第五章 二人目の転生者 9
ウィアッドからエレハーレへ向かう途中、ホーンディアが森から飛び出してくるアクシデントはあったが、護衛についていた冒険者の手によって討伐されそれ以上の騒ぎにならなかった。
討伐した冒険者が乗客に採取系アビリティ【解体】を取得していないか聞かれたので、トーアが名乗り上げる。怪訝そうにする冒険者だったが、ダメで元々とトーアに解体を依頼した。
ホーンディアは毛皮を残すように頭部を中心に攻撃されており、毛皮の方に傷は少なかった。トーアが血抜きを行う間に駅馬車は問題がないか確認を行っていた。
そして、トーアも準備を整えてナガサによってみるみるうちにホーンディアが毛皮と脚肉、枝肉に変わっていくのには、乗り合わせた客達から感嘆の声が上がった。
依頼をした冒険者も驚きながらも上等な皮が取れたことに上機嫌だったが、解体した肉は不要という事だった。
――皮も上等だったけど、肉もほどよくさしが入ってていい物なのに。
流石にチェストゲートの事は明かせないトーアは、豪勢に夕食にしてしまう事に決める。
御者に夕食を勝手に作っていいかと尋ねると希望者にも提供して欲しいという話だった。それについては問題なしとトーアは頷くと、話を聞いた護衛を担う冒険者達は嬉しそうに希望し、一部の乗客からも希望があった。
その日、野営地に到着した
「さてと、始めますか」
パーソナルブックを傍らに開いておいたトーアはエレハーレで購入したフライパンを取り出して簡易竈に置いた。肉から切り取った余分な脂身を熱して肉を焼く準備を始めた。
様子を窺う冒険者達に見られながら、トーアは肉を熱したフライパンに乗せて焼くと、希望していなかった乗客たちも音や匂いが気になるのか視線を向けていた。エレハーレ滞在中に採取した香辛料やウィアッドで貰った調味料で簡単に味付けを行い、一枚目のステーキを完成させる。
トーアに解体を依頼した冒険者が差し出した自前と思われる木製の皿にステーキをのせた。
「どうぞ。たいした味付けはしてませんけど」
「おう、駅馬車の護衛でステーキが食えるなんて上等だ」
無作法にフォークをステーキに刺した冒険者はそのまま、かぶりつく。そして、目をかっ!と見開きステーキを噛み千切り、はふはふと熱を逃がしながら必死に咀嚼する。
「うまいっ!なんだこれっ!こんな上等なステーキ、食ったことねぇぞ!」
「一頭分の肉はあるので、ステーキは一杯ありますよ」
トーアは次の肉を焼きながら、呟くと簡易竈の前に冒険者達は列を作って並び始めた。そして、美味しそうに食べる冒険者の姿にそそられたのか、希望しなかった乗客たちも簡易竈の近くにやってくる。
――あー……私がご飯を食べるのは何時になるかな……。
嫌な予感を感じながらもトーアはステーキを焼いて冒険者達に振舞って行く。食べるたびに狂喜乱舞する冒険者達に結局、客を含めて全員分のステーキを焼く事になる。並ぶ列にいつの間にかギルとフィオンが混ざっていた事にトーアは乾いた笑いを上げるしかなかった。
全員分のステーキを焼いたところで、最初の冒険者がおかわりを頼んでくるのでトーアはしかたないとため息をついて、その後もステーキを振舞った。
トーアが夕食のステーキにありついたのは、ほとんどの肉を焼いた後だった。
翌日になり駅馬車は予定通りにエレハーレに到着する。
ホーンディアと遭遇した後は特に問題は起こらず門を通り、エレハーレの街中を貫く王都主街道をロータリーに向かって駅馬車は進んで行った。
「なんだか、すぐに戻ってきた感じだね」
「うん。でも、やっぱり安心する」
「へぇ……これがエレハーレ……」
トーアは二度目のエレハーレのため、あまり驚きはなく前回と変わらないという程度の感想を抱く。フィオンは地元の為か帰ってきたんだなぁと漏らし、ギルはウィアッドに比べて遥かに多い人の往来や建ち並ぶ店、他種族の姿を興味深そうに眺めていた。
駅馬車はほどなくしてエレハーレの中心地であるロータリーに到着し、駅馬車の待合所へと入り小さな揺れと共に動きを止めた。
