第五章 二人目の転生者 3
トーアはエリンにギルにもジングジュースを振舞って欲しいと頼む。もちろんだよとエリンはギルにもジングジュースを用意し、ギルは喉を鳴らしてジングジュースを飲みほっと息をついていた。
そこに突然、宿の扉が乱暴に開かれる。息を切らせたカルミーゼが、ドアにもたれる様にして立っており食堂の視線を集めた。
膝に手をついて肩で息をしながら呼吸を整えようとするカルミーゼの後からディッシュが息も切らさずに顔を覗かせる。
「先生、何もそんな急がなくても大丈夫ですよ」
「ぜぇ……ぜぇ……トーアと同じ原因でここに来たのだろう?何か覚えているかもしれないだろう」
息を整えながらカルミーゼは呟き、身体を起こした。そして、カウンター席に座るギルへと早足で近寄ってくる。
「君が……森の聖域に居たと言う青年か?」
「えっと、はい、ギルビット・アルトランと言います。ギルと呼んでください」
「トーアと同じように魔法実験に巻き込まれたと聞いているが、何か覚えているか?」
「いえ……詳しいことは何も……」
「そうか……診察だったな。トーアと同じように森から歩いてきて、特に自覚症状がなければ問題はないはずだ。もし気分が悪くなった場合は診療所に呼びに来てくれ」
問診を終わらせたカルミーゼは落胆で肩を落としながら、空いていたテーブル席に座る。カテリナがジングジュースを注いだマグカップを置くと酒を呷るかのように一息に飲み干していた。酒でないところがカルミーゼらしいとトーアは思う。
「……ふむ、問題はないようだね。ギル君、次の駅馬車までどうするかね?トーア君は住み込みで働いていたが……」
「ギルの宿泊費は私が払います」
トーアがこの世界に来たときと同じ【初心者】では出来る事は限られている。狩りに行こうにも道具も日数もないためトーアはギルの宿泊費を出すことにした。
「え……?」
「トーア君がかね?」
驚くギルとデートンにトーアは頷き、唇を尖らせる。
「ギルは何も持っていないでしょう。それに、ちゃんと後で返してもらうからね」
「ぅ……はい」
トーアの言葉に肩を落として頷くギルにデートン達は笑い声を響かせた。
デートンはサービスだよと言って、ギルにトーアも受け取ったアメニティグッズを一通りとタオルを渡していた。着替えについては、トーアのように誰かのお古を貰うわけにも行かず、明日、雑貨屋で買うことになる。
もちろん、代金はトーアが出すと言い、ギルはがっくりとうなだれることとなった。
カテリナに案内された部屋は夕凪の宿と同じようにベッドと机、荷物を仕舞う為のチェストというシンプルなレイアウトだった。
旅装を解いたトーアは、荷物のほとんどをチェストゲートに収納してリュックサックに砕けたフクロナガサとフクロナガサの破片が入った革袋、そして、餞別と共に受け取ったガルドからノルドへ宛てた手紙を入れる。
部屋から出て鍵をかけ、隣のフィオンの部屋へと向かいドアをノックした。
「はーい?」
「フィオン、いいかな?」
「ん、どうしたのトーアちゃん」
ドアを開けて顔をのぞかせたフィオンにトーアは、少し村に出掛けることを話すと私も行くとフィオンは、部屋の中に戻る。
「貴重品と身を守るものは身につけてね、フィオン」
「うん、了解」
続けてギルの部屋でも同じように伝えると、ギルは返事もなくドアを開けた。
「村に出掛ける前に色々と聞きたいことがあるんだけどな……」
「それは……その、夜にじゃダメ?」
出来れば時間をかけて話をしたかったトーアはギルにお願いする。
「……わかった、なら夜に。……でも、プロフィール欄の表示は本物か位は教えて」
「うん、あれは本当で、ステータスもそうなってるから注意して」
「……了解。妙な違和感があったからそうかなと思ってたけど」
ため息をついたギルは、トーアに付いていくと言い村に来たときの格好で部屋から出てきた。
フィオンも部屋から出てきたので食堂に下りて、カウンターに立つエリンにそれぞれの部屋の鍵を預けて宿を出発する。
トーアを先頭にウィアッドの村を歩いていると、すれ違う村人がトーアに気が付くと無事にウィアッドに戻ってきた事に顔を綻ばせた。
だがすぐに村から出発する事を話すと残念そうにしながら、気をつけて行くんだよと何度も声をかけられる。
