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第六章 異界迷宮 1

 トーアがエレハーレに到着し数日が経った。トーアはいまだにフィオンの武器を生産する為に必要な素材の確保に頭を悩ませていた。

 今までの通り月下の鍛冶屋で鍛冶をして、その剣を貰うという方法が最初に頭に浮かぶがすぐに否定する。


――いや流石に厚かましいかな……技を盗ませてくれと言われたけど、本当に自分の鍛冶が役に立っているのかいまいちわからないし……。


 トーアが打ち出した剣を比べた時は役に立っているかもしれないと実感は出来たものの、実際に剣を打つのを見ているだけなので、役に立っているという実感はなかった。

 素材を用意して炉だけを借りる事も考えたが、冒険者横丁にある素材の専門店で見た値段は相応のものでトーアの懐事情が許しそうになかった。

 素材が無限に採れるという異界迷宮にはすぐに行ってみたいと思っていたが、パーティであるギルやフィオンを置いてトーアだけで行くのも気が引けて口にも出していない。

 結局、これといった打開策が思いつかないままトーアは月下の鍛冶屋で店番などの仕事をしてこの数日を過ごしている。

 フィオンとギルは着実にギルドのクエストをこなしており、そろそろギルドランクが上がるころではないかと、夕食時に話を聞いていたベルガルムが呟いていた。

 二人のギルドランクが上がるまで我慢かなとトーアは結論して朝日の差し込む部屋で着替えて部屋を出た。

 その日はそろそろ森に出て魔獣でも狩りに行こうかなとトーアは考えており、宿の常連客からの無言だが期待の篭った視線に辟易とし始めたのが理由であるのと、たまに身体を動かさないと鈍ってしまうからだった。

 ベルガルムに頼んだ朝食をギルとともに食べていると、朝早くから宿のスウィングドアが開けられる音にトーアはなんとなしに視線を向けた。そこに立っていた人物にトーアは咀嚼していた口を止める。


「おはよう、トーアちゃん、ギルさん」

「ん……おはよう、フィオン。どうしたの?」


 口の中の物を飲み込んだトーアは何かあっただろうかと思いながらフィオンに隣の席に座るように勧める。フィオンの服装は街の外に出るようなしっかりした装備だった。


「うん、ちょっと気になったことがあったから」

「気になったこと?」


 トーアとギルの朝食が終わってからフィオンは話し始める。


「あのね、トーアちゃんは異界迷宮ゲートダンジョンに行かないのかなって……ゴブリン討伐の時にランクは上がってるでしょう?」

「ん、うーん……エレハーレ周辺の異界迷宮ゲートダンジョンはランクFで行けるのは聞いた事あるけど、私だけ先に行っていいのかなって」


 出来れば三人で行くべきではないかと考えてたトーアは、言葉を濁しながらそのことを伝える。だがトーアの言葉にフィオンはむっと唇を尖らせ、ギルからも小さく溜息をつかれた。


「もぉ、そんな遠慮なんてしなくていいのに!」

「僕も同じ気持ちだよトーア、別に待つ必要はないよ」

「いいの?……なら……」


 二人にそう言われ、トーアは異界迷宮へ行ってみることを考えたが一人で行く事は普通の事なのか知らなかったことに気が付いた。


「ねぇ、フィオン。異界迷宮って単独で行けるものなの?」

「え、あー……うーん……」


 眉を寄せて首をひねるフィオンに、トーアは大丈夫なのかと頭を押さえながら思わず苦笑いを浮かべる。


「あ、あのベルガルムさん、異界迷宮に単独で挑むのは無謀ですか?」

「フィオンがか?そいつは無謀だな」


 ちょうどトーアとギルの朝食の食器を片付けに来ていたベルガルムはフィオンの質問に、食器を重ねながら首を横に振った。


「あ、いえ……私じゃなくてトーアちゃんだったらなんですけど……」

「そういう事か。『小鬼の洞窟』なら……」

「『小鬼の洞窟』?」


 異界迷宮の名前にトーアは首をかしげる。ギルドの資料は流し読みした程度だったので、エレハーレ周辺にある異界迷宮の名前まではトーアは知らなかった。


「なんだ、知らないのか」


 トーアの態度に知らないことを悟ったらしいベルガルムは、エレハーレ周辺にある二つの異界迷宮の名前を説明する。

 一つは洞窟の内部に繋がっておりゴブリンの亜種が出るため『小鬼の洞窟』と呼ばれる異界迷宮。もう一つは草原に繋がっておりボスである灰色の毛皮の狼が出ることから『灰色狼の草原』と呼ばれているとの事だった。


