第五章 二人目の転生者 10
翌日、トーアはギルと朝食を済ませた後、宿を出てギルドへと出発する。
宿屋通りには早足にギルドへと向かう冒険者の姿があり、これから駅馬車の待合所へと向かうのか旅装を調えた旅人の姿も見られた。その人の群れに紛れてトーアはギルと共にギルドへ到着する。クエストが貼られた壁は既に冒険者達が殺到し人だかりとなっていた。
「すごい人だ……」
「まぁ、これでご飯を食べているんだからそれはね」
フィオンの姿を探すとギルドのテーブルに座っており、小さく手を振っているのトーアは気が付く。挨拶を交わしながらトーアとギルもフィオンの座るテーブルに座る。
「トーアちゃん、今日はどうするの?」
「私はノルドさんに頼まれた事があるから……」
「僕はトーアに借金を返さないとね。それにクエストっていうのもやってみたいと思ったし」
ヒモ生活を気にしているのかギルは真剣な顔つきで話を切り出し、フィオンは表情を輝かせる。
「なら、最初にするのは薬草採取クエストだね!」
「……そうなの?」
「まぁ……登竜門的なクエストって言われるね」
「そっか。なら、それからやってみようかな」
「なら、今日はそうしよう。二人とも無茶はしないでね」
トーアがそう締めくくるとフィオンはギルとは別の意味でやる気を見せて立ち上がり、ギルと共にクエストが貼られた壁へと向かって行った。
――ギルは昨日ギルドに登録したから、こういう所だけ先輩風を吹かせてるな……。
ギルもまたトーアと同様の経験を積んでいるのでフィオンは驚くことになるだろうなぁとトーアは思いながら、クエストを受けてギルドを出て行く二人を見送った。
いつまでもギルドに居る意味はないトーアも、ギルドを出て冒険者横丁へと歩いて行く。
冒険者横丁から一つ通りに入ると、カーン、カーンと金属を叩く音と鉄の焼ける匂いが漂う鍛冶屋小道に入る。鍛冶屋小道の店は開いているものの、まだ人通りは少ない。
「こんにちは」
「いらっしゃ……トーア!いつ戻ってきたの?」
月下の鍛冶屋の扉を開けてトーアが挨拶をすると、掃除をしていたトラースが顔を綻ばせ近づいてくる。トラースのしぐさに子犬を連想したトーアは、思わず頭をなでてしまいそうになった。
トラースからガルドが奥に居る事を聞くとトーアは店舗から店の奥へ入る。食堂に顔を出すとちょうどガルドとカンナが話をしているところだった。
「お久しぶりです、ガルドさん、カンナさん」
「トーアか。思っていたよりも早く戻ってきたな」
「ははは……色々ありまして……」
ウィアッドで起こったことを思い出したトーアは誤魔化すように笑った。
「……ノルドには会ったのか?」
「はい。あ、ノルドさんがガルドさんに渡してくれと」
リュックサックからノルドの手紙を取り出してトーアはガルドに手渡す。その場で手紙を開いたガルドは内容に視線を走らせ、続いてカンナへと渡す。いつも仏頂面のガルドだったが弟子からの手紙が嬉しかったのか、どこか嬉しげな雰囲気がある。カンナもまた慈愛を感じられる笑みを浮かべており、丁寧に手紙を折りなおし封筒へと戻していた。
「手間をかけたな」
「ついででしたし、大丈夫です」
「エレハーレには長く居るのか?」
「はい、エストレア法国まで行こうとは思っているんですが、旅費の目処とパーティメンバーのギルドランクがある程度上がってから出発する予定です」
「エストレアか……。今は仕事を探している状態か?」
「は、あ、はい。冒険者の仕事をしてもいいんですけど、ノルドさんの手紙を先に届けようと思って」
「そうか……」
そう答えたガルドは腕を組み、カンナに視線を向ける。カンナは小さく頷いていた。
「手が開いているなら、貸してもらえないか?」
「え……いいですけど、仕事の内容はなんですか?」
鍛冶を依頼されるのかとトーアは期待に胸を膨らませ、仕事の内容を尋ねた。
「予定外の砥ぎの依頼が来ていてな。鍛造の依頼もあって手が回らん。トーアの砥ぎの腕は前に見せてもらったからな、どうだ?」
「あ、はい。大丈夫です」
