第四章 期待の新人 8
客達の好奇の視線に気が付いたトーアはとりあえず、ここから移動しようとフィオンの傍にしゃがみ、肩に手を置いた。
「フィオン、まずは立って。詳しい事は部屋で聞くから」
「ぅ……はい……」
しぶしぶと言った感じにフィオンは立ち上がる。トーアはベルガルムから部屋の鍵を受けとって、他の客の視線が集まるのを感じながら階段を登り、フィオンを部屋へと案内する。
部屋はもともと一人部屋であるため、トーアとフィオンが入るとやや狭く感じたが、今は贅沢な事は言ってられなかった。
「どうぞ、とりあえずベッドにでも座って」
「うん……ありがとう」
ベッドに座ったフィオンの隣にトーアは腰掛け、落ち着いたのを見計らい話しかける。
「それで……弟子入りしたいっていうのはどういう事?そのままの……意味でいいの?」
「うん。トーアちゃんに戦う技術や冒険者の色々を教えて欲しいの」
「そんなこと言われても……私はランクG……じゃないFの冒険者だよ?他に上のランクの冒険者はこのエレハーレにも居るでしょう?」
トーアの言葉にフィオンは視線を落として、手を握り締しめていた。
「居るけど……パーティを組んでいたり、クランに所属していたりするから、弟子入りって言うのは難しくて……」
「うーん……なら、そのパーティやクランに入るとか……」
フィオンは小さく顔を横に振る。
「私みたいな駆け出しをパーティに入れてくれるような人たちは居なかったし、それに一度、クランに所属した事もあったよ。でも私みたいな駆け出しが集められてパーティを組まされて、後は適当にやれって言われちゃって」
「それは……」
「だからと言って冒険者が一杯居るって言われてるラズログリーンへ行く度胸は私になくて……」
トーアは何も言葉にすることが出来なかった。
最初の薬草採取のクエストが駆け出しの登竜門であると聞かされてトーアはスパルタと憤った。上げ膳据え膳で駆け出しに教えろとは言わない、挫折を味わうことも大切かもしれないが、だがそれで何も出来ないまま死んでしまったら、どれほどの後悔の中で死ぬ事になるだろうか。
CWOを始めた当初のトーアは右も左もわからずにプレイを続けて、あるプレイヤーに助けられ、ゲームのイロハを教わり、今のトーアがある。その指標となる人物が今のフィオンには居なかった。
「そのパーティも駆け出しから抜け出してなりあがろうっていう気概だけの人たちで、チームワークも何もなくて……私はすぐクランから抜けちゃった……。薬草採取のクエストを失敗しながらも勉強してやっと成功できるようになった、そんな時にトーアちゃんに出会ったの」
フィオンとの出会いを思い出し、トーアはそこに至るまでのフィオンは十分、冒険者を辞めるだけの理由があると思った。
「フィオン、その……なんで冒険者になろうと思ったの?それに……いつでも辞める事ができたと思うんだけど……」
この質問は失礼かなとトーアは思いつつも、クランやパーティ、クエストでの失敗を経験しながらも辞めなかったその理由、フィオンの動機を知りたかった。
「私は……。……私の大叔父さんは元冒険者だったの。私が幼い頃に亡くなってしまったけど、遊びに来ると大叔父さんの冒険譚を何度もせがんでね。いつか私も冒険者になりたいと思うようになって……。だけど現実は大叔父さんが話してくれたような華々しいものじゃないってわかったの。でも下積みは辛いものだって知ってたから、今は我慢して続けてたけど……」
憧れから冒険者になり現実を知っても続けたのは、目指すものがあったからだとトーアはフィオンのしっかりとした考えに少しだけ驚いていた。
「でもゴブリンに襲われた時に、私……死ぬのかなって思って……。トーアちゃんに助けてもらって自分の部屋に帰ったとたん、身体が震えて立ってられないくらい怖くなって……。薬草採取で森に入って夜を明かした事もあったけど、それ以上に怖くて……。それで私はずっと、街がゴブリン討伐に沸くのを聞きながら……部屋に閉じこもってた」
「それで……?」
