第五章 二人目の転生者 4
炉に火を入れて熱を発するまでトーアは鍛冶の用意をはじめる。
ノルドから借りた耐熱性の前掛け、グローブを身につけ、そして、手の届く距離にある机には砕け散ったフクロナガサの破片を綺麗に並べてある。必要な道具も近くに用意してあり、後は炉の温度が上がるのを待っていた。
「よし……それじゃ、始めますね」
ふいごで空気を流し込み、十分に炉が温まったことを確認したトーアは少し離れた所にたつギル、フィオン、ノルドに声をかける。そして、パーソナルブックを現してレシピのページを開き、近くの台に立て掛けた。
今回作成する予定の短剣は、両刃で柄元は広く切っ先に向かって細くなる二等辺三角形で、柄は木製にしてトーアが片手で握れる長さに調節する予定だった。
フクロナガサは全体が鋼鉄で出来ているため、トーアは最も大きな破片である柄部分を炉にかける。
火に熱せられ赤く輝くようになり始めた柄を取り出して、金床の上に置き、鎚で叩いて行く。
叩いて折り曲げて柄から、鉄の塊へと変えていく。トーアが鎚を振り下ろすたびに火花が飛び、フィオンはびくりと驚いていたようだった。ギルは元々トーアが作業するところをCWOの時に見ていたので興味深そうに作業を眺め、ノルドはあまり見たことの無い真面目な顔でトーアの手元や金床、鎚の動きを観察しているようだった。
塊を板状に伸ばしたトーアは破片を乗せてそっと炉で熱し、赤くなった所で炉から金床に移す。
欠片ごと叩き、ひとつにまとめて行く。その作業を何度も繰り返していく。
フィオンも次第に音や火花に慣れてきたのか、じっとトーアの作業を見つめいる。
もう一つの大きい破片である刃先も同じように熱して叩いて塊にして、最後に柄だった塊と鍛接する。何度か塊を熱して叩き、全ての破片が一つの鉄塊になった事を確認したトーアは一息つく。鍛冶場の窓から見える外はオレンジ色に染まっていた。
「トーア、今日はお仕舞いにしよう。陽も沈んできてるしね」
「は、はい。ノルドさん」
ずっと作業を見ていたノルドに声をかけられてトーアは炉の前から立ち上がる。塊になったフクロナガサは、徐冷につかう棚の上に置いた。
「明日には完成かな?」
「はい……ノルドさん、明日も炉を使っていいですか?」
「もちろん。そこまで作ったのなら完成した形もみたいからね」
「なら、お願いします」
トーアが頭を下げるとノルドはもちろんと頷いた。
そして、トーアは片付けはじめると、フィオンが瞳を輝かせて見ていることに気が付いた。
「トーアちゃんって、本当にすごい!鍛冶をするところを初めてみるんだけど……あんな風に作られてるんだね!」
感動した!というフィオンにトーアは思わず嬉しくなり微笑んだ。フィオンはゆっくりと徐冷用の棚に近づいて興味深そうに棚に置かれたフクロナガサの破片を全て一つに纏めた、鉄の塊になった物を興味深そうに覗き込んでいた。
「すごいなぁ……あんなに戦えて、こんな風に物作りもできるんだから……」
「一応、生産者って自称してるからね。戦うのは……まぁ……身につけて後悔しないからね」
トーアが戦う術を身につけたのは、『戦う術がなくて後悔する』という事を二度としないために身につけたものだった。ふと戦う術という考えに引っ掛かりを覚えて、トーアは傍にたつギルの顔を窺った。
「戦う技術については、私よりもギルの方がすごいよ?」
CWOにおけるギルは戦闘系アビリティを主に取得したプレイヤーで生産系アビリティをメインにしているトーアと差がある。
「え……?」
「ん……?」
フィオンは疑い半分、驚き半分といった感じでギルを凝視し、ギルはトーアに『何を言っているんだい?』と怒りをにじませた笑顔を向けている。
ギルの笑顔にトーアは身体を引いた。