「トーアちゃんって……その、ウィアッドが出身じゃないんでしょう?」
部外者であるはずのトーアがここまで受け入れられている事が疑問なのか、フィオンは少し躊躇するようにやや遠まわしに聞いてきた。
「そうだけど、ああ……多分、熊狩祭の影響じゃないかな」
「熊狩祭?」
トーアは頷いて、ウィアッドに伝わる熊狩祭とトーアがブラウンベアを狩った事について説明する。説明を聞くうちにフィオンは驚きに目を張り、口をあけたままにした。ギルは苦笑いを浮かべていた。
「……で、村を守ったって事になるかな」
「な……なるほど……。……そ、そういえば村に出掛けるって言っていたけど、どこに行くの?」
「ウィアッドの鍛冶屋さん。フィオンと会った時に使っていた剣を作ってくれた人のところなんだけど……」
フクロナガサが折れた事を謝る為に鍛冶場へ行く事を告げると、フィオンは難しい顔をして考え、ギルはトーアらしいと呟いていた。
「こんにちは」
「ん?おお、トーア。戻ってきていたんだね」
カウンターに座っていたノルドがトーアの姿を見つけると立ち上がり笑みを浮かべる。
「あ、あの、ノルドさん……」
「そちらの二人は?」
「あ……私とパーティを組んでいるフィオンと、ギルです」
「初めまして、僕はウィアッドで唯一の鍛冶屋で、ノルドって呼んでくれればいいよ」
ノルドの自己紹介の後にギルとフィオンは自己紹介を済ませた。
「それでどうしたんだい?」
「あ、あの……ノルドさん、ごめんなさいっ!」
「えっ……えぇぇ……!?ど、どうしたんだい?」
トーアはその場で直角に腰を折り、頭を下げる。慌ててノルドが歩いてくる音が聞こえ、トーアの肩に手を置いて顔を上げるように言われる。
「その……ノルドさんに貰った剣なんですけど」
「あれか。そういえば使い勝手を聞いていなかったね。どうかな?」
「あ、使い勝手はよかったです。頑丈ですし、鉈にも剣にも短槍のようにも使えました。短槍にした後で柄が折れた場合の継戦能力とリーチの短さがネックですね」
「そうか……予備の武器という扱いが妥当かな」
「でも柄が折れるということも余りないと思うので……。……あの、ノルドさん」
「なんだい?」
トーアは無言のまま、リュックサックに入れていたフクロナガサを鞘ごと取り出し、ノルドに渡した。不思議そうな顔をしながらノルドはフクロナガサを抜き、刀身の半ばから砕け、放射線状に大小のヒビが入った刀身に顔を曇らせる。
「……見事に砕けてるね。いや……まさか、曲がるとかじゃなくて、こんな風になるなんて。どうしてこうなったんだい?」
「ホーンディアの後ろ蹴りを咄嗟にその剣で防いだんです。私がちゃんと警戒をして戦えばそんな事にはならなかったと思うんですけど……ごめんなさい、ノルドさん」
トーアは再び深く頭を下げた。ノルドがフクロナガサを鞘に収めた音が響き、再びトーアの肩を叩く。
「トーアが無事なら構わないさ。身を守ってこいつが砕けたのなら、きっとそれは剣として本望さ」
「……はい」
ノルドはふっと笑みを浮かべたが、トーアはうな垂れていた。ノルドに何度か肩を叩かれる。そして、ノルドの視線がトーアが腰に差した剣に向いた。
「これはエレハーレで買ったものかい?」
話題を変えるように明るい声色で尋ねてくるノルドに、トーアはエレハーレで聞いたノルドの修行時代の話を思い出して言葉を選ぶように口を開く。
「これは私が作ったものです……月下の鍛冶屋で」
月下の鍛冶屋という言葉にノルドは少しだけ視線を泳がせ、表情を変えた。そのノルドの変化に、禍根が残っているのではとトーアは思う。
「そう……か、作ったということは師匠、ガルドさんは引退してイデルあたりが継いだのかな?」
「いえ、その、ガルドさんから私の腕を見たいと言われて」
トーアが少しだけ言いよどむと、ノルドは驚きを露にした。
「師匠が?……トーア、剣を見せてもらっていいかい?」
「はい、もちろんです」
剣帯を外したトーアは、鞘に納めらた剣をノルドへと差し出した。いつもの柔和な笑みを真剣な表情に変えてノルドは剣を抜くと、全体を検めて行く。そして、何度か振り何かを確かめていた。
「これはトーアが自分用に調節しているのかな?」
「はい。ちょっと先端に重心を寄せてます」