「エレハーレに到着です、後ろの方から順に降りてください」
最も乗り口に近いトーア達が最初に駅馬車から降りると、ぞくぞくと他の乗客たちが降りてトーアに別れの挨拶とステーキの礼を口にしてエレハーレの街中へと去って行った。
「トーアちゃん、私たちはどうするの?」
「とりあえずギルドに行って、ギルのギルドタグを作って、職業神殿に向かう感じかな」
「ん……了解、宿は前にトーアちゃんが泊まっていた所?」
「うん、夕凪の宿の予定だよ」
「あの……その、トーアちゃんとギルさんに悪いんだけど、私……別行動をしてもいいかな?実家に顔を出したくて」
フィオンの心情を察したトーアはギルの方を見て、小さく頷きあった。
「フィオン、遠慮すること無いよ。私とギルは用事を済ませたら宿の方に行くし、明日、ギルドで集合でいいかな?」
「あ……うん!わかったよ!じゃぁ、また明日!」
トーアの提案にすぐに頷いたフィオンは手を振って『エレハーレ商店街』へと駆け出して行く。
ギルと共にフィオンを見送ったトーアはふっと物憂げに息をつく。
「故郷、か」
ギルもまた物憂げに呟いたのにトーアは顔を向けた。今のトーアとギルにとって故郷は遥か次元さえも超えた場所にある。
「帰れる場所があるって、いいね」
トーアも小さく呟くとギルが頷く。ある意味、この世界に二人っきりなんだとトーアは気が付いた。
「行こう、用事を済ませないと」
「そうだね」
しんみりした空気をトーアは吹き飛ばすように、声を上げてギルの手を取って歩き出した。
ロータリーの外周を回りトーアの案内でギルドの前に到着する。ギルドの扉に手をかけたトーアだったが、初めてギルドに訪れた時の事を思い出し扉から手を離した。
「トーア?」
「先にどうぞ、ギル」
「え……?」
ギルに入るように言いながらトーアは扉の前から横にどけて、先に入るように勧める。
「なんで僕が先?」
「いいからいいから」
ギルがギルドに入ったときの冒険者やギルドの職員達の反応がどんなものか、悪戯心からトーアはギルの背中を押して先に入るように急かしていた。
「わかったよ……」
「『新規登録』ってカウンターに行けばギルドに登録できるし、詳しい事はギルドの人が説明してくれるよ」
頷いたギルはギルドの扉を開けて、中に入る。
トーアはギルの後ろから様子を窺う。一斉に視線が集まったようだが一部の冒険者達は舌打ちと共に視線を戻していた。
――私の時よりもあっさりしてる。舌打ちは……ギルの外見のせいかなぁ。
視線を集めるギルの後からギルドの中に入ったトーアは入り口近くの壁に寄りかかる。
ギルは視線を気にせずにギルドの中を進み、『新規登録』のカウンターへ向かって行く。カウンター業務の女性職員は居住まいを正し、手早く手櫛で髪を整えていた。
新規登録の為、紙に名前を書くギルの顔つきはラブロマンスに出てくるようなヒーローそのもので、すらりと引き締まった体躯、浮かべる微笑みはとても柔らかく自然で、甘い。
ホームドアでギルに向けられた笑みを思い出し、あれはやばいよなぁとトーアは一人ごちる。
ギルド登録と質問を終え、緊張した様子の女性職員からギルドタグを受け取ったギルは、入り口の近くに立つトーアに気が付いてゆっくりと戻ってくる。
去り際にギルが浮かべた微笑みにカウンターに座った女性職員は、固まっているようだった。
「……終わったよ」
「うん、次は職業神殿へ行こう」
どこか疲れた様子のギルの背中を叩いてトーアは職業神殿へと歩き出した。
職業神殿は前に訪れた時と雰囲気は変わらず、職業神殿内に座る男性と女性も変わっていなかった。ギルはギルドタグを提示した後、奥の扉へと向かって行った。
その姿を見送ったトーアは入り口近くの壁に寄りかかり小さく息をつく。先ほどから胸がむかむかと妙な感じだった。それはギルドで頬を赤く染めるギルドの女性職員の態度を見てからだと気が付いた。
――う、うーん……これは、ギルが他の人に微笑むのを嫉妬してるのかな……?