「だ、だって……本当の事じゃない」
「……間違っていないけど、あってもいないかな」
ギルは小さくため息をついてトーアの頭を撫でる。ギルの強さを信じれないと、唇を尖らせたフィオンにトーアはどう説明したらいいかと頬を掻く。
「うーん……模擬戦でギルの腕前、確かめてみる?」
「模擬戦?べ、別にその……そこまで疑ってる訳じゃないけど……」
「僕はいいよ。身体の調子も確かめたいし」
ギルの言葉に含まれる『この世界でのステータスを確かめたい』という意図にトーアは気が付き、うなずいた。
「一応、模擬戦に使う武器は作ってあるし、木製だからあんまり危険はないと思うよ」
「あ、野営の時にトーアちゃんが作ってたあの……」
「うん。まぁ、木剣って言えばいいかな、鍔も何もない本当にただの棒だけどね」
駅馬車での移動時にトーアはチェストゲートに収めた薪の中から割と真っ直ぐな物を選び、樹皮をナガサで削って整えただけの木剣を作っていた。
フィオンには身を護る方法くらいは身につけて欲しいと考えていたトーアは、とりあえず模擬戦の中で徐々に身につけてもらおうと考えてのことだった。
「武器と言うにはすごく脆いから模擬戦で軽く打ち合うくらいしかできないけどね」
「あ……と、トーアちゃん、まさか、その……私に戦う方法、教えてくれるの?」
はっとトーアの意図に気が付いたフィオンは目を輝かせる。弟子入りはなしと言った手前、少しだけトーアは気恥ずかしい思いをする。
「ま、まぁ……身を護る術くらいは身につけてもらいたいかなって」
「うん!あ、はい!私、頑張るよ!」
返事を言い直したフィオンが向ける瞳が眩しくてトーアは、視線を横に向けた。
「宿に帰ってからすぐに模擬戦する?」
「流石に暗くなってきたから、明日の朝にだね。……まぁ、フィオンが興奮しすぎて朝寝坊したらしないけど」
「う……今日はちゃんと寝ます」
トーアに駅馬車での事を言われ、鼻息を荒くしたフィオンの勢いが目に見えてそがれた。
その後、トーアはノルドと共に、鍛冶場や使った道具の後片付けを終わらせると、太陽は半ば沈んでいた。
「よし、こんなものかな。トーア達は宿に戻るのかい?」
はいと、トーアは頷いて、今日の夕食はミッツァがホワイトカウの乳を使ったシチューを作ると言っていたことを思い出し、頬が緩みそうになる。
「へぇ、なら、僕も宿に行こうかな」
「ノルドさんもですか?」
宿にどんな用事があるのか、とトーアは首をかしげる。その様子にノルドははずかしげに笑みを浮かべた。
「はは……夕食を食べにだよ。一人暮らしで自炊はするけど、やっぱり宿の料理には適わないからね」
「なるほど……」
戸締りを確認したノルドから行こうかと言われ、トーア達は鍛冶屋を出て宿へ歩き出した。
宿への道を歩きながら、トーアはノルドが独り身には見えないと失礼なことを考えていた。熊狩祭で村の女性達から熱い視線を送られていたが、ノルドにはその気は無いように見えた。
特定の女性に入れ込んでいる様子はなく、トーアに言い寄るような事も全くなく、印象としては良い兄貴分という所である。
――ノルドさんなら、モテそうな感じがするけど。……考えても仕方ないか。
宿が見え始めたので、ノルドにはノルドの事情というものがあるだろうとトーアは考えるのをやめる。
食堂に入るとホワイトカウの乳の独特な甘い匂いがしており、初めて食べた時の味を思い出してトーアの口の中に涎が溢れる。
「あ、トーアちゃん、フィオンちゃん、ギル君、お帰りなさい。ノルドさんもいらっしゃい。さ、空いているテーブルにどうぞ」
配膳していたカテリナに出迎えられ、トーア達は空いているテーブル席に座る。手に持っていたシチューの配膳を済ませたカテリナが注文を聞くためか、テーブルの近くにやってきた。
