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第四章 期待の新人 9

 フィオンはその後、また明日ねと元気よく夕凪の宿から家へと帰って行った。

 それを見送ったトーアは息を吐きながら酒場に戻り、カウンター席に座ってベルガルムに水を注文した。


「おう、少し待ってろ」

「はぁー……いきなり土下座されて驚いたよ……」

「がはは!面白かったけどな!で、結局どうするんだよ?弟子にするのか?」


 水の入ったコップをトーアの前におきながらベルガルムは尋ねてくる。

 トーアはコップに入った水を一息にあおり、お代わりとベルガルムにコップを差し出す。


「弟子入りはなし。でも、パーティを組む事になったけど」

「ふぅん、まぁ、いいんじゃねぇか?一人だと何かと不便だからな。それにさっきまで居たのはマクトラル商会のお嬢さんだろ?」


 二杯目の水に口をつけようとしていたトーアは、コップから口を離しベルガルムに視線を向けた。


「知ってるの?」

「エレハーレの冒険者達の間じゃぁ、割と有名だぞ。マクトラル商会はエレハーレでもでかい商会なんだが、あの嬢ちゃんは末っ子で上に兄が二人居る。普通、そんなんじゃ貴族との縁つなぎに嫁に出されたりするものだが、親から好きに生きろと言われたらしく、冒険者なんぞ始めてな」


 トーアは巷に流れる『期待の新人』の噂よりも妙に精度の高いフィオンの情報に眉を寄せた。


「何でそんな詳しい事知ってるのさ」

「冒険者は情報が命だからな」

「……はぁ……『期待の新人』の情報と大違いだね」

「ああ。『期待の新人』の方はここに居る奴らが情報のかく乱だ!とか言って面白おかしく話したからな」


 ベルガルムの言葉にトーアは手に力が篭り、殺気を放つ。手に持っていたコップにヒビが入り、客達が椅子を引いて腰を浮かせ、ベルガルムも反射的に身を引いて腰を落としていた。


「……次、魔獣狩っても売らないから」


 静まり返った店内にトーアの低い声が響いた。


『な、なにぃ!?』


 そして、店内に居る全員が完全に立ち上がり声を上げる。そして、すぐさまカウンターに座るトーアに謝り出した。


「そ、それだけは勘弁してくれ!」

「次からはちゃんと正しい情報で話すから、な?それだけは、な?」

「お、おう!いま流れる情報の訂正もするから!」

『だからそれだけは勘弁してくれぇぇ!』


 大の大人が情けない表情で謝り倒す姿にトーアは怒りが霧散した。今日、何度目になるかわからないため息をついた。


「わかったよ、売らないのは撤回する。だけど、私は次の駅馬車で街を出て行くし、それまで森に入る予定もないよ」

「そういえば、次の駅馬車までの宿代をホーンディアでタダにしたんだったな」

「な、なん……だと……」


 警戒を解いたベルガルムが腕を組んで今、思い出したかのように呟いた。途端に立ち上がっていた客達は椅子に崩れ落ちて、悲嘆に暮れだした。


「なんてこった……」

「この世の終わりか……」

「くそっ!こんな事なら俺がっ!」


 言葉と共に客の一人が立ち上がる。


「おまえには無理だ!俺が!」

「いや、俺が!」


 次々に立ち上がった客達は期待の篭った目でトーアを見てくる。だが、予定を変えられないトーアは、小さく嘆息しながら呆れつつ答えた。


「ベルガルムから骨でも貰ってかじっていれば?」

「そりゃないぜー!」


 げらげらと騒がしく笑いながら客達はそれぞれの会話に戻って行く。からかわれていた事に気が付いたトーアは再びため息をついて、ベルガルムに夕食を注文した。




 翌朝、トーアは支度を整えてフィオンとの待ち合わせ場所であるロータリーの中心部の椅子に座り、フィオンを待っていた。

 辺りには待ち合わせをしているらしい男女や、大道芸を行う者、楽器を演奏するストリートミュージシャン、板の上に駒らしきものを並べて交互に駒を動かしている者達など、初めてエレハーレに来た時と同じように様々な人々が思い思いにすごしていた。


「トーアちゃん、おはよう!」

「おはよう、フィオン。一緒に買い物はよかったけど、私、あんまりエレハーレの店って知らないんだけど」


 『冒険者横丁』や『エレハーレ商店街』を軽く散策した程度のため、どこへ行けば良いのかトーアはわからなかった。

 フィオンはそれを聞いて満面の笑みを浮かべる。


「大丈夫だよ、私の家がやってるお店に行くから」

「それって……マクトラル商会?」

「そうだよー」


 一緒に買い物に行く必要があるのかトーアは首を傾げそうになるが、フィオンが手を引いてくるので、共に『エレハーレ商店街』へ歩き出した。

 マクトラル商会はエレハーレ商店街の入り口近くに位置し、他の商店に負けず劣らない店構えをしている。客の入りは多く、今も主婦と思われる人々で賑わっていた。


「マクトラル商会は、いろいろな商品を扱う総合商店だから、日用品から冒険者が使うような道具も取り揃えているよ。それに隊商で遠くの村への行商にも行くし……毛布はこっちだよ」


