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第一章 輪廻の卵 4

 トーアが考えに耽っていると、入り口のカウベルがカランカランと音を立てて来客を知らせる。

 宿の入り口に顔を向けると丁度、白髪の混ざる黒髪の壮年の男性が入ってくるところだった。トーアの視線に気が付くと、真っ直ぐに向かってくる。真っ直ぐに伸ばした背筋と堂々とした佇まいに老いは感じない。

 エリンが来たねと呟いていることから、この男性がエリンの夫であり、この村の長であるのだろうとトーアは推測する。男性は僅かに笑みを浮かべると目じりに皺が生まれ柔和な雰囲気が一層強くなる。

 トーアは目つきのきついエリンとは対極の印象を受けていた。正反対の二人だからこそ、そりがあうのかもしれないとも思う。


「初めまして、君がディッシュの言っていたリトアリス・フェリトール君、かな?」

「は、はい。リトアリス・フェリトールといいます。トーアと呼んでください」

「僕はデートン・ウィアッド。この村の村長兼宿の主人をしている。早速、君に何があったのか聞いてもよいかね?ディッシュからは森の聖域からトーア君を宿に案内したとしか聞いていないんだ」

「……あんた、とりあえず座ったらどうだい」

「ああ、そうだね。ちょっと気が急いていたよ」


 立ったまま話すデートンにカウンターに立つエリンは少し呆れたように呟いた。デートン・ウィアッドと名乗った男性は頷き、トーアにテーブル席に移るように促した。

 トーアがジングジュースの入ったコップを手にテーブル席に座ると、先にテーブル席に座り、デートン、ディッシュと共に宿へ入ってきた緑髪の男性と視線が合う。半目の瞳も髪と同じような暗い緑でこけた頬、視線は観察するような見極めようとするようなものをトーアは感じる。


「……カルミーゼ・フェイルトンだ。この村で医者……いや、薬師をしている」


 薬師という自己紹介にエリンがディッシュに呼びに行かせたもう一人だとわかり、トーアは自己紹介した。


「どこか痛いとか気分が悪いということはあるか?」


 カルミーゼの言葉にトーアは首を横に振った。エリンの言うとおり診察をするためカルミーゼはここにきたのだろう。先ほどの視線も薬師としてトーアの状態を見極めようとしていたものとわかった。


「森の聖域からここまで歩いてきたのなら、恐らく大丈夫だろう。後で体調がおかしくなったら改めて診察を行うので、私の家に連れてきてくれ」

「ありがとう、先生。わざわざ来てくれたんだ、ジングジュースでも飲んでいっておくれ」


 いただこうと呟いたカルミーゼは席を立ちカウンター席へと移る。テーブル席にはトーアの正面にデートンが座り、右側にディッシュが座っている。

 デートンがトーアに視線を向けて口を開いた。


「さて、トーア君は森の聖域に居たと聞いているが?」

「あの黒い角柱のところですか?そうであればそうです」

「ふむ、あそこは森の聖域と呼ばれ、魔物や魔獣だけではなく野生動物さえも近づかない場所でね。この村が出来た時からあるものだ。何度か王都の研究者が来て調べたが異界渡りの石板と呼ばれるものと同じ材質かもしれないという程度しか、わかっていないものなんだ」


 トーアは異界渡りの石版というものは初耳だった。CWOでも聞いたことがない。だが名前からして別の場所と別の場所を繋ぐものと予想を付ける。大神はあの黒い角柱を目標にしてトーアを転生させたのかもしれない。今は確かめる術はないとトーアはそれを頭の隅においておくことにした。


「あの黒い角柱と私があそこに居たことに関係があるかどうかはわかりません。思い出したんですが、私が住んでいた場所の近くで大規模な魔法実験があると連絡がありました。もしかしたらそれが原因なのかもしれません」

「そ、それはどんな実験だったのか、き、聞いているのか?」


 カウンターの方からかけられたカルミーゼの声にトーアはその方向を向くと、半ば椅子から腰を浮かせて目を見開き、今にもトーアに向かってきそうな雰囲気のカルミーゼにトーアは驚く。


「そ、そのっ……危険なことは無くて、ただ大規模な魔法実験があるとだけだったので……」

「……そうか……」


 小さな声と共に、肩を落としてカルミーゼはエリンが注いだジングジュースを一息に呷る。トーアの話にデートンは腕を組み、考え込んでいるようだった。

 とりあえず誤魔化すことができたかもしれないとトーアは内心ほっと息をつく。説明したことはほとんどが嘘だが、『なんらかの力によって、住んでいたところから森の聖域に居た』というのは真実だ。


「ふむ……トーア君、身分証明書のようなものは持っているかな?エインシュラルドでは、出生時に身分証明書を発行している。トーア君の国ではどうかはわからないが……」


 トーアは首を横に振った。着の身着のままの言葉通り、今のトーアには着ている服が唯一持っているものだった。


「身分証がないのであれば、申し訳ないがパーソナルブックのプロフィール部分を確認させてほしい」

「プロフィールをですか?」


 デートンは頷いた。

 ディッシュがパーソナルブックを手に現していたのであれば、恐らくパーソナルブックを現して確認を行うことはできるはずだったが、なぜそんなことをデートンが言い出したのか一瞬、トーアはわからなかったが、CWOでも同じようにパーソナルブックを公表するのは一つのことを確認する為だとすぐに思い当たる。


