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第五章 二人目の転生者 11

 翌日になり、ギルは街の仕事をするとギルドへ向かって行った。トーアはガルドとの約束があるため再び月下の鍛冶屋へと向かって、冒険者横丁を歩いていた。

 月下の鍛冶屋に到着し、店に入るとトラースに出迎えられる。


「おはようございます」

「おはよう。トーアが来たら鍛冶場に来るようにってガルドさんが言ってたよ」

「わかった、ありがとう」


 店の掃除をしていたトラースに礼を言ったトーアは、真っ直ぐ鍛冶場へと向かう。鍛冶場にはガルドとイデルが奥のテーブルで待っており、入り口に顔を出したトーアにイデルは手招きしていた。


「おう、おはよう。とりあえず、こっちにきてくれ」


 イデルに声をかけられトーアは二人の前に立った。


「トーアにこいつを渡すつもりで今日は呼んだんだ」

「これは……」


 ガルドが顎でさした机には、大小の鎚が一つずつとやっとこが二つ置かれていた。差し込んだ朝日にどちらも鈍く輝きを放っており、新品と見てわかった。


「こいつをトーアに渡そうと思ってな」

「私に……これを?」


 思わず手を伸ばしたトーアだったが、途中でガルドとイデルの顔を交互に見やる。


「持って調子を確かめてくれ」


 イデルに言われてトーアは大きい方の槌を持ち上げる。手に伝わるずしりとした鎚の重さ、一目で鍛冶のためのブラックスミスハンマーとわかったトーアだったが、どうしてこれを渡す事になったのかと内心、首をかしげていた。


「トーアみたいな腕を持った奴が何時までもうちの使い古しを使うのは忍びねぇってことでな。ガルドさんと一緒に俺も作ったんだぜ?」


 笑いながらイデルは他の道具も持つようにトーアの肩を叩きながら言った。ガルドはいつもの仏頂面をさらに厳しいものに変えながらじっと、トーアを見ていた。


「トーア、試しに何か作ってくれるか」

「……はい、わかりました!」


 ガルドの言葉に新しく鎚を作った心意気に応えなければとトーアは力強く返事をした。

 既に炉や道具は整えられており、トーアが作業を始めるだけになっている。いつの間にかトラースやミデールも鍛冶場に姿を見せていた。

 耐熱性の前掛けとグローブを身につけ、鉄のインゴットを用意したトーアは、パーソナルブックを開いた。


「トーア、何を作るか説明してくれ」

「あ、すみません。……何か作ったほうがいいですか?一応、見本剣を作る予定だったんですが」


 やる気満々だったトーアだが、ガルドの言葉にはっとしてたずねる。トーアの技を盗むということであれば技巧を凝らしたものか、逆にシンプルな作りにするつもりだった。


「いや、トーアの見本剣を作ってくれ」

「わかりました」


 見本剣とはいわゆる見本武具の一種であり、鍛冶屋または鍛冶師が製品の基本とする武具の事をさす。生産する種類ごとに用意することが多く、トーアにはトーアの、月下の鍛冶屋には月下の鍛冶屋の見本武具がある。トーアの見本剣は現在使用している剣を少し長くし、全体の重心も柄と鍔の合わせ目というバランスになっている。


「他に質問はないな?トーア、始めてくれ」


 他の面々に確認を取ったガルドの言葉に頷いて、トーアは新しいやっとこでインゴットを挟み、炉へと置いた。インゴットが赤く熱せられるのを待つ間、受け取った鎚を持ち再び調子を確かめる。


――うん、やっぱり共用のものに比べるのがバカらしいぐらいしっくりくる。ノルドさんの予備の鎚もよかったけど、これくらいの重たさがあっていいな。


 鎚もやっとこもトーアの手に使いやすい大きさ、重さになっていた。

 赤く熱せられたインゴットを炉から取り出して金床の上に置き、最初に柄と刀身を固定する中子なかごの成形を始める。今までよりも質の良い鎚を使うためか、見る見るうちにインゴットが形を変えていく。中子なかごの成形を終えた後は再び、炉に戻してインゴットを再び熱する。

