断章一 デートン・ウィアッドの出会い 2
その日、朝からカテリナの落ち着きがない事に気が付いたデートンは日付を見て納得する。
今日は王都行きの駅馬車がウィアッドに到着する日であり、旅立ったトーアが最も早く戻ってくるであろう日だった。
「カテリナ、駅馬車の到着はいつもの時間だろう。今からそわそわとしていたら、疲れてしまうよ」
「あ……ごめんなさい、義父さん……」
「トーア君のことだろう?彼女ならきっと大丈夫だよ」
「……そうですよね」
言葉では納得したように言うカテリナだったがその表情は晴れず、視線が宿の外を窺ったままだった。
トーアが言葉通りにウィアッドに戻ってくる確証はまったくない。だが、デートンは短い間であったがトーアの律儀な性格であれば約束通り戻ってくると思っていた。もしそれさえも嘘であったとしても、王宮への連絡はすでに済ませてある。
昼を過ぎて駅馬車が到着する時間になるとカテリナは何度も窓から外を確認し、エリンに窘められていた。
「カテリナ、落ち着きな。駅馬車が来るのは今日だけじゃないんだよ?」
「う……はい、義母さん」
「心配するのもわかるけどね」
全くと困ったように笑いながらエリンはカテリナにカウンターに座って待つように言い、カテリナは素直に従っていた。
そして、迷宮都市ラズログリーン行きの駅馬車が先に到着し、続けて王都行きの駅馬車が到着する。
デートンは宿泊する客の対応をしながら、ちらりと入り口の様子を窺っていた。入り口ではカテリナがいつもと変わらない笑顔と挨拶をして客に対応しており、仕事には支障は出ていないようだった。
いままで入ってきた人数から恐らく最後の客であろう人物が、宿に入ってくる。
「いらっしゃいませ!ウィアッドへようこそ!」
カテリナが声をあげるがすぐにその人物に駆け寄り抱き締めていた。黒髪を三つ編みにまとめた少女、トーアが約束通りウィアッドへ帰ってきたようだった。カテリナと二言、三言話した後は、エリンの立つカウンターに向かって行く。
怪我らしい怪我もなく、見た目は元気そうでありデートンは内心、ほっとする。トーアと共にカウンターに向かう少女のライトブルーの髪色に、既視感を覚えつつも、デートンは宿に泊まる客の応対を続けた。
宿泊客を部屋へ送り届けたデートンは、カテリナと共にトーアの座るカウンターへと戻ってきた。
「トーア君、無事でなによりだよ」
「デートンさん、お久しぶりです。エレハーレでは色々とありましたけど……こうして戻ってくることができました」
どこか申し訳なさそうというか、疲れたような顔をしたトーアにデートンは思わず笑みを浮かべた。
パーソナルブックの記述が消えるという経験をしながらも取り乱すことなく、どこか飄々としたものを感じさせるトーアの胆力にデートンは感嘆と共にどのような人生を送ってきたのか?という疑問を抱いていた。
「そのようだね。何があったのか教えてくれるかな?」
笑みを浮かべながらトーアは頷き、エレハーレで起こった事を話し始めた。
職業神殿で無事に職業と所属国の記載が戻ったとデートンは聞き、確認しておくべき事を慎重にトーアに尋ねた。
「それはよかった。差し支えなければトーア君の職業と所属国を教えてくれるかな」
「私の職業は【創作士】、所属国……出身はクリエイドラムという国です」
よどみなく、そして、迷い無く答えたトーアの職業も所属国もデートンは聞いた事のないものだった。
「創作士……クリエイドラム……どちらも聞いた事のないものだな……」
素直にデートンはトーアに伝える。トーアはどこか無表情に近い顔をしていた。それはどのような反応が返されるのか様子を窺うかのようで、予想通りの反応を返してしまったような気もする。
カウンターに集まったエリンやカテリナ、トーアと共に行動する少女も首をかしげていた。
あたりの雰囲気からデートンは情報を集めるため、職業について尋ねてみることにした。そして、恐らくトーアはこの質問の答えを考えているだろうと予想しながら。
「創作士はどういった職業なのか聞いても……いいかね?」
「生産系の職業でだいたいの物は作れます」
通常、生産系アビリティから取得する職業は一つの種類のものしか作りだすことは出来ない。だが、トーアの言った“だいたいの物”というくくりは恐らく、ひとつの物だけを作れるというわけではなさそうだった。
「ふむ……いくつかの職業を得ることで手に入るという複合職ということでいいのかな?私は【聖騎士】や【魔法剣士】、【魔導士】と言ったものしか思いつかないが」
「はい、生産系の複合職と思ってもらえばいいです」
頷くトーアにデートンは驚きをなんとか隠していた。