「もちろんステータス欄は見せなくていい、流石にそれは失礼なことだしね。プロフィール欄を確認したいのは君が犯罪者でないことを確認する為だ、私の立場上、犯罪者を野放しにすることはできないからね」


 そばに座るディッシュの体に力が込められたのをトーアは感じた。いつでも動き出せるようなディッシュの気配に、トーアはゆっくりと手を差し出した。パーソナルブックを開くことに疚しいことはなにもない。それで犯罪者ではないことの証明が出来るなら容易いことだった。


「【パーソナルブック】」


 トーアの手にA4判サイズの本が現れる。図鑑などに使用されるサイズで辞書ほどの厚みがある。全体の装丁は手触りのよいブラウンの革が使われ、角や背表紙には金属の装飾がある。題名には英語で“パーソナルブック”と書かれていた。

 だが現れたパーソナルブックにトーアは疑問を覚える。

 CWOにおけるパーソナルブックは、プレイヤーが何時も手にするもののため、手触りや外見、大きさなどをキャラクターエディット並みに変更することができ、外見のスキンデータだけでも膨大な数がある。

 表示できる形状もいくつか登録することができるため、その時どきに合わせてトーアは、表示させる大きさを変更していた。平時にはA5判というハードカバーの書籍に使われる大きさで現すようにしていたが、トーアの手の中にあるのは遥かに大きなA4判サイズのパーソナルブック。

 トーアは嫌な予感を感じながらもハードカバーの表紙を捲り、表題紙部分に書かれたプロフィール欄をデートンが読めるようにテーブルに置いた。


「……これは……」

「どうしたんだい?」


 思わずと言った感じにデートンが言葉を漏らしていた。トーアもまた自身のプロフィール欄に書かれていることに驚いていた。

 トーアのパーソナルブックを覗き込んだ、デートン、エリン、ディッシュ、カルミーゼは一様に驚きに目を見開いていた。


「こ、こんなのものは見たことがない!初めてパーソナルブックを現した子供でさえこんな……名前と性別、罪状だけが埋まっているなんてありえない!」


 カルミーゼの言葉にトーアはもう一度、プロフィール欄を見る。

 名前には、リトアリス・フェリトール、性別は女、職業は【初心者ノービス】、所属国はクリエイドラム、罪状にははっきりとなしと書かれており、犯罪者ではないと証明は出来た。

 しっかりと内容が書かれていることにトーアはCWOでは表示を制限できることを思い出す。全て表示しているように設定していたはずだが、カルミーゼの言葉から察するに所属国と職業は見えていないらしい。

 トーアがパーソナルブックに視線を向けているとカルミーゼに肩をつかまれる。身体を竦ませて引こうとするものの、がっしりと肩をつかみカルミーゼは顔を覗き込んでくる。


「ギルドや王都の魔導院でもパーソナルブックの内容を改変する技術は研究されている!もちろん、大陸のどの国でもだ!だが、成功例は冒険者のようにギルドのページを追加する技術だけだ!これもリトアリスが言った魔法実験の影響なのか!?それともリトアリスの居た国では当たり前の技術なのか!?頼む、教えてくれ!!」

「あっ……!?えっと、そのっ……」


 ひどく興奮した様子のカルミーゼからトーアは離れようとするが、その前にディッシュがカルミーゼの腕をつかんでトーアから引き剥がした。


「先生!落ち着いてください」

「あっ……!ああ……リトアリス、すまない。初めて見たことだったので興奮してしまった……」


 トーアは気にしていないと首を横に振る。カルミーゼは大きく息を吐いてカウンター席に戻った。


「私の居たところでも、こういうことはありえませんでした……。魔法実験の影響なのかもわかりません」

「そうか……なにか思い出したら、教えてくれ」


 がっくりと肩を落としたカルミーゼは、エリンが注いだ二杯目のジングジュースを飲み、うな垂れた。

 トーアはカルミーゼの様子を横目に見ながら、もう一度プロフィール欄に目を通す。所属国のクリエイドラムはCWOの世界の名前だったはずだ。書かれている内容はある意味合っているが、国から世界という規模に変わっていた。


――国については、まぁ、いいけど……職業が【初心者ノービス】なのは……なぜ?


