第五章 二人目の転生者 8
昼食を食べた後にフィオンは部屋に戻り、トーアとギル、ノルドは連れ立って食堂を出て鍛冶屋へ向かって歩き始める。
鍛冶屋に到着したトーアは短剣が冷えているのを確認して早速、刃を砥ぎ始めた。その間、ギルは旅装を整えるためにノルドと店舗側で話をする事になった。
「よし……これで完成」
砥ぎ上げた刀身に鍔と柄を取り付けたトーアは短剣全体を検める。フクロナガサの時よりも短くなったものの、両刃の刀身は厚く作り直されており切る事よりも頑丈さを優先させている。
だが、日の光を反射する刃は非常に鋭く砥ぎ上げられていた。
予定通りの形に仕上がった短剣は予備の武器としては上等過ぎるもので、なかなかの出来栄えにトーアは満足げに頷く。
「トーア、出来たのかな?」
店側から顔を覗かせたノルドにトーアは頷いて、短剣を渡す。ノルドは真剣な表情で短剣を受け取り、角度を変えて短剣全体を確認していく。
「あの、ノルドさん、鞘に使う革を買いたいんですけど、いいですか?」
「え、ああ……それはかまわないけど。トーアは革も加工できるのかい?」
「はい。前に見せた剣の鞘も私が作ったものですよ」
ノルドは少し思案顔で短剣とトーアを見比べて、短剣をトーアへと返した。
「トーア、鞘も出来てから見せてもらっていいかな?」
「はい。あ……道具なんですけど……」
「僕のを使って構わないよ。ここの後片付けは僕に任せてトーアは作業に移ってくれるかな」
「はい、ありがとうございます、ノルドさん」
礼を言ったトーアは倉庫へ向かい、鞘と身体に身につけるための剣帯を作るためのなめし皮を選び始める。
「ん……これがいいかな」
革の端切れをまとめたところから適当な大きさの革を選び、次は革細工を行う部屋へと向かう。ノルドはウィアッドで一人の鍛冶師のためか、置かれている道具を見る限り鍛冶全般と防具の修理のために必要な生産系アビリティ【革細工】と【服飾】が出来るようだった。
作業台の上に革を広げたところでノルドはギルと共に作業部屋にやってくる。
「こんな端切れじゃなくて一枚革を選べばよかったのに」
「短剣ですからそんな大きなモノは必要ないですよ」
墨で革に下書きをしたトーアは革切り包丁を手にして刃を革にあて、手を動かして行く。ノルドが常に手入れをしているためか、革切り包丁の切れ味は鋭く、あっさりと短剣の鞘となる革と縫い合わせる為の平紐、剣帯となる革ベルトを下書きの通りに切り出した。
上手く切り出せたことにトーアは満足げに笑みを浮かべる。トーアのアビリティレベルもさることながら、手入れされた道具だからこそ出来る芸当だった。
「へぇ……パーツが多いけど……これはどういう風に身につけるんだい?」
「これは両肩にかけて身につけて……鞘はここになります。予備の武器なのでどちらの手でも抜けるようにしているんです」
トーアが作ろうとしているのはショルダーホルスターと呼ばれる形状のもので、鞘は左肩に近い位置に柄を下に向けて固定するデザインになっている。
切り出しただけの状態の革でトーアは完成像を説明すると、ノルドは納得したように頷いた。
「なるほど……」
「左腕の動きを邪魔しないように調節するのがミソですね」
説明を終え、質問がない事を確認したトーアは蝋引きの糸でショルダーホルスターとなる革を縫い合わせ、鞘は穴を開けて平紐で縫う事で完成させた。
完成した状態でトーアが剣帯を身につけてみせる。
「ふんふん……これなら手を曲げるだけで抜けるね。こいつはいいかもしれない、ディッシュの旦那達にも提案しようかな……」
「ディッシュさんみたいな弓を使う人には、利き手に応じて場所を変える必要があるかもしれないです。後は短剣の大きさや場所によって弦に触れるかもしれないので……」
「ああ、ちゃんと試してからつけてもらうさ」
話が途切れたところでノルドに革の代金やギルの旅装の代金をトーアは尋ねる。お金の話にうーんと唸りながら、ばつが悪そうにノルドは頭を掻く。
「そうだなぁ、それについてなんだけど、代金の代わりにトーアに店番を頼んでもいいかな?」
珍しいノルドのお願いにトーアは首をかしげ、ギルもまた不思議そうにノルドを見ていた。
「トーアが店番をしている間に、午前中に片付けた農具を配達しようと思って。ギルには、それの荷車を引いてもらって旅装代ってことにしないかい?」
ノルドの提案に、トーアはギルと顔を見合わせた。
特に悪いどころか、ウィアッドの人口を考えれば店番などしなくても問題はなさそうだし、荷車も道が整備されていない訳ではないので、苦労して引く類のものではない。ノルドにメリットはなさそうな提案だった。
「それはいいですけど……いいんですか?」
訝しげにトーアはノルドに尋ねると、ノルドは優しい笑みを浮かべる。
「ああ。デートンさんから朝にギルの事情を聞いてね。トーアと同郷だという事と、同じように着の身着のまま森の聖域に居たことを聞いてるからね」
「そういう……ことですか」
トーアの時と同じように労働を対価に旅の準備を整えてくれるという事らしい。ギルもそういうことならと手伝いをすることに頷いていた。
「なら、荷車に農具を運んだ後はトーアは店番をお願い。ギルは僕と一緒に村をまわって農具を届けるよ」
