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第六章 異界迷宮 2

 翌朝、トーアは朝食を済ませてベルガルムから注文していた固焼きパンを受け取る。そして、ギルと共に宿を出てギルドへと向かった。

 ギルドにはすでにフィオンが待っており、トーアとギルの姿を見ると笑顔で近づいてくる。


「おはようトーアちゃん、ギルさん」

「おはよう、フィオン」


 フィオンと挨拶を交わした後、冒険者がごった返すクエストが貼られた壁に近づき、昨日確認したクエストの紙を手にして行く。

 ギルとフィオンは何時も通りランクGの採取系のクエストを受けており、トーアと一緒にクエスト受注のカウンターに並んだ。


「リトアリスさんは、異界迷宮は初めてでしょうか?」

「そうですけど、資料は確認しましたし用意も整えました」

「問題ないようですね」


 クエスト受注のカウンターに座る女性職員と話した後、トーアは先にクエスト受注を済ませ入り口近くで待つギルとフィオンの傍へ向った。


「トーアちゃん、気をつけてね」

「うん。ギルもフィオンも無茶はしないでね」

「もちろんだよ、トーアちゃん!」

「それじゃ、行ってくるね」


 ギルドの前でギルとフィオンに手を振って別れ、トーアはエレハーレを出て南側のセンテの森へと向かった。

 異界迷宮『小鬼の洞窟』はエレハーレがまだ村という規模の時に発見され、難度の低い迷宮だったことから多くの冒険者がエレハーレを訪れるきっかけとなる。

 ギルドの支援で迷宮の入り口である『異界渡りの石板』を保護する建物と、迷宮を訪れる冒険者が寝泊りできるだけの建物を建築したと、ギルドの資料に書かれていた。


――とりあえずはその建物に到着しないとね。


 異界迷宮『小鬼の洞窟』に至る道は多くの冒険者が踏み固めた細い道が続いており、比較的迷うことなく森の中を進む事ができた。

 森の中を歩くのは久しぶりとトーアは警戒を怠らずに進む。途中、巨大なウサギであるファットラビットやホーンラビットがすぐ近くの草むらから飛び出してくる事もあったが、ウィアッドで鍛造した短剣を抜きざまに切り捨てる。

 道から少し外れたところで内臓の処理と解体を済ませて、肉はいつもの革袋に入れてチェストゲートに収納した。

 昼を少し過ぎた辺りで森が途切れ、木造の建物が二つ並ぶ開けた場所に出る。

 片方の建物はもう片方の建物に比べて大きく、煙突が付いていた。煙突がある方が寝泊りする為の建物だろうとトーアはあたりを付けた。

 自身の体調を確認して問題ないと判断したトーアは少しだけ迷宮に入ってみようと、小さい方の建物に向かった。

 観音開きの扉を開くと中にもう一つ扉があり、『異界渡りの石板』がどんなものか期待していたトーアは少しだけ拍子抜けする。

 二つ目の扉を開くと部屋の中は暗かった。目が慣れてくると、床は石畳で【刻印】と思われる幾何学模様が掘り込まれて微かに光を放っていた。

 部屋の中心には高さが二メートル程、横幅が一メートル程ある石板が宙に浮き、床の幾何学模様からもれる光で部屋の暗闇に浮かび上がっている。

 石板には厚さもありトーアは、モノリスを思い浮かべた。


「これが……『異界渡りの石板』……」


 そっと触れるとひんやりとした石といった感触で、この世界に来て初めて見た『森の聖域』にある角柱と似ているといえば似ていた。

 床の幾何学模様は【刻印】とトーアは思っていたが、CWOでは見たことのないものだった。しゃがみこんで観察していたトーアは立ち上がると、小さく首をかしげる。


「【刻印】で出来ることが増えてるのかな」


 ギルドや職業神殿で見た石板の事を思い出したトーアは、流石に内容を学ぶ事を出来なそうだと思った。

 再び『異界渡りの石板』に向き直ったトーアは、ギルドの資料で書かれた迷宮への行き方を実践することにした。身につけているものを確認して準備を整えて、『異界渡りの石板』に触れる。


「迷宮に入る、と念じる……」


 資料にあったとおりに最初は口に出して迷宮に入ることを念じると、床の幾何学模様の輝きが強くなり、僅かな浮遊感と共に視界が白く染まる。

 転生した後、大神に出会った時の事を思い出したトーアだったが、光の強さに目をつぶった。


 何かの上に降り立った感触にトーアは目を開く。

 目に飛び込んできた予想外の光景にトーアは、腰を落として構え剣を咄嗟に抜く。

 想像していたのはギルドの説明の通り、天然の洞窟だった。元の世界では鍾乳洞くらいしか行ったことのなかったトーアだが、CWOで洞窟と言うものは存在しており、その想像は間違いではないと思っていた。

 だがトーアの前に広がる光景は、年季が入り飴のような艶を出したテーブルと、クッションが縫い付けられた古めかしいデザインの椅子が並び、奥のカウンターにはサイフォンが並んでいた。カウンターの奥の棚にはコーヒーカップや手動のコーヒーミルが置かれ、落ち着いた雰囲気の純喫茶という風情だった。

 大神と居酒屋で出会ったときのような感覚に、トーアは混乱しつつも乱れそうになった呼吸を整え、咄嗟の事態に対応していた。


「こんにちは。ここは危険な場所ではないですし、危害を加えるつもりもありません」


 カウンターの横から姿を現した男性に声をかけられて、トーアは剣を向けそうになるがどこか大神に似た雰囲気の気配に気が付いた。男性の見た目は二十代前半で、顔立ちは細く、身につけている白いカッターシャツとエプロンはバリスタという言葉がよく似合っていた。