 CWOにおける【初心者ノービス】は特殊な職業で、チュートリアル用の職業になる。特徴としてアビリティの取得は出来ず、生産や採取の成功率も半減される。その代わりに体力や物理的な攻撃力、防御力に関係するステータスが高くなっている。

 パーソナルブックが使えるのと同じように、この世界もアビリティが重要になるものであれば【初心者ノービス】であるというのは、致命的なものだった。

 まさか初めからやれということなのかとトーアは考えるがすぐにその考えを打ち消す。

 【初心者ノービス】は、チュートリアル時ともう一つ、転生後に付けられる職業でもあることをトーアは思い出した。CWOで輪廻の卵を使ってこの世界に来たのであれば【初心者ノービス】であるのはある意味納得できる。そして、【初心者ノービス】を脱する方法もある。

 だけどと、トーアは肘をついて額を手で押さえる。

 CWOでは“転生神殿”と呼ばれる場所に行く必要がある。この世界にも同じように転生神殿があるかという保証はない。CWOでは、チュートリアル終了後も転生後も職業神殿のある街へ移動できるため、【初心者ノービス】で居続けるというのは非常に珍しく、度を越えた縛りプレイかCWOをプレイする気がないかのどちらかだった。

 瓶がテーブルの上に置かれる音にトーアは顔を上げる。いつのまにかデートンが新しいジングジュースの瓶を持ってきていた。

 追加のジングジュースをトーアのコップに注ぎ込んだ。


「トーア君、いきなり君を疑うような真似をして、すまない。……職業欄が空白なのはもしかしたら職業神殿へ行けば解決するかもしれないね」

「え……あ、あのっ!職業神殿があるんですか!?」


 デートンが頭を下げて謝罪するよりも職業神殿という言葉にトーアは音を立てて椅子を立ち上がる。一から探し出すことを覚悟しないとけないかもしれないと思っていたところに思わぬ情報を聞かされてトーアはデートンに詰め寄ろうとする。


「トーア、落ち着け」

「あ……す、すみません……」


 ディッシュに腕をつかまれて我に返り、そそくさと倒れた椅子を直し座る。恥ずかしさに頬が熱くなるのを感じるが、トーアはデートンに視線を向けていた。

 トーアが立ち上がった拍子に倒れそうになった酒瓶をデートンは押さえており、トーアが落ち着いたのをみて酒瓶から手を離した。


「ウィアッドから最も近い職業神殿は隣街のエレハーレにある」

「隣街……すぐにいける距離ですか?」

「いいや。駅馬車でも二日かかる距離になる。徒歩で行くのであればそれ以上だが、いくら王都主街道とは言えトーア君のような子が一人で旅をするには過酷な道かもしれない」


 トーアは駅馬車と言うものは知識として知っていた。駅逓所と呼ばれる道の駅をつなぐ馬車により長距離輸送網のことだ。現代では観光用として残すのみで、ほぼ見なくなったが過去に日本では北海道の開拓では使われたらしい。エリンと話した内容からウィアッド自体が休憩村であり、駅逓所とわかる。

 何も持っていない状態で旅をするほどトーアは、旅の過酷さを知らない訳ではない。師匠との“修行プレイ”に慣れるまでは本当に苦労していた。駅馬車が通っているのであればそれに乗っていけばいいとトーアは考えた。


「それでも……行きたいんです。駅馬車に乗るにはどれくらい費用がかかりますか?」

「ふむ……エレハーレまでであれば銀貨一枚だね」


 銀貨一枚と言う価値は今はわからない、だがトーアは一つの結論を出す。このウィアッドは、駅馬車の駐留村であり他の旅人も泊まることがある休憩村。ならば、そこの宿はそれなりに人手を必要としているはずである。


「デートンさん、ウィアッドの宿で働かせてもらえないでしょうか」

「それはどういうことかね?」

「どうしても職業神殿、エレハーレへ行く為です。ですが、今の私にはこの身一つしかありません。お金を稼ぐ必要があるんです!働かせてください、お願いします!」


 テーブルに頭をぶつける勢いで頭を下げる。デートンはトーアをじっと見つめ考え込んでいるようだった。

 あたりは静かになり、皆がデートンの言葉を待っているようだった。デートンはエリンと視線を交わして、エリンは小さく頷いた。


「ふむ、丁度、人手が必要と思っていたところだし、トーア君を次の駅馬車まで雇うことにしよう」

「あ、ありがとうございます!よろしくおねがいします!」


 デートンの言葉にトーアは顔を上げて、再び頭を下げた。

 正直なところ、トーアはここまであっさり雇ってもらえると思っていなかった。身分不詳、住所不定であるトーアを雇ったデートンにはそれなりの思惑があるのだろうと思い、今はとりあえず職業神殿に一歩近づいたことを喜んでおくことにした。


「トーア君にはそうだね、息子の嫁のカテリナと共に宿の雑用をお願いしようかな。今、カテリナを呼んでくるから少し待っていてくれ」


 言葉とともにデートンは立ち上がり、カウンターから店の奥へと入って行く。

 カルミーゼは二杯目のジングジュースを飲み干したあと、立ち上がった。


「リトアリスのパーソナルブックの状態は、非常に興味深いが……今の私ではこれ以上なにもわからない。診療所に戻る。リトアリス、何か思い出したらすぐに教えてくれ」

「は、はい」

「わざわざすまなかったね、先生」


 カルミーゼはエリンに小さく首を横に振り、ジングジュースの礼を言って宿を出て行く。ディッシュもまた立ち上がり入り口へと向かって行く。


「俺も帰ります。下見は別の日に改めてします」

「ああ、わかったよ。お疲れさん」


 ディッシュは軽く会釈をして宿を出て行く。日が傾き始めたのか西日が宿の中を照らし始めていた。

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