「カテリナ、今日のおすすめはなんだい?」
「今日はホワイトカウの乳を使ったホワイトシチューよ。トーアちゃんのリクエストでね。ミッツァさんはかなり気合を入れて作っていたわ。他のメニューは、あっちの黒板に書いてあるわ」
カテリナは微笑みながら配膳口にあるメニューが書かれた黒板を指差し、メニューを読み上げる。トーアは迷わずにホワイトカウの乳のホワイトシチューとパンを注文する。
トーアのお奨めと聞いていたフィオンもまたトーアと同じメニューを注文した。
「僕もシチューでお願い」
「三人はシチューね。ギル君は?」
「えっと……シチューでお願いします」
メニューを見ていたギルが最後にシチューを注文し、カテリナは頷いて配膳口へと向かい、調理場に居るであろうデートンやミッツァに注文を伝えていた。
すぐにカテリナは木製の深皿に注がれた湯気が立ち上るシチューをトレイに乗せてテーブルにやってくる。
「おまたせしました、ホワイトカウの乳を使ったホワイトシチューです。パンは今もってくるからね」
テーブルに座るトーア達の前にシチューの入った深皿と木製のスプーンが置かれた。温めなおされたパンが乗せられた皿も続けてカテリナから受け取り、トーアはスプーンを手にする。
「……いただきます」
小さく呟いた後、スプーンでシチューを掬い何度か息を吹きかけた後、口へと運ぶ。
とろりとしたシチューは、ホワイトカウの乳の甘みを感じさせ、後味にはチーズの風味、一緒に煮込まれた野菜やベーコンの風味を感じさせた。一緒に煮込まれた野菜の中でもテイトの実はスプーンで崩れるほど柔らかく、口に入れればシチューとは違った素朴な甘みが広がった。燻された香りを残すベーコンは噛めば脂身と肉の凝縮された旨味が溢れてきた。
「ん~!おいし~!トーアちゃんのおすすめっていうだけあって、すごくおいしいね!」
フィオンは頬を緩ませ美味しそうにスプーンを口に運んでいた。ギルも小さく頷きながら、パンを千切り、シチューに浸して食べていた。
「やっぱり、宿の夕食はおいしいな」
ノルドも満足そうにパンを千切り口に運んでいた。
トーアとしてはこの世界に来て初めて口にした食事だったため、色々と感慨深いものがあった。
シチューの変わらない味と少しだけ固まった生活の地盤、ウィアッドを出れば本格的に異世界で生活して行く事になる。だが今、最も大事な懸案は、トーアの隣に座るギルの事だった。
トーアがCWOで作った【輪廻の卵<半神族>】【外神】を送った相手はギルである。CWOのシステムである“婚姻”により夫婦となっていたが、それはゲーム上のことであって、現実の世界とは関係のないことである。
ギルに抱き締められた時に聞いてから、トーアはずっと聞くに聞けない事があった。
――私の事を、恨んでいないかな……。
輪廻の卵が原因であれば、責任の一端はトーアにあるかもしれない。
だがもしトーアと同じように大神に出会い、確認を取った上でこの世界に来たのであれば、ギルは一体どういう理由でこの世界に来たのだろうか?と、トーアには見当がつかなかった。
「ん……トーア、どうかした?」
「あ、ううん、なんでもないよ」
ギルの顔を見つめながら考え込んでいると、トーアの視線に気が付いたギルの問いかけに首を横に振った。
その後、食事を終えたノルドはシチューの代金をテーブルの上に置いて、また明日とトーア達に言って食堂を出て行った。
「はぁ……おいしかった」
「……そうだね」
満足げに目じりを下げたフィオンの呟きに、トーアは頷く。
途中からギルがこの世界に来たことを考えていたため、堪能したとも言い難かったが、シチューは美味しかった。
「トーアちゃん、お湯とかってもらえるのかな?」
「前はエリンさんが用意してたから、貰えると思うよ」
