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断章二 ギルビット・アルトランの慟哭 1

 食べかけのトーストに噛み付こうとしたまま、日暮ひぐらしかえでは固まっていた。


『明野 幸太さんが、自宅で亡くなっているのが発見されました。会社に出社してこない事に……』


 テレビから流れるニュースは、親しい友人の死を告げるものだった。


 困惑しながらもかえでは幸太の家へと向かった。だがすでに幸太の部屋にあったものは処分されており、幸太は親類と呼べるものがいないためか火葬の後、すぐに共同墓地へ埋葬されいた。

 共同墓地に手をあわせる事はできたものの、胸には穴の開いたような空虚な気持ちだけが残った。


 夜になってふらふらと自宅のマンションに帰ったかえでは、朝食のトーストが放置されたままのテーブルに再び座った。連休中は仕事が入り、CWOで幸太と会うことは出来ず、世間が連休明けとなった今、振り替えでかえでは休暇になっていた。

 幸太の死因については過労死ではないかということだが、事件性がないか警察が捜査してる。

 警察がいくら事件性を調べてもかえでにとってはどうでもいいことであり、幸太が亡くなったという事実がどうして?なんで?と答えのない質問がかえでの頭を巡っていた。

 連休の前に幸太から現実で会うことはできないかと一度聞かれたが、互いの予定が合わず先送りしてしまった。


「会って話していたら……何か変わっていたのかな……」


 呟きと共にかえでは幸太の事を好きになっていた事を改めて自覚する事にした。


 リトアリス・フェリトールこと明野 幸太とギルビット・アルトランこと日暮 かえでが出逢ったのはCrafting World Onlineが一周年を迎えたときまでさかのぼる。

 かえではギルビット・アルトランというキャラクターを作成し、チュートリアルを終えて職業神殿から出たところだった。まだVRコントローラーに慣れず、ぎこちない動きながらゲームの中の街を歩いていた。

 本来の身長と違うためか視界は高く、それでいて既存のMMORPGでは表現できていなかった細部までの描写にきょろきょろと街並みを眺めていた。

 職業神殿すぐ近くの広場で何人ものキャラクターが露店を開いているのに気が付いたギルはどんなものが売っているのか好奇心で露店を見て回る事にする。

 売られているものは様々で、既に装備を整えたプレイヤーや、ギルと同じように布の服を来たプレイヤーが露店を覗き込み、露店の店主であるプレイヤーと値引き交渉しているようだった。


「こんにちは、初心者さん?」


 ギルが露店を見て回っていると声をかけれ、足を止める。

 露店の主は幼さが残る少女であり、黒髪を肩口で切りそろえた髪と光によって赤く見えるややつり気味の瞳が特徴的だった。

 露店に並べられた商品は少女には似つかわしくない剣や短剣、槍、斧と黒金の輝きを見せる武器だった。


「そう……だけど、どうしてわかりましたか?」

「VRに慣れてなくて動きがぎこちなかったからかな。まぁ、私もそんな感じだったし。さ、低アビリティレベルでも扱える武器を扱ってるから見ていってよ。私もそんな高いアビリティレベルじゃないから、品質はそれなりだけど値段も安いからね」


 にっこりと笑う少女こそ、今後長い付き合いとなったリトアリス・フェリトールだった。

 その時、ギルは武器を買うことは無かったもののトーアの知己を得ることとなる。そして、生産者であるトーアから武器を買うことや、トーアからの依頼で護衛などをしていく中で友情をはぐくみ、共にCWOをプレイしていく。

 ギルの口調も次第に砕けたものになり、トーアもまた様々な生産系アビリティを高め、生産者として次第に名前が挙がるようになっていた。

 そんなある日、CWOをプレイしていたギルだったがトーアに愛称がない事に気が付く。


「リトアリスって、ニックネームあったっけ?」

「ないよ。今もリトアリスって呼んだでしょ?まぁ、リトやアリスって愛称の人は既にいっぱい居るし、困るような事でもないしね」

「うーん……そうか。なら、トーアっていうのはどうかな?」


 なかなか良い愛称だとギルは内心、自画自賛しつつ胸を張る。


「トーア?何がどうなったらリトアリスからトーアになるのさ……」

「リトのトとアリスのアを取りトアだとおかしい感じだから、伸ばしてトーア」


 どうだとギルが顔をトーアに向けると、トーアはうーんと唸っていた。


「……まぁ、今は何もないんだし、いいんじゃないかな」

「じゃぁ、これからはトーアって呼んでもいいかな?」

「もちろんだよ、ギル」


 これがのちにトーアの愛称として定着していくことになる。トーアもまた次第にその愛称を気に入り、自己紹介の時は略称でもあるトーアで呼んで欲しいと付け加えるようになった。