トーアは自身の胸に生まれた感情を扱いきれておらず戸惑いも感じていた。ギルの事を男性としてみているのか女性としてみているのか、いまだ決着がついていない。
だが嫉妬しているという事はやはり独占欲が生まれる程度には好意は抱いているのだと、トーアは嫉妬をそっと胸の奥へ仕舞う事にした。
――今はまだ……早いよね。
何が早いのかトーアにもわからなかったが、生まれた感情をそう決める。
その後、ギルは何事もなく奥の部屋から出てきた。
「大丈夫だった?」
「うん、問題なし」
外界から隔絶されたような静かな職業神殿の中でトーアは囁くようにしてギルにたずねると、ギルはほっとしたように頷いてた。
扉を押して外に出ると街の喧騒が戻ってくる。
「それじゃ宿に行こう。職業は戻したの?」
「もちろん。【初心者】の時は妙に違和感があったけど、【特級魔導騎士】になったらなくなったよ」
よかったとトーアが頷くとギルは笑みを浮かべた。
ギルの職業、【特級魔導騎士】は、主に近接武器と戦闘系アビリティ【盾】、魔法系アビリティのレベルを上げることで取得できる複合職である。
プレイヤーによって盾の大きさや、武器の種類、魔法系アビリティの種類は様々で似たような職業には、魔法系アビリティ【信仰】で【聖堂騎士】、魔法系アビリティ【呪術】で【暗黒騎士】等が存在する。
ロータリーの外周を回り、トーアがやや先を歩きながら『宿屋通り』へと向かった。
道すがらギルにエレハーレの街のことを聞かれたトーアは、簡単に街の構造を説明する。
「へぇ……なんていうか、街道沿いの街らしい構造だね」
「うん、わかりやすくていいけどね」
「それで、これから行く夕凪の宿ってどんな宿?」
「んー……スキンヘッド、眉なし、強面の主人が居る宿」
「……それ大丈夫?」
「話してみるといい人だし、宿自体はギルドから推奨されるほどだよ」
うーんと首をかしげるギルをトーアは他にどう説明したものかと同じように首をかしげた。
夕凪の宿で思い浮かぶのは、強面の店主といつも酔っ払っているんじゃないかという客達、そして、やたら色っぽい従業員。安くてご飯が美味しいぐらいという事に気が付いたトーアはよくギルドの推奨宿になったなと別の意味で首をかしげる事となる。
「ん、ああ……ここだよ」
「……ギルドみたく先に入らなくていいのかな?」
ギルドでの悪戯に気が付いていたギルにトーアは誤魔化すように笑って、夕凪の宿のスウィングドアを押す。
「お?トーアじゃねぇか、えらく早く戻ってきたな」
「ははは……色々あってね」
「そっちの優男は知り合いか?」
「うん、同郷の……」
「ギルと呼んでください」
トーアの隣に並ぶギルはベルガルムの射抜くような視線に物怖じする事なく名乗ると、ベルガルムは腕を組みふんと鼻を鳴らす。
「ふん……店主のベルガルムだ、よろしくな。歓迎するぜ」
頬を吊り上げるように笑みを浮かべたベルガルムに、ギルは同じように笑った。
「俺達も歓迎するぜ!」
「またトーアが狩ってきた魔獣で飯が食えるのか!」
「こいつは気張って稼がないとな!」
すでに赤ら顔になっていた常連客たちからも声が上がるが、かけられた内容にトーアは寄った眉間を指で揉み解す。
「悪いけど、次はいつ狩りにいくかわからないよ?」
トーアの言葉に水を打ったような静けさが酒場に広がる。常連客たちは揃って愕然と視線をトーアに向けていた。
「な、なんだと……?」
「そ、そっちのギルだったか?狩りには行かないのか?」
「僕はトーアほど解体の腕は良くないので……」
ギルが罰が悪そうに頭を掻くと、常連達は打ちひしがれように机に突っ伏した。
「はぁ……いかない訳じゃないし、ベルガルムが買い取ってくれるなら前と同じように売るけど……」
「おう、もってきてくれるなら買い取るぜ」
歯を覗かせていい笑顔でサムズアップするベルガルムに再び酒場は歓声に包まれる。
「おお!その時はぜひ頼むぞ!」
「仕事頑張ろう……!」
突っ伏していた客達が顔を上げて口々にやる気を漲らせる様子をみせた。
「で、トーア達はどうするんだ?顔を出しただけって訳じゃないだろう?」
「うん、エレハーレに居る予定だから宿泊したいんだけど」
「部屋は空いてるが……どうするんだ?」
ベルガルムはトーアの傍に立つギルに視線を送り、意図に気が付いたトーアは迷い無く個室を二つお願いする。
「おう。こいつが部屋の鍵だ、部屋番号は鍵に書いてあるからな。出かけるときは俺かそこに居るトリアに預けてくれ」
カウンターの端に手を付いて立っていたトリアは、前と変わらない妖艶な笑みを浮かべてトーアとギルに向けて手を振っていた。
ベルガルムから鍵を受け取りながらトーアはトリアに手を振り返すと、トリアが笑みをたたえたまま近づいてくる。
「いらっしゃい、トーアちゃん」
挨拶をしたトリアはそのままトーアの耳元で声を潜ませて話を続ける。
「ふふふ、いい男じゃない。トーアちゃんのいい人?」
「えっ……べ、別にそういう訳では……」
どう説明していいものかと、トーアが迷っているとトリアはますます笑みを深めた。
「あらあら……『期待の新人』なんていわれても立派な女の子ね」
「う……あ、あんまりからかわないでください、トリアさん……」
顔の熱さに赤くなっているだろうなとトーアはトリアから離れる。微笑ましいものを見るように目を細めたトリアは再びトーアの耳元で頑張りなさいと呟いた。
――何をどう、がんばれば……。ギルの事をどう思っているのかもわからないのに。
気の無い返事を返しながらトーアはギルと共に階段を登り、部屋へと入った。