 赤く染まったインゴットを炉から取り出して鎚で叩き、ただの鉄の塊から剣の刀身へとみるみるうちに形を変貌させていく。


「……なんて速度だ」


 ぼそりと呟かれたイデルの言葉をトーアは気にせずに鎚を振るい続ける。途中、何度も炉に入れて温度を保ちながら鉄のインゴットは鋼の刀身へと変わった。

 刀身の焼き入れと焼き戻しを終えたトーアは、刀身を徐冷用の棚に置き他のパーツも作り終える。


「ふぅ……」

「……ん、ああ……もうお昼じゃないか」


 トーアが作業を終えて一息ついたのと、カンナが慌てたように鍛冶場を出て行った。後片付けを始めようとするトーアにイデルは、トラースに片付けについて教えるからそのままでいいと言われる。

 手持ち無沙汰になったトーアは、カンナを手伝おうと身につけていたものを外して、食堂へと向かった。


 昼食を済ませた後、トーアは徐冷が終わるまでフォールティの作業場で鞘を作ることにした。

 にこにこと笑みを浮かべるフォールティが傍に立っており、トーアが道具を持つと真剣な表情に変わる。


「よーし、私だって勉強させてもらうからね!」

「それじゃ、始めます」


 じっとトーアの手元を見つめるフォールティの視線を感じながら、トーアはなめされた革にフリーハンドで下書きを描く。そして、革切り包丁で狂いなく切り出した。

 次に切り出した革に平目打ちで穴を空け、切り出した革紐で縫い鞘の形を創りだしていく。


「こんな感じです」

「いやいや……早すぎ……。でも、何か掴めたかも……」


 難しい顔をして唸るフォールティにトーアは何か掴むことが出来たのならよかったと内心思った。

 徐冷の終わった刀身を砥ぎ、部品を磨きトーアは見本剣を完成させる。柄はシンプルに木製にして完成とした。


「よし……」


 CWOでも使っていた見本剣と同じ形状の物が完成し、トーアは一息ついた。


――でも、これだけ先に出来ても仕方ないんだよなぁ……。


 材料もトーア専用の加工する為の場所もない事に思わず眉間に皺を寄せながら、トーアは作りたての鞘に見本剣を収める。チンッという音が鳴り、鞘と切羽の大きさがきつすぎず、隙間も無い事を証明する。


「トーア、何か問題でもあったのか?」

「あ、いえ、そういうわけじゃないです。これが私の剣、小剣、長剣の基本となる見本剣になります」


 声をかけたガルドにトーアは見本剣を差し出した。

 ガルドが剣を受け取るとすぐに抜き、トラースに言って取りに行かせた月下の鍛冶屋の見本剣も抜く。二つの見本剣をそれぞれの手に持って何かを確かめるようにガルドは小さく頷いた。

 机の上にそれぞれの剣を置いたガルドは、視線をトラースとミデールへと向ける。


「ふむ……。トラース、見本武具とはなんだ?」


 傍で様子を窺っていたトラースはガルドの質問に背筋を伸ばした。


「は、はい!見本武具とは職人または店がパターンオーダーの際に最も基本とする武具の事です!」

「よし。ミデール、パターンオーダーに見本武具はなぜ必要だ?」


 続けてのガルドの質問にミデールは、視線を真っ直ぐに向ける。


「見本武具を基本に、長さ、重さ、重心、形状、装飾と言ったものを足し引きする事で品質の均一化と、生産者の作業量軽減、短期間での生産を可能にするためです」


 机の上に置かれた二つの剣を持ち、何かを確かめたイデルも笑みを浮かべていた。


「そうだ、店によって、または鍛冶師によって見本武具を作る場合があるが、うちでは“月下の鍛冶屋”としての見本武具を使う」

「ミデール、トーアの見本剣を持ってみろ、しっかりと構える形でだ」


 イデルに言われミデールはトーアの見本剣を持ち上げ、怪訝そうに剣を眺める。


「……軽い?」

「そうだ、いつも完成したときの重心を考えてそれぞれのパーツを作れと言っているが、トーアのはわかりやすくて素直だ。トラースも持ってみろ」

「は、はい。……本当だ……持ちやすいです!」


 ミデールから剣を受け取ったトラースは驚きながら目を見張る。イデルの解説は続き、トーアの見本剣の重心が完璧に柄と鍔が合わさっている部分に調節されている事を話す。トーアはガルドと共に月下の鍛冶屋を背負う鍛冶師だなと内心、感嘆する。