 店内は扱う商品で大まかにブロック分けされており、それぞれに店員がついて客の注文を聞いている。

 フィオンに案内された旅装などのコーナーはあまり人が居ないものの、冒険者や駆け出しと思わしき人々が店員と話したり、商品を見ていた。


「嬢さん、おはようございます。今日はどうしたんですか?」


 手の空いていた店員がフィオンに気が付いて近づいてくる。フィオンは慣れた様子で、必要な毛布について話した。


「旅に使う毛布ですね。ちょっと待っていてください」


 店員が店の奥に入って行くのを見送った後、トーアはある事を不思議に思いフィオンに質問した。


「フィオン、家が商家なんだし、商品を分けてもらうことはしないの?」

「それはダメ、絶対にしないよ。店に来た時点で私は一人の客なの。実家が商店だからって、店にある物は商品なんだから、ちゃんとお金を払わないと」

「なるほど……」


 それは商人の娘であるフィオンの“けじめ”なのだろうとトーアは感心する。


「……ちょっとだけ安くしてもらったりはするけど」

「まぁ、それくらいはいいんじゃない」


 ちょっと恥ずかしそうなフィオンの呟きにトーアは微笑んだ。

 店員が入って行ったところから店員とは別の壮年の男性が毛布を片手に出てくる。


「フィオン、これなら丈夫で暖かいだろう。それに値段も手ごろだがどうだろうか」

「父さん……うん、つくりは良いし、これなら私でも買えるよ」


 父さんというフィオンの呟きにトーアは男性を良く見ると、フィオンのライトブルーの髪色を濃くしたような青色の髪を短く綺麗に切りそろられ、目じりにはや口元に皺が刻まれ、黒に近い青色の瞳には熟練の商人の気概を漂わせていた。

 トーアに気が付くとフィオンの父は、視線を向けてくる。


「フィオン、こちらの方は?」

「私とパーティを組んでくれた、トーアちゃんだよ」

「初めまして、リトアリス・フェリトールと申します」


 トーアは背筋を伸ばして自己紹介とともに腰を折ると、フィオンの父は笑みを浮かべて手を差し出した。


「貴方の活躍は聞いていますよ。なにやらすごい噂も流れていますが……ゴブリン討伐で活躍されたとか。私は、ビリアム・マクトラルと申します。このマクトラル商会の代表を務めています」


 フィオンの父、ビリアムの手をトーアは握り、握手を交わす。


「リトアリスさん、うちのフィオンとパーティを組んでくれると聞きましたがよろしいのですか?ギルド付に勧誘されたとも聞いていますが……」

「ギルド付については断っているので……。それにパーティについては何も問題ありません」

「……そうですか。リトアリスさん、フィオンの事をどうか、よろしくお願いします」


 手を離したビリアムは、深く頭を下げた。トーアは慌ててわかりましたと答え、頭を上げるように言った。


「フィオン、リトアリスさんに迷惑をかけないよう、頑張るんだぞ。フィオンの選んだ道だが、無理をしないで絶対に無事に帰ってくるんだ。何時だってここはお前の家なんだからな」

「はい、お父さん」


 商人から一人の父の顔を覗かせたビリアムはフィオンに毛布を渡し、フィオンは代金を渡す。


「では私はこれで失礼します。リトアリスさん、うちのフィオンをよろしくお願いします」

「はい」


 再びビリアムは頭を下げた後、店の奥へと去って行った。

 やっぱり心配なんだろうなとトーアが思っていると、フィオンが手を引いてくる。


「ね、トーアちゃん、いろいろ見て回ろうよ」

「そうだね」


 その後、トーアはフィオンと共に店内を見て回った後、店を出る。

 フィオンは一度、家へと戻り毛布を置いてきていた。


「トーアちゃん、この後、どうする?エレハーレ、案内しちゃうよ?」

「あ、月下の鍛冶屋に顔を出さないといけなくて」

「月下の鍛冶屋に伝手あるの?」

「うん。フィオンと初めて会った時に持ってた剣を打った人が月下の鍛冶屋で修行していて、それでね」


 フィオンに説明をしながら『冒険者横丁』を歩き、トーアとフィオンは月下の鍛冶屋に向かう。


「こんにちは」

「あ、トーア、いらっしゃい」


 いつものようにカウンターに立っていたトラースが嬉しそうに笑みを浮かべる。


「来たか、明日にはエレハーレを発つのだろう?」

「はい。今まで色々とありがとうございました」


 店の奥から出てきたガルドにトーアは礼とともに頭を下げる。


「ああ。こちらも色々と勉強になった。これは餞別だ」

「え……」


 ガルドが差し出した革袋をトーアは受け取り、中を覗くと様々な種類の砥石が入れられていた。月下の鍛冶屋で使われる砥石は質の良いものがそろっているため、結構な額の餞別だった。