小さく肩を震わせるフィオンの手をトーアは握る。そして、ギルドにフィオンの姿がなかったことを思い出しながらトーアは続きを促した。
「部屋の中で私は何で冒険者になりたいのか、何を成したいのか、ずっと、ずーっと考えて……大叔父さんが冒険譚を話してくれた事を思い出したけど、何よりもいつも楽しそうに、そして仲間との冒険を誇らしそうに語る大叔父さんが格好良かった事を思い出して、私もあんな風に大叔父さんが笑える冒険者になってみたいって、そう……思ったの」
「…………」
フィオンの独白にトーアはいつの間にか呼吸を止めていた。強い意志、そして、成し遂げたいという願いに圧倒されていた。
止めていた息を吐き出して、トーアは口を開いた。
「フィオン、どうして私なの?」
そこまでの意思があるのならば、今度こそラズログリーンで志を同じくした冒険者に出会えるかもしれない。だがそれはせずにトーアの元に来た理由を尋ねる。
トーアの質問に、フィオンは恥ずかしそうに視線を逸らした。
「私を助けてくれたトーアちゃんの姿が、大叔父さんのパーティの人に似てて……その、かっこいいなぁって……私もあんな風に戦えたらって……」
視線を戻したフィオンの目は輝いていた。
頭痛がした訳でなかったがトーアは、こめかみを押さえる。憧れからその人を追うのはきっかけとしてはいいが、動機にするのはいかがなものなのだろうかと思う。
「それに、今エレハーレで噂になってる『期待の新人』ってトーアちゃんの事でしょう?」
「えっ……」
不穏な語句にトーアは驚きつつフィオンを見る。
「黒髪を三つ編みにした緋色の瞳の少女で、ゴブリンの集団に駆け出しながら、すれ違う集団の首を剣の一振りで刎ね飛ばし、飛び掛ってくるゴブリンは拳で応戦して倒し、倒したゴブリンを他のゴブリンに投げつけて更に倒す。そして、極めつけはリーダー格とのゴブリンとの戦闘では四肢を破壊して、手で二つに裂いたって噂になってるよ!あ、それにギルド付に勧誘されたっていうのが一番新しい情報かな」
フィオンの『期待の新人』の話にトーアは完全に頭を抱えてうつむいていた。月下の鍛冶屋で聞いた噂よりも酷いことになっている。
――何がどうしてそうなった……!まぁ……CWOで全盛期なら出来なくもないかな……?って、アレは特別製だし……。まったく……噂の『期待の新人』は人の形してるのかな……。
とりあえず、フィオンの誤解を解こうとトーアは顔を上げて、フィオンの肩に手を置いて、顔を覗き込む。
「フィオン、ゴブリン討伐に参加してリーダー格を倒して、ギルド付に勧誘された事は本当だけど、どう戦ったについては全部忘れるの。いい?」
「ア、ハイ」
フィオンは若干青ざめながらもがくがくと首を縦に振る。トーアはその様子に肩から手を離して、ため息をついた。
「それからギルド付は断ったしね。あと弟子は無理だよ。私は冒険者じゃなくて生産者なんだから」
「…………え゛っ!?えぇぇぇぇっ!!?せ、せ、生産者ぁっ!?」
驚きに声を上げて目を丸くするフィオンの様子に、色々な人に生産者というたびに驚かれると、トーアは少しだけ傷ついていた。今はトーアが作った実物があるため、それで納得してもらおうと、トーアは打ち上げた剣をフィオンに渡した。
「これが私が打った剣だよ」
「あれ……?トーアちゃんは片刃の短剣を使ってなかった?」
「……あれはホーンディアと戦った時に砕けちゃってね」
「く、砕けた……?」
「それについてはまた今度話すよ……。今は剣を見てみて」
フィオンは頷いて、鞘から剣を抜いた。
「……これ……家で扱ってる刃物よりすごいかも……。トーアちゃんは鍛冶師なの?」
「ううん、鍛冶だけじゃなくて鞘も私が作ったものだし、生産系全般は大丈夫だよ」
「そ、そっか……」
フィオンは顔を引きつらせながら剣を鞘に戻してトーアに差し出してくる。そして、うつむいたフィオンにトーアは首をかしげる。
「で、でも、トーアちゃんはまだ店とかどこかの工房に入ったわけじゃないでしょ……?その……冒険者を続けるなら弟子入りはダメかもしれないけど、パーティを組むのは?それで色々と教えてほしいなって……」