「トーア、すまんねぇが前に作った剣はあるか?」

「ちょっと待っててください」


 トーアはリュックサックの傍に置いた剣を取り、イデルに手渡した。月下の鍛冶屋の勉強会に巻き込まれた形になったが、トーアにとってもこの世界の鍛冶の勉強になっていた。


「すまねぇな。ふむ、やっぱりこうして比べると……な」


 トーアの剣と見本剣を左右の手にそれぞれ持ったイデルはしみじみと頷き、トラースに剣を渡す。剣を受け取ったトラースは、驚きに固まる。


「トラース、この二つがどういう状態にあるかわかるな?わかったらミデールに渡してやれ」


 がくがくとトラースは首を縦に振り、ミデールに渡す。二つの剣を受け取ったミデールも驚きに目を瞠り、絶句していた。


「トーア、最初に作った方の剣はどういう風にしてあるんだ?」

「私が普段持ち歩いている方は、見本剣に比べて重心を少しずらして切っ先に寄せてます。それは私の戦い方“叩きつける様に斬りつける”が前提となってます。まぁ……注文と言っていいかもしれないですね」


 話を振ったイデルが二人に伝えたい事を察してトーアは丁寧に説明する。


「今まで持たせた剣の中で、ここまでシンプルに比較できる注文はなかったからな。ミデールには徐々にうちの見本剣を打たせているが、見本剣が出来た先はトーアのこれだ」

「……はい」


 表情を引きつらせたミデールだったが、辛うじて頷いていた。ガルドはミデールの腕をたたく。


「いきなりコレをやれとは言わん。今はまず出来る事をやる事だ。絶対に焦るな。俺もいきなり放り出すような事はせん。トラースもだ、ここまでの剣を作るまでの道のりは長い。ただ焦らず出来る事を続けて、そして出来る事を増やしていけ。わかったな?」

「はい!ガルドさん!」

「はい……!」


 二人が返事をする様子はいつかトーアのような剣を打つという意思を固めたような姿で、トーアは声に出さずに頑張れと応援する。


「トーア、わざわざすまんな」

「いいえ、気にしないでください」


 イデルから二つの剣を受け取ってトーアは笑顔で首を横に振った。その後、カンナから昼食を作るのを手伝ったとして半銀貨一枚が差し出され、今日は貰いすぎだとトーアは固辞しようとする。


「貰っておいておくれ、うちの若い子たちの勉強に巻き込んじまったお礼でもあるんだから」

「それも別に気にしていません。ノウハウだけじゃなくて心意気も伝えるっていうのは大事な事だと思いますから」


 だがカンナに半銀貨を握らされ、トーアは報酬を受け取ることになった。

 明日の予定をカンナから聞かれたトーアは、まだ未定だがギルドの採取系のクエストを受けようと考えていると伝える。挨拶を済ませたトーアは月下の鍛冶屋を出て、非常に上機嫌で夕凪の宿へと歩き出す。生産も出来た上に、更に鍛冶に使う道具も手に入れることが出来た事にスキップで宿に帰りたいぐらいだった。


「……でも、なんでいきなり鎚をくれたんだろう……?」


 ガルドが言った『いつまでも使い古しではダメだ』というのは嬉しいが、炉も材料も使わせてもらっている手前、それ以上の贅沢は悪い気がしていた。ギルド付の時と同じようにベルガルムなら知っていそうかもしれないと、トーアは宿へと急いだ。