「どっちもランクFの迷宮だからか、今のトーアみたいなランクGから上がりたての駆け出しはすぐに異界迷宮に行きたがる。だが『小鬼の洞窟』は出てくる魔獣や魔物は群れになってるから出来ればパーティを組むべきだし、『灰色狼の草原』は名前の通り草原だから身を隠せるものも守るものも、なにもない。ランクFの迷宮にしては難しいところだな」


 ベルガルムの解説に、トーアは行かない方がいいのだろうかと首をひねる。


「まぁ……ゴブリン討伐で暴れまわったトーアなら一人でも『小鬼の洞窟』は問題ないだろう。『灰色狼の洞窟』の方は草原だから囲まれる事もある。特別な理由でもない限り単独では行かないだろう」


 ニヤリとからかいを含んだ笑みを浮かべるベルガルムにトーアは小さく溜息と共に頷いた。


「一人で行くって奴は居るには居る。妙に単独で行動したがる奴も居るし、パーティに恵まれなかったという場合もあるからな」

「なるほど」

「まぁ、あとの細かい事はギルドに行って調べるんだな」


 トーアが頷くと、ベルガルムは食器を持って調理場へと入って行った。

 単独での探索がおかしいことではないとわかったトーアは異界迷宮に行ってみることを決める。


「よし、なら異界迷宮に行ってみようかな」

「了解だよ、トーアちゃん!」

「じゃぁ、フィオンと僕はクエストに行こうか。早くトーアと一緒に異界迷宮に行くためにね」

「はい、ギルさん!頑張りましょうね!」


 元気よく返事をしたフィオンは椅子から立ち上がる。トーアもギルとともに椅子を立ち上がり、それぞれ用意を整えるために部屋へと戻った。


 トーアはギルとフィオンと共に夕凪の宿を出て、ギルドへと向かう。ギルドのクエストが貼られた壁は何時も通りに冒険者達が詰め掛けていた。

 クエストを受けるギルとフィオンと別れたトーアは、そのままギルドの資料室へ入り異界迷宮のことが書かれた資料を探し始める。


――確かアリネ草のことを調べた資料に載っていた気がする。


 初めてクエストを受けるときに見た資料のことを思い出し、複数あるもののうち一つを手に取って閲覧用の机の上で広げた。目次というものはないため、内容を流し読みしながら異界迷宮についての記述を探していく。

 資料の中ほどで異界迷宮の記述を見つけたトーアは、記述を指で追いながら内容に目を通していく。

 初めは異界迷宮のメカニズムや、特性、構造等の学術的な説明が並んでいたが、他の本から抜粋したものらしく、中途半端な解説で唐突に説明は終わっていた。

 ギルドの説明文に書かれていた内容にも似ており、特に必要なことは書かれていなかった。

 エレハーレ周辺の異界迷宮についての記述を見つけたトーアは、椅子に座りなおし記載された内容を目で追って行く。


―【異界迷宮ゲートダンジョン】ランクF 小鬼の洞窟

 エレハーレで最初に発見された異界迷宮であり、駆け出し冒険者が初めて挑戦する異界迷宮として推奨出来る異界迷宮でもある。

 内部は天然の洞窟のように凹凸があるものの基本的に平坦である。また、最深部までは横道はあるものの一本道であり探索難しくない。

 洞窟内にはヒカリゴケが群生しているためか比較的明るく、たいまつなどを必要としない。横道には宝箱や露出した鉱床などが存在しており、採掘も可能であるが密閉した空間である事は違いないため、採掘の際にはマスク等の着用を推奨する。

 出没する魔獣・魔物:ケイブバット、ビックワーム、マインゴブリン


 項目を読み終わったトーアはパーフェクトノートを取り出して、必要な情報をメモしていく。メモを終えた後、情報を確認しながら採掘などに必要な物を書き出した。


――とりあえずツルハシと防塵用のマスクかな。確か冒険者横丁の店で扱っていたような。……お金、足りるかな。


 ギルの生活費を渡している手前、トーアの貯金も減る一方だったが、ギルは順調にお金を稼いでいるようなのでそろそろお金は返してもらえそうとトーアは見込んでいた。

 生産のための必要経費だとトーアは思い、早速買いに行こうと椅子から立ち上がり、資料を書架に戻した。

 トーアが資料室から出るとクエストが貼られた壁の前には冒険者の姿が少なくなっている事に気が付く。ランクFになってから受けれるクエストにどんなものがあるのか確認しておこうと近づいた。

 ランクFのクエストは街での手伝いがなくなり、エレハーレの周辺に広がるセンテの森での採取や討伐と言ったものが増えていた。中にはトーアのチェストゲートに収納されている薬草の採取クエストを見つける。