なおも食い下がってくるフィオンに、トーアはそれならと思ってしまう。だが今のトーアの予定は、普通の冒険者というよりも旅人に近い。ウィアッドに戻った後はエステレア法国まで行く予定であるがそれも何時変わるかわからない事をフィオンに説明して、それでもいいのならフィオンとパーティを組む事にした。
どうしてフィオンと組んでもいいかと思ったのかは、フィオンの真っ直ぐな気質にトーアは好感を抱き、冒険者が直面する恐怖を体験した上で続けようとする覚悟にフィオンを見直していた。
もしフィオンと旅をすることになるのであれば、身を護る術を教えることはやぶさかではない。そこから先は、フィオンの頑張り次第とトーアは居住まいを正す。トーアの様子にフィオンもまたベッドに座りなおした。
「フィオン、この後の予定を説明するけど、それが嫌だったら諦めてね」
「うん!私はトーアちゃんについていくよ!」
「……まず、次の駅馬車でウィアッド……王都方面の隣村に移動して、すぐにエステレア法国へ向かって旅立つ予定。道中は冒険者の仕事を探したりして旅費を稼ぎながら移動するけど、いきなり目的地が変更になってエステレア法国に行かなくなるかもしれない。そんな当てのない旅になる……けど……」
トーアはそこで言葉を続けるのをやめた。フィオンの目が眩しいほどに輝いていた。
「いいよ!すごい!すごい!エステレア法国は隣の国だけど、そっか……旅をするんだ!」
えへへと嬉しそうに笑うフィオン。何がフィオンの心に響いたのかわからなかったが、トーアは同行者が増えた事にちょっとだけ嬉しく思う気持ちもあった。
「なら、フィオン。これからよろしくね」
「うん!よろしくお願いします!」
トーアが差し出した手をフィオンは握り、満面の笑みを浮かべる。
「あ、なら野営が出来るだけの道具が必要かな……」
「ううん。まずはウィアッドには駅馬車で向かうから多分、外套と毛布だけあればいいよ。その後はエステレア法国の方向によって、王都かラズログリーンを目指す予定だけど……」
「エステレア法国は、この国の北北東の方向にあるからラズログリーンに向かってそこからいくつかの村や街を経由していけば国境線にいけるよ」
この世界の住人であるフィオンの常識的な知識にトーアは感謝しつつ、今後の予定を頭の中で纏める。
「なら、ウィアッドへ行った後はエレハーレに一度戻って、冒険者の仕事とか街の仕事をして旅装や道具を揃える感じかな」
「うん!了解だよ!あ……なら、毛布だけ必要かぁ……」
「外套は?」
「外套は前に森で夜を明かしたって言ったでしょ?その時、寒い思いをしたからいつも鞄に入れてあるんだ」
フィオンの言葉にトーアは思わず目じりを押さえた。
薬草採取の際に街に戻れなくなり、木の上で月を眺めながら夜を明かしたらしく、その後は何とか街に戻る事が出来た。
地図を読めるようになってちゃんと帰れるようになっても、その時の事を忘れられずに鞄の中に常に入れていると、外套を取り出されて説明を受けた。
やはり薬草採取クエストを初めて完了するには色々な苦労があるらしい。トーアはフィオンはよく無事だったなぁとしみじみと思った。
「毛布くらいならエレハーレにいくらでも売ってると思うけど」
「うん。あ、ならその……明日、一緒に買いに行かない?」
「明日?それはいいけど」
「なら、ロータリーのところで待ち合わせしよう!」
フィオンの申し出にトーアは頷いた。
その後は、なぜそんな旅をしなければいけないのか、トーアはフィオンにウィアッドの人々に話した『魔法実験に巻き込まれて遥か彼方の場所からこの国に迷い込んだ』という嘘の事情を話した。
エステレア法国に行くことについては、職業神殿で職業を取り戻した事に関係して何かわかるかもしれないからと誤魔化し、この世界の神に会うためとは言わなかった。
「トーアちゃんって、結構、波乱万丈な経験してるね……」
「まぁ……そうだけど、言葉は通じるし、身につけた技術で食べていけるからね」
すごいなぁと尊敬の篭った視線でフィオンに見られ、トーアはむず痒くなるような気持ちになった。