鍛冶じゃないのかと若干、残念に思いながらもトーアは頷いた。その後、カンナと共に仕事内容の詳細を話しあう。今日のトーアの仕事は昼食の用意で基本給を支給し、砥ぎの作業については出来高制で働く事が決まった。
「トーア、頼むぞ」
「はい、よろしくお願いします」
トーアがガルドに頭を下げると、食堂の入り口からイデルとフォールティが嬉しそうな顔を覗かせる。
「トーア、お帰りなさい!ウィアッドへ行くって聞いていたけど、すぐ戻ってきたんだね」
「はい、色々とあって……」
「おう、トーア。砥ぎの方頼むぞ。こっちでも色々あってな……。こんなに立て込む事なんぞ滅多にないんだがな。……あと昼飯はまた作るのか?」
期待のこもった視線が向けられて、楽しみにされていた事が嬉しくなる。何を作ろうかと考えながらトーアは、はにかみながら頷いた。
「はい。それも砥ぎの仕事と一緒にやることになりました」
「おぉ!こいつは作業を頑張って腹を減らさないとな!」
「う、嬉しいけど……また食べ過ぎちゃう……でも、食べる!」
歓声を上げる二人にトーアは微笑んだ。
「さ、やる気が出たところで、仕事にかかろうじゃないか。砥ぎの依頼の武器は砥ぎ場に運んであるからね。トーア、頼んだよ」
「はい、カンナさん」
返事と共に荷物を持ち、トーアは砥ぎの作業を行う部屋へ向かう。
並べられた武器の数はそれなりの量があった。作業内容については貼り付けられたタグについているので、作業前に分類をする。
「うん……数はあるけど、ほとんどがメンテナンス的なものばっかりだし……今日中になんとかなるかな」
ぼそっと呟いたトーアは、砥石を用意して最初の武器を手に取って作業を始めた。
昼近くになり、砥ぎの作業を中断したトーアは台所にあるものを確認して簡単かつ量が作れる異世界版ペペロンチーノを作った。異世界版と付くのは、使用する調味料が元の世界と形状が異なる為だった。
月下の鍛冶屋の面々は具がほとんど入っていないスパゲッティに怪訝そうな顔をしていた。台所にはニンニクに似た風味、効能の肉厚の葉野菜、アンギラ草の香りが漂っており、もっと別の料理を想像していたらしい。
だが、立ち上るアンギラ草の香りに食欲を刺激されたのかごくりと喉をならし、恐る恐るパスタを口にする。
最初に声を上げたのはイデルで、口いっぱいにパスタを突っ込みながら目じりを垂れさせていた。
「うまいっ……具が入ってなくて驚いたが、アンギラ草の風味がすごいな!そして、この辛味……!フォークがとまらん!」
「辛いのはガラズの爪です。風味と辛味だけなのでパスタの中には入ってないので、安心してください」
ガラズの爪は少し湾曲した形状の真っ赤な実で房状に生えている。エレハーレ周辺の森でも見つかるため、トーアはチェストゲートに収納してある。そのまま齧れば激しい辛味で口が痺れるが、隠し味や風味付けには最高だった。
「んぅ……でも、これは食後の匂いが……」
不安げにしながらもフォールティはフォークを動かすのをとめなかった。
客商売でアンギラ草の匂いを漂わせるのはいかがなものかと、トーアは対策としてチェストゲートに入れてあるりんごに似た真っ赤な実を取り出してある。
「レドラを食べると匂いが和らぐそうです。いくつか持って来たので食後に切りますね。……レドラを食べるぐらいはお腹、残して置いてくださいね」
「ふふ、なら安心ね!」
笑みを浮かべ糸目を更に細めておいしそうにフォールティは、パスタを絡めたフォークを口に運んだ。ミデールやトラースは、静かにもくもくとフォークを動かしていたが、口の中が一杯のためしゃべれないだけのようだった。
「こいつは安く済んでいいね。トーア、レシピを譲ってもらうって事はできるかい?」
「はい、大丈夫です。……レシピを複写する紙を用意してもらわないといけないですけど……」
レシピの複写方法がCWOと同じことをエレハーレの観光の際に複写用の紙を見つけた事で確認していた。
「それくらいは用意するさ、ありがとうね」