 夕凪の宿のスウィングドアを押してトーアはいつものカウンター席に座る。


「やけに上機嫌だな」

「うん……鍛冶に使う鎚とやっとこを貰ってさ」


 話を聞いたベルガルムはぎょっとトーアを凝視する。ベルガルムの反応におかしな事だったのだろうかとトーアは少しだけ身体を引いた。


「月下の鍛冶屋でだろう?鍛冶屋で鎚を受け取るってことはその店で一人前と認めた事になるんだぞ?」

「へ……え、あ、そうなんだ……修行した訳じゃないけど、ガルドさんにそう思ってもらえるのは嬉しいかも」


 免許皆伝の印であるという鎚を貰うという事に最初は驚きはしたものの、徐々に嬉しさがこみ上げたトーアは、自然と笑みを浮かべていた。


「まったく……たまに規格外の事をしでかすよな……」

「は、ははは……」


 顔を手で覆ったベルガルムのため息交じりの感嘆に、トーアは笑って誤魔化した。


「で、その後に見本剣を作ってね。それでまぁ、上機嫌な訳」


 カウンター席にトーアが座るとベルガルムは何やら思案にくれており、眉間に皺を寄せていた。


「見本剣か。生産者って言っていたがトーアは今はフリーの鍛冶師なのか?」

「うーん……どこにも所属していないって意味ならフリーだけど、鍛冶の仕事を取れるほど施設も素材もないし」

「店を持つ気はないのか?」

「とりあえず、今はないかな」


 そうかと漏らすベルガルムから水を受け取り、ちびりと飲んでいるとギルが宿に戻り、トーアの隣の席にすわった。

 表情は非常に疲れたものになっており席に座るなり、がっくりと肩を落としていた。


「お、お疲れ様、ギル。今日はどんな仕事してきたの?」

「今日はロータリー近くのオープンカフェで裏方仕事の予定だったんだけど、何故か表でボーイをしてたよ」


 ベルガルムから受け取った水を一息に飲み干したギルは、ため息をつく。


「是非、明日もと言われたけどやめておいたよ。疲れた……」

「お疲れ様。ベルガルム、夕食をお願い」

「おうよ」


 ため息をついたギルはぽつぽつと仕事の内容を話し始める。

 外見は最高のギルがボーイをしたせいか、恋人同士が喧嘩しそうになったりおば様にたいした用事もないのに呼ばれたり、注文合戦を始める客達と儲けは出たものの、精神的な疲労がひどかったらしい。


「……ご愁傷様」

「トーアの方はどうだったんだ?今日は月下の鍛冶屋だっけ?ノルドさんの修行していた店に行っていたんだろ」

「うん。鎚とか鍛冶道具を貰う事になって、見本剣を作ったよ」


 見本剣という言葉に夕食を口に運びながら話をしていたギルの手が止まった。


「へぇ……なら、フィオンの剣を作ってくれないかな」

「フィオンの剣を?」


 首をかしげるトーアにギルは笑みを浮かべて頷く。街の仕事を終えたギルは、フィオンと共にギルドの裏にある広場で基礎を教えていた。その時にフィオンの剣を見る事になったが、今のフィオンには扱いにくいのではないか?という話だった。

 話を聞いたトーアもフィオンが襲われているときに振り回していた剣を思い出し、剣の重さに振り回されていた事を思い出す。


「……確かにそうかも。今のフィオンには重過ぎるかな」


 聞いてはいないがフィオンの今の職業は戦闘系アビリティ【剣】で取得できる【剣士ソルジャー】でも最も階位の低い【見習い剣士ビギナーソルジャー】と、トーアは考えており、ステータスの補正を考えてもフィオンの腰に差した剣は適正装備とはいい難いものだった。


「フィオンの戦い方には、ちょっとね。僕の方はまぁ、何とかなるからフィオンのほうを優先してほしいんだ」

「うん……私も、出来ればそうしたいけど……材料がね」

「あ、あ~……素材か」


 合わない武器を使い続けるのも危険かと思っていたが、長く懸案となっている“材料不足”が障害となっていた。

 トーアのギルドランクはFになっているため、異界迷宮に行って素材を集めることも考えたが、ギルとフィオンと共に行くべきではないかとも考えていたため、口には出さなかった。

 その後、ギルと何気ない話をした後、それぞれの部屋に戻りトーアは素材について悩みつつも眠りについた。

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