「ならちょっと聞いてみるよ。私は部屋に戻るね。明日の事もあるし……それじゃ、おやすみなさい」
席から立ち上がったフィオンは挨拶をしてカウンターに立つエリンの元へと歩いて行った。
エリンと話したフィオンが階段を登って行くのを見送ったトーアは、隣に座るギルに顔を向ける。丁度、ギルもトーアを見たためにすぐに視線があった。
「トーア、話が……」
「……部屋に行こう。ここじゃ、人が多いし……」
ギルが頷くのを待たずにトーアは椅子を立ち上がる。
カテリナとエリンに軽く頭を下げて、トーアはギルと共に階段を上がった。
トーアが借りている部屋に案内し、扉を閉めて鍵をかける。
「【ホームドア】」
トーアがホームドアを発動させて壁に扉を現しても、ギルはあまり驚いている様子はなかった。
「やっぱり、パーソナルブックがあるってことは、この世界はCWOと同じルールが働いてるってことなのかな」
「恐らくね。職業がステータスを決め、職業を得るためにはアビリティのレベルを上げる必要がある……詳しいことはこっちで話そう。音も漏れないしね」
パーソナルブックを現したトーアはホームドアのページを開き、入室設定を『使用者以外の一切の進入を禁止』から『入室時に確認する』に変更する。
他のプレイヤーに見せるため公開することもできるホームドアだが防犯などを踏まえてこのような設定を行えるようになっていた。
ホームドア内でもドアごとに進入制限が出来るため、公開していてもプライベートな領域は残されるようになっている。
この設定はこちらの世界に来ても有効な様で、いままではトーア以外の進入を禁じていたが、ギルが入ることを許す為に設定を変更した。
パーソナルブックを閉じたトーアは先にホームドアに入り、一度扉を閉める。
すぐにドアがノックされる音が響き、トーアの目の前に『ギルビット・アルトランの入室を許可しますか?』というARウィンドウが表示された。
――こういうのを見ると、異世界に来たという感じがしないな……。
デスゲームの時に大神がやった事を思い出しながら、トーアは『許可』のウィンドウを選択すると、ギルがホームドアのドアを開けて入ってくる。
「ん……あれ?これってホームドアの初期設定の部屋だよね?」
「あ……う、うん……そのね、そのー……覚悟、してね、ギル」
この世界にきて出来たトラウマを刺激されてトーアはギルの手を握りじっと見上げる。
「え……か、覚悟?」
視線を泳がせあからさまに動揺し挙動不審になるギルにトーアは内心、不思議に思いつつも神妙に頷いた。
「パーソナルブックの状態を見て疑問に思ったかもしれないけど、私のホームドアを見ての通り……チェストゲート、ホームドアが初期化されるの」
「…………え?」
トーアの言葉に遅れて反応したギルは、パーソナルブックを取り出して物凄い速度でページを捲る。そして、チェストゲートやホームドアのページに辿り着いたのか、目を大きくし、内容を確認するように動いていた。そして、ゆるゆるとトーアに視線を戻した。
「これ……マジ?」
「……うん。マジ……。あ、で、でも、ホームドアやチェストゲートの最大容量とアビリティキャップがなくなってるみたいで……っ!?」
膝から崩れ落ちたギルは唐突に腕を伸ばしてトーアに抱きつき、胸に顔を押し付けてくる。
喉まででかかった悲鳴をトーアは飲み込む。初期化された事を知った時の衝撃、喪失感、心の中で何かが崩れて行く感覚を思い出して、少しくらいなら仕方ないかなとトーアはぎこちなくギルの頭を抱き締めた。
「ん……」
トーアが腕を回したことで更にギルに抱き寄せられ、顔を擦り付けられる。
「っひぃぇ……!?」
ついにトーアの口から悲鳴にも似た声が漏れ、全身に言いようのない寒気を感じ、鳥肌がたったのを自覚した。