はい!とトーアはギルと共に返事をして作業に取り掛かった。
しばらくして用意を整えたノルドと荷車を引いたギルを見送ったトーアは、鍛冶屋のカウンターに座って店番をしていた。
「……案外、退屈かも」
ぼそりと呟いたトーアだったがエレハーレに比べて圧倒的に利用客が少ないのはわかりきった事だった。とりあえず出来る事を考えて店の前と中の掃除をトーアは始めた。
日が傾き始めたころ、ノルドとギルは鍛冶屋に戻ってきた。ギルがやけに疲れた顔をしてノルドもまた、眉を寄せて困ったように笑みを浮かべていた。
「お疲れ様です」
「ただいま、トーア。あ~……案外大変だったよ」
はははと笑うノルドにトーアは何があったのか尋ねると、農具を届けるのはよかったが初めて見るギルに村の女性達が質問責めにしたとのことだった。そのため、このような時間まで配達がかかってしまったらしい。
「ははは……まいったね」
疲れたように笑うノルドに、ギルはブーツを履く時に座る椅子にぐったりと腰掛けていた。
「……ご愁傷様、ギル」
「はぁぁ……まったく、すごいパワーだったよ……。これじゃ、トーアの事を言えないな」
ギルの呟きが聞こえ、トーアと同じように男性として女性との距離感を計りかねているようだった。かと言ってどう距離感を説明していいものかわからず、乾いた笑いをトーアは漏らしていた。
「仕事お疲れ様。ギルの旅装はさっきリュックサックに纏めておいたからね」
「ありがとうございます」
ギルは立ち上がり、礼とともに頭を下げる。
リュックサックには、毛布や短めの剣、グローブ、ブーツ、外套、他にも旅で使うものが一杯に詰められていた。
「こんなに……ノルドさん、やっぱり払います」
トーアの申し出にノルドは首を横に振った。
「いいからいいから。トーアにはブラウンボアやブラウンベアの皮を狩ってもらった恩があるんだから。まだ、あれで何作ろうか迷ってるところなんだよ?」
傷のない二つの毛皮のことを出されトーアはしぶしぶ引き下がり、ノルドに礼とともに頭を下げた。
「そうだ。エレハーレに向かうのなら、これを……師匠に渡してくれないかい?」
「……はい。必ず渡します」
ノルドが差し出した手紙をトーアは受け取り、いつも持ち歩いているリュックサックの中へ大切に仕舞う振りをして、チェストゲートへ収納した。
「そろそろ二人は宿に戻るのかな?」
「はい、ノルドさんは今日、どうするんですか?」
「ははは……流石に、今日は家で食べるよ」
笑いながら二人を見送るノルドに、トーアとギルは頭を下げて鍛冶屋を後にする。
太陽は半ばまで沈んでおり、並んで歩く二人の影は長くのびていた。
宿に到着して食堂に入ると、フィオンがテーブルについて二人を待っていた。昼食の時よりも顔色が戻り、調子を取り戻しつつあるようだった。
「トーアちゃん、ギルさん、おかえりなさい」
「ただいま、フィオン。調子は戻ったみたいだね」
「うん、たっぷり休んだからもう大丈夫だよ」
胸を張るフィオンにトーアは再び心配になってこっそりとため息をついた。
「すまない、フィオン。ちゃんとやめさせるべきだったのに」
「えっ……あ、そのっ……あれは私が悪いのであって、次からちゃんと無理はしないように頑張ります」
ギルの謝罪に慌てながら今度の抱負を語るフィオンに、トーアは再びため息をつく。
「……ほどほどにね」
「はーい」
疲れたように呟いたトーアに、フィオンは元気よく返事をした。
翌日、泊まっていた部屋を片付けて荷物をリュックサックやチェストゲートに収納したトーアは、部屋を出て食堂へと降りて行く。
食堂には、トーアと同じように駅馬車で出発する人々が姿を見せており、すでにギルが旅装を調えてカウンター席に座っているのをトーアは見つける。
ギルの隣の席に座りながら挨拶を交わし、カウンターに立つデートンにも同じように挨拶をした。カウンターの下からデートンが取り出した丸められた羊皮紙に、トーアは見覚えがあった。
「これはギル君の仮許可証だよ。決して失くさないようにね」
「は、はい」
ギルは困惑しながらもデートンが差し出した羊皮紙を受け取る。トーアがエレハーレに入る際に必要な物だと説明すると納得したように頷いて、リュックサックに仕舞っていた。
準備を整えうきうきと上機嫌なフィオンが姿を見せた後、カテリナが運んできた朝食を食べたトーア達は御者の呼びかけに席を立った。
「トーアちゃん、ギル君、気をつけてね。無茶な事をしたらダメよ?」
「はい、カテリナさん……いってきます」
「いってきます」
カウンターから出てきたカテリナにトーアはギルとともにぎゅっと抱き締められる。抱き締め返したトーアは離れると、デートンが近づいてくる。
「トーア君、ギル君、君達の旅の無事を祈っているよ」
「ありがとうございます、デートンさん」
「うむ。落ち着いたら手紙をくれるかな?」
「はい、必ず」
トーアはデートンと握手を交わし、宿の外に出る。出発の用意を整えた駅馬車の近くにフィオンは笑みを浮かべて待っており、トーアの姿を見るとラズログリーン行きの駅馬車に乗り込んだ。トーアもフィオンの後から駅馬車に乗り込み、ギルも続く。
そして、宿の前に立ったデートン、エリン、カテリナ、ミッツァに見送られて駅馬車はエレハーレへ向かって動き出した。