「こんなに……いいんですか?」

「ああ。餞別だからな。トーアほどの腕があれば、砥ぎだけでも食うに困らないだけ稼げるだろう」

「あ、ありがとうございます!」


 トーアは再び頭を下げる。


「トーア、またエレハーレに来るのか?」


 店舗側に顔を出したミデールは珍しく尋ねてくる。トーアは少しだけ驚きつつも頷く。


「は、はい。ウィアッドに帰った後、もう一度来る予定です」

「そうか……」

「あーあ。トーアの飯は当分お預けか」

「イデル、あんたはそればっかりじゃないか。トーア、また来るのを待ってるからね」

「はい……!」


 カンナとイデルに声をかけられて、フォールティも顔をだし、トーアの頭を撫でた。


「お世話になりました」

「ああ。また来るのを待ってるからな」


 ガルドの言葉にトーアは再び頭を下げる。


「ほら、あんた」

「あ、ああ……。トーア、ウィアッドに行くのなら、これをノルドに渡してくれないか」


 カンナに言われ、ガルドは一つの封筒をトーアに差し出した。

 弟子であるノルドへの手紙だと察したトーアは、頷きながら手紙を受け取る。

 その後、月下の鍛冶屋の全員に見送られて店を後にした。フィオンは驚きつつ後をついて来てくる。


「トーアちゃんってやっぱり、すごい?」

「え、どうして?」

「月下の鍛冶屋のガルドさんは腕はいいけど、気難しいって言われてて……職人気質なんだとは思うけど、そんな人にあんな風に扱われていたから」

「打った剣を見てもらっただけだよ」

「やっぱり、それはトーアちゃんの技量を認めてるんじゃないかな」

「……そうなのかも」


 フィオンに改めて言われて、トーアはくすぐったいような照れくさい気持ちになり、顔には笑みが浮かんでいた。

 その後、フィオンにエレハーレを案内してもらい、おすすめの料理を出す店で昼食を食べた後、明日の朝、駅馬車の待合所で待ち合わせの約束をして準備のために早めに別れ、トーアは夕凪の宿へと戻った。


 翌日、トーアは宿の部屋で準備を整える。ほとんどをチェストゲートへ入れているため、準備らしい準備は必要はない。

 階段を降りて酒場に入ると、ベルガルムがカウンターに出て来ており、トリアも近くに立っていた。


「おう、おはよう」

「トーアちゃん、おはよう」


 ベルガルムとトリアに朝の挨拶を返したトーアはいつものカウンター席に座る。調理場からベルガルムが朝食のサンドイッチが載った皿を運び、トーアの前に置いた。


「トーアは今日、出発だったな」

「そうだよ。今までありがとう」

「ははは、礼を言うのはこっちだぜ。トーアには大分稼がせてもらったからな、またエレハーレに来た時はよろしく頼むぜ」

「トーアちゃんのことを待ってるからね」


 笑うベルガルムに部屋の鍵を返し、笑みを浮かべるトリアにトーアは頷いた。

 置かれたサンドイッチは様々な具が挟んであり味のバリエーションが豊かで楽しみながらトーアは朝食を終えた。


「こいつはサービスだ。昼にでも食ってくれ」

「ありがとう」


 ベルガルムから昼食のサンドイッチを包んだものを受け取り、トーアは椅子から立ち上がった。


「ごちそうさま。それじゃ、そろそろ行くよ」

「ああ。じゃぁな、命を粗末にするなよ」


 ベルガルムの言葉に頷いてトーアは夕凪の宿のスウィングドアを押して外にでた。

 エレハーレの拠点であった夕凪の宿を出発するトーアに対して、ベルガルムやトリアもあっさりとしていた。今まで何人もの旅立つ人を見送ってきたからだと思うが、ベルガルムの最後の言葉には重みを感じた。

 街から出発するといういつもと違う朝にトーアは少しだけ高揚した気分で、駅馬車の発着場へ向かう。

 発着場には既に出発の用意が整った馬車があり、牽引される幌馬車の周りにはすでに数人の客や、馬に乗った護衛を担う冒険者が待機していた。


「トーアちゃん、おはよう」

「おはよう、フィオン」


 既に到着していたフィオンがトーアに気が付いて近づいてくる。

 フィオンの格好は背中に大きめの鞄を背負い、鞄の上には毛布が丸められてくくりつけられていた。

 トーアに近づいたフィオンは、思わずと言った感じに笑みを浮かべる。


「どうしたの?」

「あ……うん、大叔父さんが初めて街から出て出発する時の事を思い出して……こうして実際に体験すると感慨深くて、嬉しくて……」


 両手を握り締めて、身体を武者震いなのかぶるぶると震わせるフィオン。


「そっか……。よし、行こうフィオン」

「うん!」


 やる気をたぎらせるフィオンの肩を叩き、駅馬車へとトーアは向かう。

 駅馬車の代金の銀貨一枚を御者に支払った後、フィオンと共に駅馬車に乗り込む。そして、鞄から毛布を取り出して座席に敷いた。フィオンもトーアの真似をして毛布を敷く。

 少し待つと駅馬車が動き出して街の中を進み、エレハーレの外へとでる。朝日に照らされるエレハーレの街並みを眺めながらトーアとフィオンは、ウィアッドに向かって出発した。

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