食事を終えて食器を洗った後、トーアはカンナからレシピ譲渡に必要な専用の用紙を受け取る。
レシピを他人に譲渡する場合、専用の用紙が必要になる。譲渡するレシピのページを開き用紙を挟む、用紙の端を撫でることで用紙は、レシピスクロールに変化する。
その際に譲渡する情報を選択することが可能で、トーアはとりあえず基本の内容だけを写した。
「ありがとうよ、トーア。あの子達はよく食べるからね」
「ははは……そうですね」
たっぷりと茹で上げたはずのパスタは全て綺麗に平らげられており、いつもおいしく安く調理をするカンナの腕もさることながら、安くがっつり食べれるメニューは必要なのだろうとトーアは思った。
「なら、私も仕事にもどりますね」
「ああ、頼むよ。あとどれくらいなんだい?」
「半分くらいですね。夕方までには終わらせます」
「……流石、あの人が褒めただけあって、仕事が速いね」
感嘆とも呆れともとれるカンナの呟きを聞きながら、トーアは砥ぎの作業を行う部屋へと戻って行った。
丁寧にタオルで水気を拭き取り、トーアは研ぎあがった剣の刀身を検めて問題のない事を確認する。
作業のできに満足しながら、完成品が並ぶ棚に剣を立てかけた。
「よしよし……これでおしまいっと」
手を綺麗に洗ったトーアは棚に並ぶ砥ぎ上げられた武器を眺め満足げに一人頷いていた。達成感を感じながらトーアは鼻歌交じりで後片付けを始める。
「おつかれさん、トーア。そろそろ今日は終わりにしたらどうだい?」
「あ、カンナさん、いま呼びに行こうとしていたんです。頼まれていたものは全部研ぎ終わりました。後片付けも終わったところです」
「全部……かい?……うちの人を呼んでくるから少し待ってな」
トーアが返事を返すとカンナは部屋を出て行った。後片付けも終わっていたトーアは手持ち無沙汰に待っていると足音を響かせてガルドがやってくる。
「終わったと聞いたが?」
「はい。確認をお願いします」
部屋に入り棚に並ぶ武器を検分していくガルドをトーアは少しだけ緊張しながら確認の結果を待った。後からイデルも姿を見せてガルドと共に武器を確認して行く。
「まさか一日で終わるとは思っていなかったな……まぁ、その分こっちの作業に集中できるわけだが……」
「トーア、今日はあがっていいぞ。カンナから賃金を貰っていけ。それと明日、またこれるか?」
「あ、はい……大丈夫です」
特に予定は立てられていない事を思い出したトーアは頷く。部屋の入り口で手招きするカンナに気が付いたトーアは、リュックサックを手に部屋を出た。
「はいよ、トーア。今日はおつかれさん」
「はい、ありがとうございます。おつかれさまでした」
賃金である銀貨三枚を受け取り、トーアは頭を下げて月下の鍛冶屋を後にした。
真っ直ぐに夕凪の宿に戻ったトーアは、先に宿に戻っていたギルを見つけて、隣のカウンター席に座る。
トーアに気が付いたギルとお疲れ様と挨拶を交わして、前と同じようにベルガルムに水と夕食を注文した。
「初クエストはどうだった?」
「どうっていうか、普通に薬草採取してきただけだよ。フィオンは驚いていたようだったけど」
「まったく、トーアといいギルといいこの頃は駆け出しの皮をかぶった経験者が多くてなぁ……」
トーアに水をだしながらベルガルムはため息まじりに呟きを漏らしていた。
「魔獣と出遭った?」
「いや、出遭ってない。できるだけ避けていたってのもあるけど。今後は資金を稼ぐだけなら街の中の仕事をしようかなって」
「まぁ、薬草採取は報酬安いしね」
「それもあるけど、フィオンの訓練に時間を割こうって思って」
「ああ、それもそっか」
トーアとギルはベルガルムが運んできた夕食を食べながら今後について話を続ける。
「はぁ、おまえらの話してる内容はすでに駆け出しとランクFの会話じゃねぇな……」
カウンターでグラスを磨いていたベルガルムに再びため息混じりに呟かれ、トーアはギルと顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。