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第五章 二人目の転生者 7

 顔を洗って汗を流した後、食堂で同じテーブルに座り、三人で朝食を注文する。フィオンはジングジュースを飲み干して、二杯目のジングジュースをエリンに貰っていた。


「フィオン、聞いておきたいことがあるんだけど」

「ん……なに?」

「フィオンはどんな風に戦いたいの?」


 二杯目のジングジュースに口をつけたフィオンは少しだけ迷ったように考えこみ、うつむいた。

 CWOに似たことわりを持つこの世界では、ある程度CWOと同じ様にアビリティの構成、基本戦術、装備の事を考える必要がある。トーアはそこからフィオンとの訓練の内容を模索しようと考えていた。

 フィオンの考えが纏まるまでトーアとギルが待っていると、うつむいていたフィオンは顔を上げる。


「私は……大叔父さんみたく戦いたいかな」

「大叔父さんはどんな風に戦っていたの?」


 トーアの質問にフィオンは大叔父の話を始める。

 ときおり大叔父から聞いたという関係のない冒険譚が混ざる事もあったが、トーアはフィオンの話を脳内で纏める。

 フィオンの大叔父は軽装の剣士であり、パーティ内では前衛寄りの遊撃という立ち位置にある。装備は小型の盾と片手剣で、片手、両手で剣を扱って戦っていた。エレハーレの宿でフィオンが語ったトーアのような女性剣士については、盾は使用せず長剣を扱う前衛と言う立ち位置らしい。

 推測できるアビリティの構成として、主力となる武器、フィオンの大叔父の場合は戦闘系アビリティ【剣】を主軸に、盾の扱いや盾を使っての攻撃ができるようになる戦闘系アビリティ【盾】、他には補助の為のアビリティを組み合わせている。職業については戦闘系アビリティ【剣】で取得する職業や、それに近い複合職についていたように思えた。

 話を聞き、纏めるうちにトーアはこの戦い方やアビリティ構成がどこかで聞いたことがあった。


「……私よりもギルの方が訓練見たほうがいいんじゃない?」

「……まぁ、僕の構成と似ているけどさ」


 トーアはひそひそと隣に座るギルに身体を寄せて声をかける。

 機械仕掛けの腕を手に入れる前のギルの戦い方はフィオンの大叔父と同じような戦い方で、さらに補助魔法や詠唱の短い攻撃魔法を組み合わせた戦い方をしていた。

 機械仕掛けの腕を入手した後は使用する武器のバリエーションが増えただけで基本的な戦い方は変わっていない。


「フィオンの訓練、お願いしてもいい?」

「うーん……確かにあの戦い方は心配になるしね……」


 先ほどの模擬戦で思う所あったのか、ギルはトーアのお願いに頷いた。ひそひそと話すトーアとギルの姿に不安げにしていたフィオンに向き直る。


「フィオン、今後の模擬戦はギルが主導で進めます。フィオンが目指す戦い方はギルと似ているからね」

「え、あ、はい!……でも、トーアちゃんは?」

「一応、模擬戦の相手もするけど基本は生産者だからね、装備の面での補助かな。自分やギルのも作らないといけないけどね」

「装備……」

「そう。フィオンだっていつまでも革鎧のままで居る訳には行かないでしょう?」

「そうだよね……わかったよ!私はトーアちゃんが作る武器や防具に着られない冒険者になるよ!」


 ぐっと拳を握り決意を露にするフィオンに、トーアはギルと共に微笑んだ。


 朝食を済ませて食休めをしたトーアとギル、フィオンはそれぞれの用事へと別れて行動することにした。

 ギルとフィオンは朝の模擬戦を踏まえた上での戦闘技術の指導をすることになり、トーアは昨日のノルドとの約束のため、鍛冶屋へと向かう事にする。

 鍛冶屋の近くまで来るとすでに炉に火が入っているためか、煙突から煙が上がり独特の焼ける匂いをトーアは感じた。店の入り口には『店の奥に居ます』という板が紐でぶら下がっていた。


