よし……こんなものかな。鉄以外も出てきたのは驚いたけど……こういうものなんでしょう」


 トーアにとって一箇所で様々な鉱石が手に入るのはメリットでしかないため、深く考えるのはやめてパーソナルブックで成果を確認する。

 鉱石だけではなく途中からは粘土や石炭も手に入り、予想以上に出来ることが増えた。試しにと考えて採掘した程度で出た予想外の成果にトーアはいつの間にか笑い声を上げていた。


「ふ……うふふふ……十年とは言わないけど、フィオンの装備を作っても余りある量は取れた……ホームドアも充実させたいし、自分の装備も作りたいし……まぁ、とりあえず……そろそろ迷宮を出ようかな」


 到着してから大分、迷宮に入り採掘していた事に気が付いたトーアは横道から本来の道に戻って迷宮の入り口である『異界渡りの石板』の方向へ上機嫌で歩き出した。

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