「あの方から聞いてませんか?僕がこの世界“コトリアナ”を管理する……そうですね、便宜上『神』と呼ばれる存在です」


 トーアが警戒を解かなかったことに男性は話を続ける。


「ふむ……『鮮血の生産者ブラッドバス・クリエーター』、リトアリス・フェリトールさん」

「その呼び名はやめて。トーアでいいよ」


 男性の口から出たCWOの時に付けられた二つ名にトーアは顔をしかめながら食い気味に言葉をさえぎり、剣を鞘に納めた。


「ではトーアさん、こちらへどうぞ」


 カウンター席を勧める男性にトーアは溜息をついて、勧められた席に素直に座る。トーアは不名誉な二つ名と思っているが、その二つ名を知っているのはこの世界ではギルくらいだった。あとはCWOのプレイヤーか、大神か、CWOのデスゲームに関わった存在だけである。

 気配もまた大神に近い存在であると感じていたトーアは、『異界渡りの石板』に干渉するかどうかしてこの空間に呼び寄せる事が出来るのは大神や神という人外存在ぐらいだろうとも考え、男性の言葉を信じる事にした。


「僕は良い二つ名だと思いますよ。トーアさんが成した事の一端を良く表していると思いますし」

「やりすぎたと今も反省してるんだから、やめて」


 CWOのデスゲームで起こった出来事が原因で、プレイヤー達から送られた『鮮血の生産者ブラッドバス・クリエーター』という二つ名。トーアとしては黒歴史として葬りたいものの、プレイヤー達の記憶に強く刻み込まれているようで今も時折、話題にのぼる事がある。

 そして、トーアの『おまえのような生産者が居るか』という評価もここから始まった事だった。


「何か飲まれます?」

「えっと……カフェラテを濃い目で、ミルク、砂糖多め、クリームも追加でマグカップで」


 こちらの世界の言葉で元の世界と同じ内容のメニューが男性から差し出され、トーアは自分好みに注文した。


「僕はすごいと思いますよ。生産系のプレイヤーでありながらあれだけの事を成し遂げたんですから」

「あれは……私だけの力で成し遂げた事じゃないでしょ」


 トーアの注文を用意しながら呟いた男性の言葉に、トーアは溜息と共に答える。他のプレイヤーの協力もあって成し遂げた事だとトーアは考えていたが、男性は違うようで笑みを浮かべながらマグカップを温めていた。


「あの十二時間でトーアさんが成し遂げた事を踏まえ、僕はこのコトリアナに来ていただけてありがたく思っています」

「……あんなに馬鹿みたいに長い十二時間は二度とごめんだけどね。それで私への依頼って何?」


 CWOで起こった“十二時間のデスゲーム”の事を一瞬だけ思い返したトーアは、再び溜息と共にこの世界に来てから確認しておきたかった事を尋ねる。大神からは『勇者ではなく、剣を作って欲しい』とだけ言われており、全てはこの男性から説明されると聞いていた。だが、神である男性はトーアの注文であるカフェラテを用意していた手を止めた。


「まさか……あの方、大神様から何も聞いていないのですか?」

「剣を一振り作ってくれって言われただけで、こっちに放り出されたんだけど」

「……そうですか……。少し失礼しますね」


 マグカップを差し出した男性の笑顔に黒いゆらめきを見たトーアは、マグカップを受け取って視線をカフェラテに落とした。マグカップに口を付けて飲むと久々のコーヒーの風味にほっと一息つく。トーア好みの味になっており、風味、香りも良い事からなかなかいい腕をしているとトーアは思う。

 落とした視線をこっそりと男性に戻すと、黒い笑みを浮かべたままレトロな黒電話を回していた。


「ああ、僕です。トーアさんと会うことが出来たのでその連絡を、と思いまして」


 男性がかけた相手は恐らく大神だと察したトーアは、一言言っておいて欲しい事がある事を思い出してパーフェクトノートを取り出した。


「ええ、そうですこれから・・・・事情を説明します。聞いたのですがいきなり放り込んだそうですね。いくらリトアリスさんが最初の対象者であるとはいえ酷いやりようです」


 丁寧な言葉で抉るような言葉を続ける男性に、トーアはもっと言ってしまえと内心ほくそ笑んでいた。そして、男性にパーフェクトノートに書いた内容を見せる。


「……あと、トーアさんが『次に会った時は必ず一発ぶん殴るから覚悟しておけ』だそうです」


 にっこりとトーアは笑ってパーフェクトノートを閉じた。話が終わったのか、男性も受話器を置いてトーアに向き直り軽く頭をさげる。


「お待たせしました、トーアさん。詳しい説明もないまま申しわけありません」

「デスゲームでの事で少しは慣れてますから」


 涼しげな表情をしてさらりと嫌味を含ませてトーアは呟いた。


「は、ははは……。ギルビットさんもこちらに来ているそうですが、合流されていないんですか?」

「合流はしたけど、異界迷宮に入れるギルドランクになっていないので別のクエスト中」

「ああ、そういう事ですか。ともかく私が依頼したい内容はトーアさんの技能によるものが大きいので問題はないのですが」

「とりあえず私に何をして欲しいのか説明してほしいんだけど?」


 この世界に来た理由だけでも聞きたかったトーアは男性にお願いする。大神の言動からある程度見当はついているものの、しっかりと確認しておきたいことだった。


「わかりました。トーアさんに世界を超えてまでこちらに世界にきていただいたのは、世界を救う手伝いをしてほしいのです」

「手伝い……」

「そうです。剣を一振りというのは、トーアさんに世界を救う勇者が持つ剣を打っていただきたいのです」


 やっぱりと思いながらもトーアはある疑問に内心、首をかしげていた。

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