「そうか……師匠が打ってくれと言うのもわかるな」
剣を眺めながら惚れ惚れと言ったノルドの言葉にトーアは嬉しくなり、少しだけ照れる。ずっと話を聞いていたギルとフィオンは照れたトーアを見て微笑んでいた。
「師匠はなんて?」
「良い腕だと。それで時々でいいから月下の鍛冶屋で剣を打って、若い奴だけじゃなくて俺にも技を盗ませてくれって言われました」
「師匠がそこまで……」
「……あと、ノルドさんに渡してくれと」
ガルドから受け取った手紙をノルドに差し出す。はっとしたノルドだったが、手紙を受け取るとその場で開いた。
「……たまには顔を見せろか……ありがとう、トーア」
「い、いえ、私は手紙を届けただけですから」
『王都でなにがあったのかは知らないが、生きているのならたまには顔を見せろ』と書かれた短い手紙をトーアに見せたノルドの表情は安堵したようなすっきりしたもので、礼を言われてトーアは恐縮してしまう。ノルドはトーアの剣を鞘に戻して差し出した。
「そうだ。折れた剣の破片は拾ってきた?」
「え、あ、はい。それは拾ってきました」
「よし、ならその破片をうちの炉で打ち直してみないかい?」
ノルドに了承を貰ってから打ち直そうと考えていたトーアに取って、ノルドの提案は願ってもない事だった。
「その、それは嬉しいんですけど……鎚も何も持っていないんです」
「何も?剣を打ったときは……月下の鍛冶屋の共用の物を使ったって?うーん……まぁ、僕の道具の予備があるからそれでもいいかな?予備と言ってもちゃんとしたものだよ」
「あ、借りれるのなら……でも、なぜですか?」
元々トーアは別の物に打ち直すつもりであったが、それは今急いで行う必要はなかった。ノルドが打ち直さないか?と言い出した真意がわからなかった。
「僕も師匠が打って欲しいと言ったトーアの腕を見てみたいんだ」
「……わかりました」
剣を打つこと、腕前を示す事のデメリットを思いつかなかったトーアは頷いた。
「トーアちゃん、私も剣を打つ所見てみたいんだけど……」
「それは、私はいいけど……ここの持ち主はノルドさんだから……」
持ち主の了承を得ないとトーアがいいと言っても意味はないと、ノルドに顔を向ける。
「うーん……炉に近づかない事と、辺りにある物をむやみに触れない事、騒がない事を約束してくれるなら、構わないよ」
「はい!わかりました!」
ノルドの注意にフィオンは元気よく返事して何度も頷いていた。ギルもまたフィオンと同じように小さく頷く。そして、鍛冶屋の奥にある鍛冶場へノルドの案内で入る。炉には火は入っていないが、必要な道具は揃っているようだった。
「トーア、どんなものを作るのか決めてるのかい?」
「そうですね……」
ノルドの言葉にトーアは何を作ろうか考え始めるが、もともと作る予定の無かった物なので頭を悩ませる。
――今は武器となる剣と、解体とかに使えるナガサがあるから……予備の武器って所だけど、材料の量が少ないし……。
どう考えても破片だけでは剣は打てず、作れたとしてもフクロナガサと同程度の小剣か長さを詰めて短剣ぐらいしか作れない。ならば、とトーアは予備の兵装として、相手の攻撃を受け流し、受け止める事のできる幅広で刃の厚い頑丈な短剣を作ることを決めた。
「マン・ゴーシュやソードブレイカーって訳じゃないですけど、予備の武器として刃厚の短剣にしようかと思います」
「うん、了解。まぁ、材料が足りなかったら倉庫のほうから持って来て使っていいからね」
何度目になるかわからないノルドの大盤振る舞いにトーアは頭を押さえた。そして、いい笑顔のノルドに背中を押されて倉庫に入り、トーアは鍔と柄頭を既製品で済ます事を考えて在庫から選んだ。
「ノルドさん、これとこれの代金はいくらですか?」
「ん?代金はいいよ。不良在庫だから、在庫処分に使ってくれても……」
「買・い・ま・す!不良在庫ならなおさらです。いくらですか!?」
「ぅ……タダでいいんだけどなぁ……」
「ノルドさん!」
「……半銀貨一枚デス」
いいよどみ唇を尖らせるノルドに強い口調でトーアが言うと、諦めた様にノルドは金額を呟いた。トーアはノルドの手に半銀貨一枚を握らせる。
誰でも彼でもこうして物をあげてるんじゃないかとトーアは少しだけ心配になった。