複合職は戦闘系の職業であれば、高ランクの冒険者になれば取得している人間は居る。先ほど口にした職業も王宮を守る騎士や、聖教での全体を統率するような守護騎士が取得しているというものだった。
だが、生産系の複合職についてはデートンは聞いた事がない。
国についても大陸では聞いた事のないもので外洋にある別の国の可能性もあるが、トーアのような少女が生産系の複合職を取得するような国である。
トーアが極端なものであれば稀なケースとして考えていいが、トーアからは国や職業についてはそれ以上、話はしなかった。もし質問したとしても答えてくれるだろうが、重要な部分は話さない可能性が高かった。
――王宮へ報告しなければいけないが……どう報告したものか。
普通の会話で聞きだせるのはここで限界かとデートンは思う。
「そうか……教えてくれてありがとう、トーア君。それにしても無事に職業を取り戻す事ができてよかったよ」
その後、エレハーレでの話を聞くと、ゴブリン討伐に参加して名を上げたとの事だった。
驚きと共に生産者ではないのか?と尋ねたデートンだったが、トーアはゴブリン討伐とは別件でゴブリンを単独討伐しているとわかった。
「トーアちゃんの活躍はすごかったんですよ!『期待の新人』って呼ばれたり、ギルド付に勧誘されたりしたんです!」
トーアと共に少女が興奮した様子で話を始め、エリンからそっとマクトラル商会の一人娘である事をデートンは聞いた。行商で会う事のある少女の父や兄達の事を思い出し、髪色に覚えがあるはずだと納得する。
行商で立ち寄った際の世間話で一人娘であり冒険者を志すフィオンの事を心配しており、好きな事をしていいと言った手前、やめろともいいにくいと苦悩を溜息と共に漏らしていた。
エレハーレでどのような出会いがあったのかはまだわからなかったが、面白い人物とトーアは行動を共にしているらしい。
「ギルド付、ギルド付属特命探索者のことかい?」
「はい。でもすぐに断りましたよ。冒険者は生活が安定するまでお金を稼ぐ手段で、私は生産者なんですから」
「……そうか」
生産者と言いつつも、ゴブリンの群れに向かって行くようなトーアを生産者と言っていいかデートンは内心、考えてしまった。
「それでトーア君は今後、どうするのかね?」
ウィアッドに帰ってきたという事であれば村を出発した後のトーアの動向は再びわからなくなる。ギルドに登録しているため、ある程度はわかるかもしれないが、ウィアッドの長としてではなく一人の人間としてトーアの事を心配しての言葉だった。
「フィオンには話したんですが、エステレア法国を目指してみようかと」
予想外の国名にカテリナから声が上がる。
トーアが言うには、職業神殿で職業を取り戻したのだからエステレア法国で何かわかるかもしれないという事で向かうらしかった。
――真っ当な理由に聞こえるが……。
職業や所属国の記載が消えた理由は、職業神殿で記載が戻った事とは関係がないように思える。だが、次のトーアの言葉にデートンは呆気に取られた。
「でも……元居た場所に戻れなくてもいいかなとも思っています」
「それは、いいのかね?」
「はい。もう両親はいませんし、仕事も丁度きりのいい所でした。最後に一言ぐらい言っておきたかったですけど」
すっきりした笑みを浮かべながら話すトーアにデートンは内心、舌を巻く。
トーアの度胸については驚かされる事が多かったが、ここまで状況を受け入れてそれでいてまだ歩き出そうという精神力は外見からはまったく想像できなかった。
「手に技術がありますから、どこへ行っても暮らしていけるのが私の強みみたいなものですから」
重たくなった雰囲気を変えようとトーアが明るい声で呟き、デートンは難しく考えすぎていた事に気付かされる。
「わかったよ、トーア君」
王宮への報告はしなければいけないが、トーアが何を成すか見守ってみたいという思いもデートンは感じていた。
その後、トーアの同郷であるというギルビット・アルトランの登場にデートンは再び頭を悩ませる事になる。パーソナルブックの状態はトーアと全く同じであり、二例目として王宮に報告する必要が出てきた。
――……何かの前兆でなければいいのだが。
そう思いながら報告書への追記する内容を悩み、さらにノルドから聞くことになるトーアの鍛冶の腕前に愕然とする事となる。
ノルドの師匠であるガルドの腕前はエレハーレでも指折りのものだと噂で聞いた事があるが、弟子であるノルドが上ではないだろうかと言った。
砕けたフクロナガサを短剣を鍛えなおす手際の良さ、更に砥ぎの作業速度、そして、革の加工技術まで持ち合わせていた。トーアから生産系の複合職と聞いたが、何が作れるか?を聞いておくべきだったとデートンは後悔する。
