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第五章 二人目の転生者 6

 小鳥のさえずる音にトーアは目を覚まし身体を起こした。

 窓から差し込む朝日に目をしょぼしょぼとさせながら手で顔を覆う。あの後、トーアは答えの出ない問題に頭を悩ませているうちに、いつの間にか眠ってしまい朝を迎えていた。

 寝不足のまま服を着替え、これじゃフィオンの事を笑えないなと自嘲気味に笑う。身だしなみを整えるための道具を手に持って井戸へと向かった。

 井戸の周りにはトーアたち以外の宿泊客の姿見える程度で、まだギルやフィオンの姿はなかった。内心、ほっと息をついたトーアは空いている桶を手に取って井戸へ足を向ける。水を釣瓶でくみ上げていると、近づいてくる人の気配に振り返るとギルが立っていた。


「おはよう、トーア」

「お、おはよう、ギル……」


 女性としての距離感、距離感……と考えながらトーアは挨拶を返すと自覚出来るほど、ぎこちなくなってしまった。


「……トーア、それは不自然すぎ、僕と話すときくらいは普通でいいんだよ?」

「うっ……うん……ごめん」


 ギルに見せるように何度か深呼吸を繰り返してトーアは自然体で居るように心がけた。半ば眠らずに考えた問題については、ギルに対してどういう感情を抱くか、はっきりとわかってから考えようと問題を先送りにした。

 顔を洗い、歯を磨くうちにトーアはギルの両腕に嵌められた腕輪に気が付く程度には落ち着きを取り戻す。


「その腕輪……」

「ああ……自衛できる程度の準備は整えておこうって思って」

「ギルのは特に制限もないからね」

「トーアのはある意味、合ってると思うけどね」

「……初期化?」

「……初期化」


 小さな声でトーアが尋ねると、ギルは憂いを帯びた表情で頷いた。


「ご愁傷様……」


 トーアが慰めの言葉をかけるとギルは憂いを覗かせたまま笑みを浮かべる。

 ギルの腕に嵌められた二つの銀の腕輪は、トーアの贄喰みの棘や贄喰みの殻と同じ、成長装具でスキル名を『銀腕の騎士』、右手に嵌められ金の珠が象嵌された『機械仕掛けの腕・こがね』、左手に嵌められ銀の珠が象嵌された『機械仕掛けの腕・しろがね』という名前がついていた。

 使用する事で多種多様の武器、手に持てる盾などにも変形する。贄喰みの棘、贄喰みの殻と異なり単純に使い続けることで成長する。

 互いの成長装具の事はCWOで話していた為、性能や成長に必要な事は知っていた。


「まぁ、使えば成長するし……トーアには擬装用の剣を作って欲しかったけど……今は難しそうだね」

「ぅ、まぁ……うん。でも、機械仕掛けの腕を使うことを躊躇わないで」

「トーアみたくブラウンベアに襲われるようなことは滅多にないと思うけど、わかってるよ」


 昨日話したブラウンベアとの戦いの事を思い出したのかギルは笑うが、トーアは心配になる。

 トーアの心配が顔に出たのか、ギルは真剣な表情でトーアと視線を合わせた。


「そんな顔しないでトーア、ちゃんとわかってるから」


 ギルの言葉にトーアは少し考えた後に頷いた。ギルもまたトーアと同様にCWOのデスゲームを生き残ったプレイヤーであり、トーアと同様かそれ以上に場数は踏んでいる事を考えれば、トーアの心配は杞憂に思える。


「トーアちゃん、ギルさん、おはよう」

「おはよう、フィオン」

「おはよう」


 遅れてフィオンが宿から出てきてトーアとギルの近くへやってくる。トレードマークのポニーテールはまだ結ばれておらず、ライトブルーのロングヘアが歩くたびに風になびいていた。