「ノルドさん、おはようございまーす」

「ん、トーアか?奥に来てくれー」


 店の奥の鍛冶場からノルドの声が聞こえたので、トーアは店の奥へと向かった。すでにノルドは炉や道具の準備を整えており、すぐにでも作業が再開できるようになっていた。


「おはようございます」

「おはよう、トーア。早速はじめるかい?」

「はい、お願いします」


 ノルドから耐熱性の前掛けとグローブを受け取って身につけ炉の前に座る。パーソナルブックを開いて立てかけて昨日、一纏めにしたフクロナガサだったものを炉へとかけた。

 十分に熱し、やっとこで取り出して鎚で叩いて成形していく。ノルドから刃の部分に使うための鋼だけを買い、フクロナガサだった鋼に鍛接を行う。

 刃は厚く作り切ることよりも受けることが可能なものにする。ノルドから買い取った鍔に合うように成形を行い、最後の焼き入れの作業に入る。

 真っ赤になった短剣を水に浸けると水蒸気が立ち込め、あるタイミングでトーアは水から取り出して再び火にかけ、焼き戻しを行う。

 そして、炉から短剣を取り出して徐冷を始めた。


「ふぅ……」


 徐冷中の短剣を眺め、なかなかの出来に満足感を感じて頷く。


「お疲れ様、トーア。冷ました後は、砥いで組み立てて完成かな?」

「はい。その予定です」

「うーん……トーア、仕事を手伝って欲しいんだけど、いいかい?」

「仕事、ですか?」

「ああ。農具の砥ぎとか、修理なんだけど、結構な量がきててね」


 なるほどとトーアは頷いて、炉を借りた礼をするということで手伝いを快諾する。炉の火は落とさずに鍛冶場の一画の作業スペースで砥石や依頼された農具を用意した。


「本当に数がありますね」

「少し前から王宮から新しい農法を試して欲しいという事でデートンさん達が主導でやってたんだけど、この頃、結構な成果がでたから本格的にウィアッドで導入してみようって言う事になった訳さ」

「それで一斉に修理や砥ぎの依頼がきたんですね」


 そういうことと頷くノルドとともにトーアは作業を始める。初めは農具の状態をそれぞれ確認し、作業ごとに分類する。


「そこまでおかしなものは少ないですね」

「まぁ、みんな大事に使ってるってことかな。その分、僕の仕事が少ないんだけどね」


 困ったように笑うノルドにトーアはそうですねと笑った。


「じゃぁ、早速作業を始めよう。流石に量が多いから今日で終わるような事はないと思うけど」

「……とりあえず、はじめましょう」


 症状に合わせて、炉で熱して叩いて形を直したり、砥石で研ぐだけで済ませたりと作業を進めて行く。


――ふ、ふふふ……短剣を作った上に修理だなんて……ふふふ……最高!


 作業をするトーアの口は自然と弧を描き、気分は有頂天で鼻歌交じりに農具をてきぱきと直して行く。

 そして、何かにノルドは気が付いた様で修理済みの農具や修理前の農具、そして、作業中のトーアの様子を確認する。


「トーア、そんな急がないでやらなくても大丈夫だよ?」

「え?別にそういうつもりは……」


 ノルドの冗談めかした言葉にトーアはきょとんと顔を上げた。


「そんな速さでって……新品同様じゃないか」

「あ……う、ノルドさんそれは言いすぎですよ。砥いでますから減ってますよ」


 トーアが修理した農具を確認したノルドは絶句するが、トーアは少しだけ照れる。


「……師匠が技を盗みたいって言うはずだ……」

「え……なんですか、ノルドさん」


 ノルドの呟きが聞こえなかったトーアが聞きかえすが、ノルドは首を横に振り笑顔で顔を上げた。


「なんでもないよ。これなら、今日中どころかお昼までに終わりそうだ」

「はい。がんばりましょう」


 作業を再開したトーアだったが、時折、ノルドの視線がトーアの手元に注がれることに気が付いたが、月下の鍛冶屋でも同じように『技を盗みたい』と言われた時と同様の視線だった為、何も言わなかった。


 水気を丁寧に拭き取った農具を乾燥のため棚に並べて作業を終える。濡れたように輝くような鎌の刃にトーアは満足げに笑みを浮かべる。


「うーん……まさか、半日もみたないうちに終わるなんて。トーアはこの後は宿に戻るのかな?」

「はい、そろそろお昼ですし」

「それもそうだね。どうしようかなぁ、お昼、宿で食べようかなぁ……」


 迷ったように頭を掻くノルドだったが、トーアが鍛冶屋を出るときには一緒に宿へと向けて歩いていた。


 トーアは宿に到着して食堂に入ってギルとフィオンの姿を探すとすぐに見つける。その理由はテーブルに突っ伏したままピクリとも動かないフィオンだった。一緒のテーブルに座るギルは困ったように頬杖をついていた。