夜、再び報告書を前にデートンは腕を組んで悩んでいた。
明日には、駅馬車が出発するため、今日中には書き上げてしまう必要がある。
「うぅむ……」
「……トーアの事かい?」
少し離れた所に座るエリンにデートンは頷いた。
デートンがどんなに悩んだとしても包み隠さず報告しなければならない義務が村の長としての役目だった。
もし、いままでの事を報告した場合、職業やトーアとギルが居たという国の事、生産者としての技術の高さが目につく場合がある。デートンは王宮に正しく報告しなければならないという村の長の義務と、トーアの行く末を見守りたいという心情の板ばさみになっていた。
「書くしかない事なのだけどね」
「あんたが心配するのはわかるよ。でも、王宮のやつらがトーアやギルを捕まえるってなった時におとなしく捕まるとは思えないんだよね」
「ほう?」
エリンの洞察力は昔から鋭く、隠し事はできなかった。サプライズを仕掛けようとした事もあるが、結局、真っ直ぐに伝えた方がエリンが喜ぶ事をデートンは重々理解していた。
「トーアが元いた所に戻るのを諦めてるって言ったときに、『どこへ行っても暮らしていける』とも言っていただろう?」
「ああ、そうだね……そうか、そういう事か」
言葉にしたトーアの心情をデートンは今更ながら察する事ができた。
あの言葉を口にしたトーアは『エインシュラルド王国に居なくても生きていける』と言外に言っているのだと気が付く。手に技術があり、それで生きていけるからこそ言える言葉だった。
「そういうことさ。ある意味トーアは、国にも住む場所にも何にも縛られずに生きていける土台があるんだ。それにあの二人はそこらの冒険者より遥かに強いと思うよ」
「それは?」
「模擬戦をしたいって言うんで、こっそりトーアとギルが戦うのを見たのさ。あそこまで動けて華麗に戦えるってのはここらの冒険者でも滅多にいないと思うね」
「そうか……」
デートンが書く報告書が元で二人は厄介事に巻き込まれてしまうかもしれないが、できるだけ配慮してもらうように報告書に書くしかないかとデートンは小さく息をついて報告書に追記分を羊皮紙に書き込んでいく。恐らく二人ならば切り抜ける事が出来るかもしれないと少しだけの希望を込めながら。
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―聖教暦465年 七の月 二十の日 王都主街道 ウィアッド 定期報告
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以上がウィアッドで起こった出来事である。以下、追加報告。
前回報告した、村近辺にある特殊環境である“森の聖域”に現れたリトアリス・フェリトールについての報告。
本人の言葉通りに最も早い駅馬車でウィアッドに戻り、職業と所属国が戻った事を確認する。
職業“創作士”、所属国“クリエイドラム”。
どちらも聞いた事のないものであるが、職業については生産系の複合職であるとのこと。村の鍛冶屋にて、短剣の鍛造と農具の砥ぎにて腕前を確認するも、村の鍛冶師から高い腕前という評価と報告を受ける。また、鍛冶だけではなく共に革製の鞘と剣帯を作成し、木を削り模擬戦で使用する木剣を自作していた。そのため、【鍛冶】、【革細工】、【木工】は可能であると確認した。
ギルドには登録済みのため、動向はギルドから確認が可能と思われる。また、エレハーレで発生したゴブリン討伐に参加しており、活躍したとリトアリスに同行するパーティメンバーから聞くことが出来た。
今後の動向については、エレハーレ、ラズログリーンを経てエストレア法国へ向かうとの事。
特記事項。
七の月 二十の日の昼ごろに先に報告したリトアリス・フェリトールと同様の状況下で森の聖域に現れた、ギルビット・アルトランという青年が村を訪れる。
外見については、金髪金眼、背は高めで絞り込んだような体躯をしている。(恐らく戦闘訓練をつんでいるのではないかと思われる)年齢は18歳前後。
リトアリスと同様に、証明書は所持していない為パーソナルブックでの確認を行うが、こちらについても同様に職業、所属国が空白であるという現象を確認した。
リトアリスと共に行動を共にするということのため、ギルドに登録後、職業神殿へ向かうと思われる。
個人的な雑感ではあるが、ギルビット、リトアリスともに王国への反意は見受けられない。突然の状況の中で必死に生活の基盤を整えているように見える。もうしばらく様子を見ていただけるとありがたく思う。
以上。
デートン・ウィアッド