 現実で会った際に互いに性別の違うキャラクターを使っていた事に驚く事となるがそれも今となっては良い思い出だった。

 そして、ギルことかえでがCrafting World Onlineで発生したデスゲームを生き残り、半年が過ぎていた。幸太との思い出を思い返して、しばらく呆然としたまま静かに泣いたかえでは立ち上がる。

 何もやる気は起きないはずなのにと、かえではVRコントローラーをかぶりCrafting World Onlineを起動した。


――こんな気持ちなのに……ね。


 自嘲の笑いを漏らしながらかえではCrafting World Onlineにログインし、メッセージが届いている事に気がついた。


「な……え?と、トーアから……?」


 困惑しながらもギルは静かなプライベート空間であるホームドアでメッセージを確認する。


  ■  □  ■


差出:リトアリス・フェリトール

件名:できちゃった。

本文:

 件名の通り、半神族の輪廻の卵が出来ました。……深い意味はないよ?

 添付した輪廻の卵のアイテムランクは【外神アウター】級なんだけど、ギルに送ったのは二つ目です。


 そう二つ目なんです。それもどちらも【外神アウター】級のね。出来た時はこの一ヶ月はなんだろうって思ったよ……。(すごく嬉しかったけどね)


 で、送ったのは処分に困ったっていうのが正直な理由です。確かそろそろ転生するって言っていたと思ったから使って欲しいなぁというところ。


 では、私は一足先にCWO公式チートこと半神族になります。

 ログインしたら連絡してね。


 ではでは。


 追伸:転売はダメ、絶対。


  ■  □  ■


 トーアからのメッセージを読んだかえではすぐにCWOをログアウトする。トーアの、幸太の最後のメッセージが目に焼きついて、涙が止まらない。


「あぁ……あっ……あぁぁぁぁっ……!うぅぅっ……!ぐすっ……!うぅ……あああ゛あ゛あぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 かえではVRコントローラを脱ぎ、両手で顔を覆い泣き叫ぶ。喉が枯れるのも気にせず嗚咽を上げながら泣き続ける。幸太の死を知ってから固まっていた感情が全て吹き出ているかのようだった。


「どうして……どうしてっ、死んじゃったの……?幸太ぁ……」


 しばらく涙が流れるまま嗚咽を漏らしていたかえでだったが、涙は自然と止まり虚無感に呆然と天井を眺めていた。

 一度、顔を洗おうとかえでは立ち上がり洗面台へと向かう。鏡に映る顔は目元が赤くはれ上がり、のどには軽い痛みが走る。


「はぁぁ……ぐす……」


 少しだけ落ち着きを取り戻したかえでは受け取った輪廻の卵をどうするか考えていた。


――トーアの、ううん、幸太の形見と言えば、形見だから残しておきたいかなと思うけど……。


 かえでが躊躇わせていたのはトーアのメッセージに残っていた『使って欲しい』という一言だった。空腹感を感じ、朝にトーストを一口だけ齧っただけだったことを思い出した。

 デスゲームの時に、こんな時でもお腹は減る、だから食べると言ってテーブル一杯に料理を並べたトーアの事を思い出し、かえではふっと笑いを漏らす。かえでは出しっぱなしだった朝食を温めなおし、遅すぎる朝食を終える。