 センテの森に行っていないのに採取クエストを終わらせるのもいかがなものかとトーアは思い、他には異界迷宮で出現する魔獣や魔物から取れる素材の納品クエストが貼られていた。


――明日、出発するときに受けていけばいいかな。


 他に受けれそうなクエストを確認した後、トーアはギルドから出て冒険者横丁へと歩き出した。


 エレハーレを観光した折に目を付けていた店でアイテムランクの高い品物を厳選して購入する。同じ商品を何度も見比べていると店主から訝しげな視線を向けられていたがトーアは気にしないようにした。

 パーフェクトノートに書き込んだ必要な品物に買い漏らしがない事を確認したトーアは、リュックサックに仕舞うように見せかけてチェストゲートにツルハシなどの道具を収納する。


「よしっと。今日は夕凪の宿に戻って、明日の準備かな」


 これまでトーアは月下の鍛冶屋で日雇いしていたが毎日明日も働くかカンナに確認されていた。働きたい時は前日に伝えてほしいとカンナに言われており、今日はセンテの森に行くと話をしていたので顔を出す必要はなかった。


 夕凪の宿に戻り、ベルガルムから部屋の鍵を受け取る。

 いつもよりも早い時間に戻ってきたトーアに何か考えるところがあったのかベルガルムはトーアに視線を向けてくる。


「それで迷宮に行くのか?」

「うん、一度行く事にしたよ。まぁ、偵察というか雰囲気を感じれればいいかなって感じだけど。あ、ギルドの資料に保存のきくパンを用意することって書いてあったけど頼めるの?」

「ああ、焼き固めたパンのことだな、固焼きパンは別料金で一つ半銅貨五枚だ」


 別料金は当たり前かなとトーアは思いながら三日分の固焼きパンを注文する。

 部屋に戻ったトーアはホームドアの中で剣や装備の確認を行い明日の出発に備えた。

 そして、日が沈む頃になってギルが夕凪の宿に帰ってくる。カウンター席に座っていたトーアはギルを出迎える。


「ギル、おつかれさま。明日の事なんだけど」

「着替えてくるからそれからでもいいかな?」

「わかった。夕食は頼んでおくね」


 お願いと返したギルを見送り、トーアはトリアに二人分の夕食を頼んだ。そしてウェストポーチから数日分の生活費を取り出して、カウンターに並べる。異界迷宮『小鬼の洞窟』はエレハーレから徒歩で半日のほどの距離にあるため、その間の生活費を渡しておく必要があった。

 用意をしているうちにギルが姿を見せて、カウンターに並ぶ貨幣を見て怪訝そうにする。


「『小鬼の洞窟』はちょっと遠いから、数日はエレハーレから離れる事になるから、その間の生活費だよ」

「……え?数日、離れるって?」


 驚きに固まるギルに、トーアもまたギルドの資料を読んで初めて知ったことを告げた。ギルは手で目を覆った後、トーアに貨幣を付き返した。


「いや、トーアが戻ってくる間くらいのお金は稼いだから大丈夫だよ」

「本当に大丈夫?私が戻ってくるまで生活できる?」


 ギルの言葉にトーアが聞き返すと、酒場の中から笑い声が聞こえてくる。


「トーア、そいつは男の甲斐性って奴だぞ!」

「信じてやれ、可哀想だろ!」


 今のギルの生活は完全にトーアに依存してる形だった。それから脱却しようというギルの態度には元男のトーアは少しだけ共感できた。


「トーア、そういう事だから信じて欲しい」


 囃し立てる常連たちを軽く睨んだ後、ギルは真剣な表情でトーアに向き直る。


「そういうことなら……わかったよ」


 取り出していた貨幣をトーアは戻した。

 トーアが貨幣を戻した事でギルはほっとした表情を見せる。ちょうど良くベルガルムが夕食を運んできたので、トーアはギルと共に夕食を食べ始めた。

 夕食の後、トーアは部屋に入ろうとドアを開けたところでギルに呼び止められる。


「なに?ギル」

「トーア、必ず無事に帰ってきてほしい」


 ギルにきゅっと両手を握られて見つめられ、トーアは内心動揺しながらも頷いた。


「もちろんだよ。ギルもギルドランク上げるからって無茶しないでね」


 もちろんだと返したギルは手を離して、おやすみと挨拶を残して部屋に入って行った。

 妙に緊張したと思いながらトーアも部屋に入る。柔軟と湯浴みを済ませて、日記を書いたトーアはベッドに寝転び、眠りについた。

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