「あれは……どうしたんだい?」

「ギルとフィオンは朝食が終わった後、戦い方の訓練してたんですけど……」


 首をかしげるノルドにトーアは思い当たるものがあり、二人が座るテーブルに近づく。


「お帰り、トーア」

「ただいま。フィオンは……どうしたの?」


 一応、ギルの話を聞くことにしたトーアはそのままギルの隣に座る。


「とりあえず入門編ってことで基礎の基礎のさわりくらいをフィオンに教えて、やってみたんだけど……」


 情けなく笑うギルの基礎の基礎という言葉がCWOでの最も初期に行う、アビリティレベル上げの事だと悟り、トーアは頭を抱えそうになる。


 CWOにおける【初心者ノービス】脱却後にするべきことは、『武具の調達』と『自衛が出来る戦闘技能の体得』になる。


 武器、防具についてはトーアのような生産系プレイヤーが常時不良在庫デッドストックを格安で放出しているので駆け出しでも入手は難しい事ではない。

 もう一つの『自衛が出来る戦闘技能の取得』についてはPKプレイヤーキルが許されたCWOで、必ず自衛する手段が必要となるためだった。

 拠点となる街やその周辺は特別な場合を除きPKプレイヤーキルは出来ないようになっているため、街周辺でモンスターとの戦闘や、他のプレイヤーに戦う術を学ぶのが初心者のスタートラインになる。

 ここで主に行うのはプレイヤースキルとしての戦闘技術の体得と、取得が推奨される戦闘系アビリティ【戦闘基礎】を上げる事である。

 戦闘系アビリティ【戦闘基礎】は、ステータスの若干向上するスキルや、体力、スタミナの値にも補正がかかるスキル、消費量を軽減させるスキルを取得できる事と、他の戦闘系アビリティの前提となっている正に“戦う為の基礎”と言ったアビリティになる。

 【戦闘基礎】を上げる為には、筋肉トレーニングや武器の素振り、型の確認、ランニングと言った地味で時間のかかる方法でしか上がらないため、どれほど高い戦闘系アビリティを持っていても、トレーニングは欠かせなかった。

 トーアが毎日、柔軟と型の確認をするのは【戦闘基礎】のアビリティレベルを上げる為と、身体を訛らせないためだった。


「それは……普通・・の人にはハードなんじゃないかな」


 普通という言葉を若干強調しながらトーアはため息混じりに椅子に座った。

 CWOはVRゲームであるためかプレイヤーが現実では出来ない回数の筋肉トレーニングを、キャラクターが異常状態【疲労】や【昏倒】などで動かなくなるまで行う事ができ、【戦闘基礎】の経験値をためることが出来た。

 異常状態が発生するまで行う必要はなく、逆にアビリティの経験値が減少する。だが一定時間内に何回行えたか競うプレイヤーは居た為、街の周辺で異常状態を発生させて動かないキャラクターが居るのはある意味、風物詩であり、これもまた“Crafting World Online”の楽しみ方でもあると概ね受け入れられている。

 魔法系アビリティのレベル上げのため、倒れたキャラクターに声もかけずに回復魔法をかけるプレイヤーや、生産系アビリティ【調合】や【錬金】で作成し溢れた回復薬をそっと置いて行くプレイヤーも居た。

 そんなCWOと同じことを現実となった世界で行えば、フィオンのように疲労でぴくりとも動けなくなるのは明白な事だった。


「とりあえず、基本姿勢からの素振りを教えたんだ」

「途中で止めなかったの?」

「もちろん、ある程度素振りをしたら止めるように言ったけど……」


 やめなかったフィオンはこうして動けなくなっているとギルは説明した。はぁとトーアはため息をついて、フィオンの頭を撫でる。

 突っ伏したままのフィオンはびくりと体を震わせた。


「う……ごめんなさい」

「フィオン、無茶は禁止。午前中に頑張りすぎて午後に何もできなかったら本末転倒でしょ」

「うぅぅ……はい……」


 突っ伏したまま反省するフィオンにトーアは午後は休むように言った。心配そうにするカテリナに事情を話すと、トーアと同じように呆れ、頭を撫でられたフィオンは小さくなっていた。

 仕方ないと微笑んだカテリナは、フィオンには食べやすいものを作ってあげるわと調理場に居るミッツァに注文していた。


「ん……午後からはどうするの?」

「フィオンは、しっかりと休むこと」

「はいぃぃ……」


 顔上げたフィオンだったがトーアの言葉に再び顔をテーブルに突っ伏した。


「私は、ノルドさんの鍛冶屋にまた行くよ。短剣を完成させないといけないからね」

「なら、僕も付いていこうかな」


 午後からの予定がなくなってしまったギルが何の気なしにつぶやき、トーアはギルの旅装が整ってない事に気が付く。


「ついでに、旅装も調えないとね」

「ああ……駅馬車って言っても、今後を考えれば必要か」

「私が買ってあげるから安心してね、ギル」


 にっこりとトーアが微笑むと、ギルは怯んだように視線を泳がせる。


「う……ヒモのような生活には非常に心苦しいんだけど……」

「まぁまぁ、後でちゃんと返してくれればいいから、エレハーレまでは任せてね」


 トーアの言葉にギルは渋々と頷いた。

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