「ふぅ……幸太の遺言に従おう。それでCWOもやめようかな……」


 CWOをやるたびに幸太の事を思い出しそうで、かえでは引退を考えながら食器をシンクに置いた。そして再びVRコントローラーを頭にかぶりCWOへログインする。

 トーアのメッセージに添付された【輪廻の卵<半神族>】【外神アウター】を取得し、両手で包むようにして持った。


「……本当に出来たんだなぁ……やっぱり、トーアはすごいな……」


 虹色に輝く輪廻の卵を親指でなでる。再び泣いてしまいそうになるのを堪えつつ、ギルは【輪廻の卵<半神族>】【外神アウター】を握り締める。


『<半神族>へ転生を行います。よろしいでしょうか?』

「はい……っと」


 空中に現れたARウィンドウを選択すると、ギルの足元に魔法陣が現れる。そして、魔法陣から現れた純白の殻に包まれギルは目をつぶった。

 目の前に現れたギルの全体像の修正を行い、転生完了を選択する。

 再び視界が白く染まる。視界が戻った時にはギルは、男の前に座っていた。


「よぉ、久しぶりだな」

「な、えっ……」


 ギルは目だけであたりの様子を確認すると、どこかの居酒屋の一室のようだった。テーブルの中心には二色鍋がおかれ、赤色と白色のスープがくつくつと小さな音を立てている。


「ああ……そうか」

「っ……あんたはっ……!」


 男に額を小突かれたギルは、唐突に男が何者か思い出した・・・・・。CWOでデスゲームを引き起こした大神という存在。世界を管理する神を総轄する存在だと大神自身が言っていた。


「僕は、あなたの事は嫌いなんだが」

「まぁ、そうかもな。でも、あの“デスゲーム”じゃ、誰も死んでないんだぜ?」

「……だから嫌いなんだ」


 ギルは思わず吐き捨てるようにして言う。何もかも突然引き起こされ、巻き込まれたのはギルだけではなく、数十万というプレイヤーが巻き込まれた“デスゲーム”。それを思い出したギルは、胸糞悪いと内心、悪態をつく。

 そして、そのデスゲームの最後に大神と交わした約束を思い出す。


「ああ……思い出した……異世界に行くかって話……」

「そうだ。まったく、トーアの奴もすごい事をするもんだ」


 トーアと言う名前にギルは思わず、腰を浮かしかける。落ち着けと大神が手を突き出す。


「リトアリス・フェリトールの作った輪廻の卵なんだが、片方は俺がちょっとCWOを弄ったんだ。弄らなくても【喪失ロスト】級だったんだがな。そして、もう片方……後に出来た方は、本当にトーアの手で【外神アウター】級を作り出しやがったんだ。流石ってところだな」

「トーア……いや、幸太が死んだのってまさか……!」


 トーアも同じようにデスゲームを生き残り、大神と同じように話していた。異世界に行った事が原因であれば異世界でトーアが生きているとギルは先ほどまでの悲しみが吹き飛んだような気分になる。


「ああ、生きてる。異世界でリトアリス・フェリトールとしてな」

「そうか……生きて……いるんだ」


 大神の言葉にギルは椅子に脱力して座った。

 ギルの様子に大神はふっと笑い、テーブルに置かれたジョッキを傾けて中に入った小麦色の液体を飲み干す。


「さて、おまえにも異世界に行って、ちょっと世界を救ってもらいたいんだが……」

「……待った。僕が異世界に行く条件を忘れてないか?」

「……あー、それはわかってるんだが……いいのか?別の世界で勇者として世界を救って欲しいんだが……」


 眉を寄せた大神にギルは首を横に振った。


「いいや。あの条件だけは守ってもらいたい。トーアの件を考えるに元の世界の僕、日暮かえでは死ぬんだろう?それくらい、守ってもらわないと」

「死ぬというには語弊があるんだが……まぁ、約束だしな」

「異世界に行くのは、このギルの身体で行くって事という認識でいいのか?」

「ああ、トーアも幸太じゃなくてリトアリス・フェリトールの姿で向こうに行っている」


 ギルは頷く。それならば何も問題はないと考えて、いつ異世界に行くのか尋ねる。


「今だ」

「は……なっ……!?もっと情報はないのか!?」


 ギルの周りが次第に白く染まって行く。座っていたはずの椅子もなくなり、手をついていたテーブルも徐々にその存在が白く塗りつぶされていく。


「すまんな、正直、トーアの時もギルの時もいきなりなんだよ……こっちにも準備って物があるんだがな。後は向こうの神に聞いてくれ。トーアとは……まぁ、うまく合流してくれ」

「このっ……だから、僕はあんたの事が嫌いなんだ……よぉぉぉぉぉぉっ!!?」


 唐突に足場の感触がなくなり、浮遊感の次に来たのは急速落ちて行く感覚にギルは叫び声を上げた。

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