 昨日はしっかりと眠れたようで、欠伸はしているもののエレハーレからの旅の時のようにうつらうつらしている様子はない。


「フィオン、身だしなみを整えたら軽く模擬戦をするから、動きやすい格好でね」

「あ、は、はい!」


 フィオンの返事を聞いたトーアは一度部屋に戻る事と用意を整えたら井戸の近くで集合する事を伝え、ギルと共に宿へ一度戻った。

 部屋に戻ったトーアはホームドア内にタオルを干し、チェストゲートから木剣を二本取り出した。部屋を出て食堂のカウンターに立つエリンに朝の挨拶をトーアはする。


「おはよう、トーア。よく眠れたかい?」

「あー……はい、あのエリンさん、これを振り回しても大丈夫な広い場所って近くにありますか?」


 手に持っていた木剣をエリンに見せるとぴくりと片眉を吊り上げ、理由を聞いて来る。


「フィオンに剣の使い方を教えようと思って……」

「そういうことかい。……そうだね、それを振り回せる場所だろ?家の裏の畑はわかるかい?」

「はい、住み込みで働いていた時に窓から見えました」

「そういえばトーアの部屋は畑のそばだったね。畑の横なら十分な広さはあるだろ」

「わかりました、ありがとうございます」


 トーアが頭を下げて上げるとエリンは少しだけ眉をひそめていた。


「それにしても剣の使い方……ね。フィオンに稽古をつけるって感じかい?」

「はい。自分の身を守る程度には技術を身につけてほしいって思ってるんで」

「まったくトーアは面倒見がいいね。怪我だけはするんじゃないよ?それにすぐ朝食だからね」

「はい!」


 エリンの言葉にトーアは頷いて、井戸の傍で待つギルとフィオンの元へ早足に向かった。


 トーアがウィアッドで住み込みで働いていた時に寝泊りしていた家の裏、ジングが生る畑の傍に三人は移動する。


「とりあえず、ギルと私の模擬戦からでいいかな?」

「うん、勉強させてもらいます!」


 気合の入ったフィオンの返事にトーアは思わず笑みを浮かべながら、ギルに木剣を投げて渡した。


「ん……とりあえず、どんな感じで?」

「一本、決めるってなると軽くって訳にもいかなくなりそうだし」


 木剣を受け取ったギルは軽く振って調子を確かめる。互いに本調子、本来の武器ではないため、どちらかの攻撃が通るまで模擬戦を行うと朝食前にするものではなくなってしまう。


「本調子じゃないし、折を見て終わりって形でいいかな」

「うん、それでいこう」


 トーアは答えながら、両手で木剣を持って正眼に構える。ギルもまた、半身になり剣を持った手を突き出すように構えた。

 数歩でトーアは距離を詰め、ギルに切りかかる。ギルは木剣を受けずに避け横に剣を振るってくる。

 足を広げて姿勢を低くする事でギルの剣撃をかわし、トーアは飛び上がるように逆袈裟に切り上げた。横にステップすることでかわしたギルに、トーアはいつの間にか笑みを浮かべていた。


――こうやってちゃんと打ち合えるのは久しぶり、身体が訛ってしまわないか正直、不安だったからこうして戦えるのは嬉しいかも。


 使う武器が木剣のために打ち合う事はせず、かわすかいなす事で木剣で応酬する。いつしか互いに木剣が届く間合いで足を止め、斬り合う。

 そして、あるところで互いに距離を取り構えを解いた。


「ふぅ……」

「うん……まぁ、こんなものか」


 木剣を握っていた手を何度か握りなおしてギルはぼそりと呟いた。職業が【初心者ノービス】であるためか、トーアが感じていたのと同様の違和感を感じているのかもしれない。

 模擬戦が終わったのに反応がないフィオンにトーアは様子を窺うと、目を大きくさせながらきらきらと輝かせていた。手は硬く握り締められており、今にもトーアに向かって駆け寄ってきそうな気配を発していた。


「ほ、本当にギルさんって強いんだ!トーアちゃんも前に見たときよりもすごくて……なんて言うか……すごかった!」


 非常に興奮しているせいか、同じ事を繰り返すフィオンにトーアは身体を引く。


「う、うん……ありがとう、フィオン。じゃぁ、やってみようか」

「……え?」


 トーアはにっこりと微笑み手を引いて、ギルと模擬戦を行った場所へ連れて行く。立っていたギルからフィオンはぽかんとした表情のまま木剣を受け取っていた。


「さ、どこからでも打ち込んできて」

「ぅ……じゃぁ……」


 トーアが正眼に構えるとフィオンもおずおずと剣を構える。

 そしてゆっくりと距離を詰めて木剣を大振りにトーアへと繰り出してくるが、トーアは木剣であっさりといなし、フィオンへ向けて防げる角度、速度でもって木剣を打ち込む。

 焦ったようにフィオンは木剣を構えて受ける。


「フィオン、どんどん打ってくる!」

「は、はいっ!」


 トーアの指摘にフィオンは大きな声で答えた。その後、トーアはギルと交代してフィオンと模擬戦を行った。

 最後までフィオンは一太刀入れることは出来ず、模擬戦が終わった後には肩で息をしながら座り込んでいた。


「フィオン、大丈夫?」

「はー……はー……だ、大丈夫……」

「……ちょっとやりすぎちゃったね」


 もっと過酷な状況、環境で修行した経験があったトーアは模擬戦をやめるタイミングを見誤っていた。薬草採取クエストを登竜門とするギルドの方針にスパルタとは言えないなと内心、反省する。


――フィオンは普通の女の子なんだし……うーん、ならどんな風にしていけばいいかな……。


 トーアは考えながらギルに視線を向けた。ギルも困ったように笑みを浮かべて頬を掻き、どうするか考えているようだった。


「んっ……わ、私は大丈夫だよ!ちょっとでも強くなりたいんだし!」


 やる気を見せて立ち上がるフィオンだったが、木剣を杖にして脚が震えていた。トーアはどうしようと頭を悩ませるが、くぅっというフィオンのお腹の音が聞こえた。


「ぅ……」

「……とりあえず、朝御飯を食べに行こうか」


 赤くなるフィオンにトーアはギルと顔を見合わせた後、提案する。


「そうだね」

「はい……」


 微笑むギルと、赤くなりうつむいたフィオンもそのまま頷いた。

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